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「最近桃原さんとの距離が近いって、噂になってるよ?」


 放課後の図書室、美海心恋(みみここ)とふたりで受付カウンターに座りながらの雑談。


 勉強の為に図書室を利用する人はいても、本を借りる為に図書室を利用する人はほとんどおらず、何もしないまま、無駄な時間だけが刻々と流れていく。


 ──有り体に言って、とても暇だ。


「最近、仲良くなってきてさ。週末なんかはお出かけに行ったんだぜ?」


「へー、桃原さんが男の子と遊びに行くなんて、よっぽどなんだね」


 美海心恋は意外そうに頷きながら、僕の話を聞く。

 桜はいつも陽キャ組(勝手に呼んでるだけ)と一緒に学園生活を送っていて、その中には当然、男子もいる。

 女子にモテそうな運動部系の連中だ。


 僕はてっきりそいつらと水族館に遊びに行ったりしているものだと思っていたけれど、違うのかな。


「いやいや、水族館なんて、最早デートスポットでしょ!? ただの友達と行くようなとこじゃないよ!!」


「そうか? 陽キャはみんな水族館で遊ぶんじゃないのか?」


 僕の放課後は空き地で野球が主流だし、土日に出掛けるとしたら、柊の買い物に付き合うくらいのものだ。


「じゃあ、美海心恋は男の子と二人で水族館に行ったりしないのか?」


「もちろん! ボクだって好きな人以外とは2人きりで行ったりしないよ。……えへへ。でもね、この前は大地くんと二人で動物園行っちゃった!」


 大地くん? 誰だそれ。


「美海心恋って彼氏いたっけ?」


「彼氏じゃなくて推しね」


 サイフからカードが出てくる。

 そこにはやたらと色気のある青年のイラスト。


「この、大地くんって人と一緒に動物園行ったの?」


「うん! そうだよ」


 ……実質独りじゃねぇか。


「でも、何だろうな。この大地くん、僕に似てないか?」


 冗談混じりのセリフ。

 だけど、それに対して、美海心恋は過剰な反応を見せた。


「それ、オタクに対して絶対言っちゃダメなセリフだよ!? 二次元と三次元は文字通り次元が違うの!」


 怒られた。怒られてしまった。


「ちなみに、なんのキャラなんだ?」


「『山田くんがいやーんまだぁ?に変わるまで』って作品に出てくる玩具メーカーの御曹司」


「くっそしょうもねぇタイトルでヤバ」

 

 考えるまでもなく、腐ってやがる。


「キミが大地くんと張り合いたいのなら、もっと日常的に中嶋くんとイチャイチャするべきだと思うんだよね」


「する訳あるか!」


 どうして僕がそんなことしなきゃいけないんだよ。

 勘弁してくれよ。

 

「けど、女子の大半は2人のやり取りを見て如何わしい妄想をしてるんだよ? 隅田って苗字を脳内変換で磯野に変えて」


 したり顔で言うセリフじゃないだろう。


「やめてくれ。というか女子の大半を美海心恋の思想に巻き込まないでやってくれ」


「ボクは体育祭が楽しみでならないよ。男の友情というものをボクに見せてくれ」


 男の友情にイヤらしさを求めるなんて、こいつはもう手に負えない。数少ない女友達だと思っていた美海心恋はその友情までもを食らう鬼だった。


「ったく。美海心恋はどんな話題を挙げても毎回最後にはBLの方に話を持っていくよな。建設的な話は出来ないのか?」


「うーん。そうだね。じゃあ、夏休みの予定についてなんだけど、どうかな?」


「いいと思うぞ。僕は日がな一日ベッドの上でゲームか動画でも見て過ごすさ」


「夏っぽいことをしようとは思わないの?」


「夏っぽいこと? それは桜に、スイカに変わって頭を竹刀で叩かれるとかそう言った類の予定か?」


「桃原さんそんなことするの!?」


「しないとは言えない……」


「言ってあげて。幼馴染なんでしょ!?」


 まぁ、桜はちょっと凶暴なところはあるけれど、別に暴力が好きな訳では無い。

 いつも武器を何処かに隠し持っている怖さはあるけれど、別に好き好んで僕の頭を叩いて中身をぶちまけようとは思わないはずだ。


「美海心恋はなんか予定とかあるのか?」


「うーん。そうだねぇ。お盆には父方の祖父母のお家に行くかな」


「へぇ、田舎へ里帰りって奴? いいな。そういうの」


 潮の香りがする海辺の家。

 のどかな縁側。

 庭から見える花火。


 風情がある。


「いや、ロンドンなんだよね」


「僕の妄想を返せ!」


 ロンドンって……オシャレすぎてコメントのしようもない。


「お土産、買ってきてあげようか?」


「お、それは嬉しいな。是非貰いたい」


「ふふっ。期待しておいてね。ボクの渾身のセレクトを見せてあげるから」


 微笑む美海心恋。

 ただ少し、その言葉が姉の言葉と重なるようで、僕は苦笑いを浮かべた。






「失礼な事を考えてなかった ?」


「あ、姉貴……」


 家に帰った時、僕を出迎えたのは実の姉──隅田真央だった。

 

「ま、まずはただいま。それとおかえり」


「おかえり、そしてただいま」


「えっと、父さんは?」


「どうして私と話してるのに、父さんが出てくるのかな?」


 うわぁ、どこかで聞いた事のあるセリフ。


「姉貴、確か帰ってくるのは明日のはずだったんだけど」


「もちろん嘘さ。愛すべき愚弟がちゃんとやれているか、抜き打ちチェックをする為にわざと一日後の日付を伝えたのさ。……ただ、この様子を見るに読んでいたようだね」


 姉貴はニヤリと口許を歪める。


 愛してる人に対して愚かと言うのか、この人は。


 けど、読んでいた、というのは確かに間違いない。

 何となく、察していた。

 これでも僕達は血の繋がった実の姉弟。


「母さんは仕事かい?」


「……僕と話してるのに、他の女の話はしないでくれないかな?」


「はっはっはー。気持ち悪いなぁ」


 えええ!?

 

「まあ、いいさ。湊とは後でゆっくりお話するとして、湊が帰って来たということは、桜ちゃんも帰ってきたのかな? 愛しの我がエンジェル。今会いに行くからね」


 女好きに磨きの掛かった姉は両手を広げて廊下を走り去っていく。相変わらずよく分からない人だ。


 僕は桜の貞操が無事なことを祈って夕飯の支度に取り掛かった。


 

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