中嶋という男
「チーズバーガーふたつと、照り焼きバーガーのセットLサイズひとつ。飲み物は白ぶどうでお願いします。それからアップルパイもひとつで」
「み、湊! お前には遠慮というものが無いのか?」
放課後、ナクドナルドに立ち寄った僕はテスト勝負の賭け金として一食分の食費を賄ってもらうことになった。
持つべきものは友達だとつくづく思う。
僕は中嶋と友達で本当に良かった。
「なに綺麗な顔してんだよ。俺の一葉さんの門出を一緒に祝う気はないのか?」
「いいじゃないか。英世さんが3人返ってくるんだから」
僕は物悲しそうに財布の中を見つめる中嶋と共にトレイを受け取って席へと向かう。
「あっ、ごめんなさい」
丁度角を折れたときに、金髪の女性とぶつかる。
「こちらこそゴメンネー?」
ハーフのような顔付きをした色白の女性はそのまま受付カウンターの方へと向かっていく。
「今の奴隣のクラスの子だな」
中嶋の言葉を聞いて二度見。
確かにうちの学校の制服を着ている。
かなり着崩しているので気付かなかった。
「角を折れて女の子にぶつかっても、運命的出会いにはならないみたいだな」
「まぁ、僕達はリアルを生きてるわけだしね。そんな都合よく出会いなんて生まれないよ」
僕はソファ式の席に腰掛けてトレイを置く。
中嶋は4人席の斜め前に座った。
「よし、恋について語ろうぜ」
「却下。僕は体育祭について語りたい」
「なあ。恋について語ろうぜ」
「却下。僕は性癖について語りたい」
「……。分かったよ。じゃあ、性癖の話をしてから恋について語ろうぜ」
僕は体育祭の話をしたいわけでも、性癖の話がしたいわけでもなく、恋についての話がしたくないのだ。
残念ながら僕の意見は参考にされないらしいけれど。
「別に僕と桜の仲はまだ何でもないんだよ。僕だって今、桜が好きなわけでもないし」
「ほほう。まだとな? それに、俺は別に桃原さんの名前は出してないぜ? 妹ちゃんの方かもしれないだろ?」
中嶋はドヤ顔でそう言うが嘘だ。
ただ言葉じりを捉えてニヤニヤしているだけ。
僕はポテトをひとつ摘んで口へと運び、そのいやらしい笑顔を睨む。
中嶋には僕と桜の関係を中途半端に話してしまっている為、なかなか執拗く探りを入れてくる。
「俺は桃原さんの事応援してるからな。……けど、湊。ひとつだけ俺からも言っておくことがある」
中嶋は手についたソースをペロリと舐め取ると真面目な顔付きでこちらを見た。
彼がこんな顔をするのは珍しい。
僕も居住まいを正して耳を傾ける。
「……湊、お前は何歳まで一緒にお風呂に入ってたんだ?」
「死にたいならそう言え、中嶋。僕にはその覚悟がある」
僕はストローを抜き取り立ち上がる。
「嘘! うそウソ嘘uso! ただの冗談!」
中嶋は僕が持ったストローの先端を掴んでくしゃりと折り曲げるとブンブン顔を振った。
まるで風呂上がりのイッヌだ。
「なんか、そういうところ、幼馴染って感じするよな。桃原さんと対応がそっくりだ」
「……うっ」
そう言えば、桜自身も僕を目標に成長した的な事は言っていた気がする。
もしかしたら、桜の行動を見てイヤな気分になるのは過去の僕を想起させるからなのかもしれない。
……イヤな気付きだ。
「なぁ、湊。結構真面目な話なんだけどさ。お前がどうしても桃原さんと一緒にいる事が辛くなったら、その時は俺に言えよ? お前は優しい奴だからきっと桃原さんを拒む事に躊躇いも感じると思う。だから代わりに、俺がちゃんと桃原さんに話してやるから」
「ありがとう。さすが僕の友人だ」
優しい奴だ、こいつは。本当に。本当に優しい奴だ。
「そのセリフ、俺を褒めてるようで自分を褒めてるぞ?」
「冗談だよ。仕返しだ。──でも、僕も色々と覚悟を決めてのこの関係なんだ。桜が僕を好きでいてくれてる事も知ってるし、僕も桜を大事に思ってる。後は僕が、好きになりたい人を好きになるだけの時間と思い出があればいいんだ」
「へぇ。両想いではあるんだな。正直、桃原さんと湊がくっつくのは無理だと思ってたんだけどなぁ」
中嶋はそう言ってポテトをもしゃもしゃと食べる。
ラッパ食いが様になってる。
「僕じゃ桜には釣り合わないか?」
桜は勉強も運動もできて、何故か……何故か、何故か人望もあってその上あの容姿だ。
桜は僕に釣り合うために自分を磨いたと言っていたけれど、磨かれた彼女は僕を置き去りに遥か空へと登ってしまったような感じだ。彼女がダイヤモンドとするなら、僕は河川敷の石ころだ。
「俺が言いたかったのは釣り合うとか釣り合わないとか、そういう話じゃねぇよ。お互いが好きなら別にそんな事どうだっていいだろ? 俺が言いたいのは、湊がよく桃原さんを受け入れる気になったな、って話だよ」
まあ、確かにあの態度で接してくる人と手を繋いで登校なんて、普通は考えられないよな。
僕だって、家族同然にずっとそばにいた桜じゃなきゃ無理だ。
嗚呼、そうか。
「まだ言ってなかったな。実は僕、昔桜のこと好きだったんだよ。その時の事を何となく、今も引きずってる」
「へ、へぇ。まぁ、お前の性癖には口を出すつもりはないけど、その拗らせ過ぎは良くないと思うぞ?」
「僕はマゾじゃねぇよ! 桜だって、昔から口が悪かった訳じゃないんだよ。昔は優しくて、可愛くて、天使みたいな子だったんだぜ? お目目はくりくりしてて、手なんかすんげぇちっちゃくてさ、滑舌も今よりちょっと悪くて──」
「お前、ロリコンだったのか? 俺の友達は頭のおかしいロリコンマゾ野郎だったのか?」
「何言ってんだよ。僕は思い出に浸ってただけだぞ?」
別に小さな女の子に対して、そんな変な気は起こしたりしない。僕は至ってノーマル。至って普通の人間だ。
そんな事を邪推しまくる中嶋の方が頭がおかしいと、言わざるを得ない。
「な、なあ湊。お前、好きな食べ物は?」
「んー。もみじ饅頭?」
「ロリコンじゃねぇか!」
なんでもみじ饅頭が好きな奴がロリコン扱いになるんだよ。意味わかんねぇな、こいつ。
あ、もみじ饅頭で思い出したけれど、椛の手もすごく小さいんだよなぁ。この前の土曜日僕の家に来た時触ったけれど、とても華奢だった。
昔の桜を思い出すなぁ。
「俺はお前の友達として、言わねばならぬことがあるようだ」
「な、なんだよ。急に怖い顔しだして」
中嶋は僕の両肩を力強く掴んだ。
「いいか。人間というのは無自覚が一番怖いんだ」
どういう事だ?
桜が自身の口の悪さが他人を深く傷付けている事に気付かなかった事を言っているのだろうか。
「でも、それなら問題ないはずだ」
ちゃんと和解したから。
「全然問題ありだ! 良いか? お前は深刻なレベルのロリコンだ。変態と言ってもいい」
「なんだ、その話続いてたのかよ。僕は小さい頃桜が好きだっただけで、小さい頃の桜が好きって言いたいわけじゃない。僕はロリコンじゃない」
結局、期せずして性癖の話へと持ち込まれてしまった僕は中嶋に弁明するのに、数十分の時間を要した。
物語的には意味のある話です。