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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
プレーナ編
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ドゥーア・ディンゴ

(前回までのあらすじ)

水晶の館に戻ったヒラクは、聖堂の扉の向こうで見たプレーナ教徒やプレーナの娘たちへの疑問を母親にぶつける。だが母は扉の向こうの世界のことは一切否定し、プレーナの娘は代々一人であり、母となり娘を産みプレーナに還元される特別な存在であるという。そして今母である自分のことをウヌーア・ディンゴ(第一の地位)と名乗る。そして娘であるヒラクのことをドゥーア・ディンゴ(第二の地位)と呼ぶ。ヒラクは母の望む自分でいなければいけないと思いながらも、自己の不確かさを感じ、強い劣等感を抱く。

 ウヌーアがヒラクのもとを訪れることはなくなった。

 ヒラクも聖堂に祈りを捧げに行くことはない。

 むなしく過ぎていく日々をヒラクはフミカのもとで過ごした。


(ここは自分がいるべき場所ではない)


 そう思いながらも、ヒラクは同じ場所にずっと留まったままだった。母の言う「外」に出る気にもなれなかった。そこにあるのは混乱だけだ。


 プレーナのことはあいかわらずわからないまま、そして今いる自分が何者であるのかもわからないまま、疎外感に苛まれながら、ヒラクは毎日を過ごしていた。

 母であるウヌーアはもう自分を必要としてはいない。


(だから会いにこない)


 ヒラクももう会いたいとは思ってはいなかった。

 会っても、話しても、触れ合っても、確かめられるのはお互いを隔てる壁と埋められない溝だけだ。


 フミカは何も言わない。

 何も言わず、そばにいるヒラクをじっとみつめ、ためらいがちに静かに微笑む。

 そんなフミカを見ていると、ヒラクは何だか切ないような、悲しい気持ちになる。


(いつも一人でいるフミカ……。何かをあきらめたような目をした箱庭の少女……)


 ヒラクは自分の寂しさ、むなしさを、フミカの心に置き換えた。

 寂しさを寂しさで埋めあえば、心が通い合う気がした。

 それは人形への愛着に近い感情だった。


 実際フミカは人形のようだった。

 ガラス玉のような琥珀色の瞳は、ただ目の前のものを映し出しているだけのように見える。そこに映るヒラクさえ、風景の中に溶け込んでしまっているかのようだ。


 時々、フミカは、ヒラクが名前を呼んでも応えないことがある。

 何度か呼びかけると、驚いたような顔でヒラクを見る。

 そして戸惑ったようにぎこちなく微笑みかける。


「……何、考えてるの?」


 泉のそばに寝そべって、フミカの長い髪を指に絡ませながらヒラクが言った。


「……何も」


 フミカは相変わらず何も見ていないような瞳でヒラクを見た。

 口元には微かに笑みをたたえている。

 それが彼女の表情をより無表情でとらえどころのないものにしている。


「おれのことは?」


 ヒラクは上目遣いで探るようにフミカを見た。

 フミカは言っている意味がわからないというようにほんの少し首をかしげてヒラクを見た。


「おれがここにいてもいなくても、フミカにはどうでもいいこと? おれ、ここにいてもいいのかな……」


 ヒラクは自分の居場所を確かめたい思いでいた。それを人から与えてもらいたがっていた。自分が寄り所とする場所が、自分にとっての居場所であってほしいと強く願っていた。


 フミカのくちびるが小さく動いた。


「あなたがいなければ、私はここに存在しない」


「どういうこと?」


「あなたが名前を呼ぶから、私、フミカでいられる。私はフミカ。フミカはここにいる」


 そう言って、フミカは花がこぼれるように幸せそうに微笑んだ。


「フミカはフミカだろう? あたりまえじゃないか。それ以外になんて呼べばいいんだよ」


 ヒラクが言うと、フミカの微笑がかげった。


「呼び名は他にもある。だけど『フミカ』の方が好き。他に代わりがいないから。私だけを示す名前だから」


「フミカの他の名前って何?」 


 ヒラクは気楽にフミカに聞いた。


「ドゥーア・ディンゴ」


 ヒラクは耳を疑った。


「私は第二の地位の者」


 フミカは、はっきりそう言った。


「……どういうこと? それっておれのことだろう? 第一の地位はウヌーア、つまり母さんだ。第二の地位はその娘……まさか……」


 ヒラクはハッとしてフミカを見た。


「代わりなんて他にもいる。それが私でもあなたでも、本当はかまわなかったの。そうでしょう?」


 フミカはヒラクを抱きしめた。

 ヒラクはフミカを突き飛ばした。


「おまえは一体……」


 フミカはひどく傷ついたような顔でヒラクを見た。


「一人にしないで。あなたがいないと、私は不完全なまま……」


 フミカは両手をのばして、再びヒラクを抱きしめようとする。

 ヒラクはそんなフミカを恐れるようにみつめながら、首を横に振り後ずさりした。


「寄るな……おれは、ドゥーアじゃない、ヒラクだ!」


 ヒラクはその場から駆け出した。

 残されたフミカは、頬を伝った涙で溶け出すかのように、徐々に姿をかすませて、はかなく音もなく消えた。


            

 ヒラクは聖堂に向かって走った。


 確かめたいことがあった。


 ヒラクが聖堂に飛び込むと、祭壇の前にはウヌーアがいた。

 祈りを終えた後のようで、深々と頭を垂れていた。

 顔を上げたウヌーアはすぐにヒラクに気がついて笑いかけた。


「どうしたの? 一人でもお祈りにきたの? 毎日えらいわ。おりこうさんね」


 ヒラクは口をとがらせて目をそらした。

 毎日祈りになど来ていないことは母が一番よく知っているはずだ。


(それなのにそんなことを言ってほめるなんて、意地が悪いにもほどがある。それなら怒られた方がましだ)


 ヒラクはおもしろくない気分でいた。


「久しぶりだね」


「久しぶり?」


 今度はヒラクが嫌味を返したつもりだった。

 だがウヌーアは不思議そうな顔をするだけだった。


「何言っているの? ずっと一緒に毎日お祈りしていたじゃないの」


「誰と?」


「ヒラクよ?」


 ヒラクはわけがわからなかった。

 だが母は嘘をついているようにも見えない。

 ヒラクの鼓動が早まった。


「おれ……ここで母さんと祈っていたの?」


「ええ、ちゃんと母さんの言うことを聞いて、おりこうさんにしていたわ。祈り方も完璧よ。これならすぐにでも代替わりの時を迎えることができる」


「代替わりの時?」


「第二の地位ドゥーアの祈りで第一の地位ウヌーアがプレーナに還元されるの。そしてドゥーアがウヌーアを引き継ぐの。ウヌーアである私はもうじきプレーナになる」


 ウヌーアは恍惚とした表情で祭壇に目をやった。


(何を言ってるんだ一体……)


 ヒラクは混乱した。まるでもう一人自分がいるかのようだ。


(母さんが望むとおりの自分……)


 それはヒラクの想像の中にしかいないはずだった。

 五歳の頃を分岐点として、父の世界と母の世界に分離した自分……。

 もしも母と暮らしていたら、母の望むとおりの自分がここに存在していたはずだとヒラクは考えた。同時に、そんなことはありえないと考えを打ち消した。打ち消したはずだった。

 けれどもどこかに不安があった。今ここにいる自分は本来いるべきはずの自分のにせもので、本物は別にいるのではないか? そんな思いがあった。そして今、それは現実の確信に変わった。


「母さん、第二の地位にあるというドゥーア・ディンゴは一人だけ?」


 ヒラクの中でフミカが冷たく笑う。


「あたりまえじゃない」


 ウヌーアの言葉に、ヒラクは確かめたかった答えを得た気がした。それでもはっきりと口に出して聞かずにはいられない。


「母さん、フミカを知っている?」


「フミカ……」


 ウヌーアは、まるで呪文をかけられたかのように静止して、水晶の壁の一点をみつめた。


「知ってるの?」


「……知ってるわ」


 ウヌーアはヒラクの目を見ず無表情のままつぶやいた。


「ドゥーア・ディンゴ。第二の地位は彼女?」


 確信が迫り、ヒラクの鼓動が高鳴る。


「答えてよ。フミカは何者? 第二の地位が彼女なら、おれはいらないの? おれは一体何なんだよ!」


「ヒラクはヒラクよ。私の娘。だけど、もしも私が名づけることができたなら、そんな名前にしなかった」


「母さんがつけたかった名前は何?」


 ウヌーアはヒラクの目をじっと見た。


「……フミカ」


 その目はヒラクを通して別な誰かを見るようだった。


「私の一番好きな名前よ」


 そう言ってウヌーアが抱きしめたのは、自分ではないとヒラクは思った。

 母の腕の中で、ヒラクはフミカのふりをした。

 そうしなければ、自分が消えてしまいそうだった。


(登場人物)

ヒラク…娘を望む母親と引き離すためアノイ族の父により男子として育てられた少女。母が信仰するプレーナの正体を知るべく聖地プレーナに足を踏み入れる。


ウヌーア・ディンゴ(第一の地位)…ヒラクの母親。自分がただ一人のプレーナの娘であるとする。第二の地位である自分の娘の祈りでプレーナに還元されることを望み祈り続ける。


フミカ…母が祈り続ける水晶の館の中庭で出会った少女。


〔ヒラクが聖地プレーナで見たその後のプレーナ教徒たち〕

・老主(プレーナ教徒の教主)

→プレーナの聖地では生前の特権意識と優越感のエゴに苛まれている。

・プレーナ教徒(労働を罪とし、ひたすらプレーナに祈る)

→敬虔な信者であった女性は若返りも可能としプレーナの娘として聖地で祈り続けている。

 男性や一部の女性や子どもはかつての地上のセーカで平和に暮らしている。





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