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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
セーカ編
35/65

祈りと現実

(前回までのあらすじ)

セーカ潜入後、それぞれ老主と狼の使徒に囚われたヒラクとユピ。老主のもとから逃れたヒラクは、セーカの歴史を知る一族の末裔であるシルキルのもとに身をひそめる。分配交換の儀式でユピを奪還し、目的とするプレーナへの鍵を握る黒装束の民に会うことを考えていた。それまでの日々の中、ヒラクは、シルキルの祖父シルキオから、生命の水が入った小瓶を私欲のためにザカイロに渡さなかった後悔を告げられる。それはかつてヴェルダの御使いがザカイロへ渡るよう当時の老主に託したものだった。シルキルはそれをヒラクからヴェルダの御使いに返すよう依頼する。ヒラクがヴェルダの御使いと会う機会となる分配交換の儀式は目前に迫っていた。ヒラクは外に出るためにカイルの仲間たちと合流しようとするが、その頃彼らはすでに審問の牢獄に囚われ、動きを封じられていた。

 四階層の広場で、すぐにヒラクは罪深き信仰者たちに捕まり、六階層の老主の間に連れて行かれた。


「……それで、今までどちらにいらっしゃったのですか?」


 石のテーブルの前に端座して、老主はおもむろに口を開いた。

ヒラクはふてくされ顔で老主の前に足を投げ出すようにして座っている。

両脇には槍を構える二人の男が立っていた。

黙り込むヒラクののど元に槍の先端が向けられる。


「答えなさい。狼神の旧信徒の居住区にいたことはわかっているのですよ。誰にかくまわれていたのか言いなさい」


「言うもんか」


 ヒラクは老主をにらみつけた。老主は短く嘆息した。


「やはりあなたは狼神の使徒の息のかかった人間ですか。その姿は我々をあざむくためのものだったのですね」


「狼神の使徒なんて知らないよ。大体おれのことは黒装束の民にまかせるんじゃなかったのか」


 ヒラクが老主に食ってかかると、両脇の男たちが殺気立つ。

 老主はヒラクに槍をつきつける男たちを手で制した。


「もう分配交換の場にあなたは必要ありません。大方、狼神の使徒たちがプレーナ教徒たちを惑わすためにあなたをうろつかせたのでしょう。黒装束の民の裁きを受けさせるまでもないことです。あなたにはここで消えてもらいます」


 老主の言葉にヒラクはぎょっとした。


「ちょっと待ってよ。おれは分配交換の場に出て黒装束の民に会わなきゃならないんだ。ユピを助けなきゃないんだよ」


「ほう……」


 老主は目を細め、我が意を得たりと言わんばかりにヒラクを見た。


「やはりこちらに姿を見せたのは、分配交換の儀式のためですか。神帝国と共謀し、狼神の使徒たちはプレーナ教徒を滅しようとしているのですね」


「知らないよ。とにかくおれは、その場にいなきゃならないんだ。ユピの命が危ないんだよ」


 ヒラクは必死になって言うが、老主はまったく相手にしない。


「心配しなくとも、あなたと共謀し狼神の使徒たちに加担した神帝国人は、私どもがみつけて、同じところに連れて行ってやりますよ」


 そう言って老主は口元に笑みを浮かべると、ヒラクの両脇に立つ男たちに命じた。


「審問の牢獄へ連れて行け」


 ヒラクは驚いて目を見開いた。

 男の一人がヒラクを軽々と肩にかつぎあげた。

 もう一人の男が暴れるヒラクを押さえつける。

 男たちはヒラクを連れて審問の牢獄へ向かった。




 審問の牢獄に連れて来られたヒラクは、入り口であるものを目にした。

 閉ざされているはずの円石には人一人通れるだけの隙間があき、糸巻きの糸を巻きつけた弓矢が挟み込まれている。


「何だこれは……」


 男たちが注意をそらした隙に、ヒラクは自分をかついでいた男の顔をひじで殴った。

 地面に放り出されたヒラクは、素早く立ち上がり、もう一人の男に向かっていった。

 男はあわてて応戦したが、狭い場所ではうまく槍を操れず、ヒラクのすばやい動きに翻弄された。


「このガキが!」


 ヒラクに殴られた男が、後ろから襲いかかってくる。

 ヒラクは槍で突いてくる男の攻撃をすばやくかわした直後、後ろから襲いかかってきた男に両手で首をつかまれて、真上に体を持ち上げられた。

 ヒラクは苦しそうに顔を歪め、背後からしめあげる男の腕にしがみつきながら宙を蹴った。

 そのとき、ヒラクを持ち上げていた男が、急にぐらりと体を傾けよろめいた。

 そしてひざをついたと思うと、そのままうつぶせにどっと倒れこんだ。

 倒れた男の背中には小刀がつきたてられている。

 その場に放り出されたヒラクを一人の若者が抱き起こす。

 もう一人の男もすでに二人の若者たちにおさえつけられ、地面に伏せさせられていた。

 ヒラクは自分を助け起こした若者の顔を見て叫ぶ。


「カイル!」


 声を出したと同時に咳き込んだヒラクの背中をカイルがさする。


「大丈夫か?」


 もう一人の男を押さえつけているのはサミルとジライオだ。

 おろおろした様子のセミルもそばにいる。

 カイルは倒れこんだ男の背から小刀を引き抜き、押さえつけられている男につきつけた。


「やめて!」

 叫んだのは、アクリラだった。その顔は恐怖で凍りついている。

 その手から緑の糸巻きが落ちた。

 倒れている男の背に赤い血が染み広がる。

 アクリラは目の前で何が起きているのかわからずに、呆然と立ち尽くしている。


「カイル……何をしているの? 一体何が起こっているの? なぜ、こんな恐ろしいことが……」


 アクリラの言葉を聞きながら、カイルは苦痛をこらえるかのようにきつく目を閉じた。そして迷いを振り払うように小刀を握る手に力を込めた。

 次の瞬間にはもうカイルは、押さえつけられている男の頭上に小刀を振り上げていた。

 アクリラが声にならない悲鳴を上げる。


「だめだ!カイル」


 ヒラクは思わず叫んだ。


 カイルは硬直したように動きを止めたと思うと、腕をだらりとおろして大きく息を吐き、疲れたような表情でヒラクを見た。


「あきれた奴だな。こいつはおまえを殺そうとした奴だぞ。それに、生かしておけば、俺たちの身が危なくなる」


「でも、ダメだ」


「……アクリラのためか」


 カイルはアクリラをちらりと見たが、アクリラは顔をこわばらせて目をそらした。

 カイルは寂しそうに小さく笑う。ヒラクにはカイルの方がアクリラよりもずっと傷ついているように見えた。

 カイルは肩を落として深く息を吐き、倒れた男の衣服の布を切り裂くと、サミルとジライオに言って目の前の男の手足を縛り上げ、声を出せないように布で口をふさいだ。

 アクリラは、血を流して倒れている男の止血を試みるが、それも手遅れとわかると、プレーナへの祈りの言葉をくりかえしつぶやき始めた。


「アクリラ、行くぞ」


 そう言って、その場を去ろうとするカイルをアクリラが引き止める。


「だめよ、カイル、祈らなくては。あなたの罪は消えないわ。ああ、どうか、プレーナよ、この者をお助けください。罪深きカイルをお救いください」


 アクリラはそばにいるヒラクにも懇願した。


「ヴェルダの方、どうか、この者を助けてください。カイルを助けてください」


「……そんなの無理だよ。そもそもおれはヴェルダの御使いなんかじゃない」


 ヒラクが言うと、アクリラはまるで理解できないといった顔をする。そんなアクリラにカイルは言う。


「アクリラ、たとえヴェルダの御使いでもすべての者を助けることなんてできない。いくらおまえが祈ってもおまえの母親は助からなかった。おまえが信じている神はすべての者を平等に救うわけではないんだ」


 そんなことは言いたくなかったとでもいうように、カイルは後ろめたそうにアクリラから目をそらした。

 アクリラは納得のいかない表情ながらも静かにうなずく。


「そうね、カイル。プレーナはきっと私たちにはわからないお考えをお持ちで、救うべき人間を選んでいらっしゃるのだわ」


 これにはヒラクがすかさず反論する。


「そんなのおかしいよ。アクリラの母さんは自分で病気を治そうともしてなかったんだろう?」


 そう言って、ヒラクは血を流して倒れている男に目をやった。あまりいい気分ではなかった。けれどもカイルがいなければ、ヒラクがその場に血を流し、倒れていたことだろう。


「よくわからないけど……」


 ヒラクは考え込むように言った。


「神さまが救う人間を選んでいるとは思えない。何かを選んでいるのはいつだって人間なんだって思う」


「……あなたが言っていることは、私にはよくわからないわ」


 アクリラは困惑顔でヒラクに言った。


「何かを選ぶのは人間か……。まあ、わからなくもないけどな」


 ヒラクのとなりでカイルが言った。


「カイル」サミルが声をかけた。「とにかく早くここを出よう」


「こいつらは審問の牢獄の中にぶち込んでおこうぜ」


 そう言いながらジライオは縛り上げた男をひきずり、倒れた男はカイルとサミルとセミルが三人がかりで運んだ。その様子をアクリラが非難めいた目で見ている。けれどもその口からはもう祈りの言葉は出なかった。


 審問の牢獄の入り口を後にして、ヒラクはカイルにそっと言った。


「ありがとう。カイルのおかげで助かったよ」


 その言葉は、カイルの心を軽くした。

 それでもヒラクは考えていた。

 生きるためには誰かを殺さなくてはならないこともあるのか? 立場や考えがちがわなければ、そもそも争うことなどないのではないか……?


(神さまもバラバラだから、争いが生れるのかな……)


 そんなことすら思ったが、ヒラクはすぐに考えるのをやめにした。今はそんなときではない。ユピを助けることだけが、今、自分がやるべきことだと、ヒラクは自分に言い聞かせた。


 分配交換の儀式の時が迫っていた。



(登場人物)


ヒラク……北の少数民族アノイの長の息子と山の向こうの「神の国」から来た異民族の母との間に生まれた緑の髪の子ども。13歳。母が信仰するプレーナの正体を求めて山を越え、プレーナを信仰するセーカの民が住む地下の町へ迷い込み、緑の髪のせいで、プレーナの使徒ヴェルダの御使いと間違われ、シルキルには「分け身の神」と呼ばれる。


ユピ……ヒラクが五歳の頃、砂漠でみつけた神帝国の美しい少年。15歳。神帝国の言語を母語とするが、ヒラクと話すときはヒラクの母親の言葉である「禁じられた言葉」を使う。テラリオやミカイロに利用されようとしていたが、狼復活の儀式で、狼神ではない何者かがユピの中で目覚め、ミカイロを死にいたらしめる。


カイル……労働が罪とされるプレーナ教徒の中であえて労働に従じる仕事をする「罪深き信仰者」。テラリオとは幼馴染。テラリオと共に地上での自由を求めたが、セーカをも滅ぼそうとする計画には賛同できず、今はテラリオの暴走を止めようとしている。


テラリオ……カイルと同じプレーナ教徒の「罪深き信仰者」であると同時に、ミカイロとも通じている狼神の信徒。ユピを捕らえてミカイロの前に差し出し、忠誠を示して見せたが、ミカイロにユピを奪われてしまう。地上での自由を得るためには手段を選ばない利己的な青年。カイルにだけは心を開いている。


ミカイロ……プレーナに背信し、狼神を信仰する「狼神の使徒」の中心人物。父であるザイルを憎み、祖父であるザカイロの願いを叶えるために狼神復活の儀式にのめりこんでいったが、願いは叶わず絶望のまま果てる。


ザイル……ミカイロの父。狼神の使徒の血統を利用するがために母親と結婚しただけの父ザカイロを憎み、父を「異流の使徒」と蔑み、狼神復活も阻止しようとした。


ザカイロ……ミカイロの祖父。ザイルの父。かつてプレーナに旅立った恋人キルリナを取り戻すため、狼神復活の儀式を生み出し、プレーナを滅ぼそうとした。


シルキル……セーカの日常語を作った一族の子孫。セーカや神帝国の歴史に精通し、繰り返し混乱や変化を引き起こしてきた分け身の神の存在に注目している。


セルシオ……シルキルの父。


シルキオ……シルキルの祖父。かつて懇意にしていたザカイロへの裏切りとも言える行為に長年苦しんできたが、ヒラクに懺悔することでやっと救われる。

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