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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
セーカ編
24/65

空洞の迷宮

(前回までのあらすじ)

セーカの民は水の女神プレーナを信仰しているが、かつて一部の者たちが狼神と呼ばれる異端の神を信仰するようになったことでプレーナの怒りを買い、地下に住むことになったという。現在では、かつて狼神を信仰した者たちの子孫が「狼神の旧信徒」と呼ばれ、労働が罪とされるプレーナ教徒たちの代わりに働いていた。彼らが働く地上では新興国である神帝国が領土を拡大し、自らを神とする神帝がプレーナをも滅しようとしているという。

この話をヒラクはプレーナ教徒の教主である老主から聞かされたが、ヒラクが唯一理解できたのは、プレーナ、狼神、神帝という神とされる三つの存在があること、それぞれの信仰者が相容れないものであることだけだった。

さらにヒラクは老主からアクリラの母親がすでに死んだことを知らされ、アクリラが母親のために「生命の水」を求めていたことを知る。生命の水とはプレーナそのものとされる水で、満月の夜、分配交換の儀式でヴェルダの御使いから与えられるものであるという。そのヴェルダの御使いこそ、ヒラクが探している黒装束の民だった。

老主はヒラクを分配交換の日まで監視下に置こうとしたが、ユピを一刻も早く探したいヒラクは、ユピの居所を知っているという狼神の旧信徒である娘の案内で、老主の間から抜け出した。


 かまどの通気孔の向こうは隠し通路になっていた。

 細い道が暗がりに伸び、ゆるやかな上りの傾斜(けいしゃ)が延々と続く。

 娘が手に持つランプの灯りは背後のヒラクには見えない。

 ヒラクは前を行く娘の黒い影を追いながら話しかける。


「ねえ、この先にユピがいるの?」


「……ええ」


「無事なんだよね?」


「……ええ」


「よかった……」


 ヒラクがほっとしたように言うと、娘は急に小さな悲鳴を上げてその場で足を止めた。


「どうしたの?」


 娘の背中にぶつかりそうになってヒラクも足を止める。


「いえ……なんでもありません」


「虫か何か? なんでもないなら早く行こう」


 ヒラクは急かすが、娘は歩き出そうとはしない。


「……あの、少し休憩しませんか?」


「休憩? いやだよ、おれ、早くユピに会いたいもん」


 ヒラクは不満そうに言うが、娘はその場を動かない。


「……その、ユピという方はとても大事な方なのですね」


「うん、大事だよ。だから早く会いたいんだ」


 ヒラクは焦れたように言うが、やはり娘は動かない。


「その、大事な方とはここまで一緒に来たのですよね。神帝国からいらっしゃったのですか?」


「ちがうよ。山を越えてきたんだよ」


「山の向こうから来たというのですか? では、あなたは狼神(ろうしん)の封印の地からやってきたというわけですね」


「山の向こうは狼神の地なんかじゃない。おれたちの村だ。ユピとはそこで一緒に暮らしていたんだ」


 早く先に進みたいヒラクは落ち着かない様子で、壁を蹴り始めた。


「……これを」


 そう言って、娘は手に持つランプをヒラクに差し出した。


「このまま、先をまっすぐに行ってください。すぐに明るい場所に出ます」


「あんたは行かないの?」


「さきほど足をくじいてしまって、これ以上は先に進めません」


「そうだったんだ? だいじょうぶ?」


 心配そうに自分を気づかうヒラクの様子に娘は戸惑う。


「平気です。私のことなど気にしないでください……。歩きなれた道です。戻るぐらいは灯りがなくても平気です」


「そっか、わかった」


 ヒラクはほっとしたように笑った。


「じゃあ、おれ、行くね。ありがとう」


 ヒラクは娘からランプを受け取ると、暗い通路を一人で先に進んだ。


 その気配が完全に遠のくまで娘は暗闇の中でじっと立ち尽くしていた。

 すぐ横の岩壁の亀裂から伸びた白い手が、娘を隙間にひきずりこむ。


「よくぞ聞き出した」


 隙間の向こうの脇道にひそんでいた男が声を発した。


「これでおまえも命拾いしたな。狼神のいけにえにしてやってもよかったのだが」


「お許しください」


 娘の声が震える。


「まあ、そうおびえるな」


 闇の中、男は娘の顔に手をのばした。

 ひんやりとした男の指の感触に娘の顔は恐怖でこわばる。

 そこにある表情を想像して楽しむように男は含み笑いする。


「いけにえはまたの機会にしてやる」


「はい、ありがとうございます、ミカイロ様」


 顔に触れた指先が離れると同時に娘は崩れ落ちるように膝をついた。

 全身を震わせてその場にひれ伏す娘を残し、ミカイロは脇道の闇の奥に遠ざかっていった。



 ヒラクは暗い通路を進んでいく。


 いつまでたってもどこにも行き着かない。

 ランプの明かりは闇に吸い込まれ、足元も照らし出さない。

 ヒラクは閉塞感に息が詰まりそうだった。


 疲労を感じ始めた頃、行く手がぼんやりと明るくなり、ヒラクはほっと息を吐いた。

 けれどもたどりついた場所は、ヒラクが想像していたような明るい室ではなかった。


「何だ? ここ」


 そこは奇妙な空洞だった。

 中心には天井と床とをつなぐ柱がある。柱の上部は四角形にくり抜かれ、そこに火の灯ったランプが一つ置かれている。柱を中心に、今入ってきた通路の(あな)の他にどこかに通じる孔が二つ、三方向に等間隔にあった。

 二つのうち一つの孔を抜けると、さらに同じ広さの空洞があり、さらにまた孔が二つあった。ここにも柱が中心にあり、ランプが置かれていた。

 さらに二つの孔のうち一つを選んで先を進めば、また同じ空洞があった。だが、この空洞の柱に置かれたランプは消えている。そこもまた三方に孔があいていて、入ってきた孔以外の二つの孔のうち、一つは暗く、一つはかすかに明かりがもれている。

 明かりのもれる孔をくぐるとまた同じ広さの空洞で、中心の柱の四角い孔に置かれたランプが辺りを照らしていた。

 まるで蜂の巣のような構造で、ランプがついていたり、ついていなかったりする空洞を選んで通り抜けているうちに、自分がどこにいるのかがまるでわからなくなるようだ。


「あれ? ここさっきの場所だっけ?」


 ヒラクはとにかく早くどこかに抜けたくて、同じ形の空洞を次から次と通り抜けた。

 ランプを置くためにくりぬかれた柱の中心の四角い孔は、それぞれの空洞によりすべて向きが異なり、灯りに照らされる方向も影ができる場所も空洞によってちがった。それにより方向感覚が狂わされているのだが、そのことにヒラクは気づかない。


 いつのまにか娘から渡されたランプの炎は消えていた。

 ヒラクは消えたランプを目印にしようと空洞の一つに置いてみたが、同じ場所に再び戻ることはできなかった。


 歩いても歩いても、ただ同じような空洞が続くだけで、もうヒラクには、それが一度抜けた場所なのかどうかもわからなくなっていた。 

 とにかく気を静めようと、ヒラクは女たちにもらった食糧を食べながら休息をとった。


 いつのまにか寝てしまったヒラクが目を覚ますと、空洞のランプの炎は消えていた。

 暗がりからはいでるようにして、ヒラクは灯りのもれる空洞へと移動する。このような息もつまる闇の中では、人もまたわずかな明かりに吸い寄せられる羽虫のようなものだった。

 どれほどの時間が経過したかもわからずに、ヒラクは水袋の水を慎重に飲みながら、出口を探して歩いた。


「いてっ!」 


 突然、ヒラクはランプの消えている空洞の暗がりの中で何かにつまずいて転んだ。


「何だ、これ」


 ヒラクは足元に転がっていたものをひろいあげ、それな何かよく見ようと明かりのある空洞に持ち出した。


「うわぁ!」


 ヒラクは手に持つものを放り出した。

 頭蓋骨がその場に転がった。


 ヒラクは驚きながらも、もう一度それを確かめたくなり、ランプのない空洞に戻った。

 ヒラクはひざをついて進み、下にあるものを手で探った。そして手に当たるかたいものをつかみ、再び明かりの下にさらした。今度は、あばら骨の一部のようだ。


(なんで人の骨がここに?)


 ヒラクは、死んだアクリラの母親がすでにどこかに葬られていると言った老主の言葉を思い出した。

 だが、このような場所に捨て置くようなことがあるだろうか? 

 アノイの村では死者は副葬品とともに埋葬され、埋めた場所には墓標も立つ。


 ヒラクは転がった頭蓋骨をじっと見た。


 山の神の化身であるクマを神の国へ帰す「クマ送り」の儀式では、殺されたクマの頭骨は祭壇で(まつ)られる。その頭骨の耳と耳の間に神が座すといわれている。儀式が失敗に終わり、野山にその頭骨が(さら)されるだけとなったクマのヌマウシのことを、ヒラクのいとこのピリカはかわいそうだと言って泣いた。


(これは、きっとひどいことなんだ……)


 ヒラクは、誰かがここに骨を捨てたと解釈した。

 その人物がここから出られなくなって死んだとは考えなかった。

 そしてなぜその人物がこの場所にいたのかは、この時はまだわからなかった。


 ヒラクは頭蓋骨をそっと持ち上げて、もとの場所に戻した。


「ほんとは埋めてやりたいけど、掘るものもないし……ごめん」


 アノイでは埋葬された死者と副葬品の魂は死者の国へ行き、死者はそこで生前と変わらない生活をするのだと信じられている。

 だが、ヒラクはそのことにずっと疑問を抱いていた。

 死者の国は地下深くにあるという。だがここは地下だ。それならこの打ち捨てられた骨の主の魂はどこに行ったというのか? そもそも死者の国はどこにあるのか? 

 もともとヒラクはアノイの死者の国には疑問があった。

 誰もがその場所に行くならなぜその国は死者であふれかえらないのか? 

 いとこのイメルはヒラクの質問に対して、生まれ変わりというものがあるから死者があふれかえることはないと答えた。

 では生まれ変わりとは何なのか? 

 そもそも死者の国は永遠に楽しく暮らす場所だというのに、なぜそこを去ることになるのか? 何のために? 

 ヒラクは知りたかった。

 人は死ぬとどうなるのか、生まれる前はどこにいたのか?

 ヒラクは求めていた。

 自分に真実を明かしてくれる存在を。すべての謎を解き明かし、答えに導いてくれる存在を。


 その時、ヒラクは人の声を確かに聞いた。

 アノイの死者の国に思いを巡らせていたヒラクはハッと我に返った。


 ヒラクは全神経を集中して耳を澄ませた。

 遠いが確かに声が聞こえる。

 ヒラクは、その声が聞こえる方を目指して次々と空洞を抜けていった。


 声は近づいている。


 ヒラクは足音を忍ばせて声のする方へ向かった。


「どうして? 私にはわからないわ」


 声は次の空洞から響いた。


 ヒラクは孔からそっとのぞき見た。

 そこにはカイルがいた。

 カイルの前に立つ人物は頭からかぶる白布で姿を隠していて、誰なのかよくわからない。だが、その姿はプレーナ教徒の女であるということを示していたし、何よりヒラクはその声に聞き覚えがあった。


「なぜあなたがこんなめにあわなければならないの? まちがったことなんて何もしていないのに」


 その声はアクリラのものだ。


「あなたがこんなところに放り込まれることなんてないわ。一緒にここを抜け出しましょう」


「……それは、プレーナに背くことだ。おまえまで罪を深めてしまうことになる。それよりも、おまえは早くここを出るんだ。誰かにみつかって糸が断ち切られたら、ここから抜け出せなくなってしまう」


 カイルは、アクリラが手に持つ緑の糸巻きを、その手にしっかり握らせた。


「あなたも一緒に……」


「しっ!」


 カイルは辺りを見た。

 ヒラクは二人が話している言語がまるでわからなかったが、カイルが神経を研ぎ澄ませて気配をうかがっているので、息を殺してその場で身をひそめた。


 カイルの姿を見たとき、ヒラクは思わずかけより、ユピの行方を問い詰めようと思ったが、また気絶させられて老主のところに連れて行かれては意味がない。老主はヒラクをユピに会わせる気もなく、ヒラクを監視下に置こうとしていた。ヒラクは、ユピに会えないのも嫌だが、どこか不快感を抱かせる老主のそばにいるのも嫌だった。


 二人の話している内容が理解できないヒラクは、カイルが自分をだまして老主のところに連れて行ったのだと思っていた。その目的まではわからないが、とにかくあの老主のところに戻るのだけは嫌だった。そのため、ヒラクはカイルとアクリラに気づかれないように息を潜めていたが、ふいにカイルが緊張した様子で辺りの気配を探った。


「誰か来る。隠れろ」


 カイルはアクリラを突き飛ばした。


「カイル」


「いいから行け。ここから離れていろ」


 アクリラはヒラクのいる空洞に飛び込んできた。

 ヒラクはぎょっとしたが、そのままアクリラはさらに奥の空洞に走り抜けていった。

 飛び込んだ孔のすぐ横にはりつくようにして、ヒラクがしゃがみこんでいたことにアクリラは気づかない。


 ヒラクは一瞬アクリラを追おうとしてためらった。

 カイルはともかく、アクリラ一人ならば、ユピがどこかを聞き出して、この場で案内させることも可能に思えた。

 けれどもヒラクがそうしなかったのは、カイルの前にもう一人姿を現した者がいたからだ。


(登場人物)

ヒラク……北の少数民族アノイの長の息子と山の向こうの「神の国」から来た異民族の母との間に生まれた緑の髪の子ども。13歳。昔から川の神の姿を見るなど、人とはちがう能力がある。「神とは何か」の疑問を胸に、母が信仰するプレーナの正体を求めて、山を越える。


ユピ……ヒラクが五歳の頃、砂漠でみつけた神帝国の美しい少年。15歳。神帝国の言語を母語とするが、ヒラクと話すときはヒラクの母親の言葉である「禁じられた言葉」を使う。


老主……プレーナ教徒の教主。プレーナそのものとされる「生命の水」を与えるヴェルダの御使いと同じ緑の髪をもつヒラクが何者であるかを探ろうとし、老主の間で監視下に置こうとする。


ミカイロ……プレーナに背信する狼神を信仰する者たちの中心人物。


カイル……セーカの青年。アクリラのためにヒラクをアクリラの母親のところへ連れて行こうとする。


アクリラ……敬虔なプレーナ教徒であるセーカの少女。母親の病を癒すため、ヴェルダの御使いと信じるヒラクを地下へと案内した。


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