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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
セーカ編
28/65

分け身の神

(前回までのあらすじ)

審問の牢獄を脱出したヒラクたちは広場につながる食糧庫に向かう。食糧庫がある通路の奥は狼神の旧信徒たちの居住区がある。カイルは同じ罪深き信仰者の仲間であるサミルたちの手を借りて、居住区へと通じる調理場の入り口を塞ぐ円石を動かし、ヒラクと共に中に潜入した。ヒラクはテラリオの行方を追うカイルと行動を共にし、テラリオに利用されようとしているユピの居場所をを探し出そうとしていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


プレーナ教徒・・・プレーナを信仰するセーカの民。

    老主・・・プレーナ教の教主。

罪深き信仰者・・・狼神の旧信徒たちを管理するために罪とされる労働を行うプレーナ教徒。

黒装束の民・・・プレーナの使徒とされる黒衣の人物たち。その中心人物がヴェルダの御使い。


狼神の使徒・・・狼神信仰を広める熱烈な信徒たち。

狼神の信徒・・・狼神を信仰するセーカの民。

狼神の旧信徒・・・その昔、狼神信仰に走った異端のプレーナ教徒たちの子孫。現在はその罪を払うため、労働に従事し、ほかのプレーナ教徒たちのために奴隷のような生活を送る。


 やっとカイルに追いついたヒラクは(あな)から(へや)に飛び出した。


 入り口の孔は狭いが、室の中は奥行きがあり、一つのランプでは部屋の隅まで灯りが届かないほどの広さがある。


 その場にいた四人の若者たちが、いっせいにヒラクを見た。

 カイル以外は全員狼神(ろうしん)旧信徒(きゅうしんと)だ。ヒラクのすぐ前にいる二人はやせてはいるが、プレーナ教徒たちのようなひ弱な印象はなく、しまった体つきをしていて、首の周りやむきだしの腕は日に焼けていた。


 若者たちはヒラクの緑の髪を見て呆然としている。

 ヒラクが頭からかぶっていた布は孔の中を四つばいで移動していたときに、わずらわしさにとってしまっていた。


「カイル、どういうことだ?」


「まさかテラリオが言っていたセーカに入り込んだというヴェルダの御使(みつか)いか?」


「ああ、そうだ。こいつは一緒に地下に入り込んだ神帝国の人間を探してここまできた。今どこにいる? テラリオも一緒なのか?」


「カイル、おまえ一体どういうつもりだ? なぜヴェルダの御使いをここに連れてきた?」


 日焼けして肌が赤みがかったそばかすの青年ハリルがカイルに詰め寄った。


「計画通りプレーナ教徒たちの目をヴェルダの御使いにひきつけておけば、俺たちも動きやすくなるっていうのに」


 隣にいた長身の青年クライロもつけ足すように言った。


「何が計画だ。すべてがおまえらの思うとおりに事が運ぶことを前提とした計画なんて穴だらけだ。実際、俺がこんなことするなんて、おまえら予想もしなかっただろう」


 カイルは二人に言い返した。


「……もっと慎重になるべきだ」 


 カイルは後悔を含んだ声で言った。

 テラリオが最初から自分とカイルが逃げ出すことしか考えていなかったことをカイルは知っている。後の人間は捨て駒だ。それを知っていたからこそ、カイルはどうしてもこの計画の遂行(すいこう)に賛同することができなかった。それに、すべての人間が彼らのように持ち駒を演じてくれるわけではない。


「ミカイロを甘くみない方がいい」


 カイルのその言葉は、若者たちに重くのしかかった。


「ねえ、ユピはどこ? ユピを連れて行った奴はどこにいるの?」


 さきほどから自分の知らない言語で話され、話の内容がわからないことにヒラクはずっと苛立っていた。


「今それを聞き出しているところだ。いいから黙ってろ」


 カイルは言うが、ヒラクの気はおさまらない。


「もういい。こんなところで時間を無駄にするぐらいなら、おれはおれで勝手に探す」


 ヒラクはカイルに背を向けて、その場から去ろうとした。


「待て」


 カイルはヒラクの腕をつかんで引き止めた。


「おまえに勝手にうろちょろされちゃ困るんだよ。ましてやここは狼神の旧信徒の居住区だ。ヴェルダの御使いを連れ去ったと嫌疑(けんぎ)をかけられて、老主(ろうしゅ)審問(しんもん)牢獄(ろうごく)に放り込まれることになる」


「おれはヴェルダの御使いじゃない。老主も知っているよ」


 ヒラクはカイルの手を振り払った。


「そんなことは関係ない。見せしめに捕らえるための口実なんて何でもいいんだ。おまえは関係のない人間まで巻き込むつもりか」


 カイルの言葉にヒラクは言葉をつまらせた。


「カイル、今、言ったこと……」


「ヴェルダの御使いじゃないって、どういうことだ?」


「わかる言語で話してよ」


 ヒラクは、ハリルとクライロをにらみつけた。


「あの、つまり、その……」


「アナタ、ちがう? 『ヴェルダのミつかい』」


 ハリルとクライロは、ヒラクと同じ言語でしどろもどろに言った。


 狼神の旧信徒の子どもたちはプレーナ教徒の子どもたちのような学校に行くことはなく、物心ついたときから地上の労働を強いられている。それでも「祈りの言葉」はプレーナ信仰の証とされているため、幼い頃から学ぶことを強要されていた。だが普段それほど使い慣れている言語でもないため、いざ話すとなると、すらすらと言葉が出てこない。


 ヒラクがイライラしていると、少し離れた場所にいた一番小柄な少年が、ヒラクの前に進み出て、「祈りの言葉」で流暢(りゅうちょう)に話しかけてきた。


「あなたはヴェルダの御使いではないのですか?」


 彼の名前はシルキルという。栗色の巻き毛のまだあどけない少年だ。年はユピと変わらないが、ヒラクと並んだ方がつりあいが取れるほど幼く見える。


 シルキルの一族は、もとは狼神の信徒ではない。「祈りの言葉」に代わるセーカの日常語を作った学者の一族だ。

 彼の祖先は地上で生活していた頃から、自分たちの住む土地の歴史を研究し、古い文献を探るうちに、時代によって用いられる言語が異なることに注目した。多くの文献は「祈りの言葉」を用いて書かれている。その中でも貴重なものとされたのは、神託や預言の類だった。神が「祈りの言葉」を語ったとされたことから、この言語を神聖化したのがプレーナ教徒だった。

 当時の老主は「祈りの言葉」をプレーナへの祈り以外の目的で使うことを禁じた。シルキルの祖先は、「祈りの言葉」が神聖化されることによってセーカの民の手から離れていき、さまざまな文献が示す歴史が誤って認識されることを危惧した。そこで彼は嘘偽りのない歴史の探求、言語研究を一族が担うべき家学とした。こうしてシルキルの一族は、それまでの研究成果や資料を受け継ぎ、それをさらに発展させていくことに代々努めることとなった。

 だがそのことがプレーナ教徒の反感を買うこととなった。

 彼らが発見した文献が狼神信仰の栄えるきっかけとなったからだ。

 その文献はプレーナよりも前に狼神と思われる古い神が存在したことを示すものだった。狼神の使徒たちは彼の一族の研究を奨励した。だが、プレーナにより狼神は封印され、セーカの民も地上の生活を奪われた。そこから狼神の旧信徒と呼ばれる人々の虐げられた日々が始まった。シルキルの一族も狼神の信徒の汚名を着せられ、狼神の旧信徒たちの居住区に追いやられた。それでも彼らの一族は、今のシルキルの代にいたるまで、この地の歴史と言語の探求を細々と続けている。


「あなたはどこから来たのですか?」


 シルキルは澄んだよく通る声でヒラクに尋ねた。


 ハリルとクライロは顔を見合わせた。いつもおとなしく、ただ年長の者たちの後についてくるだけのシルキルとは様子がちがう。幼さの残る目も今は鋭くヒラクを見すえている。


「シルキル、今はそんなことはどうでもいいだろう。テラリオをみつけて計画を阻止しなければならないんだ」


 カイルが横から口を挟んだ。


「カイルが止めるまでもないよ」


「どういうことだ?」


 カイルがシルキルに尋ねると、ハリルとクライロが代わりに答えた。


「ミカイロ様が神帝国の人間を俺たちに引き渡すことを拒んだんだ」


「テラリオは力づくでも取り返すって、それでミカイロ様のところに一人で行っちまった。俺たちにここで待つように言い残して」


「何だって!」


 カイルが心配したとおりだった。テラリオはミカイロを後ろ盾にユピを利用して神帝国を揺さぶろうとしたが、ミカイロがテラリオの思ったとおりに動かないというだけで、テラリオが駒としている若者たちの結束力も弱まった。この(へや)はテラリオが狼神の旧信徒の若者たちと密談をするために利用している場所だが、今日、この場に集められた若者たちの半数以上が、カイルが現れる前にすでに姿を消している。


 カイルは嫌な予感がして、すぐにその場から駆けだそうとした。


「待って」


 シルキルがカイルを止めた。


「どこに行くの?」


「ミカイロのところに決まってるだろう。テラリオが危ない」


「大丈夫だよ、()()()()


「どういうことだ?」


「理由が知りたければ、まずは僕に話をさせて」


 そしてシルキルはヒラクと話すために「祈りの言葉」に切り替えた。


「テラリオの話によると、あなたは神帝国の人間と一緒にここに来たそうですね。あなたたちは北の山から来たのではないですか?」


「なんで知ってるの?」


 ヒラクは思わず驚いて聞き返した。


「北の山は古来から聖所とされてきました。分け身の神が現れる場所ともいわれているのです」


「ワケミの神って何?」


「神の本体でありながら、分かれて同じく存在したものといいましょうか……」


 シルキルは、何かわかりやすい例えはないかと少し考えた。


「ええと、あなたは木を見たことがありますか?」


「木? あるよ。あたりまえじゃないか」


 地下深く暮らすセーカの民のほとんどは木を見たことがないということを知らないヒラクは、不思議そうな顔をした。


「木を神の本体として考えてみてください。小枝を『分け身』ととらえます。小枝は木の部分でありながら、木から切り離して土に植えれば根を生やし、そっくり同じ木に成長します。つまり、部分であり本体であるということです」


「じゃあ、『分け身の神』っていうのは、神とそっくり同じ姿の神ってこと?」


「いいえ。ここで言っているのは、目に見える形のことではないのです。そのものが持っている性質のことです」


「性質?」


「つまり、木であり小枝であるというものは姿形として見えるものではないということで、一見まるで異なるような形のものが、その性質はまるで同一のものであるということなのです」


「ふうん。たとえば、雨も雪も見た目はまったくちがうけど、鍋で沸かせば同じお湯っていうようなことかな……」


 ヒラクは気づけばすっかりシルキルの話に引き込まれていた。


「で? その『分け身の神』ってのは、おれと何か関係があるの?」


 ヒラクが尋ねると、シルキルは力強くうなずいた。


「もちろんです。あなた自身のことですから。あなたはヴェルダの御使いではないという。でもそんなことは大した問題ではない。なぜならヴェルダの御使いもプレーナの分枝体(ぶんしたい)と考えられる分け身の神です。つまり小枝から木となったものであり、その小枝もまた木である。あなたもまた小枝であり木といえるものなのです」


「えーと、ヴェルダの御使いはプレーナと同じで、おれもヴェルダの御使いと同じで……」


 混乱するヒラクを見て、シルキルは困ったように笑う。


「プレーナの分け身なんて言われてもぴんとこないでしょうね。『プレーナの子よ』……こう呼んでみたらどうですか?」


「プレーナの子……」 


 その言葉は、ヒラクの遠い記憶を呼び覚ます。


『ヒラク、あなたはプレーナの子。いつか必ず私の元に戻ってくる。プレーナと一つになるために。今のあなたは仮の姿。いつか本当の姿に戻る時、あなたは自分が何者であるかを知るわ』


 忘れかけていた母の声、自分の額をなであげる細くひんやりとした指先、別れの朝を迎える前夜のことをヒラクは思い出していた。


「今から三十年前、ヴェルダの御使いが初めてセーカの民の前に姿を現したときに言ったとされる言葉の記録が残されています」


「それは……?」


 ヒラクはシルキルに聞き返した。「プレーナ」が気になってしかたない。


「『その時御使いは言われた

 我は偉大なるプレーナの子

 プレーナと一つとなるべき者

 仮の姿で使いとなりて姿を現したる者なり』」


 シルキルの言葉は、母が言った言葉と同じようなものだった。


「それともう一つ、その同じ三十年前に現れた者がいます」


 シルキルが言うと、カイルはすぐにそれが誰なのかわかった。


「シルキル、それは……」


「神帝です」


 カイルもまたシルキルが語る内容に関心を示していた。

 神帝や神帝国については、セーカの民はほとんど何も知らされていない。


「神帝が現れ、神帝国の支配が始まり、プレーナと神帝の対立が続き、プレーナ教徒と狼神の旧信徒の関係も悪化しました。狼神の旧信徒たちは狼神復活を望む者、狼神を裏切り神帝に走ろうとする者に分かれ、セーカは崩壊の危機を迎えています。これに似たことがかつてありました」


 シルキルはその情景を想像してみようとするかのように目を閉じた。


「もうずっと前のこと、セーカの民が地上を追われることになった直接の原因ともいえる狼神の出現です。でも狼神はプレーナの後に現れたわけではありません。その原型といえる神が北の山の聖所に住んでいたという記録が残されています」


「そんなこと知らなかったぞ」


 カイルが驚いたようにシルキルに言った。


「分け身……」


 ヒラクはつぶやいた。


「そう、狼神もまた神の分枝体。そしてプレーナもそうでないとはいえません」


「ちょっと待てよ、シルキル。プレーナもまた何かの分け身の神だというのか? それならヴェルダの御使いはさらにその分け身ってことになるじゃないか」


 カイルは腑に落ちないといった様子だ。


「ぼくはただ、プレーナは本来この地にいた民の自然信仰から派生した水の女神をもとにしているんじゃないかと思っているだけだ。でもそんな細かいことを今言おうとしているんじゃない。全体の流れを見ているんだ」


「どういうことだよ」


 カイルはシルキルに聞き返す。


「分け身の神が現れるとき、必ず大きな変化と混乱が生じてきた。現れる分け身の神はいつも一人じゃない。だからこそ争いが生まれてきた。狼神とプレーナの争いによりセーカの民は地下に追われた。神帝の出現によりセーカの生活はさらに悪化し、狼神の旧信徒は飢え、神帝に打ち勝つ存在としてのプレーナを崇めるプレーナ教徒の信仰心は罪の自覚をさらに深めさせ、肉体の病が蔓延(まんえん)している」


 プレーナ教徒の病の蔓延は、セーカの中でも深刻な問題となりつつあった。アクリラの母カトリナもそれにより死んだ。不思議なことに罪の意識の強い者ほど重い病で命をおとしていった。そのため、病そのものをプレーナへの強い信仰の証として神聖化する者たちもいた。そのことが病が病を呼ぶ結果にもなっていった。病を得ようとするものほど心を病み、肉体を蝕んでいったのだ。それでなくとも地下の生活は人々に強い精神的不安や苦痛を与える。聖なる病とも言われるこの死に至る病は、精神を蝕むのと同時に肉体をも急速に衰えさせ、生きる希望を失わせるものだった。


「そして今、再び分け身の神が現れた」


 シルキルはヒラクをじっと見る。


「『神は再び現れる

 分け身の神が訪れる

 真の神は偽神(ぎしん)(はら)

 新しい世界を切り開く』」


「世界を…『ひらく』……」


 カイルはちらりとヒラクを見た。


「ぼくのひいおじいさんがネコナータの民から聞いた言葉を記録したものです。本来は神帝国の言語で語られています」


「ネコナータの民?」


 ヒラクはシルキルに聞き返した。


「神帝国人の祖先です」


 神帝が現れる前、自らを「ネコナータの民」と名乗る人々が、南方の地に小さな共同体を作って住み着くようになった。狼神の使徒たちは彼らを奴隷として扱い、生活を保障した。今のように狼神の旧信徒たちがプレーナ教徒や神帝国の労働力として働き食糧を配分されるという関係とはまったく逆だった。ただ、狼神の信徒たちの中には、ネコナータの民たちと友好的に関わる者もおり、シルキルの曽祖父(そうそふ)もその一人だった。彼はネコナータの民に興味を示した。そして彼が知り得たことは、彼らはネコナータという今は滅んだ国の民族であり、自分たちの国を失ってからは流浪の民として生きているが、かつての王が復活すれば国を復興することができると信じているということである。彼らはその王を神として(あが)めていた。そして約束の言葉として祈るようにくり返したのが、シルキルが今口にした言葉だった。


「ネコナータの民は北の地こそ王である神が復活する約束の地であると信じてきました。彼らは南の方から海を渡って来たとされています。北の地に神が現れるというのも、北方を聖所としてきたこの地の歴史に通じるものがある」


「そして約束どおり神帝が現れたっていうわけか」


「神帝は神さまなの?」


 ヒラクがシルキルに尋ねると、カイルがすかさず否定した。


「そんなわけあるか。少なくとも神帝は人間だ」


 セーカでは人間は神に仕える者だとされている。人が神を自称することは冒涜(ぼうとく)に等しい。


「神帝もまた何かの分け身の神かもしれませんね」


 シルキルは興味なさそうに言った。


「重要なのは分け身の神が同時に現れたとき、大きな変化や混乱が生じてきたということです。注目すべきはもう一人の分け身の神です」


 それを聞いて、カイルはヒラクに目をやった。


「もう一人って、こいつと……」 


「ユピ……?」


 ヒラクはシルキルに聞き返した。


「少なくともミカイロはそう思っています。それがずっと彼が望んできたことだから」


 やはりシルキルはそのこと自体には興味はさほどなさそうだ。


「二つ以上の分け身の神が現れるとき、混乱や変化が生じるのは、人々の心が惑うからです。ぼくは、その分け身の元となるものが知りたいと思う以上に繰り返される歴史の大きな流れに関心があるんです」


 さきほどからシルキルの話を聞いていたヒラクは、分け身の原型となるものの正体が何なのかを知りたいと思っていた。だが、そこに注目していないシルキルの言葉からは、知りたい答えは得られない。


「もういいよ、ようするにおれとユピがここに来たことで何か厄介なことになりそうだっていうんだろう? それならとっとと出て行くから、ミカイロって奴のところに連れて行ってよ。そいつがユピをどうにかしようとしているんだろう?」


「もうどうすることもできません。流れはもう止められない……」


「何が流れだ、そんなもの逆らえばいいだけだ。おれは川の流れに逆らって泳ぐのは得意だ」


 ヒラクは得意げに言った。

 あきれた様子のシルキルにカイルもしびれを切らしたように言う。


「シルキル、ミカイロは一体何をしようとしているんだ? テラリオはそれに巻き込まれようとしているんじゃないのか?」


「巻き込まれるかどうかはわからないけど、ミカイロがしようとしていることを止めようとしているのは確かだろうね」


 シルキルは興味なさそうに目をそらす。

 ヒラクはそんなシルキルの態度に腹が立った。


「早く教えろ! おまえのいう混乱がどんなものかは知らないけど、おれは大混乱を引き起こすのは得意なんだ。今すぐ大騒ぎにしてやってもいいんだからな」


 ヒラクはシルキルの両肩を揺さぶりながら、かみつくような勢いで言った。

 予想外のヒラクの行動にシルキルは動揺した。もともとシルキルはおとなしい性格で、争いごとは避けてきたため、こういったときにどう対処していいのかわからない。


「やめろ」


 カイルはヒラクの後ろえりをつかんでシルキルから引き離した。

 シルキルは胸に手をあて、ほっと息をついた。


「それで? ミカイロは何をしようとしているんだ? はっきり言わないとこいつをまた放すぞ」


 野犬を扱うようなカイルの言い方にヒラクは腹を立てたが、その言葉はシルキルには効果があったようだ。


「……ミカイロは、狼神復活の儀式を()り行う気だよ」


「何だって!」


 ハリルとクライロは震え上がった。それまで祈りの言葉で語られる内容はほとんど聞き取れなかったが、「狼神復活の儀式」という言葉だけははっきりわかる。


「何? その儀式って?」


 ヒラクがシルキルに尋ねると、シルキルは少し考えて、それからゆっくり口を開いた。


「知りたければ、ぼくについてきてください」


 そう言って室を出て行くシルキルに続き、ヒラクとカイルがその場を後にした。

 ハリルとクライロは、「狼神復活」と聞いただけで怖気づき、どうしていいかもわからずに、その場にとどまっていた。


 暗い通路を進みながら、ヒラクはアノイのクマ送りの儀式のことを思い出していた。

 檻の中に閉じ込められた熊のヌマウシがユピの姿に置き換えられた。




(登場人物)


ヒラク……北の少数民族アノイの長の息子と山の向こうの「神の国」から来た異民族の母との間に生まれた。母が信仰する神プレーナを求めて山を越え、地下の町セーカに迷い込む。プレーナの使徒とされるヴェルダの御使いと同じ緑の髪をしている。


ユピ……ヒラクが五歳の頃、砂漠でみつけた神帝国の美しい少年。神帝国人であることからテラリオに捕まり、ヒラクと離れ離れになってしまう。


カイル……労働が罪とされるプレーナ教徒の中であえて労働に従じる仕事をする「罪深き信仰者」。テラリオとは幼馴染。一時は老主に審問の牢獄へ投獄されていたが、アクリラに助けられ、迷い込んでいたヒラクと共に脱獄。ユピを捕らえているテラリオを追うためヒラクと行動を共にする。


テラリオ……カイルと同じプレーナ教徒の「罪深き信仰者」であると同時に、ミカイロとも通じている狼神の信徒。ユピを利用し、神帝国にセーカを滅ぼさせようと目論む。すべてはカイルと共に地上で生きる夢のためだったが、カイルの心が離れていったことに苦悩する。


老主……プレーナ教徒の教主。プレーナそのものとされる「生命の水」を与えるヴェルダの御使いと同じ緑の髪をもつヒラクが何者であるかを探ろうとし、老主の間で監視下に置こうとした。


ミカイロ……プレーナに背信し、狼神を信仰する「狼神の使徒」の中心人物



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