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火と油と

お勉強会を閑話の括りにします。

本話から2章です。


 さくら──桜の生霊を名乗る彼女は、僕への秘めた好意が自我を持ったものだという。


 しかしながら、桜の好意がさくらであったとして、彼女の動きはあまりにも奔放。


 さくらは僕からの好意を欲しているようには見えないし、桜へと好意を向けさせようとしているようにも見えない。

 ただ僕のそばに居ることを、僕へ好意を伝えることだけを目的とし、そして楽しんでいるようにも見える。


「さくらは一体僕の元で何をしたいんだ?」


 そんな独白を零せば、さくらからはこう返ってくる。


『別に。何もしたくない。朝から晩までそばにいて、お話して、触れられればそれでいい』


 それが例え本心だったとして、じゃあ、僕達はいつまでこんな関係を続けることになるのだろう。

 彼女は僕にどうあり続ける事を望むのだろう。


『さくらが消えるまで一緒にいてくれれば嬉しいかな』


 消えるまで──


「さーちゃんはあれ? 僕と桜の恋のキューピットみたいな使命を授かったりしてるとか?」


『ううん。違うよ。さくら、湊くんと桜がくっついて欲しいとか、これっぽっちも思ってないしね』


「そうなの!?」


 深夜にも関わらず、大きな声を出してしまった。

 ずっと僕を嫌っていると思っていた桜の本音を教えてくれたのも彼女だし、和解するにあたって、ヒントをくれたのも彼女だ。

 僕はてっきり、二人の仲を縮めるための存在だと思ってた。


『だって、湊くんって別に桜のこと好きじゃないでしょ?』


 いや、まあ確かにそうなんだけど。

 でも、好きになる人を選べるのなら、やはり僕は桜を選ぶだろう。


 和解を機に変わったのは桜だけじゃない。

 僕だって桜本人から言葉を聞いて彼女への気の持ち方は変わったと思う。


『桜はね、湊くんの幸せを願ってる。そして、その幸せに自分が必要ないんじゃないのか、って思ってる』


「そんな事ねぇよ。そんな事ない。僕は桜がいてこその幸せだと思ってる」


『ありがとう。でも、桜はずっと迷ってるんだよ』


「迷ってるって、何を?」


『湊くんを好きでい続ける事』


 どんなに好きでも。好きでい続けたくても。

 自分にその資格がないと思えば、必死に忘れようと思えば。


 ──本当に忘れられる日が来る。


 それを僕は知っている。


『だから、さくらも湊くんと桜が結ばれて欲しいとは思えない。二人にその気がないのに勝手にカップリングして盛り上がっててもバカみたいだもん』


 なるほど、わかりやすい。


 そして、さくらは僕への秘めた好意。

 そこに桜の理性は関与しない。さくらはさくらの理性で僕と接しているということだろう。


『そんな感じかな。さくらが桜と共有してるのは記憶と感情だけ。その他は別の人間。まあ、さくらは霊だけどね?』


 桜は、僕と再会して以来、避けられている事には気付きつつも、その理由までは理解できていなかった。


 幼馴染に嫌われている。


 そんな意識を持っていたのは僕だけじゃなかった。


 そういう事だろう。


『自分の存在は重荷でしかない。こんな気持ち捨ててしまった方がいいんじゃないか。そんな不安は、別れた日からずっと桜にあったんだ。でも、隣の席になって、久しぶりにお話して、目を見て。抑え切れなかったんだろうね。結果、なんで生霊(さくら)になっちゃったのかは謎だけど』


 ──そして不安が、和解と同時に大きくなってしまった。


 罪の意識と共に。


『湊くんがただの幼馴染として一生この距離で生きていこうと、そう思うんだったら、さくらは静かに消え逝く日を待つよ。──でも、もし桜が湊くんを好きでい続けていいのなら、二人の未来にチャンスがあるなら、さくらは桜を応援したい。さくらは湊くんに桜を好きになってもらいたい』


 泣きながら僕の肩を掴む桜の父親の顔が、一瞬フラッシュバックした。


 あの時の言葉を否定するだけの自信が僕にはない。


 間違えながらも進んだ桜。

 一歩を踏み出せなかった僕。

 この溝はあまりにも広く深いのだ。


『大丈夫。さくらが埋めてあげるから』


 さくらはベッドに腰掛ける僕の上に跨る。


 さくらと出会って、僕と桜の関係は大きく変わった。

 本当に、頼もしい味方だ。


「そうだな……」


 臆病な僕だけれど、みっともない僕だけれど。

 彼女の隣にいてあげられなかったあの日と同じ後悔は二度としたくないから。


 

 ──僕はもう一度、桜に恋をしたい。



 決して前向きな理由じゃない。

 幸せにするのも不幸にするのも僕でありたい。

 幸せになるのも不幸になるのも桜の為でありたい。


 そんな子供じみた戯言。

 それでも、もしそれが許されるのならば──


『湊くん、おやすみのちゅーをしよう』


「え? どうしたんだ? きゅ、うむっ」


 返事を待たずに詰め寄ってきたさくらは、ベッドに僕を押し倒して唇を落とす。


 子供の頃桜としたのとは違う(ねぶ)るようなキス。

 一瞬、身体が麻痺するような感覚に陥った。


 一秒にも十秒にも感じたその時間で、状況を把握した僕は、さくらの両肩を掴み、顔を遠ざけた。


『さくらの失恋(おやすみ)をあげる。絶対、湊くんを桜に惚れさせてみせるから』


 さくらは生霊。そして天使。


『今日からは恋のキューピット』


 さくらの笑顔が痛いくらい胸に刺さった。

 それでもその笑顔の意味に気付けなかったのは、やはり僕が鈍感な人間だったからなのかもしれない。




柊が黙ってない。

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