勘違い
終始ずーっと勘違いしたまま話が進行します。
「聞いてんのかよ、もやしっ子パロパロザウルス!」
ここは誰もいない校舎裏。
僕は下駄箱で桜や柊と別れた一瞬の隙にここに連れてこられた。
怒鳴るようにして僕の肩を掴んだ先輩は、僕を見下ろす。
僕も身長は176cmとそこそこ高い方なのだけれど、多分目の前の先輩は180cm後半はあると思われる。
自分より身長が高いってだけでこんなにも圧があるものなのか。
「あの、今2000円しかもってないんで、これを示談金にしてもらえませんか?」
柊の彼氏は僕から2000円をひったくると、肩を突き飛ばした。
「それで? どういう関係なのか、さっさと吐けよ」
「どういう関係と言われましても、僕はただの幼馴染です」
「幼馴染だぁ?」
「はい。なので、特別な関係と言うことは一切ありません」
「らぎちゃ……柊は彼氏一筋ですし。簡単に手を繋いでくるあたり、彼女は僕を兄としてしか見ていないんだと思います」
僕は先輩の機嫌を取るように、ペコペコと頭を下げる。
「桃原柊が俺に一途……?」
その場がどよめく。
「それは本当なのか?」
「はい。本当です。幼馴染として嫉妬してしまうくらいに、柊はいつも彼氏の話をするんです。あれは間違いなく本気です」
「おい、お前ら聞いたかよ。あいつ俺の事好きなんだってよ」
「ぶーぶー」
「やーやー」
「くそー」
先輩に野次が飛ぶ。楽しそうにしやがって。
まぁ、確かに柊はパーソナルスペースがほとんど無いに等しいからスキンシップも多い。
幾ら彼氏と言えど、自分を一途に思っているとは感じられなかったのかもしれない。
良かったですねー。あなたの彼女は彼氏が大好きですよー。
小さい頃は湊にぃと結婚するって言ってたのになぁ。
まあ、もう何年も前の話だけど。
「で? お前、姉の方とはどういう関係なんだよ」
僕を突き飛ばしたはずの先輩は再び僕に詰め寄って脅すようにそう言った。
「桜ともただの幼馴染ですよ。嗚呼、ですから、別に僕を兄と呼ぶ必要はありません」
柊が彼氏に一途と知って上機嫌になった先輩に対し、僕はユーモアを交えて話してみたのだけれど、全然ウケなかった。むしろ舌打ちされた。
「お前、気持ち悪ぃわ」
「はい?」
「俺が怖くねぇのか?」
あー、そういう事。
悪いけど、先輩なんて妖怪ピーラー女に比べたら子供みたいなもんだ。
「怖いというよりは、やっぱり罪悪感を感じます。本当にすみません」
……ああ、でも、そういう事か。
物語でヒロインが主人公の幼馴染をやたらと目の敵にする理由がようやくわかった。
目の前の先輩の立場で考えてみると、幼馴染ってめちゃくちゃ邪魔な存在なんだ。
「もう一度確認するぞ? お前、桃原姉妹とはただの幼馴染なんだな?」
「そうですね」
僕の家に桜の生霊は住み着いてるけれど。
「よし、決めた! お前ら、俺、今日桃原桜に告白するわ!」
先輩がそう言うと、周りの取り巻き達が盛り上がる。
「え、あの、柊はどうするんですか?」
「あ? 柊? 別に、妹の方はどうもしねぇよ。まぁ、万が一姉の方に振られたら妹で妥協してもいいけどな」
……コイツ、僕の前で堂々と浮気宣言しやがった。
しかも、妹から姉への乗り換え。
「あの先輩? 今いる彼女を捨てて、桜に告白するって言ってるように聞こえるんですけど?」
「あ? お前には関係ねえだろ? 万が一の保険だよ」
「保険?」
柊が保険……?
一瞬、怒りに呑まれそうになったけれど、僕はどうにか自制する。感情的になるのは僕の悪い癖だ。
「先輩、あなたには無理です。諦めて下さい」
「あ? お前、どんな立場から口挟んでんだよ」
「口を挟むというよりはアドバイスですよ。僕は所詮幼馴染ですけど、されど幼馴染です。桜のことはよくわかってるつもりですよ」
柊をあれだけ大切に思っている桜が、妹を捨てて乗り換えてきた男に気を許すとは思えない。
「おいおい、今更になって嫉妬かよ? 見苦しいことこの上ねぇなぁ」
ゲラゲラと他の先輩達も一緒に僕を笑うけれど、別に僕は嫉妬なんてしてない。
嗚呼、けれど、これだけは言わせてもらおう。
「お前は桜に相応しくない」
敬語を使わなかった僕が頭に来たのだろう。
先輩は僕の胸倉を掴むと、そのまま右腕を振りかぶった。
「はっ」
──結局は暴力か。
思わず鼻で笑ってしまった僕だけれど、次の瞬間には案の定、左頬を打ち抜かれて壁に激突する。
防ぎも抵抗もしなかった僕は口から流した血を拭って立ち上がる。今の衝撃で八重歯が頬肉に刺さったようだ。
「そういうところですよ、先輩」
僕は土汚れた制服を手で払う。
今の僕は、確かに失礼で嫌な奴だったけれど、桜の口の悪さに比べれば可愛いものだ。100倍希釈と言ってもいい。
いちいちムキになって、しかも反発して暴力を振るうようじゃ、どの道彼に桜の相手は荷が重い。
確かにその強引な性格は柊とは合うのかもしれないけれど、今回の件は僕から二人に報告するつもりだ。
先輩にベタ惚れだった柊には申し訳ないけれど、これが彼の本性だ。
今後付き合い続けていくにしても、頭には入れて欲しい。
「あなたがそういう人でよかった」
踵を返して下駄箱へと戻っていく僕を先輩達は誰一人として止めなかった。所詮はその程度。
教室に入ったらもやしっ子パロパロザウルスがなんなのか桜に聞いてみよう。
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