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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
アノイ編
7/65

ヒラクと子グマ

(前回までのあらすじ)

 アノイ族の長の息子イルシカと山の向こうの「神の国」から来た女の間に生まれた緑の髪の子供ヒラクは、川の神を見ることができる不思議な能力を持っている。

 その能力が現れ始めたことがきっかけで、両親は別れることになり、ヒラクの母はアノイの地を去る。母を追いかけたヒラクは、山の向こうにたどりつき、そこが広大な砂漠であることを知る。その砂漠でヒラクは謎の異民族の少年と出会う。少年はイルシカに引き取られ、ユピと名づけられて、ヒラクの家族になった。

 それから五年の月日が経過し、ヒラクは十歳、ユピは十三歳になっていた。

ヒラクは山でいとこのイメルとアスルの兄弟、その妹のピリカとよく遊んだが、ヒラクにとっていつでも一番特別なのはユピだった。

 翌年の春、アノイの村は活気(かっき)づいていた。

 ルイカの夫ペケルの猟団(りょうだん)がクマ狩りに行った際、親グマと一緒にいた子グマを生かしたまま捕らえて村に持ち帰ってきたのだ。


 生きている子グマは山に住む神から里子(さとご)として(あず)けられたものであり、アノイの人々は神の信頼の厚いことを喜ぶ。子グマは神の賜物(たまもの)であり、村で子グマを預かると、悪疫(あくえき)の流行はなく天災も(まぬが)れて生活も豊かになると信じられていた。


 ピリカとアスルは、自分の父親が山から子グマを預かってきたことを誇らしく思い、興奮した様子でヒラクの家にやってきた。


「すごいよね。うちのお父さん」


「父さんが『クマが山から降りてきた』って大声で叫んで山から降りてきたら、みんないっせいに家から出てきたんだ」


 イルシカはその話を聞きながら、ふんっと鼻を鳴らして笑う。

 いつも自分の後を追っていたペケルのことを思い出していた。


 ユピは小部屋から出てこない。


 ヒラクは、なぜ子グマを捕らえることがそれほど名誉なことなのか理解できず、興奮気味にまくしたてるピリカとアスルの様子を呆気にとられながら眺めていた。


「それでね、その子グマ、今はおじいちゃんの家にいるの。もうちょっと大きくなったら(おり)に入れるんだって。今作ってるのよ」


「ヒラクも見に行こうぜ」


 ピリカとアスルは今にも連れ出そうとヒラクの腕をつかんだ。


「やめとけ、ヒラク。(おさ)は孫のおまえより、(くま)が大事だろうからな。追い払われるだけだぜ」


 イルシカは吐き捨てるように言った。


「それがそうでもなさそうよ」


 そう言って入ってきたのは、ピリカたちの母ルイカだった。後ろにはイメルもいる。


「まったく、あんたたち、母さんを置いていかないでちょうだい。話があるのは母さんなんだから」


 ルイカはピリカとアスルをとがめるように見ると、()(はさ)んでイルシカの前に座った。


「話ってなんだよ」


 イルシカはルイカを見てめんどくさそうに言った。


「クマ送りでクマを送り出す役目をあんたに頼みたいと長が言っているのよ」


 「クマ送り」とは、クマの霊をその親元の国である神の国に送り届ける祭儀(さいぎ)のことだ。アノイが古来から行ってきた祭儀の中でもとりわけ盛大に行われるものだった。

 山から預かった子グマは、成長すると村の祭場(さいじょう)で弓にかけられ、首の骨を折られて殺される。魂を神の国に送るのだ。この時、とどめの矢を()ち込む者が、神の国へ送り出す役目を果たす。


「うちの人もあんたしかいないと言っているわ。何より(おさ)の強い願いなのよ」


「おやじが?」


「父さんももうずいぶん年をとってしまったわ。村では次の長が誰かという話ばかり。父さんはあんたに跡を継いでほしいと思っているのよ」


「俺が?」


 イルシカは腹を抱えて笑いだした。


「悪神の()いた俺が長? 俺は村に災いをもたらす者なんだろう? 村をぶっつぶしてもいいっていうなら話は別だがな」


 笑い続けるイルシカを見て、ルイカは眉をひそめる。


「父さんはただ、あんたと仲直りしたいだけなのよ。クマ送りの役目を無事に果たして神の国と村をつなぐ者になれば、村の人たちにも示しがつくと考えているわ。これをきっかけに今までのことを水に流して、わだかまりをなくしたいのよ」


 ルイカの必死の説得もむなしく、イルシカはまるで耳を貸さない。


「あいかわらず独りよがりだな。全部そっちの都合じゃねえか。俺はおやじの道具じゃねえよ」


「それならヒラクはどうなるの? ヒラクもあんたの道具じゃないわ。あんたが村や長を拒んでも、ヒラクは自由にさせるべきなんじゃないの?」


 ヒラクが母親を追って山越えをした日、ヒラクが無事にイルシカと共に戻ってくるまでルイカの心配は相当なものだった。すぐにペケルたちの猟団がヒラクを追ったがみつからなかった。奇跡的にイルシカに追いつき、無事に戻ってこれたとはいえ、ヒラクを一人で行かせたことにルイカは責任を感じていた。


「あの子は一人じゃ何をしでかすかわからないような子よ。ほかの子たちと同じように村のみんなに見守られて育つべきだわ。長だって本心では孫の一人としてヒラクを迎えたいのよ」


 ルイカの言葉に言い返すこともできず、イルシカは黙り込む。

 そしてヒラクに目をやった。


「ヒラク、おまえ、長のところに行きたいか?」


「うん。おれ、子グマが見たい」


 ヒラクは目をらんらんと輝かせている。


 イルシカはため息をついた。


「……好きにしろ。だが、日暮れまでには戻ってこい。いいな」


「やったぁ!」


「よかったね、ヒラク」


 ヒラクはピリカたちと一緒に飛び上がって喜んだ。


「ユピは? ユピも一緒に行っていい?」


 ヒラクが聞くと、ルイカは困った顔をした。


「ユピはどうせ来ないよ。俺たちと一緒になんかさ」 


 アスルがふてくされ顔で言う。

 イメルは黙ったままだが同じことを思っていた。


「ヒラクは私と一緒に行くんだもん」


 ピリカはヒラクの手をつかんで外に引っぱり出そうとする。

 ヒラクは小部屋の向こうのユピを気にするが、ユピは顔を出す気配もない。


 ときどきヒラクはいとこたちとユピとの板挟みで困ることがある。


 ヒラクが外に遊びに行って帰ってくると、ユピは、自分がどれだけ心細かったか、寂しくて仕方なかったかをそれとなくほのめかす。そのたびにヒラクはユピに申し訳ないことをしたと思い、ユピを一人にしたことに罪悪感を抱いてしまう。


 それでもヒラクの外への関心や好奇心はとどまるところを知らず、今ももう、気持ちは子グマに向いている。


「すぐ戻るから!」


 ヒラクは、イルシカと、そして小部屋のユピにも聞こえるように叫ぶと、元気よく外に飛び出していった。子グマへの好奇心でいっぱいだった。


 ピリカとアスルがヒラクの後を追う。その後にイメルも続いた。


「ありがとう、イルシカ」


 ルイカの言葉にイルシカはそっぽを向いたままだった。


「ヒラクに何かあったら俺がだまっちゃいないからな。長にそう伝えておけ」


「わかっているわ。あんたもちゃんとクマ送りの件、考えておくのよ」


「ふん、お断りだぜ」


 イルシカは姉に背を向けて、ごろんと床に寝転がった。




 ヒラクは、ピリカたちに案内されて長の家に向かった。


 ルイカの家の近くまでは何度も来ていたが、村に入るのはこれが初めてだ。


 村人たちが好奇の目でヒラクを見る。わざわざ人を集めて見に来る者もあり、長の家に着く頃には、ヒラクの後方には、ばらばらと人だかりができていた。


 何といっても目を引くのはヒラクの髪の色だ。

 母親と同じ、鮮やかな緑色をしている。

 肌の色もちがった。象牙色の肌は、アノイの人々の中ではずいぶん色白に見える。


 長が自分の家を訪れたヒラクと初めて対面したときも、その風貌には驚きを隠せなかった。


「ホルカ……」


 長は一瞬おちくぼんだ目を見開いた。


 「ホルカ」というのはヒラクの母の呼び名だ。アノイの言葉で「後戻り」という意味だ。

 神の国へ戻っていったとき以来、人々にそう呼ばれるようになっていた。

 それまでは「イルシカの妻」と呼ばれていたが、長は決してそうは呼ばなかった。


()まわしい緑の女め……)


 長はヒラクを憎々(にくにく)しげに見た。


 けれども、顔を上げて自分を見たヒラクの目に、長は確かにイルシカを見た。

 強い光を宿す意志の強そうな目は、まちがいなくイルシカの子であることを示している。


 長の目に涙があふれた。


「よく来たな……」


 目の前の老人は、()れ枝のような手足をしていて、風にも()えないように見える。そのことがヒラクを驚かせた。これが自分の父が敵視する人間なのかと目を疑った。

 

 だが、その関心もすぐに子熊へと移った。


 子熊は家の中で放し飼いにされていた。

 大きな犬ぐらいの大きさで、動作は愛らしく、ヒラクはすぐに夢中になった。

 

 長の妻は、孫のヒラクを喜ばせるために、粥の椀を手渡して、子熊に与えることを勧めた。

 ヒラクが粥を指ですくって子グマの口元に近づけると、子グマは乳房を吸うように喜んでそれをなめた。


 それ以来、ヒラクは毎日のように長のもとに通った。


 ヒラクは子熊にひそかに「ヌマウシ」という名前をつけて、ピリカたちと一緒にかわいがった。


 ヌマウシはヒラクによくなついた。

 ヒラクが外を駆ければ、ヌマウシはどこまでもその後を追ってくる。横になればすりよってくる。そしてヒラクとヌマウシは、そのまま体を寄せ合って、一緒に眠ることもあった。


 子グマはすくすくと成長し、やがて(おり)に移された。


 檻は丸太を四角に組んだもので、高さ一メートルほどの四本の支柱の上に乗せられ、同じ丸太でできた天井には石で重石(おもし)がされた。


 ヒラクは丸太の隙間からヌマウシをのぞきこみ、餌をやるために村に足しげく通った。


 村人たちは、長がかわいがっている孫ということで、ヒラクに対する警戒心を次第に解いていった。

 ヒラクは物怖(ものお)じしない子どもで、村人に話しかけられればすぐに打ち解けたので、以前ほどヒラクを悪く言う者もいなくなっていた。


 自由に村を行き来するヒラクを見て、イルシカの心にも変化が訪れた。

 このまま村を(こば)んで暮らし続けることが不自然なように思われたのだ。


 そしてイルシカは決意した。


「クマ送りの役目、引き受けてもいいぜ」


 それを聞いたルイカは喜んですぐに長に伝えた。


 何もかもすべてうまくいくかに思われた。


 クマ送りの日を(むか)えるまでは……。


(登場人物)

ヒラク・・・アノイ族の父と山の向こうの「神の国」から来た異民族の女との間に生まれた緑の髪のこども。誰の目にも見えない川の神の姿を見ることができる。


ユピ・・・山の向こうに広がる砂漠にいた異民族の少年。ヒラクの母が使っていた言語を「禁じられた言葉」と呼んでいる。


イルシカ・・・ヒラクの父。アノイ族の長の息子。アノイでは禁忌の地とされる山の向こうの神の国に足を踏み入れ、異民族の女を妻としたため、村から追放された。


サマイクル・・・ヒラクの祖父。アノイの長。イルシカのことを思いながらも村の調和と安定を重んじる立場から、息子と長く確執する。


ルイカ・・・イルシカの姉。イルシカとヒラクをいつも案じている。


ペケル・・・ルイカの夫。昔からイルシカを尊敬し慕っている。


イメル・・・ルイカとペケルの息子。長男。まじめで常識的。


アスル・・・ルイカとペケルの息子。次男。おしゃべりでうわさ好き。ヒラクにライバル心を持つが何をやってもかなわない。


ピリカ・・・ルイカとペケルの娘。末っ子。ヒラクに想いを寄せる。


ホルカ・・・ヒラクの母。ホルカは村での呼び名で、アノイの言葉で「後戻り」という意味。本名は誰も知らない。


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