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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
セーカ編
34/65

懺悔

(前回までのあらすじ)

分配交換の日までシルキルのもとに身を隠すヒラクは、ある夜、不思議な体験をする。なぜかヒラクは、シルキルの祖父シルキオの過去の回想の中に入り込んでいた。そこでヒラクはまだ幼いシルキオの目を通してある青年を見る。それは井戸の間で見た幻の中で見た、母に酷似した娘キルリナの恋人ザカイロだった。さらにヒラクは、年老いたシルキオがかつての老主がヴェルダの御使いから渡された小瓶を手に入れる場面も見る。目を覚ましたヒラクは、ザカイロがミカイロの祖父であることを知り、すべての真実を確かめるべくシルキオの室を訪ねる。

 ヒラクはシルキルの祖父の(へや)の中を見渡した。

 初めて入ったはずの室は、やはり、眠りについたはずの自分が入った場所と同じだった。

 真ん中にある寝台には疲れきった顔で眠るシルキルの祖父シルキオがいる。そのかたわらには寝台にもたれて眠るシルキルがいた。  


 ヒラクは枕もとにある木箱に目をやった。

 そっと近づくと、ヒラクは木箱のふたに手をかけた。

 鼓動が高鳴り、全身が心臓になったように感じる。

 中から何が飛び出すのか……。

 ヒラクは恐怖と期待の入り混じる思いでふたをはずそうとした。


 けれども、ふたははずれなかった。


 よく見ると、ふたはしっかりと本体にはめこまれている。ヒラクは木箱を抱きかかえるように押さえつけながら、力づくでふたをこじあけようとした。


「やっと来てくださったのですな、ヴェルダの御使(みつか)いよ……」


 その声にヒラクはぎょっとして寝台を見た。

 シルキオが体を横に向けて、ヒラクの顔をじっと見ていた。

 ヒラクは戸惑った様子でいたが、シルキオは会話を望むように枕辺に手をついて体を起こした。


「この日が来るのをわしはずっと待っておりました」


 憔悴(しょうすい)しきった様子ではあるが、シルキオは眼光鋭くヒラクをみつめる。昨夜とはまるで別人のようだ。


「貸してください」


 シルキオは手をのばす。

 ヒラクが木箱を手渡すと、シルキオはふたを横に動かし、ゆっくりとずらしていった。

 そのようにあけるものとは知らなかったヒラクは、その様子を固唾をのんで見守った。

 広がる隙間から一体何が飛び出してくるのか……。

 だがそれはただの道具入れだったらしい。

 シルキオは隙間に手を入れ、中のものを探っている。

 ヒラクは拍子抜けした。

 それでも中から取り出されたものを見てヒラクは驚いた。


「これをあなたに……」


 それは、シルキオが前老主から受け取った水の入った小瓶だった。


「これは、ザカイロがもらうはずだった小瓶……」


 ヒラクは手渡された小瓶をしげしげと見た。


「お許しください。わしは、とうとうそれをザカイロに渡すことはできなかった。わしが悪いのです。プレーナに呪われた我が身を今さら救ってほしいなどとは思っておりません。ただもうザカイロに渡すことができぬ今となっては、せめてあなたにお返ししたい、ただひたすらにそのことだけを願ってきたのです、ヴェルダの御使いよ……」


 シルキオは肩を落としてうなだれた。


「何があったのか全部教えて」


 ヒラクはシルキオに言った。

 シルキオは、今目の前にいるヒラクをヴェルダの御使いと信じて疑わず、乞われるままに語り始めた。


「わしは、自分の研究のために老主を利用したのです。それまでにもわしは、陰ながら彼の相談役として働き、プレーナの資料を作りあげるために老主と接触しておりました。老主は正直な人間ではあったが、判断力に乏しく、人の上に立つような器ではなかった。彼は常にわしの判断を求め、わしの助言に従って動いていた。だから分配交換の場であなたにその小瓶を託されたときも、老主はまっさきにわしに相談に来たのです。わしにとってザカイロは幼い頃よりよく知った人物です。彼にその小瓶を渡すことはすぐにもできたはずです。だがわしは、その小瓶を、生命の水を得るために利用しようと思いつきました。かねてより、プレーナそのものといわれる生命の水を手に入れることは、わしの願いでもあったのです。だが老主はそれだけは許さなかった。プレーナへの信仰心が彼にささやかな抵抗をさせたのでしょう。生命の水を得るまでは、わしも小瓶をザカイロに渡すわけにはいかなかったのです」


 ザカイロがヴェルダの御使いからたった一人特別な水を与えられたと思った前老主はすっかり人が変わってしまった。

 それまで前老主は、分配交換で与えられた生命の水を御使いの聖室と老主の聖室に祀り、残りの水を井戸に注ぐことによってプレーナ教徒全体のものとしていたが、その時以来、聖室に祀ることも井戸の水に注いで分配の水とすることもやめ、自分のみが摂取するために保持するようになった。


「前老主に生命の水を与えられぬまま、わしは小瓶を持ち続け、やがてザカイロは死にました。ただ、信じてほしいのは、わしはいずれザカイロに小瓶を渡すつもりであったということです。だからこそ生命の水であるかもしれない小瓶の水には一切手をつけようとはしなかった。だが、すべてはもう遅い。取り返しのつかぬことです……」


 今やもうすべてをあきらめたような目で、シルキオは淡々と語った。その言葉に嘘はないとヒラクは感じた。


「おじいちゃん、今の話は本当?」


 いつから目を覚まして聞いていたのか、寝台の脇にもたれかかって眠っていたはずのシルキルが言った。

 これまでの話を聞いて、シルキルはすべてを理解した。なぜ祖父がプレーナを異常なまでに恐れ、毎晩悪夢にうなされて寝つけずにいたのかを。祖父は、誰にも言えない後悔を木箱に閉じ込め、そこから解放されることなく、自責の念に押しつぶされそうになっていたのだ。


「どうして今まで誰にも言わずにいたの? ぼくらがどれだけおじいちゃんを心配してきたと思っているの? 母さんはいつもつきっきりで疲れ果てて、ぼくだって……」


 シルキルに責められて、シルキオは申し訳なさそうに目を伏せた。


「おまえたちには申し訳ないと思っている。だが言えなかった。わしの罪の深さはそれだけではないのだ……」


「どういうこと?」


 ヒラクが尋ねると、シルキオはこれまで誰にも言えなかった思いを吐露した。


「ザカイロが狼神復活の儀式を完成させるためにわしらの一族に近づいたと知ったとき、わしはザカイロに信頼を裏切られた思いでいた。だが、どこかでわしはザカイロのことを憎みきれずにいた。わしは気づいたのだ。ザカイロこそが、魔物を内に秘めた、物語の男の子だったのだ」


 祖父の言葉の意味がシルキルにはまったくわからなかった。

 だが、ヒラクにはそれが何のことを言っているのかがわかった。

 それは、少年だったシルキルの祖父シルキオと一体化したとき聞いた、ザカイロが語っていたという物語のことだ。

 悪い魔物に囚われた女の子を救うために、別の魔物の眠りを覚まそうという男の子がいる。だが本物の魔物は、魔物の力を借りようとする男の子の中にこそいる。そんな話だ。


「囚われた女の子はプレーナに? 眠りについた魔物は狼神? 狼神復活の儀式で眠りを覚まそうとしていたのか……」


 口をついて出た言葉にヒラクは自分で驚いた。

 すべての出来事がヒラクの中で一つにつながろうとしている。


「やはりすべてお見通しですか……」


 シルキオは暗い表情で力なく笑う。


「ザカイロは死んでも、内なる魔物は次の男の子の中に甦った。わしがかわいがった小さなミカイロ……。あの子を通じて、わしはまだザカイロとつながっていた。あの子は時々わしのもとにきては、わしがザカイロのもとで学んだときのように、貪欲に知識を得ようとしていた。病に伏すザカイロにミカイロから小瓶を渡してもらうことも何度か考えた。だができなかった。もしもそうしていたならば、ザカイロの中の魔物は死んで、ミカイロもまた救われたかもしれなかったのに……。ミカイロの中の魔物がミカイロに実の父親を殺させた……」


 そう言ってうつむいたシルキオはふと顔を上げ、ヒラクを見た。


「今からでも遅くはない。せめてザカイロの代わりに、その小瓶をミカイロに渡すことはできないでしょうか」


「……ミカイロは死んだんだ」


 言いにくそうにヒラクは言った。

 シルキオは驚愕した。


「そんな、いつ……?」


「数日前に」


「そうですか……。それであなたが小瓶を取り返しにきたというわけですか」


 シルキオはぽつりとつぶやいた。


「すべて終わったのですね。あとはわしが裁きを受けるのみ。覚悟はできています。ヴェルダの御使いよ」


「まだ終わっちゃいない。でも、終わらせる」


 ヒラクはきっぱりと言った。


「それから、おれはあんたを裁かない。あんたも自分を責めちゃだめだ。プレーナだって、狼神だって、誰のことも裁けやしない」


 言葉と共に吐き出した息が熱いのをヒラクは感じた。

 怒りともちがう、力がみなぎるような湧き上がる思いに、自分自身驚いていた。

 ヒラクの言葉を聞いたシルキオは、目の中に涙をため、両手で顔をおおい、後方に倒れこむようにして枕に頭を落とした。


「おじいちゃん!」


 シルキオは孫の呼びかけに答えない。

 シルキルは顔をおおう祖父の両手をそっとはずした。

 祖父はまぶたを閉じていた。


「死んだの?」


 ヒラクは驚いて聞いた。


「いえ、眠っているだけです」


「そっか」


「こんなに穏やかな表情で眠る祖父を見るのは初めてです」


 シルキルは目に涙を浮かべながら静かに微笑んで、安らかな祖父の顔をみつめた。

 ヒラクは寝台の脇に置かれた木箱に小瓶を戻した。


「それはあなたが持っていてください」


 シルキルはヒラクに言った。


「だって、これは……」


「あなたならきっとそれを本物のヴェルダの御使いに返すことができるはずです」


「おれが?」


「お願いします」


「……わかった」


 シルキルに頼まれ、ヒラクは小瓶を受け取ることにした。


「もうすでに、どうやって分配交換の場をかき乱すか、その方法をお考えですか?」


「全然考えてない」


 シルキルに尋ねられ、ヒラクはけろっとした顔で言った。


「それより、分配交換の場所ってどこ?」


「プレーナ教徒たちの居住区の通気孔から出てすぐの東の砂漠に面した辺りになります」


「通気孔から出れるの?」


「ええ。階段がありますから」


「ちょっと見てくる」


 そう言って、室を出て行こうとするヒラクをシルキルは引き止める。


「待ってください。カイルが来るまでここにいた方が……」


「こっちから行くよ」


「でも……」


「カイルに会えなかったらすぐ戻ってくるよ」


「……」


 シルキルはそれ以上何も言えなかった。ヒラクがおとなしくいうことを聞くような性格ではないことは、すでにわかっていた。


 シルキルは狼神の旧信徒たちが作業場に出るときに、ヒラクを広場近くの調理場に紛れ込ませることにした。食糧分配の時間に石扉があけば、カイルの仲間たちと合流できるはずだ。


 だが「罪深き信仰者」たちはすでに老主の命令でカイルとヒラクを捕らえるために動いていた。カイルに協力したサミルとセミルとジライオは、すでに審問の牢獄に放り込まれていた。


 ヒラクが捕まるのも時間の問題だった。



(登場人物)


ヒラク……北の少数民族アノイの長の息子と山の向こうの「神の国」から来た異民族の母との間に生まれた緑の髪の子ども。13歳。母が信仰するプレーナの正体を求めて山を越え、プレーナを信仰するセーカの民が住む地下の町へ迷い込み、緑の髪のため、プレーナの使徒ヴェルダの御使いと間違われ、シルキルには「分け身の神」と呼ばれる。


ユピ……ヒラクが五歳の頃、砂漠でみつけた神帝国の美しい少年。15歳。神帝国の言語を母語とするが、ヒラクと話すときはヒラクの母親の言葉である「禁じられた言葉」を使う。テラリオに拘束され、神帝国がセーカを攻め入る計画に利用されようとしていたが、ミカイロに「分け身の神」とされて軟禁される。


カイル……労働が罪とされるプレーナ教徒の中であえて労働に従じる仕事をする「罪深き信仰者」。テラリオとは幼馴染。テラリオと共に地上での自由を求めたが、セーカをも滅ぼそうとする計画には賛同できず、今はテラリオの暴走を止めようとしている。


テラリオ……カイルと同じプレーナ教徒の「罪深き信仰者」であると同時に、ミカイロとも通じている狼神の信徒。ユピを捕らえてミカイロの前に差し出し、忠誠を示して見せたが、ミカイロにユピを奪われてしまう。狼神復活の儀式に参加するが、ユピと共に姿をくらます。


ミカイロ……プレーナに背信し、狼神を信仰する「狼神の使徒」の中心人物。ユピを狼神と信じたが、結局狼神復活の野望を果たせず自害する。


ザイル……ミカイロの父。母を愛そうとせず、過去の恋人に執着し、恋人のために狼神復活の儀式を作り上げた父ザカイロを憎む。


ザカイロ……ミカイロの祖父。ザイルの父。


シルキル……セーカの日常語を作った一族の子孫。セーカや神帝国の歴史に精通し、繰り返し混乱や変化を引き起こしてきた分け身の神の存在に注目している。


セルシオ……シルキルの父。狼神の使徒の一人としてミカイロに従い、ザイルの死を防ぐことができなかったことを深く後悔している。


シルキオ……シルキルの祖父。

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