デートじゃないんだから
「湊にぃ、お姉ちゃんとのデート、行ってらっしゃい」
「……あの、柊さん? 行ってらっしゃいって言うなら手を離してくれませんか?」
「んむぅ……」
週末を迎え、桜とお出かけする準備を終えた僕だったが、その行く手を遮ったのは柊だった。
「らぎちゃんも支度しないと、部活に遅れちゃうだろ?」
「わかってる」
柊ははぁっとため息を吐くと、僕のシャツを掴む手を離した。
「湊にぃ。今度私も一緒にお出掛け。約束」
「そうだな、今度はらぎちゃんも一緒だ。三人で遊びに行こうな」
「私は泣きそう」
「え?」
結局、僕が家を出たのはそれから10分後。
待ち合わせは駅。
どこに行くかは聞かされていないのだけれど、時間指定と掛かるだろうある程度の代金を桜から指定された。
家が隣なのにわざわざ駅集合にしたのは、その方がそれっぽいからだそうだ。
それってどれだろう。
僕が駅に着いたのは約束の時間の20分前。
普段なら2分遅刻で集合場所に着く僕にとっては、珍しくも予定より早く着いた。
というのも、途中で桜と鉢合わせてしまうのが気まずいから。僕は集合場所より少し離れた場所で彼女を待つことにする。
桜は多分、自分よりも先に僕が来ていたら気にするだろうから──って、えええええ!?
「もうおるやんけ!」
僕は脳をフル回転させて行動の選択肢を割り出す。
一つ目の選択肢は、このまま桜に声をかける事。
二つ目の選択肢は、後10分ここで待機する事。
普通に考えるなら、一つ目の選択にするべきだ。
しかし、ここで僕が声をかけに行くと、桜が不機嫌になる可能性がある。自分が20分以上も前から集合場所にいるという気遣いを僕に対して行った事が、露見するからだ。
彼女の気遣いに気付かないフリをするのも選択のひとつなのだ。
桜は律儀で、優しくて、真面目で、気遣いの出来る子だ。
しかし、それが相手に気付かれる事をひどく嫌う。
昔からずっとそうだ。
ちなみに、今日はさくらがいないので、意見は仰げない。
──せっかくのデートなんだし、二人で楽しんできなよ。
そう言ってベッドの中から出てこなかったのだ。
「デートじゃないんだけどなぁ」
確かに男女が二人きりでどこかに出掛けるのなら、それはデートなのかもしれないけれど、僕の人生初のデートが、週末に予定がないことを哀れまれた結果、というのだけは何としても回避したい。
だから、今日のこれはノーカン。デートじゃない。
さて、まずは現実に向き合おう。
そう思い、桜の方へと視線を向けたとき、僕の目に入った光景──それは大学生らしき男二人にナンパされる桜の姿だった。
「クソっ……」
僕は駆け足で桜の方と向かうが──
「近付かないで。この顔面土砂災害。よくその顔で私に声を掛けられたわね。恥ずかしくないのかしら? 知ってる? 友人関係、信頼関係、それら全てを超越して深い関係になろうと思ったら、最低限容姿が整っていなきゃいけないのよ? どうして私がなびかれると思ったのかしら」
思わずギュッと胸が痛くなる。
決して、僕がその言葉を吐かれている訳ではないのだけれど、ここまでキツく言われてる人を見るとちょっと……。
桜は僕に対しても、口は悪かったけれど、そこに悪意はなかった。
でも、今は違う。相手に対して、並々ならぬ嫌悪感を抱いて攻撃ならぬ口撃を行っているのだ。重さが違う。
「どうせ一人で女の子に声をかける勇気もないから、群れているのでしょう? それとも、本当に勝算があって声を掛けたのかしら? 馬鹿にするのも大概にして欲しいわね」
「……」
「聞こえてる? そもそも──」
「桜! お待たせ」
僕は無理やり間に入って桜の手を引く。
これ以上彼女がヒートアップしていくのは、見てるだけの僕も辛い。
「アンタ、何でもういるのよ。まだ集合時間には──」
「いいから、黙って着いてこい」
「ひゃうっ!」
とりあえず、僕は彼女の腕を掴んだままその場を離れる。
せっかく遊びに来たのに嫌な気分になったんじゃ、なんの意味もない。
きっと桜は周りの目なんて、全く見えてなかったのだろう。みんな絶句して時が止まってたぞ。
しばらく歩き、改札の前辺りでようやく僕は桜の手を離す。
「あーゆうのは無視しときゃいいんだよ。厄介な事になりかねないしな。それに、あそこは颯爽と僕が登場して桜を助けるのがお約束ってやつだぜ?」
「対熊用唐辛子スプレーを持参しているから大丈夫よ。それに、アンタが約束を守ってくれたことなんて一度もないし」
「おいおい、僕をそんな口先だけの男みたいに言うなよ」
確かに、放課後どこかに寄り道するという約束は果たせてないかもしれないけれど。
「もうひとつ。もうひとつ約束、あるでしょ?」
──おっきくなったらさーちゃんが俺のお嫁さんになってよ。
……小さい頃何度も交わした約束だ。
もしかして、これの事を言っているのだろうか。
桜の表情からでは全く読み取れないのだけれど。
「そ、そんな事もあったかなぁー」
僕は冷や汗を掻きながら、はははーと笑う。
桜は目を細めたけれど、彼女の善意で誤魔化されてくれた。
「ちなみに湊。これだけは言っておきたいのだけれど、私は何も街で見かけた可愛い子に声をかける事が悪いとは言わないわ。可愛い子に一目惚れする事だってあると思うの。それもひとつの出会いだから、可愛い子に声を掛けた事自体を責めるつもりは無いけれど──」
「可愛いって言い過ぎな?」
「でも、誠意ってものがあるとは思わない? ただ自分の欲を満たす為の道具探しを行い、更に人に不快感を与えるあの所業は罰を与えるべき愚行だと思うの」
「な、なるほど……」
「ちなみに、私は見た目より中身だと思ってるわ。長く付き合っていくならね」
「なるほど」
「だから、ええ。可愛い私の隣に見た目の残念な青年が並んでいる事を誰が責めても、私は全く気にしないの」
ちょっと気まずそうに頬を掻きながら、桜は伏し目がちにそう言う。
それ、遠回しに僕をディスってないか?
僕の見た目を残念と言ってないか?
普段ズバズバという分、こんなふうにフォローめいた言い方をされると、余計に僕は悲しくなる。
確かに、桜と僕の容姿が釣り合ってるなんて思った事ないけれど。
今日だって、白を基調としたファッションで、艶やかな黒髪がよく映えている。
「自分を良く魅せる為の努力はするべきだもの。当然よ」
僕の褒めに、桜はふいっと顔を逸らすが、満更でもなさそうだ。
「良い? 当然の事なのよ。だからねぇ、湊。……まずは服を買いに行きましょう」
「……あ、はい」
どうやら僕の私服は相当に悲惨らしい。