カミングアウトローいっぱい
「ごめん、らぎちゃん。学校で呼び出しちゃって」
「別に平気。湊にぃと一緒にお弁当食べるの初めて。楽しみだった」
現在、お昼休み。
桜と共に中庭へと来た僕は、そこで柊と待ち合わせた。
僕の勘違い騒動における内容を話す為だ。
楽しみにしてくれていた柊にこんなこと話すのは申し訳ないなぁ。
「実は昨日かくかくしかじかでして──」
「その先輩知ってる。たまに話す。男バスの先輩」
柊はブロッコリーをもぐもぐしながらそう言った。
彼女はブロッコリー大好き人間で、子供の頃からおやつ代わりにブロッコリーを食べているほどだ。
「ごめんな、気まずくならないといいんだけど」
柊の事を知ってる風だったのは女子バスケットボール部に所属している柊との接点があったという訳だ。
これから先だって、顔を合わせる機会もあるだろう。
「気にしないで平気。何かあったら私のファンクラブの人達が助けてくれるから」
柊もメンバー抱えてたのかよ。
ひとつの高校にふたつもファンクラブが存在してるとか、すげぇな。
ファンクラブなんて都市伝説だと思ってたのに。
「たまに私の出した消しゴムのカスとか転売されてる」
「過激派!?」
危なくなる前に解体した方がいいんじゃないのか?
僕は箸から滑り落ちてしまった梅干しを再度掴んで口へと運ぶ。
「あの先輩、湯本先輩っていう。私と同じ部活の先輩と付き合ってるから、多分心配しなくてもいい」
そうか。
保険って言うのはそっちの先輩の事だったのか。
そこもまた、絶妙に話が噛み合ってしまっていた要因か。
「酷いわよね。湊ったらあんな男と柊が付き合うと思ってたのよ?」
そこで話に入ってきた桜は膝の上に置かれたお弁当から、煮物をひとつ口へと運ぶ。
まじまじと見るのは初めてだけど、桜、食べ方がめちゃくちゃ上品だ。姿勢も良くてどこかのお嬢様みたい。
「うん。私は選ばない。湯本先輩の彼女──阿久津先輩はいい人だから、悪く言えないけど」
「桜がこんだけ言うくらいだし、らぎちゃんが選んだ人はもっと誠実なひとなんだろうね」
まぁ、桜は少しシスコン気味で柊の事を可愛がり過ぎてる節もあるので、色々と判定も甘い気はするけれど。
「その事なんだけどね。──お姉ちゃん」
柊に呼ばれた桜は、一瞬だけ箸を止めて柊に目配せする。
「湊にぃ、実は私、一つだけ嘘を吐いてた。お姉ちゃんにも協力してもらってた」
「嘘?」
柊はもしゃもしゃしていたブロッコリーを飲み込むと居住まいを正して口を開く。
「私には彼氏なんていない。誰とも付き合ってない」
「え? そうだったの?」
桜の方を見るが、彼女に驚いた様子はない。
つまりこの事は桜も知ってたのだろう。
嘘でもなさそうだ。
「はぁー。なんだそうだったのかぁ」
全身の力が抜けていくのがわかる。
「ちょっと心配したんだぞ? いつまで経っても写真すら見せてくれないし、変な奴に引っかかってないかって」
「高校まで女子校に行ってたせいで、男に免疫無くなって大学のサークルでグイグイくる先輩に惚れたけど、都合良く扱われたことに全てを失ってから気付いた愛娘が、風呂で泣いてるのを聞いてしまったお父さんと同じ気持ちになった?」
「長過ぎて所々聴き逃したけど、めちゃくちゃ胸糞悪い例えだったのは伝わったよ。そしてちょっと似たような感情は抱いた事は否めない」
「湊にぃ、ヤキモチ?」
「恥ずかしながら。──だって、考えてみれば、僕にとって、人生で1番長く時間を共にしてるのが桜と柊なんだぜ? 家族みたいなもんだろ?」
確かに2年間の隙間はある。
けれど、母さんとは朝くらいしか会わないし、父さんと姉貴は海外を転々としているので、一緒にいた時間は誰よりも多いのだ。
桜だってこれだけの絆がある幼馴染でなかったらもっと疎遠になっていたと思う。
「湊にぃは、私が彼氏いるって言ってから、添い寝もなでなでもしてくれなくなった」
「そりゃあ、そうだろ? 本当に付き合ってると思ったんだし。らぎちゃんだって、もう子供じゃないんだから」
僕がちょっと拗ねつつもそう言うと、らぎちゃんは珍しく表情を変えて微笑んだ。
「私はオトナの女」
「そうだな」
「湊にぃ、私の事女の子として意識してくれた?」
「まあ、そうだな」
彼女と一緒にお風呂に入れるかと言われれば入れないし、くっつかれて何も感じないか、と言えばそんなこともない。
彼女は紛れもなく一人の女の子だ。
「じゃあ、次添い寝する時はドキドキしちゃうね」
小悪魔的な微笑みを浮かべる柊はとても綺麗で魅力的だった。
ご飯が進むなぁ。
僕は梅干しを食べて真っ白になってしまった元・日の丸弁当を掻き込んだ。
次のお話桜目線のお話で、1章が終わります。