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賭けをしよう



「賭けの内容は──夏休みの宿題デス!」


「却下」


 エマの提案は、まさきの一言で切り捨てられた。

 

「じゃあ、あれでいーんじゃねぇの? 夏休み、みんなで旅行に行く時の、行き先を決める権利!」


 中嶋は人差し指を立てて、そんな提案をする。

 夏休みの旅行か……。


「どうしたんだよ、湊はそれじゃ嫌か?」


「いやいや、問題ないよ。僕がその旅行に誘われていないって点を除けばね」


「あ、そーだった、そうだった! 湊は誘ってなかった。いやいや、参ったね。これから誘おうと思ってたんだぜ? 俺は」


「あ、あたしもだよ。誘おうと思ってた」


 ものすごくフォローめいた言い方。

 僕を邪険にしようとしているつもりは多分ないのだろうけれど、如何せん彼らにとって僕の存在が薄すぎる。


 ほとんど、いるかいないか分からないような扱いだ。


「拗ねんなよ。スネ夫くん」


「つーん」


「まぁ、いいや。そろそろ始めようぜ。大食い対決(せんそう)を!」


 中嶋はトングでバシッと肉を掴むと鍋にぶち込んだ。

 彼女の前とか、女友達の前とか、そんな事を一切気にしない豪快なノリだ。


 しかし、それは向こうも同じようなものだ。

 特にエマなんかは凄い。


 しゅぱぱぱぱぱーっと音が聞こえそうな速さだ。


 こうして、大食い対決が始まった──が!


「悪ぃ、湊。俺、これちょっと辛くて食えねぇわ」


 チゲ鍋が意外と辛かったようで、試合前の余裕から一転。

 枠つぶしに成り下がった。

 しかも、彼は重度の猫舌。普段は少食なはずの桜よりもペースが遅い。


 結局、大食い対決は試合開始早々に決着が着いてしまい、半ば中断となった。

 締まらないなぁ。


 その後は結局、また雑談しながらの食事。

 食べることに集中するよりも、こっちの方が良かったので、僕的にはありがたいかもしれない。


「そろそろお開きにしマスか?」


 店に入ってから2時間後。

 デザートも食べ納めた頃、エマの提案で店を出る。


「いやぁ、食った食ったー」


 いやお前ほとんどデザートしか頼んでなかったじゃん。

 そう思ったけれど、中嶋の満足そうな顔を見て口を開くのをやめた。


「じゃあ、解散しましょうか。僕と桜はこっちだから」


「おう。俺はこっち……」


「あんたはエマを送ってあげなさい」


「うぇー」


 中嶋はここから自転車。まさきは徒歩。

 エマは電車で、僕と桜は改札違いだ。


「さすがに中嶋に悪いよ。駅までは僕達が一緒に行くし、中嶋はまさきと一緒に帰って大丈夫だよ」


 彼氏に他の女の子を送らせることの出来る信頼度はなかなかのものだと思う。

 だけど、まあ、そこは僕達が中嶋カップルに気を遣うところだろう。


「んじゃあなー」


 大手を振って中嶋達と別れ、エマと桜と三人で歩く。

 隣で桜とエマが楽しそうに話している脇で、生ぬるい風に当たりながら考え事。

 

 こんな風に、友達とワイワイ楽しく過していても、僕達は少しずつ大人の階段を上っている。

 いつか、大人になる日が来るのだ。そして、社会に出る。

 姉は多分、そろそろ僕の進路に対する答えを聞きたがっているはずだ。父親の会社を継ぐ彼女の補佐として貢献していくのか、それとも全く別の進路を行くのか。

 場合によっては、高校卒業と同時に、海外へと旅立つ事も考えられる。


 今ある時間が貴重なものだと、嫌でも考えさせられる。


「それじゃあ、2人ともさよならデスね〜!」


 気付くといつの間にか駅に着いていて、エマが手を振って去っていく。

 どうやら、結構な間考え事をしていたようだ。

 僕もエマに手を振り返して改札を通る。


 ちょうどいいタイミングで来た電車に乗って、最寄りの駅へと向かう。


「桜、座らなくていいの?」


「ええ。私、電車では座らないタイプなの」


 あれ、そんなこだわりあったっけ。

 初めて聞いた気がする。


「サドル……」


「え?」


「サドルを盗む人っているわよね」


 ああ、いるな。

 転売目的や愉快犯、特殊性癖だったりと、色々な理由で盗まれている。


「そのうちの特殊性癖の人の話になるのだけれど──正直、気持ちがわからないでもないのよね。好きな人の席に座る。好きな人のベッドで寝そべる。そこに好きな人の自転車に乗る。を加えても、何ら不自然じゃないと思うのよ」


「う、うーん。それはどうなんだろう。というか、こんな所で爆弾発言して大丈夫か? 桜、君って実は女子高生なんだぜ?」


「ええ。分かってるわ。──そう。私は女子高生なのよ。そして、女子高生の臀部が間接的にとは家接していた座椅子は最早特殊性癖の人からすれば、格好の餌なんじゃないかしら」


「桜さん、それはさすがに自意識過剰じゃないか?」


 確かに、桜は可愛いよ?

 けどいくらなんでも考え過ぎって言うか、被害妄想激し過ぎって言うか……。

 むしろ、そんな妄想をしてる桜が心配だよ。


「言っとくけど、さすがの私も何の考えも無しに、こんな気持ちの悪い発想は抱かないわよ?」


 あれ、そうなの?

 心外そうな顔をしてこちらを見上げる桜ははぁ、っとため息を吐いて話を続ける。


「実は、前にいたのよ。私が席を立った後、そこにスライドしてくるサラリーマンが。もちろん、自意識過剰かもしれないわ。むしろそうであって欲しいとさえ思う。けどね、あれだけガラガラの電車でわざわざピンポイントであの席に座ったのを見て、その可能性を考えずにいるのは無理ってものよ」


 ほほう。なるほど。

 一応、経緯があっての主張というわけか。

 まあ、それ以来座席には座らないというスタイルを徹底しているのだとすれば、笑い飛ばしていい内容ではないよな。


「それで、なのだけれど」


「え、まだあるの……?」


「湊。アンタ悩みでもあるの? さっき考え事をしてたみたいだけれど」


「こ、この流れでそう来ますか?」


「何よ。今のは真剣な話をする前振りでしょ?」


「そうだったの? それにしてはちょっと、看過しづらいとこがチラホラとあったけれど」


 そのタイミングで、最寄りの駅に着いたので、僕達は改札を出て家までの道を歩く。

 その間、桜は特に追求しては来なかったけれど、少し歩いたところで、僕は口を開いた。


「実はさ、進路について考えてたんだ」


「進路……ね。真央さん、帰って来たもんね」


「うん。そうなんだ。もしかしたら、こうしてみんなと楽しく遊べるのも、あと1年かもって、考えたらなんか寂しくてさ」


「それってもしかして──」


「うん。僕も海外に行こっかなって、考えてる」


「そう。……見送りの時は、きっと柊と椛は大泣きね」


 桜はそう言って、くすりと笑う。


「桜は泣いてくれないのか?」


「ええ泣かないわ。笑顔で見送るわよ。……でもそうね、笑顔で見送って、部屋に戻ったら泣いちゃう事もあるかもしれないわ」


「そっか。それは是非とも見てみたかったな」


「ねぇ、湊」


「うん?」


「今度私も進路の事で話したいことがあるの」


「お? いいぜ。僕の意見なんて参考にならないかもしれないけど、話くらいなら聞いてあげられるよ。今度と言わずに今からでもいいぞ」


「いえ、今度でいいの。今度お願い。夏休み、みんなで旅行に行った時に話すわ」

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