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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
プレーナ編
51/65

双子の運命

(前回までのあらすじ)

ヒラクは自分の叔母にあたるヴェルダの御使いからプレーナの真実を聞かされる。プレーナとは水そのものであり、人々の記憶が水に記録されたものが具現化して女神や聖地となったものであった。プレーナと関わりの深いヒラクもヴェルダの御使いも水に記録されたものを見ることができ、また、自らがプレーナ同様の働きをして他人の記憶の中に入り込み、読み取る力も備えていた。

ヒラクはヴェルダの御使いが読み取った過去の記憶から、キルリナとザカイロが自分の祖先であること、キルリナが水晶の館を生み出したことを知る。

 これまでの話をヒラクは何となくしかとらえていない。

 ただあの母がいた水晶の館は、プレーナの娘としてセーカを旅立ったキルリナの望んだ聖地プレーナの形だったということはわかった。

 そしてキルリナと彼女の恋人だったザカイロの間の子どもがそこで生まれ、それがヴェルダの御使いの祖母にあたるということ、その祖母とかつての老主の間に生まれたのがヴェルダの御使いの母なのではないかということ、そして御使いの母からヴェルダの御使いと自分の母親が双子として生まれたということは理解した。


 ヴェルダの御使いは、降り続く雨をかろうじて防いでいる半球型の小屋の中で話を続ける。


「私の母は、私の祖母の手によりプレーナの娘として育てられた。そしてプレーナになるための第二の地位の者としてドゥーアと呼ばれるようになった。成長した私の母もまた、祖母のようにプレーナに与えられた者と結ばれて、次のプレーナの娘を産み落とすことになっていた。でも、私の父と母の出会いはまったくの偶然だった」


 その頃もまだあいかわらず遊牧民たちはセーカの娘を捧げものとして望み、プレーナ教徒の娘たちは聖地プレーナへ向かうためにセーカから旅立った。

 その娘たちの後を追いかける若者がいた。

 執心された一人の娘はその若者を顧みることはなかったが、若者はそれでも彼女を追いかけずにはいられなかった。


 娘が砂漠のどこかにある聖地プレーナにいることを信じて疑わない若者は、セーカを飛び出して、ただあてもなくプレーナを捜し求めた。だが、プレーナも娘もみつからない。それでも若者は聖地プレーナにいるだろう娘のことをあきらめきれなかった。


 そんな若者の前に聖地はその姿を見せた。

 そこに若者は一人の女の姿を見た。

 それはザカイロに思いを残すキルリナの残像だった。

 緑の光を放つキルリナの幻は、若者の目には女神プレーナそのものに見えた。若者はキルリナの姿をしたプレーナに導かれるようにして水晶の館に姿を現した。

 そこで若者はキルリナによく似た娘をみつける。

 それが、当時のドゥーア、つまりヴェルダの御使いの母だった。

 若者はヴェルダの御使いの母をプレーナと信じ込み、追いかけてきた娘を返して欲しいと訴えた。

 だがヴェルダの御使いの母は生まれて初めて見る外の人間、しかもそれが男という未知のものであることにひどくおびえた。

 当時のウヌーアであるヴェルダの御使いの祖母は、その若者はプレーナに与えられた者であるとして、若者をそのまま水晶の館に引き止めておくことにした。

 初めは若者を恐れていたヴェルダの御使いの母も、次第に若者と打ち解け合うようになっていった。


 静かな日々が続く中、若者はいつしか追いかけた娘のことは忘れ、目の前の娘を愛するようになった。

 こうしてヴェルダの御使いの母はその若者と結ばれて、ヴェルダの御使いとヒラクの母を身ごもった。


 やがてプレーナの娘が生まれると、ヴェルダの御使いの祖母は若者を聖堂にあるアーチ型の扉の向こうに追いやった。そこはプレーナの外界へ通じる扉とされていた。


 そのまま彼は再び戻ってくることはなかった。


 ヴェルダの御使いの母は、祖母から、彼はそもそもプレーナの娘を生み落とすためにプレーナに与えられた若者で本来存在しないものだったと聞かされた。だが若者から自分の知らない外の世界のことを聞かされていたヴェルダの御使いの母は、その言葉が信じられなかった。ただ確かなのは、姿を消した若者は、とっくにもう自分のことを忘れてしまっているだろうということだった。かつて追いかけてきた娘のことを忘れ去ってしまったように。


「いずれにせよ結果として私の母は、次のプレーナの娘を産み落とし、ウヌーアとなることが許された。私の母がウヌーアを引き継ぐことができる条件は、第二のドゥーアを生み出すことだった。第一の地位ウヌーアから生まれた娘は第二の地位ドゥーアとなる。ドゥーアからウヌーアへ、ウヌーアからプレーナへ、代替わりをしていく。それがプレーナとプレーナの娘の関係。キルリナが生み出したこの聖地では、プレーナに還元されるプレーナの娘は一人と定められていた。だけど私も姉も同じ姿で二人同時に母から生まれてきた。どちらが姉で妹かなんて、本当はどちらでもよかったのかもしれない。でも姉が将来ウヌーアを継ぐ者となった。つまりドゥーアと名乗ることを許されたの。私は排除されることとなった」


「排除って……」


「プレーナの娘は一人でいいの。二人はいらないのよ。娘でなければ母なるプレーナと同一化できない。息子もいらないの。私の母には兄が二人いたけれど、生まれてすぐ、祖母の手で命を絶たれたそうよ」


 ヒラクは絶句した。そんなことが許されてきたというのが信じられない思いだった。それと同時に思ったのが、もしも自分が男だったらどうなっていたのだろうということだった。


「おれがもし男だったら、母さんはおれを……」


 それ以上、ヒラクは言葉を続けられなかった。


「ヒラク……」


 ヴェルダの御使いはヒラクを見て、慰めるように言った。


「確かに祖母はひどいことをした。だけど、あなたのお母さんも同じことをしたとは限らないわ。私の母だってちがったもの」


「おれの……おばあちゃん?」


「そうよ。あなたのお母さんが第二の地位を継ぐ者となったことで、当時第二の地位だった私の母は、祖母と代替わりして第一の地位ウヌーアになることになっていた。でも、母が祖母と代替わりすることはなかった」


「どうして?」


「私の母は、娘である私を連れてプレーナを去ったの」


 ヴェルダの御使いの祖母は、ヴェルダの御使いの母が双子の姉妹を産み落としたとき、どちらか一方をプレーナの継承者とし、残りの一方はプレーナから追放するようにと命じた。

 砂漠をさまよいプレーナにたどり着いたという若者の話から、外の世界というのは、プレーナの存在しない渇きの地であるとヴェルダの御使いの母は理解していた。そんなところに生まれたばかりの赤ん坊を追放するということは、死を宣告するのと同じだ。ヴェルダの御使いの母はこれを拒んだ。せめて、赤ん坊が一人で生きていけるようになるまでプレーナのもとに置いて欲しいと、当時のウヌーアであるヴェルダの御使いの祖母に懇願した。

 ヴェルダの御使いの祖母はこの申し出を渋々了承し、代替わりの時までは猶予を与えるということにした。ドゥーアから生まれた娘であるということは、血筋から言えば、妹も正当なプレーナの流れを汲むプレーナの娘ということになる。ヒラクの母親に万が一のことがあった場合、双子の妹を代わりにドゥーアとすることができるとヴェルダの御使いの祖母は考えた。


 こうしてヒラクの母と双子の妹であるヴェルダの御使いは共にプレーナで育つこととなった。

 ただし、ドゥーアとなるヒラクの母だけは、ヴェルダの御使いの祖母により徹底的な信仰教育をされた。祖母はヒラクの母にドゥーアとしての自覚を持つよう促し、立場のちがう妹をあまり寄せつけるなと言い聞かせた。だが、それでも双子の姉妹は仲がよく、祖母の目を盗みながら、二人一緒に時を過ごした。


 月日は流れ、ヴェルダの御使いの祖母は自分の死を予感するようになった。そしてヴェルダの御使いの母に、ヒラクの母をドゥーアにしてウヌーアを継ぎ、自分をプレーナに送り出してほしいと頼んだ。それは双子の妹をプレーナから追放する時が来たことを意味していた。

 姉妹はまだ幼かった。ヴェルダの御使いの母にはどうしても娘をプレーナから追いやるということができなかった。同じ血筋でありながら存在を許されなかった双子の妹の運命を哀れに思った。

 そしてヴェルダの御使いの母は、双子の妹の方を連れて自分も一緒にプレーナを去ろうと決意した。


「私の母は、私と死ぬことを覚悟していたのかもしれない。姉のことはどうでもよかったというわけじゃない。あなたのお母さんにはプレーナの守りがあるし、おばあさまもいる。そう考えたの。だけど姉にしてみれば、母は私を選んで、姉のことは捨てたと思えたのでしょうね」


 ドゥーアであったヴェルダの御使いの母に去られたヴェルダの御使いの祖母は、ヒラクの母を新しいドゥーアとし、ウヌーアである自分をプレーナへ送り出すことを命じた。そして、孤独に打ちひしがれるヒラクの母を慰めるどころか厳しく接した。

 ヴェルダの御使いの祖母は、邪念を払うためと言って、ヒラクの母の頭から冷水を浴びせかけたり、聖堂に一人座り続けさせたり、祈るための言葉以外は話すことを禁じたりもした。

 そこには焦りがあった。

 ヴェルダの御使いの祖母は、自分に残された時間を思うと、ドゥーアになったヒラクの母に一刻も早く代替わりの祈りを果たしてもらいたかった。

 だがヒラクの母は、傷ついた心をなかなか癒すことができなかった。ぼんやりと母と妹のことを考えて祈りに集中することもできないヒラクの母に、ヴェルダの御使いの祖母は苛立ち、平手打ちを食らわし、髪をつかんで聖堂の床を引きずり回したりもした。

 ヒラクの母は自分の運命を呪い、プレーナさえ憎んだこともある。だが結局はそのプレーナに救いを求める他なかった。プレーナがいなければ、自分の存在価値もない。ヒラクの母は、プレーナに選ばれた特別な存在であると自分に言い聞かせることで、己の尊厳を保っていた。


「私を連れた母は、砂漠のオアシスで遊牧民に拾われた。母は扉の向こうの世界に砂漠を思い描いていた。そしてそれは、プレーナから切り離された世界、私の父がやってきた世界だった」


 遊牧民たちは若い母親とその娘の姿を見て驚いた。彼女たちは、プレーナの水を体内に取り入れてきた者から生まれた者の特徴である緑の髪と琥珀色の瞳をもっている。


 黒装束の民を装ってプレーナ教徒と接触する一部の遊牧民は、彼女たちと同じ言葉を話すことができた。その者たちにどこから来たのかと尋ねられ、ヴェルダの御使いの母はプレーナからと答えた。

 遊牧民たちはプレーナの存在を信じてはいなかったが、プレーナ教徒たちと関わり合う以上、緑の髪の女たちの利用価値もあるのではないかと考えた。だが遊牧民たちにとって、彼女たちの存在はそれ以上に大きなものとなっていく。


 ヴェルダの御使いの母とヴェルダの御使いは、プレーナをその目にみることができた。それは遊牧民たちにとって、どこに現れるかわからないオアシスの場所を示す手がかりとなるものだった。


「私と母は遊牧民たちと行動を共にすることとなった。彼らはオアシスを求めていたし、私たちもプレーナの水なしでは生きられないと思った。外の世界に生きる姉と私はプレーナへの祈りでつながっていた。オアシスで祈りを捧げるとアーチ型の扉が私の前に現れる。そして姉が扉を開くの。不思議なことに、その扉は母には見えないの。姉は自分を置いていった母を許すことができなかったのね。そしてうしろめたさから、母もまた姉に背を向けた。祖母にはみつからないように、私は中に入り込み、母のために水を持ち出した。水の結晶の館にある中庭の泉……。あの場所が二人の秘密の場所だった」


「あの中庭!」


 ヒラクは思わず声をあげた。


「ヒラクもあの場所に行ったの?」


 ヒラクは黙ってうなずいた。フミカのことを話したかったが、ヴェルダの御使いが再び話し始めたので、そのきっかけを失った。


「あの中庭で姉はほんの束の間の時間でも私と会うことを喜んだ。だけど私は祖母にみつかりたくないという思いがあったから、水を汲むと急いで母のところに戻っていった。そんな私を見送る姉は、いつもさびしそうだった」


 やがてヴェルダの御使いの祖母が死に、ウヌーアを継いだヒラクの母親は水晶の館で一人きりで過ごすことになる。

 その頃には、ヴェルダの御使いの母とヴェルダの御使いは遊牧民として生きるようになっていた。


「私は何度も姉に一緒に来ないかと言った。でも姉はそれを拒んだ。姉があそこでどのような時間を過ごしてきたのかは私にはわからない。ただ言えるのは、姉にはプレーナへの祈りだけが自分を支えるものだったということ。私は姉との間に次第に距離を感じるようになった」


 ちがう世界を知ったヴェルダの御使いは今さら水晶の館で生きることなど考えられなかった。そしてヴェルダの御使いの母もまた、戻らないと心に決める理由があった。


 ヴェルダの御使いの母が娘を連れて水晶の館を去るとき、彼女の心にあったのは、ヴェルダの御使いの父にあたる若者のことだった。若者のいる世界、若者が求めた娘のこと、今二人はどこにいるのか、自分のことは忘れてしまったのか、そんな想いがヴェルダの御使いの母の心に渦巻いていた。また一方で、自分は我が子を守っていかなければならない、自分の娘だけでも無事に生かしたいという強い想いがあった。


 プレーナから外に出る瞬間、ヴェルダの御使いの母の想いは、聖堂の扉の向こうで、プレーナに刻みつけられたキルリナの想いとつながった。愛する者の子どもを生むための祈りの場として水晶の館が生まれたこと、ザカイロと再び会うことを望みながらも叶わなかったこと、そうした過去の記憶が次々とヴェルダの御使いの母の意識に入り込んできた。

 ヴェルダの御使いがキルリナの最期を見届けるヴェルダの御使いの祖母の姿を見たのもこのときである。

 ヴェルダの御使いの母は、これらの事実を知ったこの時から、自分の祖母にあたるキルリナの願いを叶えてやりたいと思うようになった。そしてせめて彼女の想いが刻まれたプレーナの水をザカイロのもとへ届けたいと思い、小瓶に水を詰め込んだ。


 遊牧民たちはセーカの民から得られる食糧をあてにしながら、オアシスからオアシスへ移動する生活を続けていた。だが、自ら神を名乗る神帝が現れ、神帝国が興ったことで、セーカの民は作物を得るための土地を奪われ、食料調達は以前より困難なものとなってきた。その食料調達にあたるセーカの狼神の旧信徒たちの中には、神帝にプレーナを滅ぼさせ、封印された狼神を復活させようという声もあった。遊牧民、プレーナ教徒、狼神の旧信徒の関係性が崩れ、プレーナ教徒たちからの捧げものがなくなれば、遊牧民の生活は成り立たない。そこで、今一度、プレーナ教徒たちの信仰を強化し、捧げものを絶やさないようにする必要があった。

 そして生まれたのが「ヴェルダの御使い」という存在である。

ヴェルダの御使いの母はプレーナから汲み出す水をプレーナ教徒たちに与えることによって、彼らの信仰を強化し、それと引き換えに食糧を要求した。遊牧民となった自分たち親子が生きていくためだった。神帝国の脅威と狼神復活の不安にさらされていたプレーナ教徒たちもまた、プレーナが遣わした存在として、「ヴェルダの御使い」を熱狂的に支持した。


 「ヴェルダの御使い」となったヴェルダの御使いの母は、遊牧民たちにセーカの娘を捧げものに要求することを禁じた。遊牧民たちはヴェルダの御使いの言うことにはすべて従った。彼らにとっては、「ヴェルダの御使い」こそが自分たちの生活の頼りだった。オアシスをみつける目を持つのも、食糧を得る手段としてのプレーナの水を汲み出すのも、ヴェルダの御使いとその娘にしかできないことだった。


 ヴェルダの御使いの母は、ヴェルダの御使いとなってから十年後、まだ若くして命を落とす。過酷な砂漠の移動生活という突然の環境変化は、それまでプレーナでしか生きたことのないヴェルダの御使いの母の体を想像以上に痛めつけていた。ヴェルダの御使いの母が急激に体を弱らせていったのは、当時の老主にキルリナの想いを詰め込んだ小瓶を渡した後からだった。念願を果したことで気が抜けたのか、その頃にはもうヴェルダの御使いの母は、体力の衰えを気力で補うこともできなくなっていた。

 亡くなったヴェルダの御使いの母の後を継いだのが今のヴェルダの御使いである。

 この時ヴェルダの御使いは、まだ十五歳という若さだった。


「母を失い、私がヴェルダの御使いとなってからも、私は水を汲むために水の結晶の館を訪れた。姉はいつも迎え入れてくれた。でも、その頃には話をすることも少なくなっていた。お互い住む世界がちがいすぎた。私が外のプレーナ教徒たちの話をしても、姉はプレーナにすがる卑俗な者たちとして彼らを蔑んだわ。プレーナに到達することをめざす娘たちのことも決して認めなかった。悲しいことね。自分もまた、そんなプレーナ教徒の若者と娘の血を引く者だというのに」


 ヴェルダの御使いは表情を暗くした。


 ヒラクの母ウヌーアは、ザカイロとキルリナのことも、自分の父親と母親のことも何も知らず、男女の愛がどのようなものか想像すらしなかった。自分はプレーナから一人で生まれてきたかのように、ウヌーアは思っていた。自分が選ばれた唯一のプレーナの娘であること、その誇りだけが彼女を支えていた。妹であるヴェルダの御使いにとっては、それが何より哀れでならなかった。


「ヒラク、あなたが見た聖地プレーナの中には、プレーナの娘たちがたくさんいたと言ったわね」


「うん、いたよ」


 ヒラクは木立の中の噴水の周りにいた娘たちのことを思い出してうなずいた。


「おそらくその娘たちは、プレーナの地を目指した娘たちを羨望した者たちね。自分たちもプレーナの娘となることを望んだ者たち。その想いが作り出した場所にあなたはいたのかもしれない」


「じゃあ、地上のセーカとして現れた聖地プレーナにいた娘たちは? あの娘たちはプレーナの娘になれなかった娘?」


 ヒラクはもう一つの聖地の姿である地上のセーカのことを思い出して言った。そこには若い娘もいたが、自分たちのことをプレーナの娘だという者は一人もいなかった。


「プレーナの娘のみがプレーナに到達できるとは思わない娘たちよ。そこにいた娘たちは、地上のセーカという楽園で、愛する家族と過ごすことを願ったのかもしれないわね。誰もが同じことをプレーナに望んでいるわけではない。自分こそが選ばれた者であることを望む者もいればそうではない者もいる。その場所にプレーナの娘が存在しないこと自体、そこにプレーナの娘という選ばれた存在が望まれなかったという証拠よ」


「じゃあヴェルダの御使いは? あそこにはヴェルダの御使いを知っている人と知らない人と両方いたよ」


「ヴェルダの御使いがプレーナ教徒たちの前に現れる以前と以後の人々ということだと思うわ。でもいつの時代も人々の願いにそうちがいはなかったということね。地下での生活での救いは、地上の暮らしを夢見ることだったのでしょう。そして彼らの望みどおりの聖地はいつでもそれを望む者の前に現れるのよ」


「それで……幸せ?」


 ヒラクにはよくわからなかった。自分が信じるものが、自分が作り上げた幻に過ぎないとわかれば、人は失望するのではないだろうか……。そんな思いがヒラクの中にあるのだが、それをうまく口にして言うことができない。ただもやもやと嫌な気分になるだけだった。


「何が幸せかなんて、他人には結局うかがい知ることができない。それがたとえ誰よりも近い存在であるはずの双子の姉であっても……」


 そう言って、ヴェルダの御使いはうつむくと、急に顔をあげ、思いつめたような表情でヒラクの顔をじっと見た。


「ヒラク……、私はどうしようもない過ちを犯してしまった。あなたも、あなたのお母さんも、そして、私が愛したあの人も、傷つけることになってしまった」


 ヴェルダの御使いの瞳が涙でうるんだ。


「……一体何のこと?」


 自分をみつめるヴェルダの御使いの目が、それまでとはちがって見えてヒラクは戸惑った。


「あなたはやはり私が愛したあの人に似ているわ」


 ヴェルダの御使いの頬を涙が伝った。


「イルシカ……」


 ヒラクは耳を疑った。どうしてその名前がヴェルダの御使いの口から出るのかわからない。


「どうして……」


 ヒラクがやっとそれだけ言うと、ヴェルダの御使いは微笑んだ。ハッとさせられるほど美しい笑みだった。


「私が愛した人の名前よ」


 ヒラクにはわけがわからなかった。ヴェルダの御使いが愛した人の名前はイルシカだという。


 それは、ヒラクの父の名前だった。




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