表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
セーカ編
30/65

混乱と変化の予兆

(あらすじ)

ユピはミカイロに囚われていた。神帝国の服や料理を用意され、丁重にもてなされるが、ミカイロにユピを解放する気はない。ミカイロはユピが狼神の仮の姿であるとし、復活の儀式で狼神を蘇らせようとしていた。自分は狼神ではないとしながらも、内側から自分を支配する何かが存在することをユピは感じ取っていた。

一方、ヒラクはユピの居場所を知る手がかりを得るためにカイルと共にシルキルの後についていった。

 狼神の旧信徒たちの居住区はプレーナ教徒たちの居住区と大体同じ作りをしていて、地下を貫く吹きぬけの通気孔と結ばれた縦長の広い空洞から五つの区画に分かれている。

それぞれの区画はさらに細かく(あな)と孔でつながった小さな石室がたくさん寄り集まっているような構造をしていたが、シルキルの住まいは他とはちがっていた。


「ここがぼくの住んでいる場所です」


 シルキルは細かく仕切られた石室の一つにヒラクとカイルを連れてきたが、薄暗い空間はただがらんとしていて、足元に無造作に置かれたランプ以外は何もない。


「ただいま、帰ったよ」


 低い天井を見上げてシルキルが叫ぶと、天井の一部にあいた孔をおおっていた厚布が取り除かれ、ランプの灯りが上から差し込み、縄ばしごが下りてきた。

 シルキルは、するするとはしごを上っていった。

 そしてシルキルが下ろした縄ばしごを上り、ヒラクとカイルも上にあがった。


 上にはさらに(へや)があった。セーカの民は、それぞれ割り当てられた居住区の室で、岩盤に敷物を敷き、そこで生活している。

 セーカ伝統の織物は色も明るく華やかで、岩壁の暗い室に暖かみを与えていた。

 床の真ん中に敷かれたジグザグ模様の布の上にはランプや器や衣類などが雑然と置いてある。

 むき出しの岩の壁際には、素焼きの水がめや(うす)があり、そばには石のかまどがあった。背後の壁と天井に通気孔があいている。

 室は他にもあるらしく、今いる室を挟んで向き合うように縦長の出入り口がある。


 狼神の旧信徒たちの居住区は三階層にあるが、シルキルの住居はさらに地上に近い二階層に作られていた。同じ階層には家畜場がある。


 シルキルの隣には、シルキルの母親らしい小柄な女性がいた。

 シルキルとよく似た顔立ちをしていたが、やつれて疲れた様子だった。

 カイルはシルキルの母親に挨拶をしたが、シルキルの母親は顔をそむけたまま、横目でヒラクをちらちらと見ている。そしてシルキルに何か耳打ちした。


「……だいじょうぶだよ」


 そうシルキルが答えても、母親は不安げな様子で、左側にある縦長の出入り口の孔に姿を消した。

 下の階層にはしごを下ろす室の壁には二つの孔があいていて、左側の孔の先にはさらに室があるようだ。


「こっちだよ」


 シルキルはそう言って右側の孔に向かった。カイルもその後に続く。

 だが、ヒラクはシルキルの母親が入っていった左側の孔の向こうを気にしていた。そこから人のうめき声が聞こえてくる。


「おい、何やってるんだ」


 カイルが右の孔の前でヒラクを振り返る。シルキルはすでに先を行っている。

 ヒラクはあわててカイルの後に続いて右側の孔に入った。


 孔の向こうにもまた室があり、中心にある大きな石の台が場所を占めていた。真ん中に置かれたランプを取り囲むように、文字が書かれた紙が折り重なり、石の台の上に広がっている。壁一面に幾何学模様の刺しゅうを施した大きな平織りの布が広がり、室の奥が仕切られている。


 ヒラクたちがシルキルの家まで来たのには理由がある。

 テラリオやユピの居場所について知る人物に会うためだ。


「父さん」


 シルキルが声をかけると、布の向こうから男の声がした。


「シルキルか? 入れ」


「一人じゃないんだ」


 シルキルが言うと、布の端がわずかにめくれ、男の片目が様子をうかがった。

 そしてその目はまっさきにヒラクをとらえた。

 やがて布の向こうから、シルキルの父セルシオが姿を現した。


「ようこそ」


 シルキルと同じ赤みがかった栗色の髪は首の後ろできちんと束ねられ、他の狼神の旧信徒同様、白い衣服を体に合わせて動きやすいように上衣とズボンにわけて着ている。プレーナへの服従の証ともいえる緑のひもで体をきつくしばるということもしていなければ、老主にかしずく女たちのように手足に石の輪をはめてもいない。


「ヴェルダの御使(みつか)いの姿をこんなに近くで見るのは初めてです」


 セルシオは弱々しく笑い、口の周りの無精ひげをなでさすった。セルシオは、あごは細く、額は広く、まなざしは穏やかで、物静かで知的な印象だ。


「やあカイル、久しぶりだね」


 セルシオはカイルに視線を向け、ゆったりと挨拶をする。

 だがカイルはそれに応えるのももどかしいとでもいうようにセルシオの前に進み出た。


狼神(ろうしん)復活の儀式がとりおこなわれるということをシルキルから聞いた。テラリオの行方も知っているんだろう? 頼む、教えてくれ」


 セルシオはシルキルをちらりと見た。

 シルキルは心配そうに父親の目をじっと見る。

 セルシオはやれやれというように目をつぶり、大きく息を吐いた。


「テラリオは先ほどまでここにいた」


「ぼくが父のところに行くよう言ったんだ」


 シルキルは父の言葉に付け加えた。


「どういうことだ? おまえ、最初からテラリオの居場所を知っていて言わなかったのか?」


 カイルは鋭いまなざしをシルキルに向ける。

 シルキルは伏し目がちに言う。


「時間が必要だったんだ。ミカイロが神帝国の人間を引き渡す気がないことをテラリオに教えたのもぼくだ。父がそう言っていたからとテラリオには言った。くわしくは本人に聞くといいって」


「テラリオにここに一人で来てもらう必要があったんだ」


 息子を助けるようにセルシオが言った。


「私の代わりに狼神(ろうしん)復活の儀式に参加してもらうためにね」


「父さん……」


 心配顔の息子に父は深くうなずいた。

 カイルは困惑していた。話されている言語がわからないヒラクにとってはなおさらだ。


「ねえ、おれにもわかる言葉で話してよ。テラリオはどこ? ユピは?」


「これは失礼しました。ヴェルダの御使(みつか)いよ」


 セルシオは柔らかい口調でヒラクに言うと、ヒラクも理解できる「祈りの言葉」で話し始めた。


「テラリオは狼神復活の儀式に参加しようとしています。あなたがお探しの神帝国人もね」


「その狼神復活の儀式って、一体なんなんだ?」


「狼神復活の儀式は、ミカイロを中心とする九人の狼神の使徒により執り行われます。狼神は復活の際、十人の生き血を必要とする。十人目は復活の器となる者で、土の器と呼ばれ、狼神が仮の姿であるとされています。狼神復活の条件は土の器の破壊と構築であり、九人の使徒たちが順に血肉を捧げていくことにより、土の器から狼神が真の姿で復活するのです」


 この狼神復活の儀式は、古くから残る文献の一節がもとになっている。


『数多の屍を重ねて

 器を破壊し構築する

 血肉で満ちた器に

 神は再び甦る』


 この言葉をもとに、狼神復活を願った一人の男が狼神復活の儀式を作り上げ、狼神の旧信徒たちに狼神復活を強く唱え始めた。

 男は復活の儀式を夢に見たという。

 その夢では、大きな土の器に向かって、九人の狼神の使徒たちが縦一列に並んでいた。

 男たちは一人一人順に器の前に立つと、両手を前にのばした。すると、両手のひらから血が流れ出し、器の中に血がたまっていった。最後の一滴まで血を流しつくすと、使徒はそのまま自らの血に飛び込むように、器の中に落ちていった。

 次に並ぶ男も前の男と同じことをくりかえし、順番に八人の男が自らの血の中に飛び込んでいった。

 九番目の男は夢見ている男自身だった。

 男は両手を器の上にかざした。すでに土の器は血肉で満たされている。男の血がぽとりと器の中に落ちると、器は脈打ち、ぐらぐらと煮え立つように気泡が湧き出た。

 そしてそこから狼神が姿を現した。狼神は男に言った。


『我は姿を変えし者。時を越え、場所を変え、この身が何者となろうと、我はただ一つ偉大なる者』


 男は自分こそが狼神を復活させる最後の使徒に選ばれたのだと思った。

 目が覚めると、狼神の姿がどんなものだったのかは男にはどうしても思い出せなかったが、神の真の姿を自分は見たと、男は強く確信した。だが、男は儀式を果すことを夢見て叶わず、最期の時を迎えた。それでも、その思いは時を超え、一人の男の中で生き続けた。


「なぜあなたがそこまで儀式のことを知っているんだ。それに、テラリオがあなたのかわりに儀式に参加するとはどういうことなんだ」   


 混乱するカイルをみつめるセルシオの目が鈍く光る。


「私は九人の狼神の使徒のうちの一人だ」


 カイルは耳を疑った。


「ばかな! もともと狼神の信徒の家系でもない、異流の信徒ともいえるあなたが狼神復活の儀式に関われるはずがない。ミカイロがそんなことを許すはずは……」


「そのミカイロもまた、異流の使徒だったとしたら?」


 その言葉に衝撃を受けながら、カイルは何か言おうと口を開きかけたが、セルシオはさらに言葉を続けた。


「狼神復活の儀式自体、異流の使徒の手により生み出されたものだ」


「そんな……」


 驚きのあまりカイルは完全に言葉を失った。


 ヒラクは、呆然とその場に立ち尽くすカイルを押しのけるようにして、セルシオの前に出た。


「そんなことより儀式の場所を教えてよ。ユピは狼神じゃないんだ。そんなものに巻き込まれるなんておかしい。ぶち壊しに行ってやる」


「いいからおまえは黙ってろ。おまえが出るとややこしくなる」


 カイルはヒラクを後ろに下げ、セルシオにつめ寄った。


「テラリオをあなたの代わりに狼神の儀式に参加させたっていうのはどういうことなんだ」


「狼神復活の儀式は九人の狼神の使徒たちがそろって初めて執り行われる。儀式に血肉を捧げるいけにえといった方がいいかな。だが残念ながら私は、狼神に喜んでこの身を捧げるほどの忠誠心は持ち合わせてはいない」


「だからかわりにテラリオを行かせたのか」


「彼はミカイロのもとに行きたがっていた。十人目の器たる神帝国の人間を取り戻すためにね。だから私は彼を儀式に忍び込ませてやったんだ」


「あなたは命惜しさに何も知らないテラリオを身代わりにしたのか」


 カイルは握りしめたこぶしを震わせた。


「何も知らないのは彼だけじゃない。ミカイロに集められた他の八人の使徒たちでさえ、復活の儀式がどういうものであるかを完全に理解している者はいない。九番目の使徒であることを望むミカイロにとって他の者はただの血肉のいけにえにすぎない。私同様にね」


 セルシオは表情を曇らせた。


 ヒラクたちがセーカに入り込んだとき、テラリオはユピを捕らえてミカイロに引き合わせた。その場にいた八人の使徒たちの中にセルシオもいた。気を失ったユピがうわごとのようにつぶやいた言葉を、ミカイロだけでなく、セルシオも聞いていた。


『時は来た……目覚めの時だ……。偽神を払い、真の神となれ……』


 その時ミカイロの口元に悪魔のような笑みが宿った。


『今のを聞いたか? まちがいない。これこそ求めていた器だ』


 ミカイロは、セルシオの耳元でささやいた。


『時は来た。いよいよ狼神の目覚めの朝が訪れる』


『ミカイロ、まさか……』


『九人の使徒がそろい次第、復活の儀式を執り行う』


 ミカイロは頬を紅潮させ、狂気に満ちた目を輝かせた。


『あなたの忠誠心がどれほどのものか知る機会ができたというわけだ』


 ミカイロは顔をぐっと近づけて、ヘビのような目でセルシオの目をとらえて言った。


『逃げようとしても無駄だ。あなたには二つの選択肢しか用意されていない。自らを狼神に捧げる高貴な死を選ぶのか、裏切り者として無残な死を選ぶのか。……あなたの無二の友のように』


 そう言って、ミカイロはぞっとするような笑みを見せた。


 その時のことを思い出すセルシオの額に汗がにじみ出た。シルキルは心配そうに父の顔をみつめる。


「いいかい、カイル」


 セルシオは、意思を込めた目でカイルを見る。


「テラリオは私のかわりとして儀式に向かったが、彼の目的は神帝国の少年の奪還にある。器がなければ儀式は執り行われることはない。彼が目的を果せるかどうかは彼自身の問題だ。それが果せたとしても果せなかったとしても、ミカイロは私に死を迫ることになる。私はテラリオを身代わりにして助かろうとしたわけではない。ただ時間を稼ぎたかっただけだ」


 セルシオはきっぱりと言った。


「私は、分け身の神が同時に現れたことで、どのような変化と混乱がもたらされるのかを見届けたいのだ」


 父の言葉にシルキルも深くうなずいた。


「そんなのおれたちに関係ない」


 ヒラクはセルシオをにらみつけた。


「分け身の神だか何だか知らないけど、おれもユピもそんなんじゃない。狼神復活の儀式なんていうのになんでユピが関わらなきゃいけないんだ」


「器たる者かどうかは儀式が始まればわかることです」


 シルキルは口を挟むが、ヒラクににらまれて目を伏せた。


「儀式はもう始まっているのか?」


 カイルが尋ねると、セルシオはうなずいた。


「おそらく、私のかわりとして行ったテラリオが最後に到着することになっただろう。九人の使徒がそろい次第、儀式は執り行われる」


「それじゃもう……」


「わかっただろう。今さら君にできることは何もない。だからこそ、シルキルはここに君を連れてくることにしたのだろう」


「シルキル、おまえ……」


 セルシオの言葉を聞いて、カイルは入り口の階段近くから遠巻きに見ているシルキルを振り返り、にらみつけた。

 シルキルは後ろめたそうに目を伏せる。

 そんな息子をかばうようにセルシオはカイルに言った。


「もう変化と混乱は目前に迫っている。私たちにできることは何もない」


「そんな言葉を聞くために俺はここに来たわけじゃない。今からでも止めにいく。テラリオを見捨てるようなまねはしたくない」


「……わかった」


 そして、セルシオは壁にかかる地下地図のある地点を示した。


「四階層の食糧室はわかるね? そこからこの石扉の間に行くんだ。儀式が行われる場所に通じている」


 地下地図は入り組んだありの巣のようで、ヒラクが見てもさっぱりわからないものだったが、カイルは一目で理解し、すぐに室を飛び出していった。

 ヒラクはあわてて後を追おうとしたが、シルキルが出入り口の(あな)の前で両手を広げて立ちはだかる。その顔は青ざめ、指先は小刻みに震えていた。


「そこをどけ!」


 ヒラクに怒鳴りつけられても、シルキルは頑としてその場から動かない。


「ど、どきません。それに、どうせ無駄です。儀式には間に合わない」


「だったら、どうしてカイルを行かせた」


「引き止める理由がないからです」


 セルシオが二人の間に入って言った。


「だから彼の気のすむようにさせた。それだけです。でもあなたはちがう」


 セルシオは鋭いまなざしをヒラクに向けた。


「少しお話を聞かせていただけませんか。あなたとあなたの大切なその神帝国人のことを。分け身の神とされる者同士がつながりを持つとはたいへん興味深い」


「そんなこと話してるひまはない。おれはユピを助けに行かなきゃならないんだ」


「……ならばここにいるべきでしょう」


「え?」


「テラリオがもし器の奪還に成功すれば、ここに戻ってくることになっています。テラリオの計画に手を貸すと言ってありますから」


 その言葉を聞いて、ヒラクはわけがわからないという顔をした。


「まあ実際そんなことはしませんけどね。ただ、どのような流れになるのかを克明に記すためにテラリオを戻らせるだけです」


「戻らなかったらどうするんだ」


「いずれにしても、ミカイロが私を殺すためにここに来るのは間違いない。器がどうなったかは直接本人に確かめればいいでしょう」


「そんなのんびり待ってられないよ。大体、あんただって、自分が殺されるかもしれないっていうのに、なんでそんなに落ち着いていられるんだ」


「しかたありません。これも混乱と変化の流れの中で起こること。これから起こる出来事を正確に記録し、未来につなげていくことができれば本望です。それこそが私が私の人生で求めてきたものなのですから」


 セルシオは静かな中にもどこか力強さを感じさせる口調で言った。

 そばにいるシルキルは不安と怖れの入り混じる表情で、そんな父の様子をじっと見ている。父の望む人生を全うさせ、後の仕事を引き継ぐこと、それこそがシルキル自身の望みでもあり、一族としてやるべきことだった。だがそれとは別の、息子としての感情が、シルキルに迷いを与えている。分け身の神と思われるヒラクを父に引き合わせたのは、父の仕事を完遂させるために役立てばという理由からであったが、それと同時に、ヒラク自身に、ある種の期待を抱いたためでもあった。


『何が流れだ、そんなもの逆らえばいいだけだ』


 ヒラクの放った言葉は、シルキルの心を揺さぶった。

 自分は父の死をも歴史の必然的な流れとして受け止めていたが、本当はそれに逆らいたい気持ちがあるのではないか? 歴史の大いなる流れの中では無力とあきらめてはいるが、それで本当に納得しているのか? ヒラクが分け身の神であるにしても、それまでの混乱や変化とはちがう何かをもたらすのではないか……。

 シルキルがヒラクの前に立ちはだかったことにシルキル自身が一番驚いていた。

 シルキルは、自分がとっさにした行動で自分の本心に気がついた。


「父さん、ぼくは、本当は、父さんをこのまま死なせたくなんてない……」


 胸に秘めていた思いを口にした途端、シルキルの目から涙があふれ出た。


「シルキル……」


 セルシオは息子に歩み寄り、その胸に抱き寄せた。


 ヒラクはアノイの村にいる父のことを思った。

 アノイの村を出たのは一ヶ月ほど前のことだ。それなのに、もう長く父と離れているような気がする。旅立った朝、ヒラクがいない家で、父は一人で目を覚まし、一人で食事をしたのだろうか。また深酒をしてそのまま寝てしまったのだろうか。そんなことを思いながら、ヒラクはシルキルが父を案じる気持ちが痛いほどわかるような気がした。


 セルシオはヒラクを見て弱々しく微笑んだ。その目には、すべてを受け入れる覚悟が感じられた。


「本当なら、私はミカイロにとっくに殺されていた人間です。だが、私は死をいさぎよしとしなかった。今と同じく、自分の仕事を引きのばすために、命乞いをしたのです。結果的に親友の死を見過ごすこととなりました」


「……あんたの親友はミカイロに殺されたのか?」


「ええ、そうです。私の無二の親友であり、そして……」


 セルシオは口に出すのもおぞましいというように、ためらい、それでもはっきりとこう言った。


「ミカイロの実の父親です」


 それぞれに自分の父親の身を案じているシルキルとヒラクには、とても信じられない衝撃的な言葉だった。


(登場人物)


ヒラク……北の少数民族アノイの長の息子と山の向こうの「神の国」から来た異民族の母との間に生まれた緑の髪の子ども。13歳。母が信仰するプレーナの正体を求めて山を越え、プレーナを信仰するセーカの民が住む地下の町へ迷い込み、緑の髪のせいで、プレーナの使徒ヴェルダの御使いと間違われ、シルキルには「分け身の神」と呼ばれる。


ユピ……ヒラクが五歳の頃、砂漠でみつけた神帝国の美しい少年。15歳。神帝国の言語を母語とするが、ヒラクと話すときはヒラクの母親の言葉である「禁じられた言葉」を使う。テラリオに拘束され、神帝国がセーカを攻め入る計画に利用されようとしていたが、ミカイロに「分け身の神」とされて軟禁される。


カイル……労働が罪とされるプレーナ教徒の中であえて労働に従じる仕事をする「罪深き信仰者」。テラリオとは幼馴染。テラリオと共に地上での自由を求めたが、セーカをも滅ぼそうとする計画には賛同できず、今はテラリオの暴走を止めようとしている。


テラリオ……カイルと同じプレーナ教徒の「罪深き信仰者」であると同時に、ミカイロとも通じている狼神の信徒。ユピを捕らえてミカイロの前に差し出し、忠誠を示して見せたが、ミカイロにユピを奪われてしまう。地上での自由を得るためには手段を選ばない利己的な青年。カイルにだけは心を開いている。


ミカイロ……プレーナに背信し、狼神を信仰する「狼神の使徒」の中心人物。


シルキル……セーカの日常語を作った一族の子孫。セーカや神帝国の歴史に精通し、繰り返し混乱や変化を引き起こしてきた分け身の神の存在に注目している。


セルシオ……シルキルの父親。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ