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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
プレーナ編
58/65

城砦での再会

(前回までのあらすじ)

セーカにたどりついた遊牧民たちは神帝国の兵士たちに皆殺しにされてしまった。兵士たちの目的はヴェルダの御使いとヒラクだった。ヒラクはヴェルダのの御使いとカイルと共に神帝国の兵士に囚われ、セーカから出立した。目的地は神帝国と思われたが……。

 ヒラクたちがセーカを出立して三日が過ぎた。


 甦った砂漠の大地は緑で埋め尽くされ、南の地との間にもはや何の境目もない。


 雨が降っていたのは砂漠があった範囲だけだったようで、もとの大地に入ると少し空気が乾いているように感じられた。


 ヒラクたちは馬車の荷台に乗せられた。荷台は狭いが屋根もある。歩兵たちが汗と埃にまみれて朝から晩まで歩かされるのを見たヒラクは、自分たちの待遇がずいぶんといいようにも感じたが、先を急いでいるからだろうというカイルの言葉に納得した。


 セーカを出てから五日後、脱落する歩兵の数が少しずつ増えていく中、ヒラクたちはなんとか無事城砦に到着した。 


 城砦は丘の頂上にあり、頑丈な城壁に囲まれていた。

 外壁に巡らされた塔の上には兵士たちの姿が見える。

 入れ子のように内側にもまた塔に囲まれた建物があり、内壁の塔の上にも何人もの見張り兵がいる。

中庭には弓や槍を手にした兵団の姿も見られ、城内ははりつめたような緊迫感に満ちている。


「ここに神帝がいるのか……」


「ここは神帝国じゃない。セーカの見張り場のようなところだ。城壁から城外が一望でき、この辺一帯で働く狼神の旧信徒たちの監視もしている。城内の果樹園で働く信徒もいる。俺もここは来たことがある」


 カイルはヒラクに説明した。


「何でそんなところに連れてこられたの? 神帝国に行くんじゃないの?」


「静かにしろ」


 カイルの隣についた見張りの兵士がヒラクを咎める。

 ヒラクは兵士をにらみつけ、黙って城内を歩いた。

 

 カイルはヒラクとヴェルダの御使いと引き離されて城門塔の留置房に放り込まれた。そこは頭上の小さな格子窓からわずかに光が差し込むだけの地下牢だ。鉄枠の扉は固く閉ざされ、暗くじめじめとした石壁に囲まれている。カイルはあきらめたように座り込んだ。



 日も暮れた頃、何者かが格子窓に近づきしゃがみこんでランプで中を照らした。

 カイルは眩しそうに目を細めて格子窓を見上げた。

 ランプを持った何者かはカイルの顔を確認すると、窓から離れて姿を消した。


            *


その夜、カイルは思わぬ人物と遭遇した。


「テラリオ……」


 牢の扉がゆっくり開いたかと思うと、そこにはランプを手に持ったテラリオがいた。両側には神帝国の兵士がいる。


 カイルは目を疑った。


「おまえ、こんなところで何やってるんだよ」


「セーカの人間が牢に放り込まれたと聞いて見にきてみればおまえだったなんてな……」


 テラリオは緊張した面持ちで言う。


 カイルは、テラリオがセーカの言語ではなく神帝国の言語を用いていることから、彼もまた神帝国の監視下にあるのだと察した。


「……カイル、俺に協力する気はないか?」


 出し抜けにテラリオが言う。


「北の山の狼神をおびき寄せてしとめるんだ」


「……どういうことだ?」


「プレーナの死により狼神の封印は解ける。眠りから覚めた飢えた狼神は多くの血肉を必要とする。セーカの民を捧げるんだ。そうすれば山は越えられる」


「おまえ……さっきから何を……」


「儀式だよ。盛大に儀式をするんだ。おまえはよく知っているだろう? おまえの力が必要なんだ。俺に力を貨してくれ、頼む!」


 テラリオは口を挟ませる隙を与えずまくしたてるが、カイルにはテラリオが何のことを言っているのかさっぱりわからない。


「今すぐ力を貨してくれ、俺と一緒に来てくれ、そうじゃなければ儀式を始めることはできない!」


 テラリオは声を強めて言った。


 必死に訴えるテラリオの目は、一緒にセーカから逃げようと言ったときと同じだとカイルは感じた。


「わかった……おまえに力を貸そう」


 カイルはテラリオをまっすぐに見て言った。


 テラリオが言っている儀式など存在しないことをカイルは知っている。だがテラリオには何か考えがあるにちがいないとカイルは思った。

 とにかくここから出なければ何もすることはできない。

 テラリオは一瞬ほっとした顔を見せたが、すぐに厳しい顔つきになり、背後の神帝国の兵士たちを振り返る。


「聞いたとおりだ。儀式のためにこいつの助けが必要なんだ。すぐにここから出してくれ」


 兵士たちは戸惑ったように顔を見合わせた。


「儀式のことは軍帥もご存知だ。迅速に事を進めるためにも彼の力は必要だ」


 兵士たちは十分に警戒しながらカイルを牢から出した。


「カイル、こっちだ」


 テラリオはカイルを連れて歩きだした。


「おい、どこに行くんだよ」


 カイルはテラリオに尋ねるが、テラリオは顔をこわばらせたまま何も語ろうとしない。



 黙ってテラリオについて歩きながら、カイルは城内の兵士たちの数の多さを疑問に思った。

 兵士たちは全員ぴりぴりとした様子で、緊迫した空気が漂っている。セーカに攻め込むにしては大げさだとカイルは思った。


 テラリオは神帝国の兵士たちに伴われたまま、城内の兵舎へカイルを案内した。

 建物内の一室に入ると、そこには堂々たる鎧姿の初老の男が立っていた。男は鎧の上に仕立てのいい外衣を着て赤い縁取りの白いマントをまとっていた。眉が太く、輪郭をなぞるようにひげをのばしているせいか、顔中毛だらけのようで、目がやけにぎらついて見える。ひげだらけの男の傍らにはカイルをここまで連れてきた先発隊の隊長が立っている。隊長は鋭い目でカイルをにらみつけた。

 テラリオはすかさず言う。


「軍帥殿、この者が先ほど申し上げた者です。彼は狼神の目覚めの儀式に大きく貢献するでしょう」


 軍帥はあごひげをなでさすりながら、ぎらつく目でカイルを見ると、低い声でテラリオに言う。


「セーカの民は続々と地上に姿を現したと聞く。すぐにセーカに行き、その儀式とやらを執り行えるな?」


「もちろんです。すべて私にお任せください」


 テラリオは口の端をねじあげて笑ってみせた。


「すべてはあの方のために……」


 テラリオは片ひざをつき、神帝国の方式で片手を胸に当てて恭しく頭を垂れた。


            *


 ヒラクとヴェルダの御使いは城内の内奥の天守の一室に案内された。二人を連れてきた兵士の丁重な扱いをヒラクは不審に思った。


「こちらでお待ち下さい」


 そう言い残して兵士は姿を消した。


 部屋には木製の机と椅子が置いてあり、出窓の横には鮮やかなタペストリーが掛けられている。特に自分たちを拘束するふうでもないことにヒラクは少し安堵したが、この先どうなるのかという不安もあった。

 

 ヒラクは心細げにヴェルダの御使いを見た。


 ヴェルダの御使いは幼子をあやすようにヒラクを優しく抱きしめた。


「大丈夫よ……」


 ちょうどその時、何者かが部屋に入ってきた。


「ユピ……?」

 

 そこにはシルクのシャツに黒のリボンタイをしたユピがいた。ひざ下ですぼまったズボンが隠れるほどの長さの紺色のジャケットをはおり、黒のブーツをはいている。

 見たこともないユピの格好にヒラクは戸惑った。だがその格好は木の皮で作られたアノイの衣服よりもユピに馴染んでいるような気がした。


 ユピはヒラクを抱きしめるヴェルダの御使いを見て眉をひそめた。

 だがすぐヒラクに目を移し、青い瞳を潤ませた。

 ヒラクはユピに駆け寄って胸の中に飛び込んだ。


「ユピ! ユピ!」


「ヒラク……、やっと、君に会えた」


 ユピはヒラクを抱きしめると、両手をヒラクの頬にあて顔を上向かせた。じっと自分をみつめるユピにヒラクは不安になって言う。


「おれ、すっかり変わったよね? 目の色も、髪も……。やっぱりおかしいかな……」


「ヒラクはヒラクだよ。僕にとっては何も変わらない」


 ユピは優しく微笑みかける。

 ヒラクはユピの態度にほっとした。

 けれどもヴェルダの御使いを一瞥したユピの瞳は氷の欠片のように鋭く冷たい。

 ヴェルダの御使いはなぜか身の危険を感じてぞっとした。

 しかし次の瞬間、ユピは表情を一変させ、ヴェルダの御使いに微笑みかけた。


「少し、ヒラクと二人きりにしてもらえませんか?」


 そう言って、ユピはヒラクを連れて部屋を出て行こうとする。


「待って」


 ヴェルダの御使いは思わず二人を引き止めた。

 ヒラクは驚いてヴェルダの御使いを見た。


「ヒラク、行ってはいけない。私のそばから離れてはだめ」


 ヴェルダの御使いはユピに対して言い知れぬ恐怖のようなものを感じていた。


「だいじょうぶですよ。僕は神帝国の人間としてここにいる。ヒラクは安全です」


「どういうこと? ユピ」


 ヒラクはユピに尋ねた。


「うん、そのことで少し話があるんだ。おいで、ヒラク」


「行ってはだめよ、ヒラク」


 あくまで引きとめようとするヴェルダの御使いにユピは冷たいまなざしを向ける。


「なぜあなたはそこまで僕を警戒するのですか?」


「私には、ヒラクの母親の代わりにその子を守る義務がある」


 ヴェルダの御使いは敵愾心あらわにユピを見る。


「あの人は母さんの妹で、おれのおばさんになるんだ」


 ヒラクは二人の間でおろおろしながら、とりなすようにユピに言った。


「誰であろうと関係ない。ヒラクのそばにいるのは僕だけでいい」


 そう言うや、ユピはヴェルダの御使いに背を向けて、ヒラクの手をつかみ部屋を出た。

ヴェルダの御使いもあわてて後を追おうとしたが、廊下にいた衛兵たちに止められた。


「ヒラク!」


 ヴェルダの御使いの声に振り返るヒラクの肩をユピはしっかりと抱いて耳元でささやいた。


「だいじょうぶだよ。話を済ませたら戻って安心させてあげればいい」


 その言葉を信じたヒラクはヴェルダの御使いに笑顔をみせた。


「すぐ戻るから、待っていて」


 それでもヴェルダの御使いは不安そうな顔でヒラクをみつめていた。


            *


 ユピはヒラクを連れて階段を上がって別部屋に入った。


「ヒラク……会いたかった……」


 部屋に入るなりユピはヒラクをきつく抱きしめた。


「……怖かった。怖かったんだ、ずっと……。君がいなければ、僕は僕じゃいられない。暗闇に呑まれるように……僕の存在は消えうせる……」


 ユピはしがみつくようにヒラクを抱きしめ嗚咽する。


「……ユピ、また怖い夢を見たの? ごめん。おれがユピを一人にしちゃったから……」


 ヒラクは申し訳なさそうに言った。ユピはヒラクの肩に手を置いて、じっと顔をみつめる。


「いいよ。君は戻って来てくれた。僕の望む本来の姿で、女の子としてね」


 ヒラクはユピが自分を女として見ていることに戸惑った。


「ごめん、おれ、どうしていいかわからないんだ。急に女の子だって言われても、おれは今までのおれでしかいられなくて、だけどそれは男の子としてのおれで……」


「……ヒラク、いつか僕に言ったことを覚えてる?」


 ユピはなつかしむような目でヒラクを見た。


「君は言ったね。『おれのお嫁さんになってよ。そうしたらずっと一緒にいられるよ』って」


 それはアノイの地でヒラクがユピに言った言葉だ。ヒラクもそのことをよく覚えていた。


「だっておれ、ユピが好きだし、お嫁さんになったらずっと一緒にいられるって聞いたから……」


「ずっと一緒にいられるよ。君が僕のお嫁さんになればいいんだ」


「……」


 ヒラクはどう答えていいのかわからなかった。


「僕と一緒にいたくないの?」


 ユピは何も答えないヒラクを不安げに見る。


「そんなことないよ」


 ヒラクはユピを傷つけたくなかった。一緒にいたいという気持ちに嘘はない。だがユピが望むことを自分が望んでいるかどうかはヒラクにはわからなかった。

 戸惑うヒラクの様子を見てユピは悲しそうな顔をする。


「ヒラク、僕と一緒にいて。ただそれだけでいい。僕と一緒に来てほしい」


「一緒にって、どこへ?」


 ヒラクはユピに聞き返した。


「神帝国だよ」


 唐突にそう言われて、ヒラクは混乱した。どう反応していいのかわからず、すぐには言葉も出なかったが、ユピの顔がひどく青ざめて見えてヒラクは心配になった。


「ユピ、具合でも悪いの?」


「……いや、ちょっと緊張しているだけだよ」


 ユピは額に浮かぶ汗を指先で拭った。


「神帝国に行けば何不自由なく暮らすことができるって、ある人に言われたんだ」


「ある人?」


「うん、神帝国のえらい人だよ。今もここにいる。その人が僕を迎えに来たんだ。ずっと僕のことを探していたらしい」


「どうしてユピを?」


「それは……」


 ユピは表情を曇らせる。


「……神帝国に行けば君にもわかるよ……」


「わかった……。おれ、一緒に行くよ」


「ありがとう、ヒラク」


 ユピは安堵の息を漏らした。


 神帝国に行くことが正しいかどうかはわからない。ただセーカで離れ離れでいたときの不安と焦りを思えば、ユピと一緒にいられるということに何を迷う必要があるだろう、とヒラクは自分に言い聞かせた。


「ヒラク、今日は疲れただろう? ここでゆっくりと休むといい」


「うん、でも、それなら一度あの人のところに戻ってからでいい?」


 ヒラクはヴェルダの御使いのことを思い出して言った。


「心配してるだろうし、すぐ戻るって言ったから……」


 すがるようなユピの青い瞳にみつめられ、ヒラクは言葉をつまらせる。


「……ずっと、眠れないんだ。せめて僕が眠りにつくまでここにいてくれる?」


 そう言って、ユピはヒラクの手を握る。その手を振り切ってまでヴェルダの御使いのもとに行くことはヒラクにはできなかった。


 そしてヒラクはこのことを悔やむことになる。


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