姉強し
「なぁ、湊。分かるか? 可愛いと好きには明確な差がある訳よ」
「いや、うん。まあ……そうだよな」
「後、可愛い子ってのは、性格が悪い」
「それは偏見だと思うけど、そのジンクスに当てはまる例は多い気がすんだよなぁ」
僕と中嶋の間に少し気まずい空気が流れる。
どうして僕達がこんな会話をしているのかといえば、時を遡るほど5分前。借り物競走でのことだった。
この種目は女子専門。女の子の胸ばかり見ている中嶋に付き合って、僕も一緒にその競技を見ていた。
「なあ、湊。やっぱり学年一番の美少女と言ったら、お前も真琴ちゃんを推すのか?」
第1レーンに並び、無邪気な笑顔を振りまく彼女を指して、中嶋はそう言う。
確かに、その容姿は抜群に優れていて、高校生とは思えない大人びたスタイルは女性の憧れとまで言われている程だ。
「僕もあの子はめちゃくちゃ可愛いと思うけど、見た目の好みで言ったら桜かなぁー」
なんだかんだ、見た目が桜に適う女子には巡り会っていない。
「なんだよ、ノロケかよ。えんがちょ」
別に汚くはないだろ?
「中嶋は違うのか? お前、ああいう子好きそうだけど」
「いやいや、俺のイチオシは神咲さんだぜ?」
「あー、お前そっち系か……」
僕の趣味とは合わないかな。つーか、彼女はどうしたよ。
「いやいや。彼女が一番好きだからって、一番可愛いと思うかは別だろ?」
「そういうもん?」
「そういうもんだろ。好きだからって理由で世界一可愛く見えてる頃もあったけどさ、やっぱり可愛いと好きは違ぇよ」
「ふーん」
僕は好きでも、好きじゃなくても、桜が一番可愛いと思う事には違いないけれど、可愛くない人を好きになったらそうなるのかな。
「お前、俺の彼女可愛くないって言ったか?」
「いやいや。そういう意味じゃないぞ! そもそも、中嶋の彼女って、僕知らないし。顔見た事ないし」
「あー、そうだったっけ? 今度紹介してやるよ。まさきってんだけど、性格悪くて笑えるぜ」
まさき? まさか……まさき? いやいやまさか。
桜の友達にひとり、同じ名前の子がいたけれど、もしあの子が中嶋の彼女なら、あまりにもお似合い過ぎて笑う。
というか、普通に可愛くてムカつくわ。
そんな会話をしているうちに、借り物競走が始まった。
美しいフォームで先陣を切った我らがアイドルこと真琴ちゃんは一番に紙を開き、観客席へと走っていった。
しばらくして、彼女はあろう事か、クラスメイト全員を連れてゴールしたのだ。
「いやぁ、やっぱり学年一番のアイドルは違うなぁ」
中嶋はうんうん、と頷く。
可愛いくて男女共に人気。
クラスのみんなと手を繋いでのゴールは順位に関係なく、会場を湧かせた。
そんな彼女のお題は──アクセサリー。
『続いての競技はクラス対抗400mリレーです』
気まずい僕達の空気を流すように、校内放送が流れる。
「あ、出番みたいだぞ」
僕は中嶋の手を引っ張って立ち上がらせると、そのまま招集場所へ向かう。
400mリレーのメンバーは僕と中嶋と桜、それから秋津さんという女子を加えた4人だ。
ちなみに、僕は第一走者。
心臓がバクバクである。
「アンタ、大丈夫なの? 産まれたての小鹿並に足元プルプルよ? そんなんで走れるの?」
桜がはぁ、っとため息を吐いて僕を一瞥。
こいつは緊張とは無縁そうだもんなぁ。
「私もゲロ吐きそうだけど、一緒に頑張ろうね!」
秋津さんもプルプル震えながら僕を励ましてくれる。
気持ちは嬉しいけれど、吐きそうなら自分の心配をした方がいい。
クラス対抗リレーはそれだけ盛り上がる種目。
全員リレーももちろん盛り上がるのだけれど、代表同士のこの戦いは大いに目立つのだ。
『走者は所定の位置に移動してください』
マイクを持った体育委員らしき人の合図で、僕達は散開する。円陣くらい組んでも良かったかな。
「お互い頑張ろうね」
僕が位置に着くと、隣から声が掛かる。
そこには爽やかなイケメンが立っている。
こういう眩しいやつは苦手だ。
「正々堂々頑張ろう」
ニコリと微笑む彼の名は──たしか、望月くんだったっけ。色々と有名人だから、僕も一方的に知っている。
イケメンが正々堂々という言葉を使うと、悪いことを企んでいるのではないか?と身構えてしまうのは良くないアニメの影響ですか。
僕達は位置につき、そして構える。
僕はここで一番初めにバトンを渡そう。
そこで桜に繋いで──そのまま一位を獲るのだ。
そう思った。──けど、いるんだよなぁ。世の中にはホンモノが。
隣コースを走る望月くんは出だしからして圧巻だった。
爽やかなイケメンに負けたくないと思う一方で、その背はグングンと離れていく。
僕だって、足は決して遅くない。というより、美海心恋には早い方だと、太鼓判も押してもらっていた。
けど、負けた。
僕が桜にバトンを繋いだ時には、既に隣のクラスはスタートを切っており、結果、最後まで順位は変わらず、二位で幕を閉めた。
「いやいや、望月くん速すぎませんか!!!」
「そうかな? 毎日姉に追いかけ回されてる甲斐があったのかな」
望月くんも、姉が変わってる人なのだろうか。
僕には普通というものが分からないけれど、多分普通の姉は弟を毎日追いかけたりしない。
「やっぱり、姉を持つと苦労するよな。分かるよ、その気持ち」
僕はボソリと、そんなことを言った。
「もしかして同士かな!? 隅田くんもお馬さんごっことかプロレスごっことかして、泣かされるの?」
「いや、我が家はもう少しだけマシです」
爽やかなイケメンのくせに、Mなのかな。
ちょっと怖いや。闇に触れてしまった気分だ。
「いやぁ、隅田くんはき……おっと、またねー!」
何かを思い出したように去っていく望月くん。
どうしたのだろうか?
そんなふうに思いながら後ろを振り返ると、桜達がいた。
「勝者に媚び諂うなんて、いい根性してるわ」
あ……不機嫌だ。
「いやぁ、惜しかったねえー。最後はちょっと差が縮まったと思うんだけどなぁー」
中嶋は空気を変えようとそんな事を言う。
お前は本当に良い奴だよ。
「まあ、いいわ。負けは負けよね。次の種目で勝てばいいのよ。湊も、ちゃんと準備運動しときなさい」
そう言って去っていく桜。
あれ、僕はもう午前中には出番ないはずなんだけどな。