委員会
今日は久しぶりに桃原姉妹以外の女の子と教室でお話したと思う。
ただあまりにも多くの質問攻めを食らったせいで、精神が疲弊しているのをひしひしと感じる。
「今日は朝から大変だったらしいね、もやしっ子パロパロザウルスくん」
「もういい! もう聞きたくない! なんでみんなそのあだ名を知ってるんだよ!?」
「絶版強要だよ」
「それを言うなら一般教養だろ? ──いや、待てよ? でもよく考えたら、もやしっ子パロパロザウルスなんて不名誉なあだ名、絶版を強要するべきだし、一般教養する内容じゃない。もしかして、それすらも考慮した高度なボケだったのか!?」
「うんうん。そうだよ。その通りだよ」
たった今、放課後の図書室で僕が軽快なトークを交わしているのは、隣のクラスの美海心恋である。
元女子サッカー部の体育会系女子で、1年の頃に部活を辞めて以来、こうして放課後には図書委員として共に受付カウンターに座る仲となった。
「そう言えばさ、体育祭の種目って、もう決まった?」
「あー。うちはまだ全部って訳じゃないな。僕はクラス対抗リレーに勝手に選抜されちゃってな。後は二人三脚の補欠枠かな」
うちの学校は体育祭が一学期中に行われる。
その中でも、クラス対抗リレーは最も盛り上がる種目だ。
男子2人女子2人が、それぞれ200mずつ走る──至ってシンプルな競技。
「奇遇だね。実はボクもだったり!」
「やっぱ美海心恋、手だけじゃなくて足も速いのか」
「手は余計でしょ!」
「痛っ!」
僕が知りうる美海心恋の情報はあまり多くない。
部活を辞めて以来髪を伸ばしている。可愛い。ボクっ娘。腐道妙王。これくらいだ。
腐道妙王については、彼女が左手に持つ『焦らされセリヌンティウスはもう待てない〜王様と一日メロス日和〜』を見て察して欲しい。
「そう言うパロパロくんだって選抜されるくらいには、足だって速いんでしょ? ちなみに、100m何秒くらい?」
「おいおい。僕を体育会系と一緒にするなよ。100m走のタイムなんて測ったことねぇよ」
「じゃあ50mの方は?」
「4月に測ったので6秒29だったはず」
「へぇ。スポーツやってない人達の中じゃ断トツなんじゃない?」
「どーだろ。これって速いのかな? 野球部には5秒台で走る奴らが3人もいるらしいぞ?」
高校二年生男子の50m走の平均タイムなんて知らないしな。まぁ、昔から足が速い方ではあったけれど。
「うちの学校私立だしね。いる所にはいるよね。ズバ抜けてる人」
うちの学校は運動部に力を入れている。
特に野球部とバスケ部は強豪らしいので、全国から優秀な人材が集まってくるのだ。
ちょっとした有名人みたいな奴もチラホラいる。
まぁ、スポーツ目的で入学して来た生徒は基本的に学科が違うので、あまり関わりはないのだけれど。
そう考えると、美海心恋は例外だ。
彼女は進学クラスに所属しながら、女子サッカー部では1年の頃レギュラーだったらしいし。
「美海心恋はその……走れるのか? 足はもう平気なの?」
「あー。ボクは怪我が原因で辞めたって言っても、最終的な理由はこっちだから」
とんとんっと左手で胸を叩く美海心恋。
鳥取砂丘のような胸はビクともしない。
「えっと……心の怪我? って事?」
「そうそう」
話を聞くと、どうやら彼女が部活を辞めた理由はイップスだと言う。
先輩達にとっての最後の大会で、美海心恋は試合中に足の怪我をしてしまったらしい。
「その後、負けちゃってね。試合の後、先輩に言われたんだ。お前が怪我しなきゃ勝てたって」
「それは……」
「こればっかりはそう簡単に割り切れる話でもないんだよ? ボクはその先輩が毎日汗を流して練習していたのを知ってたからね。ボクはそんな先輩の夢を──10年以上追い求めてきた人生で一度きりのチャンスを打ち砕いちゃったんだ」
それ以来、彼女はボールを蹴れなくなったと言う。
マネージャーとしての道も考えたが、悩んだ末、図書委員会へと所属したらしい。
「ボクたち似てるね」
そうだろうか。
僕は少なくとも、他人に対してそこまで思い入れることができるとは思いにくい。
「そうかな? じゃあ、パロパロくんの事が好きな人が現れたとして、桃原さんを置いてその人の事を好きになれるの?」
他人の気持ちを置き去りにできるか、ということだろうか?
いや、そもそも──
「どうして急に桜の名前がでてくるんだよ。例え僕なんかを好きになる人がいたとして、そこに桜は関係ないだろ?」
「パロパロくんは桃原さんのこと、好きじゃないの?」
真っ直ぐな瞳だった。
今日一日で何度も聞いた言葉。
だけど、僕は今日初めてみんなとは違う返答をした。
「桜は僕の初恋の相手なんだ。けど、僕の存在は桜の人生を壊す。桜の父親からそう言われてね。だからその気持ちを必死に忘れようとして──いつしか、本当に忘れちゃったんだよ」
──桜が遠くに転校したのだって、元を質せば僕のせいだ。
あんなにも好きだったのに。
僕はいつの間にか彼女への気持ちを閉ざしてしまった。
桜は脆くて、支えがなければ直ぐに崩れてしまうような子だった。
そんな彼女を守りきれなかった負い目もあったのだろう。
今でも、桜のことは好きだ。大切な幼馴染だ。
けれど、その気持ちが必ずしも恋愛感情という訳ではない。
いや、正直に言おう。
僕は怖いのだ。もう一度好きな人を傷付けてしまうことが。
「僕はあいつの隣で笑えるなら、なんだっていいんだよ」
どんな関係だっていいんだ。
それが恋人じゃなくても。
「何それ。愛じゃん」
「かもな。まあ、そう思えるようになったのも、最近だけど」
再会した時の桜の変わり様は本当にショックだった。
嫌われるだけの事をした自覚があって、覚悟もしたけれど、実際の桜の反応を見て、僕は逃げた。1年も。
さくらのお陰で彼女が僕のことを嫌ってないとわかったので今は前向きになれたけれど。
「やっぱり初恋って叶わないもんなのかね」
「どーだかな。けど、何事にも人生経験が必要ってことなんじゃないのかな?」
「へぇ〜、人生経験かぁ」
美海心恋はスススッと『焦らされセリヌンティウスはもう待てない〜王様と一日メロス日和〜』をこちらに寄せてくる。
「いや、これは大丈夫です」
チョロっと挿絵を見たけれど、王様のハゲ散らかし具合がリアル過ぎて、なんか怖かった。
「ボク、食わず嫌いは良くないと思う」
それに、関しては僕も同意見だ。
でも、腐ってるじゃん?
これ、完膚無きまで腐ってるじゃん!
「なるほど。美味しいのは腐る直前の熟れた状態のものだと言いたいんだね? よかろう、こっちでどうだ!」
カバンをガサゴソと漁った美海心恋はもう1冊本を取り出す。
「はい。『旅の剣客と生意気坊っちゃま〜夜の剣術編〜』だよ。これはギリ腐ってない」
腐ってるんだよなぁ。しかも夜の剣術とか使い古された文言だし。B級感が凄い。
「なんだい! 図書委員のくせにわがままばっかり言って! 『美乳委員調教黙示録』の時はあんなに食い付いて来た癖に!」
「あの件に関しては本当に感謝しかないです。特に炭酸のペットボトルを開けた音で身体がビクビクしちゃう調教を受けたシーンは最高でした」
「いや、それ六巻の内容で草。ボクが貸したの一巻だけなんだけど?」
全巻買いました。
いやぁ、集めるのに苦労しました。
今の時代エロのアナログ書籍ってマジで減ってるからな。
「仕方ない。今日のところはこれで勘弁してあげる」
結局、僕は『可愛いネコタチ大集合』という小説を一巻借りることになった。
これなら多分腐ってないだろうし、家に帰ってゆっくり癒されるとしよう。
見てくれればいいのに