発狂して虎になりそう
生霊じゃない方の幼馴染
全ての始まりは二枚の紙切れだった。
「馬ッ鹿じゃないの!? アンタみたいなゴミ虫と隣の席とか、ホンットに有り得ないんだけど!? アンタの吐息が私の体内を循環する可能性があるって考えただけで、吐き気がするわ。せっかく1番後ろの席でテンション上がってたのに、アンタのせいで台無しよ! 殺されたくなかったら、今すぐ窓から飛び降りなさい!」
人生というのは、何が起こるかわからない。
だからこそ楽しい。
そんな事を何の臆面もなく言えてしまう人間は、きっと幸せ者なのだろう。僕はとてもじゃないけれど、そんな言葉を吐ける気がしない。
今年で高校二年生になった僕達は、クラスで今年度初の席替えを行った。
クジ引きで席が決まるこの行事は……正直、落胆の声が上がる可能性の方が高いイベントではある。
授業をサボるサボらないを別として、何故か人々は後ろの席に価値を見出すからだ。
需要に対し明らかな供給不足。
そして何より、後ろの席になった人間の幸せは、不幸にも前の席になってしまった人間を盾とする事で成り立っている。
辛に1本足すと幸になるとはよく言うが、幸せとは奪うもの。結局、人は犠牲なくしては生きられないのだ。
そんな中、幸運にも僕は窓際の1番後ろの席を手に入れることができた。
しかし、平和で怠惰な日常を夢見た僕は、自分の見込みの浅さを理解する事となる。
何故なら、隣人もまた大事な要素となるからだ。
隣の席になった女の子に泣かれた──なんて経験を持つ可哀想な男子生徒は、 僕も見た事がある。
男子生徒にとってそれは公開処刑以外の何物でもなかっただろう。
彼がどれだけの事をしたかはわからないけど、それでもあの時僕は思ってしまった。可哀想だな、と。
そして、その哀れみは──今日、自身にも向く事となる。
「ちょっと! アンタに言ってるの! 聞いてるの? 隅田湊!」
「うん。聞いてるよ。ごめんな、僕が隣で」
僕は苦笑いを浮かべ、幼馴染の桜に謝罪をする。
「やめて! こっち向いて喋らないで! アンタの馬鹿が移ったらどうやって責任取るつもり? 結婚してく──けっこ……血痕が残るまでぶん殴ってやるわ!」
「馬鹿は飛沫感染しねぇよ!!!」
ついつい大声を出してしまった僕はこほんと、咳払いをする。冷静になれ。カッとなるのはよくないぞ。
「そうね。けど、空気感染はするわ。馬鹿と一緒にいる人間は──やはり馬鹿だもの」
「類は友を呼ぶってやつだろ? 流されやすい奴が一緒に落ちるだけの話だよ」
堕ちるのって、簡単だから。
「嗚呼、なるほど。中嶋くんがアンタと違って賢いのは、彼がアンタを友達として認識していなかったからだったのね。謎がひとつ解けたわ。またひとつ賢くなっちゃった♡」
なっちゃった♡じゃねぇよ。僕の心が溶けそうだ。
「中嶋は野球にだって誘ってくれるんだぞ?」
「数合わせね。それに、この前、空き地で野球をしていた中嶋くんがカミナリおじさんに怒られた際に、アンタの名前を名乗ってるのを見たわ」
あの訳の分からない反省文は中嶋のせいだったのか。
〜Now Loading〜
──問1.世界で1番可哀想な隅田湊は誰でしょう。
例えばそんな問題があったとしよう。
テストには出ないがあったとしよう。
その場合、答えは──
「全く見当もつかないわね」
「僕だよ!!!」
僕に決まってる。
「誰よ、 貴方」
「覚えてないの!?」
「冗談よ。隅田湊。2003年産まれの17歳。血液型はO型で、身長176cm、体重64キロ。左手薬指15号。誕生日は7月14日。左手薬指15号。午前1時17分に産まれたんだったわね。本当は奏って名前の予定だったけれど、その日が雨だった事で湊に変わったんだったかしら」
幼馴染だけあって、僕のプロフィールを完全に抑えている。……あれ、なんか同じの二回言わなかった?
「夜中に産まれるなんて、人の迷惑も考えられない社会ゴミと私が幼馴染? 片腹痛いわ」
「産まれた時間は関係ないだろ!!!!」
片腹痛いって……。
「お前は何時に生まれたんだよ」
「……午後14時23分よ」
「ああ、お昼頃……ってよく聞いたら桜も真夜中じゃん!」
「雨の日に産まれるなんて、人の迷惑も考えられない社会ゴミと私が幼馴染? 片腹痛いわ」
「ちゃっかり修正してる!?」
「黙れ死ね」
過去一ストレートな悪口が飛んで来た。
恐ろしくキツい罵倒。僕でなきゃ泣いちゃうね。
実際、他のクラスメイト は僕達のやり取りを見て見ぬ振り。後ろの席を勝ち取った少年少女達も顔を伏せて嵐が過ぎ去るのを待っている。
僕はツンドラ幼馴染の桃原桜から目を背けて、ひとつ提案をした。
「桜って、確か目悪かったよな? そんなに嫌なら……誰かと席を交換してもらったら?」
嫌なら、離れればいいのだ。
実際、今日僕と桜が隣の席になるまではクラスメイトでありながら会話はゼロだった。
幼馴染とはいえ、接点がなければ僕達はお互いに干渉しない。そんな関係だ。
「誰が好き好んでアンタみたいな害虫男の隣に座ると思ってる訳? アンタの隣の席を譲るなんて残酷な真似、出来るわけないでしょう?」
桜はため息混じりに、やれやれと首を振ってそう言った。嘲笑顔マジで腹立つ。こいつが男だったらワンパンしてた。
「いやいや、待ってよ!? 僕って桜だけじゃなくて、みんなから嫌われてたのか?」
「当然でしょ? なら聞いてみようかしら──ねぇ、私と席を交換したい……私の席を奪う覚悟のある人間はいるかしら?」
…………。
返事はない。
……嘘だろ? 僕ってこんなに嫌われてたの!?
いやいやいやいやいやいやいやいや!
何かの陰謀に違いない!
「みんなで示し合わせしてるだけだろ? そうだよな?」
縋る思いで、クラスメイト達に視線を向けるも、全員がスっと視線を伏せた。
これは、アカン。
「そういう事よ。まぁ、一番被害者が少なくなる角を引いた事に関しては、素直に褒めましょう。自ら孤島に流されるとはとてもお利口さんね。偉いわ」
「そっか。僕、みんなに嫌われてたんだ」
クラスで席替えをしたその日、僕の青春は終わりを告げた。
ずっと友達だと思っていた中嶋は、1番前の席で何故か肩を震わせて啜り泣いていた。
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