わかってない
「なんで姉貴がいるの?」
「なんで姉貴がいちゃいけないの?」
僕の問に問で返してきた姉。
この人との会話は本当に時間が掛かる。素直に答えてくれればそれでいいのに。
「どうせだし、みんなと一緒に食べたいなーって思ってね。はっはっはー。なぁ、湊。これが噂のハーレムってやつじゃないのかな?」
姉は積み上げられた重箱を分散して床に置きながら陽気に笑う。
可愛い女の子が2人もいて気分がいいようだ。
ハーレムを楽しんでるのは姉の方だろうに。
「一応、体育祭は保護者の出入りも可だろう? まあ、ほとんど観客はいないみたいだけれど、お弁当くらいは一緒に食べたいと思ってね」
「ふーん」
珍しいな、この人がこんな事言うの。
そんな人間味のある事を彼女が口にする事はまずない。
「私だって寂しいんだぜ? 昔は鼻水垂らして着いてきたガキ共が勝手に成長しちゃうってのも。ついこの前まで、桜なんておしめ替えてる最中におしっ──」
「だまらっしゃい!」
桜は姉に飛びかかって口を封じる。
このふたりって、こんなに仲良かったんだ。姉貴が桜にゾッコンなのは知ってたけれど、桜も満更ではないのではないのかな。
『男には伝わらないもんだよね、女の確執は』
さくらが何か言った気がするけれど、上手く聞き取れなかった。
「まあまあ、頂こうじゃないか。ほら、いただきますー」
姉に無理やり流されるようにして、挨拶をする。
おかずはがっつり和風だ。
全然ハンバーガーじゃなかった。
「真央さんは、いつまで日本にいる?」
ちびちびと卵焼きを齧りながら、柊がそんな問いをする。
そういえば、僕も気になるな。
姉が家にいると、毎日が大変なのだ。
プロレスごっこでよくわかない技をかけられたり、風呂に突撃してきたり(流石に追い出した)夜中叩き起されてカブトムシを捕まえに誘われたり。
しかもお酒を飲むともう手に負えない。
ずーっと喋ってる。日本語で話してくれればいいのに、時々どこの国の言葉かもわからない言語で話し出すものだから、何言ってるのかわからないし、つまらない。
こんな姉に心底懐いている柊の器が僕には眩しすぎる。
「とりあえず、父さんが帰って来るまでは、滞在してるつもりだよ。らぎちゃん、来週デートしようね!」
「うん。する。真央さんとお出掛け楽しみ」
「水族館とかどう? デートと言ったら、やっぱり水族館だよね」
そういうもんかな。
デートと言えば遊園地じゃないのかな。それか映画とか。
水族館って、結構マイナーだと思うんだけど。
どこにでもあるものじゃないし。
「うん。水族館行きたい」
柊が珍しく表情を崩して微笑む。
その隣では、何故か桜がリスみたいに弁当を口の中に詰め込んでいる。
桜も行きたかったのかな。この前行ったばっかりなのに。
『違う、湊くん。あの顔をよく見て。あれは湊くんと二人で行ったデートを思い出してニヤけるのを我慢してる顔だよ』
いや、見てもわかんねぇよ。
それに、あれは僕の哀れみのために出かけたのであって、デートじゃない。
「狙ってる子以外と2人きりで水族館なんて、普通は行かないよね」
「うん。真央さんは特別。同級生の男の子とは絶対行かない」
何気ない姉と柊の会話が、何気に桜へとヒットしているようで、口の中に溜まったご飯を咀嚼しながら俯いている。
というか、僕もちょっと居心地が悪い。
「そういえば、真央さんに相談がある」
「ん? どうしたの?」
唐揚げをひょいと摘んだ姉は一歩分柊との距離を詰めた。
何故詰めた?
「部活の先輩の彼氏に告白された。浮気しようとしてる。執拗い」
「ふむふむ。なるほど。つまり、その少年の浮気相手を私にすり替えて、私が付き合えばいいんだね。分かった、分かった。任せておいて」
全然なるほどじゃない。全然分かってない。
「その人、湊にぃのこと殴った。私はその人嫌い」
「……なるほど。分かったよ」
なんだよ、今の間は。
絶対分かってないってそれ。
「姉貴、頼むから余計な事は──」
「なるほど、なるほど。了解道中膝栗毛」
全然分かってねぇよ……。