俺はなる!
「そういう事だったのか……」
さっき、桜がナンパに向かって毒を吐いた時、辺りからものすごい視線が集まった。
すぐに僕達はその場を離れたのだけれど、何故か電車に乗った後も、その視線はチラチラとこちらを向いている。
もちろん、桜のような超絶美少女に見蕩れた視線がほとんどなのだけれど、それだけじゃない。
──僕が釣り合ってないんだ。
可愛い子が誰かと待ち合わせしてると思ったら、そこに来たのが僕みたいなもやしっ子だったのだ。
そりゃ、あんな目も向けるか……。
「ここで降りるわ」
桜は慣れたように改札をくぐり抜けて、駅に内蔵してあるお洋服屋さんへと向かう。
「すげぇ、オシャレだなぁ」
結構お金が掛かりそうな気がするけど大丈夫かな?
「まずは自分でこれがいいって服を選んでみてくれる? 私はそれを基準にアドバイスを出すわ」
「わかった」
一から全部桜の意見を聞く訳ではなく、僕の意志を尊重してくれるらしい。こういう所、本当に良い奴だと思う。
「ちなみに、今日の僕の服装何点?」
「8点ね。海賊にでもなりたいのかしら?」
麦わら帽子に赤いタンクトップ、それから短パン。夏に差し掛かった今の時期にはピッタリだと思うんだけど。
8点かぁ……厳しいなぁ。
僕は若干肩を落としながら、桜の隣を歩く。
「んー、これは? 僕、ちょっとだけこういうの憧れてたんだよね」
「私の趣味ではないけれど……まぁ、いいんじゃないかしら? ただ、それだとシャツも買わないとキノコ王国の配管工事のおじさんみたいになっちゃうわよ」
なるほど、今日のところは無難に攻めるか。
僕は手にしたオーバーオールをそっと元に戻す。
「湊は……そうね。肌が白いから、モノクロで責めてもいいと思うわ。白のオーバーサイズのシャツと黒スキニーとかのシンプルな格好でも、充分映えるわ」
「それだと、ちょっと寂しくないか? ぞうさんのプリントがされたシャツの方が強そうじゃないか?」
「……まあ、好きにしたらいいんじゃないかしら? 私はアンタが柔道着を着てきたとしても、気にしないわ……」
口ではこう言ってくれるけれど、顔に本心が出てるんだよなぁ。桜は服に強そうかどうかは求めないらしい。
僕は脳内メモに、柔道着で遊びに行くのは無しと記録しておく。
「おっ! これなら寂しくないんじゃないか?」
続いて、僕が手に取ったのは白のシャツに赤い薔薇の刺繍がされた服。
「そうね。さっきのよりはいいんじゃないかしら。少し背伸びしてる感があるけど、私は好きよ。ただ、これにするとズボンも選び直さないとダメね」
「じゃあ、ズボンは桜にお願いしてもいいか?」
「任せなさい」
多分無意識に、ニコリと笑った桜は僕の手を握って前を歩く。
「湊、どうしたの?」
「いや、なんでも……」
桜が表情を崩して笑ってるところ、久しぶりに見たかも。
あまりにも不意打ちだったので一瞬ドキッとしてしまったけれど、僕は手を引かれるまま、彼女に惹かれていった。
「よし、気を取り直して、これから楽しむぞー!」
僕は駅のロッカーに麦わら帽子達を預けて、街へと繰り出す。
いつの間にか、さっきまでの視線は消えていて、今は桜に見蕩れる男女の視線ばかり。
たまに桜の隣を歩く僕を品定めするような、居心地の悪い視線が女性から届くが、僕は気付かないフリで歩く。
「アンタは私だけを見てればいいの」
パシンと背中を叩いた桜はそのまま少し前を歩く。
視線が気になる僕を励ましてくれたようだ。
「桜さん、まずはどこに行くんですか?」
「水族館よ」
「す、水族館!?」
すげぇー。今どきのJKは水族館に遊びに行くのか。
水族館は僕にとって彼女とデートで行きたい場所ランキング4位のスポットだ。
……あー。桜は男友達と遊ぶときも、こうして水族館に来たりするのだろうか。
「何浮かない顔してんのよ。つまらない?」
「い、いや。そんな事ないぞ。すげぇ楽しい」
ただ、ちょっと、嫌な想像をしてしまっただけだ。
僕達は駅から15分ほど歩いたところにある水族館に入る。
こんな近場に水族館があるなんて、知らなかった。
しかも、思ったより安い。高校生のお財布事情にも優しい。
「ふふっ。美味しそう」
イワシの群れを見上げながら、桜は静かに笑う。
「まさか、本当にそのセリフを言う人間がいるとは……」
「1度でいいから言ってみたかったのよ。これを言うと不思議っ子ちゃんキャラを偽装できるのでしょ?」
「偽装言うな。桜はもう手遅れだ」
「だったら、湊はどんな子が好みなの?」
好きなタイプか。
あんまり、考えた事なかったな。
でも、過去の恋愛を考えるのなら……
「僕はありのままの桜が好きだよ」
これに限る。
素でいてくれた方が、心の内をさらけ出してくれた方が、僕は嬉しい。今更変化なんて求めない。
「ね、ねえ。私の話聞いてたかしら。私のした質問と、回答がズレてると思うわ」
僕の右腕のシャツを掴んだまま俯いた桜の表情は見えなかったけれど、声が少し震えていた。
照れてるのかな。
「僕は素直な子が好き。今の桜みたたたたたたたた! 痛い」
そのまま二の腕を抓られた僕は小さく悲鳴を上げる。
「アンタ、人をおちょくる癖は治らないみたいね。私が強制矯正してやろうかしら」
「暴力は良くないよ、桜さん! ほ、ほらクラゲさん見に行こう。きっとイワシよりも美味しそうだぞ?」
僕は少し小走りでその場を離れる。
桜はガミガミ言いながら僕の後ろを付いてくる。
暴力こそなかったけれど、こんな感じの言い合いは、昔を思い出すようで楽しかった。