天使と尊死
桜……幼馴染
さくら……幼馴染の生霊
「それで、さーちゃんは桜の中にある僕の事が好きな気持ち……が、生霊化した存在ってことでいいんだよね?」
なんだこれ。自分で言っててすごい恥ずかしい。
『うん。……まぁ、そんな感じ、です』
しかも、急にしおらしくなったさくら。
今更になって羞恥心がでてきたらしい。
そういう反応されると、僕もちょっと気まずいので、やめて欲しいです。
部屋で哺乳瓶に酒を入れて女児アニメを見ていた姉と遭遇した日の夕飯並に気まずい。
「さーちゃんは、みんなから見えたりするの?」
僕は、伏せ目で髪をくるくると弄るさくらに話題の提出を行う。
僕も別に霊感があるわけじゃない。
だから僕に見えるなら他の人にも見えるのではいかと思ったのだけれど──
『基本的にはさくらが見えるのは、さくらが取り憑いた湊くんだけだよ。ちなみに、直接触るのは夜じゃないと湊くんにも無理かな』
「あれ? でも、さっきは僕を叩いたり揺すったりしてなかった?」
『うん。だからね、直接じゃなければ触れるんだよ。ぴこぴこハンマーだったり、布団だったりを通せばね。嗚呼、だから、ごめんね、湊くん。今、さくらは湊くんとエッチな事は出来ないの』
エッチな事ってお前なぁ。
「あ! でも、そんな事ないぞ? コンド──るぁぁぁ!」
僕が言いかけた言葉は顔を真っ赤にした生霊によって阻まれた。酷い鈍痛。どうやらボディブローを食らったらしい。
なるほど、服を通せば暴力も振るえるのか。
痛くて吐きそう。
『はわわ〜。湊くんってば、朝から大胆過ぎだよ。夜まで待って!』
さくらは再びくねくねしながらそう言った。
はわわ〜系女子の威力じゃねぇぞ、これ。
「ちなみに、夜ならいいの?」
『うー。湊さんのえっち。そんなんだから桜にだって──』
何かを言いかけたさくらは「あっ、」と声を漏らすとそのまま口を噤んだ。
「そこで止められると気になるんだけど!?」
何? 桜のやつ、僕のこと何か言ってたの?
『ところで、なんだけどね。ビビるとか、マジとかヤバイとかって、実は江戸時代の頃からある言葉なんだって〜』
露骨に話を変えたさくらは、鳴らない口笛をふすふすしながら雑学を披露してきた。
「話題の替え方下手くそか!」
そんなに言いづらい事なのだろうか。
「ちなみに、ビビるとかムカつくに関しては平安時代から使われてたはずだぞ?」
これもネットの情報だから確証はないけれど、多分間違った知識ではないと思う。
『ねぇ。さくらが披露した雑学にそれ以上の知識量で返してくるのやめてくれるかな? そんなんだから桜にだって──』
──以下同文──
『こほん。それでね、こうして生霊になれたからには、湊くんにお願いしたいことがあるんだけど……』
「なんだ? なんでも言ってくれよ。僕とさーちゃんの仲だしな。困ってるなら力になるぜ」
困ってる幼馴染の生霊を見捨てられるほど、僕は冷たくない。
困ってる幼馴染は見捨てるかもしれないけどね。
『困ってるわけではないんだ。こうして湊くんとお話もできるしね。むしろ嬉しいくらい』
「そ、そう? ならいいんだけど」
さくらは僕への好意を隠そうともしない。
桜には嫌われてると思っていたので、これだけ彼女が積極的に言葉を掛けてくれると、僕も救われる。
『えっと、あの……あのね、一応手袋用意したからさ。その……なでなでして貰えないかな?』
さくらはスカートの裾をぎゅっと握り、ちょっとだけ上擦った声でそう言った。
生霊のせいで少しだけ透けているけれど、耳の先まで真っ赤なのがわかる。
これは断れないな。てか、断りたくない。
僕はさくらに手渡されたグローブを手に填める。
「へぇーい、ばっちこーい……って! 僕は野球少年か!」
『……ノリツッコミはちょっと』
こいつ素でドン引いてやがる。
彼女の好意を持ってしても、今のは受け入れられないらしい。
「ごめん、今のは面白くなかったね」
さくらと一緒だと、昔を思い出してついついテンションが上がってしまう。今のだって、中学生時代のノリだ。
「それで? 上半身と下半身どっちを撫でて欲しいんだ?」
『上半身』
「胸か?」
『頭だよ!』
「チッ」
『し、舌打ち!?』
冗談です。
照れ隠しが済んだ僕は今度こそ、彼女に渡された薄い布の手袋を填めて、そっと彼女の頭に手を伸ばす。
『ふゆぅ〜』
さくらの髪はツヤツヤでいて、ちょっとだけひんやりとしていた。少し身体が強ばっているような気もするけれど、気持ち良さそうに目を閉じている。
──なにこれ、僕の幼馴染の生霊めちゃくちゃ可愛いんだけど。
「懐かしいなぁ」
昔はこうやって、泣きじゃくる桜を慰めてあげてたものだ。
僕はそのまま逆の手で彼女の頬に手を添える。
ふにっと何の抵抗もなく頬の肉が持ち上がる。
うわぁ、もちもちだ……。
ふみふみと頬に指を沈める度に、艶めかし唇がぷるんと揺れる。
『ふぁ〜』
さくらの口から、甘い声が漏れる。
恥ずかしそうにこちらを見つめる瞳は少しだけ濡れていた。
緩やかに加速していく鼓動で少しだけ胸が苦しくなる。
そんな僕の心中を慮る事もなく、さくらは口を開く。
『湊くん、あのね?』
「お、おう?」
『……大好き』
嗚呼、どうやら口の悪くない幼馴染は──天使のようだ。
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