勾玉主
(前回までのあらすじ)
ユピと共に神帝国に向かう途中、ヒラクは父のいる故郷アノイの地に神帝国の兵士たちが進軍していることを知り、戻ろうとする。兵士たちともみ合う中、ヒラクの手の中に透明な勾玉が出現し、眩しい光を放った。それを目の当たりにしたユピは絶叫。混乱の中、一人の兵士が馬に乗り、ヒラクをその場から連れ去った。
馬が口から泡を吹き、走れなくなる寸前まで、兵士は南へと急いだ。
何度かの休憩を挟むが、馬が少し回復したところで、またすぐ兵士は馬を走らせる。
ヒラクが何か質問する余地も与えず、兵士はただ先へ急いだ。
ヒラクも馬も体力の限界まできたところで、やっと森が見えてきた。
辺りはすでに薄暗く、森の中はさらに暗い。
森に近づいてくると、兵士は馬を乗り捨てて、ヒラクに初めて声をかけた。
「ここからは歩いてください。この馬はもう持たない」
兵士は馬から荷物を降ろし、慣れた手つきで火打石を使って小さなランプに火をつけた。移動中に使うものらしい。
その様子をみている間にヒラクも落ち着きを取り戻した。
落ち着いてくると、今の状況に怒りがこみあげ、馬に揺られて消耗した疲れも一瞬吹き飛んだ。
ヒラクは自分の手を引き先へ進もうとする兵士の手を振り払う。
「どこに連れて行く気だ! おれはアノイの地に戻らなきゃなかったんだぞ」
ヒラクは兵士をにらみつけるが、兵士に動じる様子はない。そして淡々とした口調で言う。
「戻るなど不可能なこと。あなたはもうこの地にさえいられない」
「どういうこと……?」
ヒラクは改めて兵士をじっと見る。
よく見ると、その兵士はまだ若かった。うっすらとひげを生やしてはいるが、引き締まった口元に老いのかげりはない。はちみつ色をした髪と明るい緑色の目が、男のいかつい顔の印象をやわらげている。
「私はジーク・ベルモントと申します。あなたをみつけだすために北のこの地に足を踏み入れた者です」
「北の地? 何のこと?」
「とにかく今は先を急ぎましょう」
そう言って、ジークは辺りの様子をうかがいながら森の中を歩きだした。
森は延々と続くが、ジークは初めて足を踏み入れたといった様子でもなく、適当な野営地をみつけては、休息を取りつつ、先へ進んだ。
森を歩き続けて四日が過ぎた。
相当前から念入りに準備をしていたのだろう。食料調達も計画的で野営地を捜し歩くこともなく、ヒラクがユピと山越えをしと時の無計画さとは大違いだった。
それでもまだどこにも行き着かない。森が延々と広がるだけだ。
ヒラクは苛立ちをぶつけるようにジークに言った。
「一体どこまで行くんだよ。どうしておれをこんなところまで連れてきたんだ。いいかげん教えてくれてもいいだろう」
ジークは足を止めてヒラクを振り返った。
そして歩み寄ってきたかと思うと、片足を後ろに引いてひざを曲げ、右手を胸にあてながら恭しく礼をした。
「失礼しました。目的地へ急ぐあまり、あなた様への配慮に欠けていたようです」
そう言ったかと思うと、ジークはきびすを返し、再び歩き始めた。ヒラクはあわてて追いかける。
「ちょっと待ってよ。おれの話聞いてた?」
「ええ。あなたが知りたいことはすべてお話します。ですが今は時間がない。歩きながら聞いていただけますか」
「歩きながらって……」
嫌だと言ってもジークは立ち止まりそうもなく、ヒラクは言うことを聞くしかなかった。
ヒラクがついてくることを確かめながら、ジークは話し始めた。
「あなたがセーカの地で捕らえられた時、見張りとしてそばにいたのがこの私です。その時から私はもしかしたらあなたこそ私の捜し求める人物なのではないかと思っていました」
「あのときの見張り兵が……」
急ぎ足で歩くヒラクは息を弾ませるが、ジークの呼吸はまったく乱れない。
「始めはあなたがともにいたユピこそ捜し求める人物ではないかと思いました。だからこそ彼を神帝国へ迎える隊の中にもぐりこんだのです。しかし、あなたこそがそうだった。その手に握られていた勾玉が何よりの証拠です」
「マガタマ? 何それ?」
「神帝国の兵士たちに押さえつけられていたあなたが、手に持っていたものですよ。真の神に行き着く者だけが手にすることのできる証です。それを持つ者は勾玉主と呼ばれています」
「マガタマヌシ?」
「偽神を打ち払い、真の神を迎える新しい世界を切り開く力があなたには備わっているということです」
「ギシン?」
ヒラクはオウム返しに聞いたこともない言葉を口にするだけで、理解がまったく追いつかない。
かまわずジークは話を続ける。
「私の国では北の地に生まれる勾玉主が神帝の正体を暴くといわれてきました。その勾玉主をみつけだすために、今から十五年前、希求兵と呼ばれる多くの少年たちが私の国からこの地に潜入しました。私もその一人です。長期にわたる潜伏を経て、私のように兵士として育った者もあれば、神帝国人として町の中で仕事を得た者もいます。我々は様々な手段で情報交換を繰り返してきました」
ジークの仲間には狼神の旧信徒を神帝国の労働力として管理する立場の者もいた。彼らは食糧と引き換えにセーカ内部の情報を狼神の旧信徒たちから聞き出した。そこには勾玉主の所在を探る目的があった。
「私たちがこの地にやってきてすぐに神帝に跡継ぎが生まれました。しかし、その頃から神帝には一つの噂がつきまとうようになりました」
「うわさって?」
ヒラクは息を上げながらジークの横を歩いて尋ねた。
ジークは歩く速度を落として低い声ではっきりと言った。
「神帝は狂っていると……」
ヒラクは思わず息を呑む。ジークは再び歩を早めた。
「やがて決定的といえる出来事が起こりました。今から七年前、神帝はまだ幼かった皇子を処刑するよう家臣たちに命じたのです」
だが処刑を目前にして、神帝の妻は皇子を連れて姿を消した。
城内に入り込んでいたジークの仲間により得られた情報はここまでだった。
ジークたちは神帝の皇子こそが勾玉主だったのではないかと考えた。不確かではあるが、生まれた皇子の右手が不思議な光を放っていたとの情報もある。神を名乗る神帝が偽神であるというのなら、自分を脅かす勾玉主を恐れたとしても無理はない。だがそれを確かめようにも皇子の消息は不明で生死もわからない状況だった。
「行方知れずとなった皇子の行方を私たちも密かに追っていました。皇子が勾玉主である可能性があったからです。そして先頃、一部の側近たちの動きから、どうやら皇子が生きているらしいということがわかったのです。そして私は皇子を迎える先発隊に兵士として潜り込みました」
「それで? その神帝の子どもには会えたの?」
何の気なしに尋ねるヒラクをジークはじっと見る。
「わからないのですか?」
「え?」
「ユピですよ」
ヒラクは思わず足を止めた。
ジークも足を止めてもう一度はっきりと言う。
「神帝国の皇子はユピです」
風が木立を吹き抜ける。
木々の葉がうねるように揺れ、一斉にざわめいた。
「うそだ……ユピが神帝の子ども? そんなことあるわけない」
だがヒラクには思い当たることがあった。
それはユピと砂漠で初めて出会った日のことだ。
ユピのそばにはユピと同じプラチナブロンドの長い髪をした女が倒れていた。それが皇子を連れ出した神帝の妻だというのならすべて納得がいく。ユピは自分の素性を決して明かそうとはしなかった。そして神帝国人でありながら、神帝国に戻ろうともせず、黙ってイルシカについてきた。母親の死体を砂漠に放置したのも、追われているユピには母の死を弔う時間もなかったからだ。
アノイの村でもユピは人の目を避けて家から一歩も出ようとはしなかった。ただ一人、ユピはヒラクのことだけを受け入れた。
「ユピ」とはアノイの言葉で「兄」という意味だ。ヒラクがそうユピを呼ぶので、ユピはそれを自分の名前とした。その時からずっとユピはヒラクのためだけに生きてきた。そのことを今さらヒラクは思い知らされるような気がした。
「おれ……ユピを置いてきた……行かなきゃ、戻らなきゃ……!」
ジークは引き返そうとするヒラクの腕を素早くつかんだ。
「戻ってどうするのです。ユピは神帝国の皇子として生きることを選んだのですよ」
「……何……それ……?」
ヒラクは耳を疑った。
「神帝の側近である軍帥は狂った神帝に代わる存在を求めている。現神帝を亡き者にしてユピを新しい神帝にしようとしているのです。そのために多くの兵士たちを北の地に追いやった。今、神帝を警護しているのは軍帥の息のかかった者たちだけです。この機に乗じてユピを神帝国に迎えて、神帝の跡目に立てようとしているのです。ユピもそれに同意しました」
「ユピが? そんな……まさか!」
「まさか? ではなぜユピがあの城砦にやってきたと思うのですか。彼は自ら神帝の座を奪うことを望んだのです」
ヒラクは言葉を失った。確かにユピは神帝国で何不自由ない暮らしができると言った。だがヒラクはそれがユピが神帝として生きることを意味しているなどとは思わなかった。
「ユピ……どうして……」
呆然とするヒラクの手を引きジークは先を急ぐ。
「とにかくユピが神帝として生きる以上、あなたはユピと一緒にはいられない。勾玉主であるあなたは、神帝という偽神を打ち払わねばならないのです」
「いやだ……おれはそんなこと望んでない。勾玉主なんてそんなもん知るか!」
「あなたは真の神が何たるかを知りたいと思わないのですか?」
ジークの言葉はヒラクの胸の奥の深い部分を衝いた。
「神を知る……?」
「勾玉主であるあなたが求める先に答えがあるのです。まさかあなたはこの北の地が世界のすべてとお思いですか」
二人は森を抜けた。
一気に視界が開け、目の前が太陽の光で明るく白んだ。
眩しさに目を細めると、大地の果てに海が見えた。
「世界はこの海の向こうにも広がっているのです。ここは北のはずれの地ノルド。私は大陸メーザからこの地にやってきたのです」
「ノルド……メーザ……?」
「私とともに来てください。勾玉主であるあなたが進むべき道が示されます」
「行くって……どこに?」
「メーザの地にある私の国です。まずあなたは自分が何者であるのかを知る必要がある」
「自分が……何者か……?」
ヒラクは広い海の向こうをみつめながら、この先に自分が求める答えがあるのだろうかと漠然と思った。
「メーザに向けてすぐに船を出します。それまでは私の仲間があなたをかくまいます。どうか覚悟を決めてください」
有無を言わさぬ口調でジークはヒラクに言った。
今自分がいる地の名前がノルド、海の向こうには大陸メーザ、そこに向かうことが定められているなど、ヒラクには到底理解が及ばない。
そして何よりユピが神帝国の皇子であるという事実にヒラクの心は大きく揺れた。
神帝国の皇子であるユピと勾玉主であるヒラク。
二人の運命は今大きく動き出そうとしていた。




