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ブラコン


「やぁ、桜ちゃん! 久しぶり〜!」


 インターフォンの前の向こうから不快な声が聞こえる。

 隅田真央──湊の姉である。


 ひとことで言って、私はこの女が好きじゃない。

 

「今、誰もいませんよ」


 鼻をつまんでナレーションアピール。


「居留守ってやつ? そんなに私に会いたくないかー。悲しいなぁー」


 一瞬で演技を聴き破られた私は、わざとらしく泣き真似をし始めた真央さんに頭を抱えながらも、玄関へと向かう。


「……こんばんは」


「こんばんはー桜ちゃん。元気だった? また少し胸が大きくなったんじゃないかな? 多分中学生時代のらぎちゃんと同じくら──ちょっと待って、ごめん。閉めないでー」


 本当にいちいち嫌味ったらしい人だ。

 これで女子にモテるって言うんだから、本当によく分からない。


「こう見えて、私は桜ちゃんが好きなんだよ?」


「こう見えて、私は真央さんが好きじゃないです」


 何故か柊の方は真央さんにとても懐いているけれど、私は騙されない。この人の真の姿が私にはわかるのだ。

 そして、この人も真の私の姿がわかる。


 だから、いつまで経っても相容れない。


「今週の土曜日暇かな? 良ければデートにでも……」


「行きません」


 ピクリと、笑顔を浮かべた真央さんの口許が痙攣する。


「いつまで猫を被っているつもりですか? 私には貴女の本心が見えてるって前に言いましたよね」


「さてー、言ったかなぁ。覚えてないや。私はただ、一人の女の子としての君に興味があるんだけどね。可愛いし」


「ありがとうございます。──でも、いくら真央さんが私を誘惑したところで、湊から鞍替えなんてしませんよ?」


 確信をついたその言葉。これが決め手だった。

 真央さんは大きくため息を吐いて据わった目でこちらを見つめる。


「それは困っちゃうなぁ。だって──君は枷だ」


 これが本質。彼女の本音。

 女好きを偽装した理由はただ弟に近付く女を遠ざけるため。有り体に言って──


「ブラコン」


「ちっ、違う! ブラコンなんかじゃない!」


「LlNEのアイコン画像を自分とのツーショットに設定させてるくせに?」


「そ、それは、その……たまたまよく撮れた写真があったから!」


「帰省時は毎回同じベッドで寝るのに?」


「み、湊はまだ子供だからね。いくら、高校生といってもまだ甘えたりないだろうから、母親に素直になれないぶんを私が代わってやろうと……」


「つまり、全部湊のため。──ブラコンじゃないですか」


 多分、本当は自分のためなのだろうけれど、この際どっちでもいい。

 真実はこの人は重度のブラコンであるということ。それだけだ。


「うっ……何か否定できる材料は……そうだ! 私は女の子とお付き合いしたことがある!」


「ああ、知ってますよ。その人、中三の時の湊のクラスメイトですよね? 大事な弟が取られたくなかったんですか?」


「あわわわわ」


 この人も私が好きじゃない。


 むしろ、この世界で誰よりも、私を嫌っているのだろう。

 縋って、振り回して、傷付けて。

 そうして私はただ、湊の重荷になり続けた。


 そんな私を快く思ってないことはすぐに分かった。

 私もこの人と同じ女だから。


「湊は普通の男の子だ。特別じゃない。だからこそ、特別な境遇が必要なんだよ。──そこに君は邪魔なんだ。生涯を誓い合うには君達は子どもで、まだ視野が狭過ぎる。例え君のその気持ちが本物だとしても、それを伝える勇気がない。その不安定な関係は湊を惑わせる」


 それくらい分かっている。

 分かっているけれど、特別じゃない彼を私は特別に感じたんだ。

 私には湊の隣に立つ資格はないかもしれないけれど、彼に散々迷惑をかけ続けてきた私だからこそ。


 結果がどうであれ、結末がどうであれ。


 今度は私の為に──


「今年の夏、湊に告白します」




☆☆☆☆☆☆



「へくちっ」


『湊くん、随分と可愛いくしゃみをするんだね』


 どうやら湯冷めしてしまったようだ。


「ぶっちゃけ、今のは狙った」


 くしゃみってさ、何故か色々とアレンジを加えたくならない? わざと大きくしたり、音を高くしたり。


『……全然わかんないや、その気持ち』


「そっか。変わった人もいるんだなぁ」


『まるで自分が多数派みたいな物言いを……』


「ははっ。もしかしたら、誰かが僕の噂をしてるのかもしれないな」


 冗談めかして笑うが、残念ながらさくらはクスリともしなかった。


「にしても、姉貴は帰ってくるの遅いな。桜の事が大好きなのは知ってるけど、桜は昔から姉貴の事苦手そうにしてたからなぁ」


 桜は今も昔も人とは壁を作って接している。

 うちの姉のようにグイグイくるタイプは苦手なのだろう。


『違うよ。女の確執だよ……』


 確執? 別に対立しているようには見えないけどな。

 

『男の子には、そういう女の子のドロっとした部分は伝わらないかぁ』


 いやいや。桜も姉貴もさっぱりしてるだろ?

 むしろ僕の方がねちっこい自信があるくらいだ。

 僕が納豆なら、彼女達はレモンだ。


『でも、レモンが必ずしもさっぱりとしてるとは限らないでしょ? ほら、レモンの葉っぱってベトベトしてるってよく言うし』


「それはカイガラムシってやつの仕業だ。だから、レモン自体がベタついてる訳じゃないんだよ」


『まーた、雑学を上乗せしてくる』


 このやり取り、何回目だ?


「ごめんよ、さーちゃん。僕はお利口さんだからね。教養もあるのさ」


『他人や親の言うことをよく聞く人間を指してお利口さんって言うこともあるけど、それってなんか支配的なとこがあって気分良くないよね』


「まあ、確かに都合が良い人間を利口と言うのは少し違う気もするね。──けどその話、今関係あったかな?」


『ないね』


「ないかー」


『ただ、真央さんと桜の話に戻すと……さくら、今ちょっと焦ってます』


「焦ってる? どうして?」


『だって、湊くんの桜に対する好感度、全然上がってないもん。さくら的にはもっと初々しくも積極的になって欲しいんだけど』


 なんだよそれ。

 関係なんて、そう簡単に変わるもんじゃないだろうに。


『おはようって言う時、湊くんには声が裏返って欲しい』


 すげー想像しやすい具体例持ってきたなぁ。


「おっ、おふぁよう。デュフッ。いい天気でござるな、桜殿」


 てきな?


『百年の恋も一瞬で黒歴史だよ』


 せめて冷める程度で済ませて欲しい。

 黒歴史まで言われると、僕が悪いみたいじゃないか。


『んー。どうしたら湊くんは桜を好きになってくれるんだろう』


 そういうのは、出来れば僕のいない所で考えてほしいんだけど。


『鈍感男子と回りくどい女子の先なんて見えないよね。桜が正直に、好きだ! 抱け! お前の子供が産みたい! って言えばいいのかな』


 なんだ、その男らしすぎるプロポーズ。

 桜がそんな事言うなんて絶対ありえないけれど、もし言われたら僕は確実に桜のお嫁さんになっちゃうね。

 桃原湊だよ。


「まあけど今更、何かのきっかけで好きになるような関係じゃないだろ? 何よりも時間を積み重ねることだと思うぞ?」


 これも確か、前にも言ったっけな。


『でも、そんな事言ったら、桜を好きになるとは限らないって事だよね。見方を変えれば、今の湊くんは桜よりも柊を好きになる可能性の方が高いって事になるんじゃないの?』


 なるほど……それは考えたことなかったな。

 確かに柊も、いつの間にか大人になっていて、ドキッとさせられる場面も多々ある。


「その可能性もあるのかもしれないな……」


『えええ!?』


「人間、好きになる人は選べないんだぜ?」


 選べたなら、きっと今頃人間の人口200億人くらいまで増えてたに違いないのだ。何処も彼処もアリの巣みたいな大家族に。


『それは盛りすぎだね』


 そうかな。そうかも。


『でもさ、思い込みや気の持ちようで、人の見方って変わるものじゃないの?』


「んーどうなんだろうなぁ」


『でも、湊くんは真央さんを異性として好きになったりしないでしょ?』


「もちろん。だってそれは僕達が──ああ、なるほどな。好きにならないのが当たり前。そんな刷り込みがあるわけか」


『そうそう。姉弟による恋人関係も、結婚できないだけで罪ではないのに』


「なるほど。自己暗示ってやつか」


 感情とは裏腹に脳が勝手に情報を処理しているのかもしれない。


『上手くマスターすれば、明後日の体育祭で大活躍したりピーマンが食べれるようになったりするかもしれないね!』


 今更頑張っても体育祭には間に合わないだろう。

 それに、僕はピーマンだって嫌いじゃない。


『ほほう。体育祭には自信ありって感じ? でもそっか。湊くん昔から運動神経良かったもんね。……その分ヤンチャだったけど』


「小っ恥ずかしいから昔の事は掘り返してくれるなよ」


 きっと、さくらの知る昔の僕ならぬ俺は、イタズラばかりのガキンチョで、気に入らない事があれば駄々を捏ねる手に負えない頃の僕を指している。


 今思うと、恥ずかしいことこの上ない。


『でも、その気に入らない事の中に、桜へのイジメも含まれてて、いつだって守ってくれてたよね』


 それはまぁ、そうだけど。

 でも、よく考えたら、不思議なんだよな。

 好きだから、イジメが気に入らなかったわけではないのだ。

 むしろ、順番は逆で、そうして桜と関わっているうちに少しずつ惹かれていったのだ。


「もしかして、僕には正義の血が流れてるのか?」


『異世界にでも行ってくればいいのに』


 投げやりなさくらの言葉に若干傷つく。

 と、その時、玄関がガチャりと開く。


「みーなーとー! ビールー」


 残念なことにオチのないまま話は終了。


 姉貴が酒をご所望らしい。

 何か嫌な事でもあったのかなぁ。


 酔った姉にウザ絡みされる未来を見た僕は、ため息を吐きながら階段を下った。


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