ツボを抑える。
『桜が醜態を晒した事は、さくらが謹んでお詫び申し上げます』
お前は一体どんな立場からコメントを出してるんだよ。
僕は深く溜息を吐いてから机に向かう。
「らぎちゃん、今日はどの教科から攻める感じでいく?」
「保健体育」
「それはこの前やっただろ? 今日は数学か英語をやるって話したじゃんか」
柊も一応文系。
なので、彼女が受けるテストはひと通り僕でも教えることができる。一応一通り勉強は教えたので、今日は苦手な数学と英語を復習してもらって、その後テストに臨むといった形になるだろう。
ちなみに、テストは明後日から4日間だ。
「今日は数学にする」
ワークを引っ張り出した柊はペラペラとページを捲っていく。
「ここ」
どうやら一学期の期末テスト、試験範囲は集合と論理、二次関数らしい。
「なんか、テンポ早くない?」
「今年から、選抜クラスは受験に向けて授業の方針が変わった」
マジか、大変そうだなぁ。
うちの学校、土曜日に学校がない私立進学校って事で有名だけど、そのうち土曜も授業有りになりそう。
「どうだろう。うちの学校、部活に力入れたいから」
あー、まぁ、そうか。
土日は1日練習の時間にあてたいってことなんだろうな。
「じゃあ、らぎちゃん。まずは論理からはじめよっか。論理ってのは、与えられた命題が──」
僕は覚えている限りの知識を使って、柊のワークを進めていく。ところどころ怪しいところもあったけれど、答えを見れば、理解できるので、説明はスムーズにできたと思う。
『湊くん、湊くん。ひそひそ』
後ろから抱きついてきたさくらが僕に耳打ちしてくる。
柊は桜がいる手前見て見ぬふりを通しているようだけれど、こちらを睨む顔を隠しきれていない。
「どうかした?」
僕は柊がいる手前、キリッとした表情を保ち、さくらの言葉に耳を傾ける。
『どうかした? じゃないよ。見てよ、桜の顔。すっごく機嫌悪そう』
「え? ……うおっ!?」
表情が極限まで消えた完全なる無だ。
『湊くんが柊にばっかり構うからだよ。寂しいんだよ』
寂しいと人は殺気を飛ばすのか?
『まずはご機嫌とろうよ。ほら、話しかけて』
「さーて、柊のお勉強もひと段落したし、そろそろ自分の勉強しよっかなー。どこかに頭のいい人いないかなぁ?」
「あ?」
怖い怖い怖い。無理無理無理。
「どうすんだよ、あれ。せっかく和解したのに逆戻りだよ」
なんか、唇の端に髪の毛咥えちゃってるし、目は死んだ魚みたいだし。
『まずは話題を提示しなきゃ。髪の毛から攻めよ?』
髪の毛? 別にいつも通りだろ?
『見てよ、前髪ちょっと短くなってるでしょ?』
いや、わかんねぇよ。
『いいから、早く。ここを地獄にする気?』
「さ、桜、もしかして前髪少し切った?」
少し声が上擦る。
僕はゴクリと生唾を呑んで返答を待った。
「……ちょっとだけ」
おおおおお!
返事が返ってきたぞ!
「や、やっぱり? そうだと思った」
何がそうだと思った、だよ。
自分の軽薄さが、ちょっとだけイヤになった。
「いつ切ったんだ?」
「昨日の夜よ……変かしら?」
桜はぱふぱふと前髪を叩くと、こちらに視線を向けてくる。
「いや、似合ってるよ。いいと思う」
僕は爽やかに親指を立てる。
全力でご機嫌取りに務めていくスタイルだ。
「似合ってる? この前髪が? 毛先がガタガタで、少し薄くなり過ぎたこの前髪が、私に似合ってる? それは宣戦布告と捉えていいのかしら?」
──地雷だった。
失敗してたんかい。わかんねぇよ。わかるわけねぇよ。
僕からしたら完全にいつも通りだよ。
「湊にぃ、煽り上手。お姉ちゃん相手によく言えた。パチパチ」
柊が言うくらいだから、本当にミスったんだろうなぁ。
女の子のマメな努力に気付ける男はモテるというけれど、マメな失敗に気付ける男はモテるのだろうか。
『鈍感』
さくら、お前は分かっててわざと地雷を踏ませただろ?
ゴゴゴゴゴッと怒りに燃える桜。
ふすふすと鳴らない口笛を吹くさくら。
ぱちぱちと拍手をして僕を称える柊。
泣きそうな僕。
「別にバカにした訳じゃないぞ!? ただ完璧過ぎても目のやり場に困るからね。むしろ前髪ガタガタくらいがちょうどいいよ」
『フォロー下手くそ過ぎだよ!』
嘘だろ? これが僕の渾身のセリフだぞ?
僕は手に汗を握って反応を伺う。
「……。すっぽんバカ明太子野郎のくせに生意気よ。アンタの為に前髪ガタガタにしたわけじゃないから」
顔を赤くして目を逸らす桜。
『メガチョロ!』
暴力は飛んで来なかった。
「ふぅ、こんなもんかな〜」
時刻は18時を回った頃。もうすぐ夜が来る。
僕はくぅーっと伸びをして、汗をかいたコップに触れて手を冷やす。
結構有意義な時間だったと思う。
「そろそろ夕飯の時間だな。どうするウチで食ってく?」
「いえ、そこまでしてもら──」
「食べる。久しぶりの湊にぃの手料理。絶対食べる」
「……お願いするわ」
「おっけー。じゃあ休憩すっか」
僕は階段を下ってキッチンへと向かう。
『夕飯何にするの〜?』
「さーちゃんは何がいいと思う?」
『からあげ』
ああ、からあげね。
僕と桜の思い出の品ってやつだ。
材料があればいいんだけど、鶏肉なんて今家には──あるわ。昨日買ったわ。すげぇ、偶然だ。
メニューだけど、どうしようか。
まずは冷蔵庫と相談だ。
元々、今日は麻婆豆腐でいいかなって思っていたので、あまり材料がないのだ。
「んー、その代わり豆腐が結構あるな」
よし、今日のメニューはからあげとサラダ、ほうれん草のソテーに冷奴とお味噌汁でいこう。
僕はお米を取り出してカシャカシャと洗う。
さくら? 洗米に洗剤は使わんぞ?
今回は四合炊くことにした。
続いて、僕は冷蔵庫から取り出した鶏胸肉をフォークでぷすぷす。
小さく穴を開けていく。
『さすがの手際だね。さくらのお嫁さんになって欲しい』
光栄だけど、さくらはご飯食べないよね?
僕は適当なことを言うさくらを受け流して、筋を断ってから包丁でとんとんする。
「ねえ、湊」
「うん?」
さくらかと思ったら、桜だった。
階段を下りる音が聞こえてたので、桜と柊のどっちかが下りてきたのはわかっていたけども。
何の用だろう。
「私も手伝うわ。ここまでしてもらう訳にはいかないもの」
「何だよ、遠慮すんなよ。せっかく可愛くオシャレしてくれたのに、服が汚れたら大変だろ? 今日は僕に任せてくれ」
僕はそう言ってとぽとぽと油を注いでいく。
別に気を遣ってもらわなくても、料理は毎日してるし、量が増えるくらい、大した手間でもない。
「揚げ物だから臭いも着くだろうし。今日はもてなされてくれ」
「いえ、手伝うわ」
結局、律儀な桜は「ジャ、ジャージ借りるから!」と言って階段を上っていってしまったので、せっかくだし、力を借りようと思う。
そんな手間のかかる料理でもないし、本当に手伝ってもらうまでもないのだけれど。
まあ、林間学校みたいでワクワクするけどな。
『これが鈍感の怖いところ……』
「あ? なんか言ったか?」
『べーつにー』
ブックマーク、評価ありがとうございます!
励みになってます。
勉強会は、2章開始のプロローグ的お話にしようと思ったんですけど、思ったより字数が多かったみたいです。
本章の物語展開やさくらの役職等については、次々話に開示することになりそうです。
もうしばらくお待ちください。