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自己中


 隣接する妹の部屋が騒がしく感じた桜は欠伸を噛み殺してベッドを這い出でる。


「ちょっとうるさいわよ!まだ寝足りないんだけ……ど」


 ノックもせずに柊の部屋の扉を勢いよく開いた桜はその光景を見て絶句する。

 理由は言うまでもなく、目の前で幼馴染が妹を押し倒しているからである。


 流石の桜もこの状況を受け入れるには時間を要したようで、目を見開いたまま固まってしまう。


「……ねぇ、湊。どうして私の妹を押し倒してるの?」


 実際湊が柊た押し倒したというのは事実とは反する。

 詰め寄ってきた柊の拘束を抜け出した湊が上体を起こした時、ちょうど桜が部屋の扉を開けたのだ。

 後頭部を打たれ前方に倒れた湊が真後ろから見た桜の目には妹を押し倒しているように見えたというだけの事。

 非があるとすればこちらの姉妹の方だろう。


「…………。」


 一瞬流れる気ますい沈黙。

 かに思われたが、その直後、柊が桜の脇を抜けて部屋を飛び出したのだ。


「ちょっと、柊!?」


 勢いよく階段を駆け下りていく柊には姉の声など届いていない様子。


「ねぇ、湊、アンタ何したの……」


 桜は幼馴染の方に状況の説明をさせようと詰め寄るが、珍しく湊が動揺しており、返事を得られそうにない。


 桜は深くため息を吐いて階段を下り妹を追いかける。

 幸いにも家を飛び出しているというような事はなかったが、ソファーの上でバタバタと足を動かす妹の姿ははっきり言って異常。

 かつて見たことのない、感情の隆起であった。


「お姉ちゃん、どうしよう。私、死んじゃうかもしれない」


 クッションに顔を埋めたままのせいで顔色を伺うことができないが、それでも耳まで真っ赤に染めているところを見るに並々ならぬことがあったのはまず間違いない。


「いい加減何があったのか言いなさいよ」


「何がって……あああああああああああぁぁぁぁぁ」


「ちょっ、柊!?」


 普段は絶対に出さないような大声に、桜は目を見開く。


 ──ほんとに、何なのよ。もう!


 桜は再び階段をドタドタ駆け登り幼馴染に問い詰める。

 しかし、妹の部屋にいた湊は呆然としたまま、さっきから微動だにせずただ虚空を見つめている。


「まだ柊の方が可能性がありそうね」


 再び階段を駆け下りていく桜。

 何度も往復したせいで、若干呼吸が乱れる。

 

 ──ゴロゴロゴロゴロ


 床を転がり回る妹を見た桜はそこでようやく悟る。

 これはしばらく待つしかない、と。






「それで、何があったのよ」


「ぽっ……」


 数十分待って、ようやく落ち着いてきた妹をソファに座らせた桜は問う。

 ちなみに、湊はそのまま2階に放置だ。


 涙目でもじもじと動く柊の様子から、大体のことは想像できてしまったが、本人の口から聞くまでは、刺激しないようにと、極めて大人的解決を図る。つもりである。


「お姉ちゃん、さっき勢いよく扉開けた」


「……それは、悪かったわね。寝起きで少し、気が立ってたの」


「ううん。嬉しかった」


「え?」


「お陰で湊にぃとキスできた」


「は?」


 待て待て、と今耳に入ってきた情報を念入りに処理する。

 

 ──え、どういう事?


「もう一回言ってもらっていい?」


「湊が後頭部を、扉で打たれて倒れた時に、キスできた」


 ぱやぁ〜。

 魂が出そうなくらい大口を開けた桜はそのままフリーズ。

 桜の中ではせいぜい胸を触られてしまっただとか、そういう類だと思っていた。


「そ、それは、あれよね。一緒にお魚図鑑見てただけよね」


「お刺身」


「……本当にしたの?」


「ん。私は今日、世界一幸せな女」


 柊は自分の胸の内から溢れる幸福感を隠しもせず微笑むと姉の左肩をポンと叩く。


「ふふっ」


「……!?」


「今回は事故チュー。でも、一回したら二回目のハードルは下がるはず。私はそのうち『やり直し』も要求できる。お姉ちゃんは今回の事故の加害者。口出しできない」


「ま、待ちなさい、柊! あれは湊の陰謀なの。事故に見せかけてわざと倒れてキスした変態なのよ! お、お姉ちゃんはとっても心配だわ!」


「ん。でも、それが陰謀なら尚更嬉しい。湊にぃは私とキスしたかった」


 柊は何を言われてもニコニコと言い返す。

 桜も、何を言いたい訳でもないのだが、とりあえず今、2人の間を阻まなければならないと、女の勘がそう伝えていた。

 このままではマズいと、放置してはいけないと、本能が告げている。


 それでも、今のこの妹には勝てる気は全くしなかった。

 少なくとも舌戦では。

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