生霊。テイクアウトのお客様
桃原桜──湊の幼馴染
さくら──湊の幼馴染の生霊
「めそめそ。みんな酷いじゃんか……」
僕は自宅のベットの上で寝返りを打ちながら、独りそう零した。言わずもがな、今日の学校でのことである。
言葉のキャッチボールというよりは、最早ドッジボール。
一方的にボコられた。
桃原桜は性格以外、ほとんど完璧だ。
容姿端麗、勉強もスポーツも一流。
流石に彼女も三次元世界の住人なので、どれも一番! というわけではないけれど、容姿だけなら学年でも1番だと思う。
あれで何故人望があるのかは謎だが……いや、顔か。
それとも、僕以外にはまともな対応をしているのだろうか。
とにかく、そんなハイスペックな幼馴染を持った僕は、何かしらの物語の主人公なのではないかと、錯覚してしまいそうになるが、彼女と僕の間にあるのは恋愛要素どころから嫌悪要素だけだ。
家庭の都合で一度引っ越した桜と高校で再会して以来、もうずっと僕達の関係はこんな感じ。
「嫌いになれたなら、もっと楽だっただろうに」
僕の中で桜は今も昔も大事な幼馴染だ。そんな気持ちがあるせいで、今も僕と彼女の関係はダラダラと続いている。
「初恋を引き摺るのは、男の性か……」
なんて考えてみたりしつつも、今日も夜遅くまでネット小説で幼馴染ざまぁ系のお話を読み漁っていたので、何とも度し難い。
「昔はあんなんじゃなかったんだけどなぁ」
少なくとも、彼女の引越しを機に別れるまではもっと内気な性格だった。
人を傷付けることはもちろんの事。
嫌な事があっても、言い返すことすらできず、いつもこっそり泣いていた。
──それが今ではアレだ。
再会した時は本当にショックだった。
辛くて、見てられなくて、僕は彼女を遠ざけた。
桜を嫌いになりたいわけじゃない。
これから先も、桜とは仲の良い幼馴染でいたい。
でも、もしこんな関係が続くなら、きっと僕の感情はこの思いを裏切ることになる。
「それは、ヤダなぁ……」
僕はそっと目を閉じると、そのまま眠りについた。
こうして翌朝目を覚ましてみれば、目の前には半透明な幼馴染が銃口を突きつけるが如く、美乳委員長調教黙示録の表紙に写る女性にピコピコハンマーをかざしている。
人質を取られた状態で二度寝ができるほど、僕は薄情な人間じゃない。
「とっ、とりあえず、そのピコピコハンマーをゆっくり下ろすんだ。……ゆっくり、ゆーっくりだ」
僕は静かに諭す。
しかし、半透明な幼馴染は少し目を細めてから、美乳委員長調教黙示録を壁に叩きつけた。
「おい! 何するんだよ! 人の心がないのか!?」
『たかがエロ本一冊に何言ってるの?』
たかが? この女、今たかがと言ったか?
「エロ本をバカにするな! エロの電子化が進み、コンビニの成人向け雑誌のコーナーからも居場所を失ったこの子に暖かい場所を提供してやれるのは僕だけなんだぞ!」
『ふんっ! 知らないもん!』
「なんだと!」
『うーっ!!!』
「ガルルルルルルルルルルルルルル」
『フシャァァァ!!!』
…………。
………。
……。
「それで? なんで桜がいるんだよ? もしかして、昨日の件で僕に報復しに来たのか? 悪いけど、ピコピコハンマー如きに負けるほど、ヤワな鍛え方はしてないぜ?」
『違うよ! さくらはそんな事しないよ! 全く、湊くんってば、全然起きないんだもん』
「……どういう事? もしかして、本当にただ起こしに来てくれただけなの?」
『嬉しい?』
「……うん。まぁ」
僕はニコリと首を傾げた桜に対し、少しだけ照れながらそう答えた。口の悪くない桜はやはり魅力的だ。
「でもなんか、桜、薄くない?」
『さーちゃんって呼んで!』
さーちゃんというのは、僕が昔呼んでいたあだ名だ。昨日の通り今は桜と呼んでいる。まぁ、さっきは寝ぼけてさーちゃんと呼んでしまったのだけれど。
「さすがにこの年でさーちゃんは……」
『やだ! さーちゃんって言って欲しい!』
どうやら彼女には何かしらのこだわりがあるみたいだ。
ここで拒否しても話が進まなくなるので、僕は彼女に同意して、さーちゃんと呼ぶことにした。
「それで? さーちゃん。なんか透けてるように見えるんだけど?」
さっきからそこばかり気になってしまうのだが、彼女の体は軽く透けてるような気がする。
僕は目を擦ってから再び桜を見る。
うん。やっぱ透けてるな。
『えへへ。実はね、さくらは桜の生霊なんだ〜』
絶句。
いや、どんだけ僕は恨まれてたんだよ。
『ううん。あの、違うの。別に桜はね、湊くんが嫌いな訳じゃないんだよ?』
嫌われてないであの態度って……僕は前世でどんな大罪を犯したんだろう。
学校のトイレットペーパーを紙やすりに替えたとか? それともアリの巣にセメント流したとか?
『そうじゃないよ! あのね……その、桜はね、実は湊くんの事が好きなの。だけど、なかなか素直になれなくて……つい、意地悪言っちゃって……。それで、ずっと伝えられなかった湊くんへの好意が生霊になっちゃったのがさくらってこと』
「マジ?」
『まじ』
ビックリなんですが。
ツンデレの次元じゃないぞ? あれ。
僕の事が好きだなんて本当は喜ぶべきカミングアウトも、目の前に生霊がいるという事実も、あの罵詈雑言が"意地悪"程度の認識でしかない桜への驚きの方に全部相殺されてしまった。
『えへへっ。言っちゃったぁ〜』
顔を赤らめ、くねくねと身をよじるさくら。
ごめん。可愛いけど、素直に褒められる心境じゃねぇわ。
そもそも、桜が僕を好きなわけがない。
普通、好きな人に対してあそこまでの暴言は吐けない。
桜は僕の事が嫌いなのは間違いないだろう。
あの日、あの時、彼女の手を握れなかった僕の事が──
『違うよ。好きなんだ。本当に、好きなんだよ』
僕にズイッと詰め寄り、僕の顔を覗き込むさくらの表情はあまりにも必死だった。
そして、その目は縋っているようにも見える。
「ちょっと考える時間をくれないかな?」
──ぽくぽくぽくチーン──
「気持ちの整理はだいたいできた。桜が僕のことを嫌いじゃないって事も、好意を抱いてくれてるってのも、信じてみる。僕も嫌われてるよりは好かれてる方が嬉しいしね」
と言うよりは、僕が信じたいのだろう。
彼女が僕を嫌いでないと。
『ふふっ。そっかぁ。湊くんも桜のこと好きかぁ。嬉しいなぁ〜。両想いだ、えへへ』
「いや、別にそうは言ってないけどね?」
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とっても励みになりますᐠ( ᐛ )ᐟᐠ( ᐛ )ᐟ
桜の性格がこうなってしまった経緯について明かされるのはもう少し先になりますが、これから伏線を置いていくので、是非探ってみてください!
次回、やっとイチャラブです。