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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
セーカ編
36/65

分配交換

(前回までのあらすじ)

迷い込んだ地下の町セーカに住むプレーナ教徒たちの最大の儀式、分配交換の場に出れば、プレーナへの鍵を握る黒装束の民に会える。そしてテラリオに連れ去られたユピを取り戻すことができる。そう考えたヒラクは分配交換を前に協力者となるカイルたちと合流しようとするが、再び老主に囚われてしまう。そしてまた審問の牢獄に放り込まれるところだったが、カイルと仲間たちに助けられる。カイルたちもまたアクリラによって先に救出されていた。アクリラはヒラクを助けるために老主の部下を殺めたカイルの行為を受け入れられないが、ヒラクはカイルに感謝する。そしていよいよ分配交換の儀式が始まろうとしていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


プレーナ教徒・・・プレーナを信仰するセーカの民。

    老主・・・プレーナ教の教主。

罪深き信仰者・・・狼神の旧信徒たちを管理するために罪とされる労働を行うプレーナ教徒。

黒装束の民・・・プレーナの使徒とされる黒衣の人物たち。その中心人物がヴェルダの御使い。


狼神の使徒・・・狼神信仰を広める熱烈な信徒たち。

狼神の信徒・・・狼神を信仰するセーカの民。

狼神の旧信徒・・・その昔、狼神信仰に走った異端のプレーナ教徒たちの子孫。現在はその罪を払うため、労働に従事し、ほかのプレーナ教徒たちのために奴隷のような生活を送る。


神帝国・・・セーカの南に興った国。神帝を唯一の神とする。セーカの生産物や労働力に対しての報酬を与えてはいるが、領土拡大に伴い、セーカの完全支配を目論んでいるといわれている。

神帝国人・・・元はネコナータの民。神帝国が興る前はセーカの民の下で働いていた。

       白い肌、色素の薄い髪色や瞳といった特徴を持つ人種。

       

 熟した果実のような太陽が西の空に沈んでいく。砂漠は一面燃えるように赤く染まり、その中に黒い点が七つ見える。やがてその点は徐々に大きな人影に変わり、黒装束に身を包む七人がラクダに向かって進んでくるのがわかる。彼らはセーカに向かっていた。

 セーカでは、地上の砂漠でまもなく分配交換の儀式が始まろうとしていた。


 砂漠の熱砂が立ち込める中、奇岩群が魔物のようにうごめくように見え、儀式の場が異境であるかのような錯覚を起こさせる。その奇岩群の中、東の砂漠に面して石積みの祭壇が設けられている。祭壇の石積みは、古代の巨人が積み上げたかのような荘厳さを誇り、かがり火が勢いよく燃えて天まで届きそうな熱気を放っていた。日没が迫る砂漠の広大な空に滲む赤やオレンジの陰影に火の粉が散り、星のように瞬く美しさの中、夜が神秘的に訪れようとしている。


 祭壇の周りには老主を筆頭とするプレーナ教徒の長老たちが厳粛な面持ちで立ち並んでいる。彼らは日没で急速に気温が下がる中、冷えていく体に震えながらもじっとりとした緊張の汗を額ににじませていた。彼らの下で働く罪深き信仰者たちは、厳かな表情で儀式を執り行う準備をしている。セーカでは貴重な地上の穀物や色とりどりの織物、牛や羊などの家畜が捧げものとして祭壇に積み上げられ、中央の銀の器には夕日が反射している。


 やがて訪れるヴェルダの御使いが銀の器に水を満たすと、満月の光が水面で玲瓏と輝く。老主はその前でプレーナへの感謝の祈りを捧げる。黒装束の民たちは、祭壇の脇に横並びに立った穀物などの食糧を積んだらくだを従え、厳粛な表情で儀式を見守る。老主の両脇には空になった二つの大きな素焼きの水瓶が置かれる。その二つの水瓶に黒装束の民たちが運んできた水を移す。


 これが分配交換の儀式だ。


 以前は、プレーナへの捧げものとされた乙女たちが感謝の舞と祈りの歌を捧げたが、今は老主に選ばれたプレーナ教徒の娘たちが列を成し、高く澄んだ音を響かせる石琴の音に合わせて祈りの動作を繰り返す中で儀式が執り行われる。彼女たちは、厳粛な雰囲気を一層引き立てるように、プレーナ教徒としては似つかわしくない肌を顕にした服に刺繍をほどこしたヴェールをまとう。彼女たちの姿は、砂漠に咲いた花のように美しく、儀式の厳かさと壮大さを一層引き立てている。


 緑の布で全身を覆い隠した老主は、かがり火の煙の中を悠然と祭壇の前に進んでいった。後ろには白い布をかぶった配下の男たちが付き従っている。


 やがて日は完全に沈み、七人の黒装束の民がセーカに到着した。

 すでに満月が空に明るい。


 黒装束の民の中心にいるのがヴェルダの御使いだ。顔の部分は頭部を覆う黒い布の影になっている。老主は、色あせた緑の布をまとい、腰を曲げてゆっくりとヴェルダの御使いの方に歩を進めた。


 かがり火の火花が闇に散る中、プレーナ教徒の娘たちが奏でる石琴の音が高らかに鳴り響く。


 今まさに分配交換の儀式が始まろうとしたそのとき、後方の奇岩住居の一つから、神帝国の服を着たユピを連れたテラリオが姿を見せた。


「ヴェルダの御使いよ、あなたへの捧げものがまだここに」


 テラリオは縄で縛ったユピの手を引き、ぎくしゃくとした足取りでヴェルダの御使いのそばに近づいていった。そして時折ユピを威嚇する素振りを見せながら、手に持つ剣を振り上げた。振り上げた剣が月に反射してきらめく。

 テラリオは何度も剣を振り上げて、砂漠の南をちらちらと見た。それは、こちらの様子をうかがっているはずの神帝国の者たちへの合図だったが、極度の緊張のためか、テラリオは足をもつれさせ、顔も恐怖にひきつっていた。テラリオに引かれているユピの方がよほど落ち着いて見える。

 ユピは一瞬テラリオが視線を送る先を確かめるように顔を上げた。月明かりに青白く浮かぶその顔は、無表情で生気がなく、まるで人形のようだった。


 鉄琴の音はすでに止み、広大な砂漠を吹き抜ける風の音だけが響く。

 動揺するプレーナ教徒たちがざわめく中、黒装束の民たちは互いに顔を見合わせながら、ヴェルダの御使いがどう出るかを待った。


「あれは、おまえも承知のことか?」


 ヴェルダの御使いはらくだの上から遠目ににテラリオを眺めながら、目の前の老主に尋ねた。


 老主は答えず、ただ近づいてくるテラリオとユピをじっとみつめている。

 そのことはテラリオもおかしいと思った。なぜ老主は何も言わずに黙って自分を近づけさせるのか? 疑問を感じながらも、テラリオはヴェルダの御使いの前に近づいていく。

 そしてまた剣を振り上げた。

 神帝国の兵士たちは、固唾を飲んでその場の様子を見守っていた。


 そのとき、老主に付き従っていた男の一人がかぶっていた布をはぎとり、テラリオに飛び掛った。

 テラリオは、剣を構えたが、その顔を見て驚いた。


「カイル……!」


 老主に付き従っていたもう一人の男もテラリオをおさえつける。

 それはカイルと一緒に老主の配下の男たちになりすましたジライオだった。


 そのとき、家畜がいっせいに騒ぎ立てた。

 奇岩住居の影で弓を構えるサミルとセミルが先をつぶした矢を家畜の群れの中に放っていた。

 弓矢は積荷を背負ったらくだの方にも向けられた。

 一列に並んでいた罪深き信仰者たちは、逃げ惑うらくだを取り押さえようとする。

 プレーナ教徒の娘たちは悲鳴を上げて、散り散りになる家畜たちの中を逃げ惑う。

 黒装束の民たちも自分たちが騎乗するらくだをなだめながら、混乱を避けようとしている。


 そんな中、老主は緑の布を脱ぎ去って、その正体を現した。


「ユピ!」


 姿を現したヒラクはユピに駆け寄った。


「ユピ、ユピ!」


 ヒラクはユピに抱きついた。

 ユピの顔に生気が宿る。


「ヒラク? どうして……」


 ユピは、焦点の合わない目でぼんやりとヒラクをみつめる。

 ヒラクは喜びのあまり背後の気配にはまるで注意を払わなかった。


「ヒラク!」


 カイルの声にハッとして、ヒラクは後ろを振り返った。

 そこにはさきほどまでらくだの上にいたヴェルダの御使いが立っていた。

 ヴェルダの御使いはヒラクに近づくと、ヒラクの緑の髪をじっと見た。


「おまえは……」


 その声にヒラクは聞き覚えがあった。

 そして顔をおおう黒い布の隙間からのぞく、自分と同じ緑色の髪をはっきりと見た。


 そのときだった。


 ヒラクのみぞおちの辺りで何かが光った。

 それは、ヒラクが懐に忍ばせていた、シルキルに渡された小瓶だった。


 ヒラクは小瓶を取り出した。

 中の水は緑色の光を強く放っていた。

 その水はつめ込まれた木の破片の栓を内側から押し上げていく。

 小瓶から栓が外れると、中から水が噴出した。

 発光するその水は、光そのものに見えた。

 光は拡散し、煙のように広がった。

 そして再び凝縮し、光は人の形を成した。

 それは老主の聖室で見た緑に発光する女そのものだった。


「来るな」


 自分の方に手をのばす女から逃れようとするように、ヒラクは後ろに飛びのいた。


「ヒラク?」


 ユピにはヒラクが見ているものが見えていなかった。

 だがヴェルダの御使いには見えている。

 そして誰よりも素早く異変に気づいていた。


「来る」


 そう言って、ヴェルダの御使いは砂漠を振り返った。

 空全体が不自然に白み、星が姿を消していく。

 奇妙な静寂が辺りを包む。

 そしてヒラクは、空と砂漠の境に一筋の線のように伸びる緑の光が、空に向かってうねりあげ、津波のようにセーカに押し寄せてくるのを見た。


「あれは……一体……」


 ヒラクは緑の津波に目を釘づけにしたままつぶやいた。

 ただ一人、ヒラクの他にそれが見えるヴェルダの御使いが答える。


「プレーナだ」


 ヒラクは目を見開いた。


「あれが、プレーナ……」


 ヒラクは呆然と立ち尽くす。


 そのとき、小瓶から飛び出した緑の光の女がヒラクの体を包み込んだ。

 ヒラクは自分の中に女が入り込んでくるのを感じた。

 女の心が自分の心に溶け込んでくる。

 ヒラクの目からぼろぼろと涙があふれた。


「ザ……カ……イロ……」


 ヒラクは自分が実体をなくしていくのを感じていた。

 自分の体が溶け出して、誰かと一体となっていく。

 そしてさらに大きなものに飲み込まれ、自分自身もまた大きく広がっていく感じがした。


「己を失うな!」


 迫り来る轟音にかき消されながらも、そう叫ぶヴェルダの御使いの声をヒラクは聞いたような気がした。


 黒装束の民たちは興奮した様子のらくだから振り落とされるようにして下に飛び降りた。

 捧げものとして用意された家畜たちもさらに大きな奇声をあげる。


 月がかげった。


 空高く舞い上がる巨大な砂嵐がセーカに迫ろうとしていた。

 神帝国の兵士たちは一斉にその場から引き上げた。

 砂嵐は分配交換の場を飲み込む勢いだ。

 巻き上がる砂の迫り来る勢いに圧倒され、テラリオは気が抜けたようにその場に立ち尽くす。

 その手を引いてカイルは言った。


「とにかく中へ!」


「だめだ! 逃げたら殺される……」


 テラリオはひどくおびえた様子で頭を抱えてしゃがみこんだ。

 剣はとうにカイルに奪われ、遠くに投げ捨てられている。


「何言ってるんだ、いいから走るんだ」


「いやだ! 殺される!」


 テラリオは頑として動かない。


「いいから来い!」


 カイルはその場から引きずって奇岩住居の立ち並ぶ場所までテラリオを連れて行く。

 セーカへの降り口までは少し距離がある。抵抗するテラリオを引きずっていてはとても間に合わない。とりあえず奇岩住居の一つに避難しようとカイルは考えた。


 奇岩住居のそばまでたどりついたとき、カイルは地上に出て来たアクリラの姿に目を留めた。

 アクリラは、強い風に煽られながら、立っているのもやっとの様子だったが、カイルをみつけると、必死にそばに近づこうとした。


「来るな! 中に戻れ!」


 カイルが叫ぶ声はアクリラには聞こえない。


 すぐそばまで砂嵐が迫っていた。

 アクリラはそれを見て凍りついたように立ちすくむ。

 カイルはテラリオを奇岩住居の中に押し込めて言った。


「いいか、おまえはこの中にいろ。絶対に動くな。わかったな!」


 カイルは奇岩住居を出て、アクリラのところまで走った。

 そしてアクリラの手を引き、近くに砂嵐をやり過ごせる場所はないか探した。

 その時カイルは、テラリオが奇岩住居の中からはい出して再び砂嵐に向かっていこうとしているのを目でとらえた。


「行くな、テラリオ!」


 カイルの声は届かない。


 迫りくる砂嵐の轟音がその場の空気を震わせている。急速に気温が下がり、夜空は重い闇となり、すべてをかき消すかのようで、まるでこの世の終わりが迫っているかのようだった。

 アクリラは砂にまみれた顔を涙で濡らして言った。


「カイル、これがプレーナの罰よ。私たちはもう終わりだわ……」


「ばか言うな! 逃げるぞ!」


 カイルはアクリラの手を引き、奇岩住居の一つに入った。すでに中には砂が入り込んでいる。

 カイルはその場に転がる岩の残骸で窓をふさいだ。


 轟音が耳をつんざく。暗闇の中、カイルはアクリラを身を挺して守るように覆いかぶさり、じっとこらえた。


「……偉大なるプレーナよ、あなたが授けた罪と罰を私は喜んで受けましょう。この身をすべてあなたに捧げん……」


 アクリラはつぶやいた。

 その目はうつろで、口元には笑みが宿り、恍惚とした表情で、全身を震わせている。

 アクリラの様子がおかしいと気づいたカイルは、闇の中を確かめるように顔に触れ、体を揺する。


「アクリラ、しっかりしろ!」


「あの方がいらした……あの方が……私を迎えに……プレーナが……」


 アクリラは錯乱していた。


「アクリラ、俺を見ろ! 俺の声を聞け! しっかりするんだ、これはプレーナなんかじゃない!」


 砂嵐が二人を呑み込んだ。

 自らアクリラの防壁になるようにカイルはアクリラを抱きしめた。


「プレーナ……プレーナよ……」


 抱きしめるアクリラをカイルは遠くに感じていた。

 その声がかすれて消えかかる。


「行くな、アクリラ! 行かないでくれ!」


 カイルは必死に叫んだ。


 一瞬、風がやわらいだ。


 ヴェルダの御使いはそれを遠目にとらえていた。

 巨大な津波のような光の中にひときわ強い光を放つ女の姿があった。

 女は涙を流していた。

 だがすぐに巨大な緑の波はあっという間に女の姿を飲み込み、たつ巻のように上昇した。

 そしてそのたつ巻はセーカの地下を貫く通気孔に入り込んでいった。

 ヒラクは渾然とした光と水とに呑み込まれ、形をなくしていた。

 自分が誰なのかわからない。

 ただ時々、ヒラクは見覚えのあるセーカの地下通路や室が次々と目に飛び込んでくるのを見た。目で見ているというよりも脳裏に浮かぶという感じだ。


 光と化したヒラクは地下の広場に到達し、御使いの聖室で祈りを捧げる人々の中に飛び込んでいった。

 分配交換の夜、御使いの聖室は祈りを捧げる人々であふれかえる。中に入れない人々も儀式の進行に合わせて、聖室の入り口の前で祈りを捧げている。人々は歓喜にむせびながら、ヒラクの緑の光に触れると、祈りの声も動作も止めて、穏やかな眠りについた。

 そのままヒラクの光はプレーナ教徒の居住区にまで入り込んだ。

 苦しげに眠る病人は、ヒラクが光に溶けかかる手をのばすと、安堵したように息を引き取った。

 ヒラクは自分が一体何をしているのかがまったくわからない。ただ、実体を失った女の意識ともわずかにつながっているのを感じていた。

 女は何かを、誰かを探している。それが誰か、ヒラクは知っている気がした。それは女の意識でなのか、それとも自分の意識でなのかはわからない。

 ヒラクは発光しながらうねるように暗闇の通路を通り抜け、狼神の旧信徒たちの居住区へと入り込んでいく。

 そこにいる人々はほとんどヒラクの存在に気づかない。


 そして光は狼神復活の儀式が行われた惨劇の場に到達した。

 黒ずんだ血はすでに乾ききっている。

 赤い布が散乱し、八人の男たちの死体が転がっている。

 かがり火もランプも消えていて、そこにあるものはすべて緑の光に浮かび上がる。

 その現場をヒラクは知っている気がした。

 それは目で見たことなのか、それとも誰かに聞いたのか……。

 そのとき、同じく光に溶け込んでいる女の動揺がヒラクにも伝わってきた。

 光の一部がのびて、一人の男の死体を包み込んでいる。

 女の光の振動が乱れた。

 そして光から分離するように一人の女が姿を現した。

 女は男の死体を前にひざまずいて泣いている。


「……ちがうよ、その人はあんたが探している人じゃない」


 ヒラクは女の前に立った。

 自分の体はまだはっきりとした実体を持たない。

 ヒラクはその死体の男が誰であるのかすぐにわかった。

 そして女が誰を探しているのかも知っていた。


「それはミカイロだ。ザカイロじゃない。ザカイロはもうここにはいない。もうどこにもいないんだよ、()()()()


 ヒラクが声をかけると、女はゆっくりと顔をあげた。

 涙に濡れたその顔は、ヒラクがいつか「井戸の間」で見た娘キルリナだった。プレーナの元に旅立ったザカイロの恋人だ。


「私の名前……キルリナ?」


「そうだよ。ザカイロはずっと、あんたを取り戻そうとしていたんだ」


「ザカイロが私を……?」


「狼神を復活させてプレーナを滅ぼそうとしていたんだ。その結末がこれだよ」


 ヒラクは自らの光で周囲を明るく照らした。


「ザカイロが生み出した狼神復活の儀式の結果がこれだ。あんたがザカイロと思った男はミカイロ……ザカイロの孫だ」


「ザカイロに……孫?」


「狼神復活を果すために、狼神の使徒の娘と結婚したんだ。みんな不幸になった。息子のザイルも孫のミカイロも、ここで命を落とした狼神の使徒たちも」


「……私のせい?」


「ちがうよ、誰のせいでもない。誰のせいでもないから悲しいんだ」


 ヒラクの放つ緑の光が透明に澄んで輝いた。


「あなたはプレーナなの?」


 実体のないヒラクの放つ光に向かってキルリナが言った。


「プレーナ……? ちがう……おれはそれを探していた、それを知りたくて……」


「なぜ?」


「なぜ……」


 ヒラクは思い出しかけていた。自分がなぜプレーナを探し求めていたのか、なぜそれを知りたいと思っていたのか。


「あなたは誰?」


「おれは……」


 ヒラクは自分が誰なのかわからなくなっていた。

 ザカイロとキルリナのことをなぜ自分は知っていたのか? 

 狼神復活の儀式のこともなぜわかったのか? 

 それは誰の体験なのか、誰から聞いた話なのか……。


「わからない……。でもおれはあんたを知っている気がする。その顔が、誰かおれのよく知る人に似ている気がするんだ」


「それは誰?」


「わからない、でもおれにとって大きな誰か……。その誰かとプレーナはつながりがあるんだ。そうだ、だからおれはプレーナに……」


 ヒラクは混乱していた。


「あんたがプレーナなんじゃないのか? おれが探しているのはあんたなのか?」


「私はあなたを知らない。それに……」


 キルリナは両手で自らを抱くようにして言った。


「私はもうプレーナじゃない」

 突然、光が飛び散るようにキルリナは姿を消した。

 それと同時にヒラクはもう自分が狼神復活の儀式の場にいないことに気がついた。


(ここはどこ?)


 ヒラクは緑の液体の中に浸されていた。

 液体に自分が溶け込んでいく感覚があった。

 急に振動が伝わってきた。

 液体は波打ち、薄い光のヴェールのように幾重にも折り重なり、ヒラクを柔らかく包んだ。

 ヒラクはなつかしいような安らぎを覚えた。

 遠くで声がする。


「生まれておいで、プレーナの子よ。プレーナと一つになる者よ」


 聞き覚えのある声だった。

 そしていつか聞いた言葉だとヒラクは思った。


(そうだ、この声だ、あの人の声……)


「あなたは生まれながらプレーナに祝福された子よ。還元の主プレーナと一つになることが許された子なの。私と同じくね」


 その言葉を語る女の輪郭がぼんやりとヒラクの脳裏に浮かんできた。


「あなたはプレーナの子。いつか必ず私の元に戻ってくる。プレーナと一つになるために。今のあなたは仮の姿。いつか本当の姿に戻る時、あなたは自分が何者であるかを知るわ」


「自分が何者であるのか……。おれは誰? 教えてよ……」


「プレーナの子……」


「ちがう、呼んでよ、おれの名を!」


 ヒラクの目の前に、はっきりと、その声の人物は姿を見せた。


「ヒラク」


 姿を現した女はヒラクの名前を呼んだ。

 ヒラクはぼろぼろと涙をこぼした。

 ヒラクは五歳の頃の自分の姿になっていた。


「母さん!」


 ヒラクは女の胸に飛び込んだ。


「待っていたわヒラク。行きましょう」


「どこへ?」


「聖地プレーナへ」


 ヒラクの母は小さなヒラクの手を引いて、緑の光の渦の中を歩きだした。



(登場人物)


ヒラク……北の少数民族アノイの長の息子と山の向こうの「神の国」から来た異民族の母との間に生まれた緑の髪の子ども。13歳。神とは何かの疑問を胸に母が信仰するプレーナの正体を知るために山を越える。そしてプレーナを信仰するセーカの民が住む地下の町へ行き着くが、緑の髪のせいで、プレーナの使徒ヴェルダの御使いと間違われる。


ユピ……ヒラクが五歳の頃、砂漠でみつけた神帝国の美しい少年。15歳。神帝国の言語を母語とするが、ヒラクと話すときはヒラクの母親の言葉である「禁じられた言葉」を使う。ヒラクと共に山を越えるがセーカではミカイロに囚われヒラクと引き離されてしまう。ミカイロの狼神復活の儀式では内なる何かを目覚めさせ、ミカイロを死に至らしめる。


カイル……労働が罪とされるプレーナ教徒の中であえて労働に従じる仕事をする「罪深き信仰者」。テラリオとは幼馴染。テラリオと共に地上での自由を求めたが、セーカをも滅ぼそうとする計画には賛同できず、今はテラリオの暴走を止めようとしている。


テラリオ……カイルと同じプレーナ教徒の「罪深き信仰者」であると同時に、ミカイロとも通じている狼神の信徒。ユピを捕らえてミカイロの前に差し出し、忠誠を示して見せたが、ミカイロにユピを奪われてしまう。地上での自由を得るためには手段を選ばない利己的な青年。カイルにだけは心を開いている。


アクリラ……敬虔なプレーナ教徒の娘。ヒラクをヴェルダの御使いと信じている。


老主……プレーナ教徒の教主。ヒラクのことをヴェルダの御使いとは認めていない。


ミカイロ……プレーナに背信し、狼神を信仰する「狼神の使徒」の中心人物。ザカイロの孫。狼神復活を夢見るが絶望のうちに息絶える。


ザカイロ……狼神復活の儀式を生み出した人物。もとはプレーナ教徒だったが、恋人キルリナを取り戻すため狼神の信仰者となる。


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