おっほっほー
「おいおい、なーに週明けから辛気臭せぇ顔してんだよ」
中嶋は僕の顔を覗き込んで、ニヤニヤと笑う。
「僕は自分が思ってるより若くないみたいだ」
土曜日の夜は、桃原家に泊まった。
そして、日曜日もまた、桜とお出かけ。
その日は椛も一緒に、3人でボーリングとカラオケに行ったのだけれど、家に着いた時にはなかなかに疲労困憊で、風呂だけ済ませて直ぐに寝てしまった。
朝目が覚めた時には不機嫌なさくらと、柊からの不在着信が7件入っていて、それもまた、疲れを増長させた。
「ったく、月曜の朝から体育はないよなぁ」
体育祭も目前に差し掛かった僕達は、体育の授業も一新される。今日は大縄跳びの練習で、比較的に背の高い僕と中嶋は縄の中心辺りでリズム良く飛んでいる。
「大縄で引っ掛かる奴ってどういう神経してるんだ?」
不機嫌そうな中嶋は、僕の隣でブー垂れていた。
「言い方ってもんがあるだろ? 人それぞれ不得意なものはあるだろうよ」
「はっ。お優しい事でー」
中嶋は刺々しく言い捨てると、僕の隣をぴょんぴょんと跳ねる。
まぁ、言いたい事はわからないでもない。
縄が足を通過するタイミングに合わせて足を持ち上げるだけの作業にどうして手間取るのか不思議ではある。
「なんだ湊、その思案顔は。エッチな事か? 縄は飛ぶものではなく、縛るものと言いたいのか?」
「お前の思春期は絶好調だな」
「そこ! 喋ってないでちゃんと跳べ!」
体育の先生に怒られた。怖い。
中嶋は気だるそうに返事をしてから再び、ぴこぴこと跳ねる。
その度に校則違反の明るい茶髪がふわふわと舞う。
そう言えば、体育の授業がある日はセットしてこないとか言ってたな。
中嶋は不良に片足を突っ込んだチャラチャラ系である。
何度注意されても髪色が黒くなることはないし、何度注意されても会話を止めることはない。
普段は軽薄そうな笑顔をニヤニヤ浮かべて、都合の悪いことは全て聞き流す。それが中島竜也だ。
二次元で言うなら──昼休みにガムを噛んで屋上で昼寝してる系男子だ。
少女漫画に出て来がちな、屋上でヒロインの秘密をうっかり知ってしまうポジション。
「要するに後出しする負け犬だな」
「それ、俺の事か?」
「さあ」
中嶋は、イケメンでモデル体型でしかも女子にもモテるのだ。そのくせ普段はスカしてやがるし。時々泣いてるし。
「中嶋ってさ、色んな女の子に言い寄られるけど、本命には振り向いて貰えないタイプだよね?」
「いや俺、彼女いるんだけど?」
「裏切り者! ここで死ね!」
「「あっ」」
その日僕は、生まれて初めて大縄跳びで引っ掛かった。
あの後、先生に散々叱られた僕と中嶋は、先生に片付けを手伝わされた後、教室に戻った。
その頃には休み時間も終わる直前で、次の授業が始まるまでに、僕達の着替えは間に合わなかった。
「せめて一口、水が飲みたいなぁ」
大した運動はしていないはずだけれど、体育の後は汗をかく。僕は襟元をパタパタと仰ぎ体に風を送った。
「湊、だいぶ汗を掻いたみたいね?」
「え?」
「臭いわ」
「1回目より酷くなってる!? 」
「何よ。ちゃんと聞こえてたんじゃない。私に二度手間を掛けさせるなんて──もしかして貴方も何処ぞの国の王族だったのかしら?」
「もってなんだよ、もって。お前は一般人だろうが」
いや、まあ僕も一般人なんだけど……。
「熱中症は怖いからな」
「聞こえなかったわ。何が怖いの?」
「熱中症?」
「もっとゆっくりよ」
「ねっちゅーしょう」
「もっと」
「ねっ、ちゅー、しよう」
「ふふっ死になさい」
「お前はフリーザ様か!!!」
しかもこいつ、二度手間どころか、三度手間掛けさせてきやがった。
何故か上機嫌な桜はニコニコと笑う。
授業中にも関わらず、桜の様子をチラチラと見ていたクラスメイトが何人か鼻血を出して倒れたほどの笑顔、と言えばわかるだろうか。
文字通り、向日葵の咲くような、である。
「何でそんなにハイテンションなんだよ」
「アンタのおかげね」
なるほど、僕のせいだったのか……。
「"おかげ"と"せい"ではだいぶニュアンスが違うでしょ?」
いや、桜はおかげと言うけれど、それでも、せいと言わざるを得ない。
周りの男共を見てみろよ。
僕に対して殺意を放っている奴らと桜を見て鼻血を垂らしてる奴らで、完全な二分化をしてるじゃないか。
僕はこれから来るであろう地獄の休み時間に頭を痛めながらも、僕のおかげ、というその言葉にささやかな喜びを感じるのだった。
──はて、何故、彼女はこんなにもご機嫌なのだろうか。