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流される


「GO!」


 僕の短い掛け声に合わせ、桜が右足を踏み出す。

 僕はその一歩で、彼女のペースを掴んだ。


 僕達は掛け声もなく、そのまま疾走する。


 本来、反時計回りで走るトラックは、歩幅の大きい人間を右側に配置した方が、タイムは出やすい。

 

  けれど、僕の立ち位置はいつだって彼女の左隣だった。


 僕の家が桃原家の左隣だとか、今の席が左隣だとか、歩く時はいつも僕が車道側を歩いていただとか、色々と理由はある。


 僕達はこの立ち位置が1番しっくりくるのだ。


 僕は全力で走る彼女に歩幅を合わせるだけ。

 この程度の事、とっくの昔に染み付いている。

 

 一組、二組、どんどん抜いていく。


 僕達は肩を組む必要さえない。

 ただ前を見て、走り続ければ──


「ほらね。僕達は負けない」


「当然の結果だわ」


 僕と桜のペアは一位。

 僅かに膨らんだ胸の差で、僕はゴールテープを切れなかったけれど、その栄光は僕らのものだ。



「「さて、困った(わ)ね」」


 僕達は、二人三脚の止まり方を知らない。

 冷静に考えれば、徐々にペースを落としながら、校庭を走ればよかったのだけれど、そんな事が直ぐに思い浮かぶ訳もなく──僕達は砂場に突っ込んだ。


「……ったた。桜、大丈夫か?」


「ええ。命に別状はないわ」


 いや、そこまで重度の心配はしてないんだけどね。

 砂場で転んで死んだんじゃ、死んでも死に切れない。

 生霊と死霊で幽霊が2人になっちゃうかも。


「湊、足解いてくれる? 目の中に砂が入っちゃったみたい」


 ギュッっと目をつぶった桜は肘に着いた砂を払う。

 僕は彼女の隣に座り直すと、布を解く。


「よし、いいぞ」


「悪いけれど、水道まで連れて行ってもらってあげるわ」


「おい、読点の前と後ろで文脈がおかしくなってるぞ」


 僕は桜の手を取り、水道へと向かう。


 ……居心地悪いなぁ。


 桜は今、僕に体を預けている状態なのだけれど、はっきり言って、二人三脚の時よりも密着している。

 そんな僕達を見た同級生達がニヤニヤしながらこっちを見ているのだ。

 ほんと、勘弁してくれよ。


「桜、着いたぞ」


 僕は蛇口を捻って水を出す。


「洗ってもらっていいかしら?」


「それくらいは自分でやってくれ」


「美海心恋って子にはあんなにも至れり尽くせりだったのに?」


 桜は明後日の方向を向いてそんな事を言う。

 僕はそっちじゃありませんよ。


 ……けど、まあ、それを言われちゃ僕も弱いよな。

 桜に関しては些か甘え過ぎな気もするけれど、今回は仕方ないか。


「こっち向いて」


 僕はハンカチを湿らせて、砂を拭う。

 ……これ、水で濡らす前にある程度取った方がよかったな。失敗だわ。


「順調です、桜さん」


 吐く必要のない嘘をついた。

 

「別に、今日は化粧とかしてないから、気にしないでいいわよ」


 ……桜、化粧なしでこのレベルなのか。


 一瞬、そんな想像をして唾を呑む。

 というか、変なこと考えたせいで、今のこの顔がキス顔みたいでまともに見られないんだけど。


『しちゃえばいいじゃん。ちゅーって』


 できるわけない。

 それはいくら何でも無茶振りが過ぎるんじゃないかな。


『きーす! あそーれ、きーす!』


 ……生霊にミュートボタンはないんでしょうか。


『でもね、これ、桜ワンチャン狙っての、この顔だからね?』


 いやいや、僕にそんな男らしさ求められても無理だから。こんな人前で、更には付き合ってもない人とキスなんて、難易度高過ぎてムリだから。

 一日で夏休みの宿題終わらせる方がまだ可能性がありそう。


『男みせてよ湊くん! ほら、さくらとした時みたいな情熱的なやつを!』


 あれはさくらがしてきただけで、僕がしたわけじゃないんだよ。


『いけ!』


「いかない!」


『いけ!』


「いかない!」


『いけ!』


「いかな──」


「湊にぃ、なんでお姉ちゃんにキスしようとしてるの?」


「…………へ?」


 そこに現れたのは、なんと柊だった。


「やめてくれよ、らぎちゃん。紳士な僕はどう見ても桜の顔を拭っているだけじゃないか」


「でも、湊にぃ。眼光が光ってた。拭きながら──少しずつお姉ちゃんに迫ってた」


 いやいや! いやいやいやいや、そんなこと絶対にないから。


「ほ、ほら、桜。目元は拭けたし、あとは自分で洗ってくれよ」


 僕は桜にハンカチを突き付けて少し退く。

 というか、なんで別のグランドで競技してるはずの柊がここにいるんだ?


「私の出る競技が全部終わったから見に来た。……湊にぃまだ競技残ってる?」


「あー、実は僕ももう残ってないんだ」


「……そっか。湊にぃのかっこいいとこ見たかった」


 少しだけしょんぼりとしたように見える柊。

 午後は6クラスでカラー別対抗になるので、柊とも会場は同じになるのだけれど、僕が出る種目はどれも見せ場のないような全員参加のものだけだ。


「残念。また来年に期待」


 気が早いなぁ。


「桜はまだ残ってた気がするぞ?」


「ええ。玉入れがあるわね」


「興味無い」


 柊はバッサリと切り捨てる。

 桜って妹がとっても大事! みたいなところがあるけど、柊の方は結構ドライだよな。

 普通に仲の良い姉妹ではあるんだけれど、姉に対しては変にストレートだ。


「ねえ柊。どうせならお昼は3人で一緒に食べない?」


 ぴくぴくと口角を痙攣させた桜がそんな提案を柊にする。


 何故か僕も一緒に食べる前提になっている。

 一応、中嶋と食べる予定だったんだけどなぁ。


「あいつは一緒に食べれないわよ。二人三脚の私のペア、本当は中嶋だったのだけれど、軽薄が移りそうだったから、私が病院送りにしてやったの」


 ……それが事実なら可哀想だなぁ。


 でも、実際は中嶋が気を回したのだろう。

 この場合は──


『桜のために、だね。中嶋くんは桜の味方だから』


 味方って。

 僕が悪者みたいに言うなよ。


 けど、まあ、僕が二人三脚に出たのが作為的なものなのだとしたら、多分中嶋はしばらく寄ってこないだろうから、桜達とご一緒させてもらうのもいいかもしれない。


「じゃあ、お昼は一緒に食べようか」


「わかった。真央さんが重箱を用意してくれてるらしいから、後で取りに行こ」


「しかも手作りらしいわ」


「中身は全部ジャンクフード」


 重箱の意味あるのかなぁ。


誤字報告助かってます。

ありがとうございます!

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