デートのお誘い
「アンタ、本当は陰で笑ってたんでしょ?『こいつ勉強できるアピールしてるけど、僕の方が上なんだよなぁ』とか思ってたんでしょ!?」
「めめめめめ滅相もございません! ほ、ほらよく見てみろ! 古典なんて僕より5点も高いぞ!」
「逆に言えば私は古典と英語表現Ⅱ以外全部負けてるのよ! 昔はニワトリ並の残念な知能しか持ってなかったのに! アンタは鷹だったってわけ?」
ぷりぷりと隣の席で怒る桜は何度も何度も自分のテストと僕のテストを比較してはそんな言葉を零す。
相当にプライドの高い彼女は、僕の方がテストの点数が高かった事がどうしても許せないらしい。
「テスト期間はほぼ毎日柊に勉強教えてたくせに。それはあれかしら? 僕はやらなくてもできる天才ちゃんなんですよーアピールかしら?」
「そんなんじゃねぇよ? 僕だってちゃんと時間作って勉強してるよ? とてもじゃないけど、自分を天才だなんて言えねぇよ」
むしろ要領は悪い方だ。
僕はただ、無趣味で、時間が余ってるだけ。
みんなが友達と遊んでる間、部活をしてる間、僕は勉強をしている。
たったそれだけの事なのだ。
「そんな……ごめんなさい、湊。私アンタにそんな残酷な告白をさせるつもりは……」
やめろ、哀れむな。
今にも泣き出しそうな声を出すな。
これはこれで充実しているのだ。僕は今の日常に満足している。
「じゃ、じゃあ、湊。今日の放課後……」
「あー、今日は中嶋とナックに行く約束してるわ」
「せめて最後まで言わせなさいよ!!!」
「ごめん。僕、察しが良いから」
十中八九放課後、どこかに遊びに行くお誘いだろう。
そこまで言われれば僕にだって分かる。
「はぁ? アンタ自分が何言ってるのか分かってるわけ? 学力は高くても脳みそはニワトリなのかしら?」
『ねぇ、湊くん。確かに最近はさくらと女心について語り合う機会が増えたかもしれないけど、察しが良いとか、自分では絶対に言っちゃいけないセリフだよ?』
桜とさくらにダブルで責められる。
今の言葉ってそんなにマズかっただろうか。
……ああ、なるほど。それに気付けない時点で、僕には人の心を読む能力が乏しいという裏付けになってしまうのか。
『さくらが言うのもなんだけれど、こうやって桜と湊くんの関係を見てると、桜がたまに可哀想に思えてくるよ』
そんなにか……?
先日、さくらが僕と桜の仲を取り持つと言ってくれた日以来、彼女はこうして学校にまで着いてきてくれるようになった。
24時間、ほとんどずっと一緒だ。
家の外では姿は見えないけれど、声は聞こえる。
できれば念話で会話出来るくらいのご都合主義展開なら僕もありがたかったのだけれど、残念ながらそうはいかない。
さくらと会話してるとき、僕は傍から見たらぶつぶつ言ってる人のようだし、ときどき霊感のある人は僕に張り付いているらしいさくらを見て顔を顰めたりもする。
『湊くん、早く謝って! 今週末デートに誘って! じゃなきゃ桜が機嫌悪くなっちゃうよ!』
さくらって桜に対して結構当たり強いよな。
別人格だからと言っても、そんなふうに腫れ物扱いしなくてもいいのに。
「なぁ、桜。今日はたまたま予定があるんだけど、基本的に土日はいつも時間を持て余してるんだ。だから、もし良ければ週末どこかに出かけてみないか?」
初めての遊びのお誘い。
『デートだね』
っ!? 馬鹿を言うなよ。
これはあくまで友達として遊びに行くだけだ。
全然デートなんかじゃない。デートでは……ない!
「ばっ、バカ! 人生最後の日を共に過したいなんて……。そんな事急に言われても」
いや、言ってないけどね?
桜のあんぽんたんな返答で、僕も脳が冴えていく。
終末じゃなくて週末だ。
桜のこの妄想癖って治らないのかな。
不治の病なのかな。
『妄想癖で思い出した! 桜ってめちゃくちゃMだから』
……。
僕はさくらの言葉を聞いていないフリする。
これは桜の為、そして自身の為だ。
「週末だよ。今週末」
「ふっ、ふーん。週末ね、別に良いわ。テストの点数が勝ったのを良い事に、私を好き勝手扱うつもりね? 言っておくけれど、どんなに私を愉しもうとも、心までは屈しないわ」
桜はキョロキョロとしながら早口でそう言った。
なんか言い回し如何わしくないか?
ただ、遊ぶだけなのに。
「桜、えっと、日曜日でいいかな?」
「…………。」
返事がない。
桜は表情を消すと、スっと目を細めた。
どういう感情なのだろうか。
「何よ、日曜日って」
「日曜日を知らないのか!? もしかして桜の家のカレンダーは月月火水木金金で構成されてる?」
「煽るな。……私を煽るな」
あ、マジトーンだ。
『多分、週末って聞いたせいで、日にち跨ぐ気満々なんだったと思う。これは大切な人に裏切られた人の顔だよ。顎ソバットが親友の山本ペンタブ・キャミそるるに裏切られたときと、奇しくも同じ顔だ』
──キンコンカンコーン
結局、予定は決まらなかった。
僕達は遊びの約束ひとつ立てるにも、こんなに忙しくなってしまうような関係だ。
僕が桜を好きになったとしても、普通の恋人のようになるための道は赤道のように長く、茨のように険しく荒々しい道となりそうだ。