拉致
「見てくダサい! この人が運命の人デス!」
中嶋とナックで別れた後、近所のスーパーで夕飯の食材を買っていた僕は、金髪の女子高生に拉致された。
しかも、桜の部屋に。
「えっと、ごめん。なんか、勢いで押されて、きちゃった」
桜は目を限界まで見開いて停止してるし、桜の友達であろう二人は誰だこいつ? みたいな顔をしている。
そりゃそうか。僕も同じことを考えてるし。
それにしても、桜の部屋なんて凄く久しぶりだ。
当然といえば当然なのだろうけれど、部屋の内装はガラッと変わっている。カーテンからベッドの布団までピンク尽くしだ。昔は青が好きって言ってたのになぁ。
「ァァァァァァ、アンタなんでここにいるわけ?」
巻き舌であーあー言った桜は僕にそう問う。
なんで、って僕も聞きたいんだけど。
「とりあえず、座りなよ」
「ちょっと、まさき!?」
僕はボーイッシュな女の子に言われ桜のベッドに、腰かける。
『湊くん正気なの!?』
え、何が?
『普通女の子の部屋に入っていきなりベッドに座らないよね?』
柊はいつもベッドに座れって言うけど……。
僕、女の子の部屋とかまず入らないからな。
『あの子は別だよ。ほら、見てよ桜の方。寝汗で布団臭くなってないかなとか、今日は湊くんが座ってる所に枕置こうとか、色々考え込んでる』
そんな事考えてないだろ。
僕はゆっくりとベッドを下りて、小さな机を囲む。
隣には眼鏡をかけた気の弱そうな女の子がいる。
「あの、ひゃじめましてっ」
「はじめまして、こんばんは」
人見知りする子なのだろうか。全然目が合わない。
「アンタ何普通の顔してそんな所に居座ってるわけ?」
「え、あ、ごめん。直ぐに出てくから」
確かに、無理やり連れて来られたとはいえ、そもそも僕は入室の許可を桜から得ていないのだ。
『分かってないなぁ、湊くん。今のは座るなら私の隣にしなさいよ、って、意味でしょ?』
分かるか!
桜はツンドラっ娘だ。
これまで一度も僕にデレたことなんてない。
脳内で何を考えていようと、そんなの僕に察せられる訳がない。
『その為のさくらだもんね』
僕は再び立ち上がって桜の左隣にちょこんと座る。
「ちょっ、アンタなんでこっちに来たのよ」
「ダメ?」
「ダメに決まってるでしょ」
『近過ぎて緊張しちゃうってさ』
いや、桜はそんな事一言も言ってないんだが。
「それで、僕はなんでここに呼ばれたのかな?」
金髪の女子高生に連れて来られたはいいけれど、どうやら状況の把握ができていないのは僕だけじゃないらしい。
「良くぞきいてくれマシた! 実はあなたは私の運命の人だったのデス!」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「と、とりあえず自己紹介からしませんか?」
よし、覚えたぞ。
姉御肌の彼女がまさき。オドオド眼鏡の子が朱里。
金髪のハーフの子がエマだ。
「私以外も名前呼びなのね……」
「よろしくな、湊」
さっきから、やたらとまさきがニヤニヤしている。
僕の名前って、変なのかな?
「それで? 隅田湊。アンタがどうしてエマの運命の人なのかしら?」
僕は桜にお腹の皮を摘まれる。
ヤバい、怒らせたら確実に抓られるやつだ。
「ワタシが代わりに説明しマス! 時を遡ること数時間前──」
なるほどね。
日本の文化に憧れを抱くエマにとって、食べ物を口に咥えた状態での異性との衝突事故は運命らしい。
忍者も信じているのだろうか。
「つまり、被害者ってわけか」
「隅田くんごめんなさい。エマって馬鹿だから……」
「What!? この人はワタシの運命の人じゃないんデスか!?」
何故そんなにも衝撃を受けたような顔をしているのだろうか。僕の方がビックリだよ。
「エマ、ちょっと来い」
まさきとエマがヒソヒソ話を始める。
「隅田湊って……ごにょごにょ……桜の……ごにょごにょ」
「Wow…ミラクルデス」
どうやら解決したらしい。
「スマタくんはワタシの運命の人ではなかったみたいデス」
「隅田です」
名前を覚えられないくらいどうでもいい奴を運命の人って言ってたのか。ちょっと怖いな。
桜の魔の手から解放された僕は小さくため息を吐く。
「えっと、じゃあ僕はもう御役御免かな?」
「あーちょっと待ってよ。せっかくだから、ちょっと付き合って欲しいんだ」
立ち上がろうとする僕を制したのはまさきだった。
「実はさ、ここにいる朱里が好きな人と連絡先を交換したいんだけど、全然できそうになくて、今相談に乗ってるとこなんだ」
「わたひでしゅか!?」
「一緒に話聞いてやってくれないか?」
僕は自然と桜の方へと視線を流す。
彼女は何も言わなかったけれど、シャツを掴むと座れと言うように下に引っ張った。
ふむ……。好きな人に連絡先を聞く、か。
確かに難易度の高い試練ではあるよなぁ。
「接点とかはあるの?」
「い、今、同じクラスです」
「しかも、隣の席なんだよなぁ」
それを聞いた桜がゴフッとむせる。
「練習をスレばいいんデスよ!」
「なるほど、僕を朱里の好きな人と見立てて、連絡先を聞く練習をすればいいのか!」
実際にシミュレーションする事は成功への道に大きく繋がる。いい考えだ。
「えっと、じゃあ……お願いします」
僕は朱里の前に座る。
「あの、隅田くん、お話があります」
「ん? どうしたの?」
「実は連絡先を聞きたくて……」
「ダメだな」
「え?」
僕がスマホを取り出す前に、まさきが断った。
「確かに、この流れは不自然過ぎる。連絡先を聞く口実が必要かもしれないわ」
「フーン。連絡先を聞く口実さえあれば、行動できるってことなんデスねぇ?」
いやらしい笑顔を浮かべたエマは朱里ではなく、桜を見ている。
「くっ、くううぅぅぅ~」
変な声を上げ始めた桜はゆっくりと俯き、やがてガバッと顔を上げた。
「み、見本を見せてあげるわ」
桜は僕を正面に向かせる。
いつになくやる気だ。
そうか、桜は友達の為に、ここまで真剣な顔をできる奴だったのか。友達が僕しかいなかった頃を思うと大きな成長だ。何故か人望がある理由も少しわかった。
「ねぇ、湊。今週末の約束、覚えてるかしら?」
『もちろん! 初めてのデートだもんね』
違う。ただ遊びに行くだけ。デートじゃない。
デートなんかじゃない。……まだ。
「覚えてるよ。予定も、開けてある」
「元から入ってないでしょ?」
「うっ……」
そうだった。
だから、友達の少ない僕を哀れんで、彼女が遊びに誘ってくれたのだった。
「まぁ、いいわ。予定も立てなきゃいけないし、はぐれたりトラブルになったりしても困るからね……。スマホ、出しなさいよ」
なんだろう。
ただの見本としてやってるだけなのに、凄く生々しい。
というか、めちゃくちゃ緊張する。
僕はスマホを起動して、LlNEのQRコードを表示する。
「……交換、できたわ」
「そ、そうか。ありがとう……」
何故か気まずい雰囲気が流れたので、周囲に助けを求めようとしたのだけれど、みんなソワソワしたまま、しばらく誰も喋らなかった。