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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
アノイ編
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魂の行方

 ヒラクがかわいがっていた子グマのヌマウシは、クマ送りの祭儀で神の国に送られることが決まっていた。それがヌマウシの死を意味することを知ったヒラクは、ヌマウシを檻から逃がそうとする。檻から出たヌマウシに襲われるヒラクだったが間一髪のところでイルシカに救われる。

 こんなことは前代未聞のことだった。


 翌日の儀式は当然中止となった。


 ヌマウシは神に見放されたクマとされ、死体はその場でずたずたに切り刻まれてカラスや犬のえさにされた。

 

 本来なら儀式の後、先祖伝来の解体をし、肉や皮は村人に利用されるが、ヌマウシの頭骨は祭壇で(まつ)られることもなく、野山に転がり風雨にさらされることになる。



「ヌマウシがかわいそう……」


 ピリカの言葉に反応し、部屋の(すみ)でひざを抱えてじっと座っていたヒラクは顔を上げた。


 子どもたちを連れてルイカがイルシカのもとを訪れたのは、クマ送りが行われるはずだった日の翌日のことだった。


「本当なら今ごろは、神の国に送られて幸せに暮らしていたかもしれないのに……」


 そう言ってピリカは泣いた。


「おれのせいだな」


 ヒラクの声が震えた。


「わたし……そんなつもりじゃ……ただ……」


 ピリカはわあっと泣きだした。


「やめなさい、二人とも」


 ルイカが割って入った。


「だれのせいでもないわ。そうでしょう? イルシカ」


 イルシカは黙して何も語らない。


 ルイカはため息をついた。


「子どもたちから大体のことは聞いたわ。……ばかね。わざと騒ぎを大きくしたのね」


「ふん、別に。俺に悪神が憑いていると言った村の連中への腹いせさ。おやじの顔にも泥をぬれてせいせいしたぜ」


 そう言いながらもイルシカは、失意のどん底にある老いた父のことを思うと胸が痛んだ。

 それでもイルシカには何より守りたいものがあった。


「いいか、今回のことは俺一人がしでかしたことだ。ヒラクは関係ねえ。おまえらも、このことは忘れろ。わかったな!」


 イルシカの言葉に、イメルもアスルもただ黙ってうなずいた。


 ルイカは泣きじゃくるピリカを胸に抱き寄せながら、あきらめたように再びため息をついた。




 ヒラクはヌマウシが父に殺された晩以来、ろくに眠れずにいた。

 目を閉じると、自分を襲おうとしたヌマウシの姿がまぶたの裏に浮かぶ。

 目を開け、寝返りを打ち、再び目を閉じると、今度は父にとどめを刺され息絶えたヌマウシの姿が脳裏(のうり)によみがえる。


(なんで、こんなことに……)


 ヒラクは涙をぬぐい、ため息をついた。


「ヒラク、眠れないの?」


 隣で横になっているユピが声をかけた。


「うん」


 ヒラクはユピの方に体を向けた。


「ヌマウシのこと?」


「……うん」


「つらかったね」


 ユピがやさしく言うと、ヒラクの目にみるみる涙があふれた。


「……おれはただヌマウシを自由にしてやりたかっただけなのに。ただ黙って殺されるのを見たくなかった。それなのに……」


「うん、君は何も悪くない。悪くないよ」


 ユピはヒラクの背中をなでさすりながら優しく言う。


「ユピ、死んだらどうなるの? ヌマウシの魂はどこにいったの? 神の国ってどこにあるの? 儀式で殺すことがヌマウシのためだったの?」


「さあ、僕にもよくわからないな」


 ユピはヒラクから目をそらすと、どこか一点をみつめてぽつりとつぶやいた。


「……でも魂は永遠だと思う」


「えっ?」


 ヒラクはユピの顔を見た。暗がりのせいか、まるでちがった顔に見える。


「魂は不滅……、肉体は魂の器にすぎない。神の国はここにある。神はここにいる。神はここに……神は……」


「ユピ? ユピ、どうしたの?」


 ヒラクの声にユピはハッとして我に返った。それと同時に激しい頭痛に襲われた。


「ユピ! だいじょうぶ?」


 ヒラクは体を起こし、頭をおさえるユピの顔を心配そうにのぞきこんだ。


 ユピはヒラクを安心させるように、弱々しいながらも笑顔を見せた。


「だいじょうぶだよ」


 ユピは今にも泣きだしそうなヒラクの頬に優しくそっと手をのばした。


「ユピ病気なの? 病気ならおばばに治してもらうといいよ」


 「おばば」とは、ピリカたちの祖母で、村の大巫女である老婆のことだ。


 本来女子は(けが)れた者であるとされ、神を祭ることが許されないが、巫女として神と人との媒介(ばいかい)となり託宣(たくせん)することはある。

 その巫術(ふじゅつ)には長のサマイクルも一目置いている。

 病気の祈祷(きとう)をしてもらうために老婆のもとを訪れる者も少なくない。


「ね?ユピ。おばばならきっと病気をなおしてくれるよ」


「病気なんかじゃないんだ。ただ、夢を見るだけ……」


 そう言って、ユピは表情を曇らせた。


「……いつも、知らない場所の夢を見る。はじめは、子どものときの記憶だと思っていた。なつかしい感じがしたから」


「どんなところ?」


「すごく広い、お城みたいなところ。赤い絨毯(じゅうたん)の上を僕は歩いている。誰も知らない、秘密の部屋……。僕はそこへ向かっている。その部屋には、布をかぶった何かがある。呼ぶんだ、その何かが。布を取ると、僕は、僕は……」


 ユピは顔を(ゆが)めて(ひたい)をおさえた。


 「お城」も「絨毯」もヒラクにはよくわからなかったが、ただただつらそうなユピを何とか助けたかった。


「ユピ、もういいよ、もう思い出さないで」


「ヒラク……。僕の手を握っていてくれる?」


 言われるまま、ヒラクはユピの手を握った。

 ユピはその感触を確かめるように何度も握りなおし、つないだ手を自分の唇にあてて目を閉じた。


「時々、自分がわからなくなるときがある。夢が現実のように生々しい。今いるこの僕こそ誰かの見ている夢なのではないだろうか。君といるこの今こそ夢では……。それならいっそ目覚めなければいい。このまま僕をこの夢につなぎとめておいて。お願いだ、ヒラク。どうかこの手を離さないで……」


 ユピは泣いていた。ヒラクはただ強くその手を握っていた。


 ユピの苦しみも、ヌマウシの魂も、救う存在というのはあるのだろうか。


 神とは一体何なのか……。


 ヒラクの中にある疑問は大きくなっていく。


 川の神とはちがう、沼の神ともちがう、もっと大きな存在をヒラクは求めていた。


(偉大なるプレーナ……)


 ヒラクの遠い記憶が呼び覚まされた。

(登場人物)


ヒラク・・・アノイ族の父と山の向こうの「神の国」から来た異民族の女との間に生まれた緑の髪のこども。誰の目にも見えない川の神の姿を見ることができる。


ユピ・・・山の向こうに広がる砂漠にいた異民族の少年。ヒラクの母が使っていた言語を「禁じられた言葉」と呼んでいる。


イルシカ・・・ヒラクの父。アノイ族の長の息子。アノイでは禁忌の地とされる山の向こうの神の国に足を踏み入れ、異民族の女を妻としたため、村から追放された。


ルイカ・・・イルシカの姉。イルシカとヒラクをいつも案じている。


ピリカ・・・ルイカとペケルの娘。末っ子。ヒラクに想いを寄せる。

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