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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
セーカ編
21/65

狼神の使徒

(前回までのあらすじ)

アクリラに案内されてヒラクは地下の町にたどり着いた。そして御使いの聖室と呼ばれる場所に入ったヒラクは気になる壁画を目にする。その壁画にはヒラクと同じ緑の髪の人物が描かれ、多くの者が祈りを捧げていた。そこにカイルが一人で現れる。ユピの姿がないことに動揺し、ヒラクはカイルともみあうが、そのまま気絶させられる。カイルはヒラクを担いで、アクリラを連れ、アクリラの母親のもとへと急いだ。

 その頃、ユピはテラリオと共にいた。


 二階層から三階層に入る直前、テラリオは後ろからユピの口をふさぎ、わき道に引き込むと、そのままユピを四階層まで連れていった。  


 通路の途中には四つの空洞があった。

 空洞にはそれぞれ一人ずつ小柄な男たちがいて、全員テラリオとは顔見知りのようだった。

 こん棒を持った小男たちは鋭い目でユピを見たが、テラリオに何か言われると、そのまま黙って二人を通した。


 四階層のランプに照らされた薄暗い(へや)の中には水瓶(みずがめ)が並び、岩壁の一面を削って作った棚には塩を塗りこんで(いぶ)した干し肉やでんぷんをドーナツ状にして固めたものが積み上げられていた。

 この室でテラリオはユピの手足を縛ると、入ってきた孔とは別の孔から外に出て行った。

 水を強引に飲まされたことから、殺す目的ではないことはユピにはわかったが、テラリオの目的まではわからない。


 しばらくして戻ってきたテラリオは、ユピの隣に腰をおろし、壁にもたれて鼻歌を歌いはじめた。 

 時々、鼻歌をやめて外の気配をうかがうテラリオは、何かを待っているようだった。


 地下の世界は外の世界とはまるでちがう。寒くもなく暑くもなく、常に一定の温度が保たれていて、風もなく、空気の変化もなく、朝や夜を肌で感じることもない。


 どれぐらいの時間が経ったのか……。

 ユピの中で不安は募るばかりだった。


「食うか?」


 テラリオは突然立ち上がり、干し肉をナイフで裂いてユピの口元に運んだ。

 後ろ手に縛りつけられた状態で座り込んでいたユピは、不快そうに顔をしかめた。


「そうにらむなって」


 テラリオは裂いた肉を自分の口の中に放り込んだ。


「どうした? 言葉が通じないってわけじゃないよな」


「……なぜその言葉が話せるんだ?」


 テラリオが話しているのは神帝国(しんていこく)の言語だった。それはユピの母語だった。

 ユピが言葉を返してきたことに気をよくしてテラリオは満足げに笑った。


「俺は神帝国の領土で働いているんだ。家畜を放牧し、作物を育てている。そしてわけまえをいただいているってわけさ」


「……ここの人たちはみんなそうやって生きているのか?」


「みんながみんなというわけではない。働いているのは主に『狼神(ろうしん)旧信徒(きゅうしんと)』と呼ばれている連中だ。プレーナ教徒の間では労働は罪深いこととして禁じられている。俺は罪深いプレーナ教徒ってわけだ」


「プレーナ……」


「神帝国にいれば聞いたこともある名前だろう」


 テラリオは口を(ゆが)めてにやりと笑った。


「プレーナ教徒はプレーナを唯一の神として崇めている。自らを神とする神帝(しんてい)をよく思ってはいない。おまえたちだって同じだろう? 神帝だけが唯一無二の神だ。他に神なんていらない。神帝がプレーナを廃し、この地を支配しようとしているというのは疑う余地もないことだ」


 ユピは何も答えず目を伏せた。


「ふん、まあ、そんなことは俺にとってはどうでもいいことだ」


 そう言って、テラリオはまた鼻歌を歌いはじめた。


「僕を……神帝国に引き渡すつもりか?」


 ユピは声を震わせて尋ねた。

 テラリオは意外そうな顔でユピを見る。


「おまえは神帝国の人間だろう?」


「僕は……」


 ユピは表情を曇らせ、言葉を飲み込んだ。


「ふうん、何だか訳ありって感じだな」


 テラリオはにやりと笑った。


「大体その格好……」


 テラリオは、樹皮で作られた丈の長い外衣(がいい)に身を包むユピの姿をおもしろそうに眺めて言う。見たこともない独特の文様が衣服に刺繍(ししゅう)されている。


「神帝国の服じゃないよな。大体なんであの『ヴェルダの御使い』までそんな格好なんだ? 一緒にいるのもそもそもおかしな話だ。……まあ、『ヴェルダの御使い』が本物だとしたらだけどな」


「……ヒラクは……いや、ヴェルダの御使いは……今どこに……?」


 ユピは探るように慎重にテラリオに尋ねた。まだ正体がばれていないのであれば、ヒラクに危害が及ぶことはない。迂闊(うかつ)なことを話せばヒラクが疑われてしまう。


「自分の心配より他人の心配ね」


 そう言ってテラリオは小馬鹿にするように笑うが、すぐにその口元からは笑みが消えた。


「残念だな、おまえもいっしょか……」


 テラリオは急に興味が失せたようにユピから目をそらした。


「誰かに特別な感情を抱くのは厄介なものだ。冷静な判断を狂わされ、人は愚かになる。自分以外の他人はただの道具と思っていた方が楽だぜ」


 テラリオはそう言うと、それきり何も話さない。


 少しすると、テラリオの腰の高さほどもない背丈のやせ細った男が姿を現した。

 男は盲人で、焦点の合わない濁った目をテラリオの方に向けながら、消え入りそうな声で言う。


「ミカイロ様がお会いになるそうだ」


 テラリオはゆっくりと立ち上がってユピを見下ろした。


「さあ、一緒に来てもらおうか」


           

 ユピは手首を縄で縛られたまま、狭く長い通路を歩いた。


 両側に迫る壁のくぼみにはところどころにランプが置かれているが、通路全体薄暗く、天井も足元も見えない。

 手探りで自分のペースで進むわけにも行かず、ユピは何度か転んでひざをついたが、そんなことはおかまいなしに、目の前を行く小男は、足音もさせずにするすると先へ進んでいく。


 しばらく歩くと、(へや)につながる(あな)があった。

 入り口の孔は内側から半分だけ円石にふさがれていた。


 中に入るとその円石ぐらいの大きさはある巨体の男が座り込んでいた。巨体の男は髪もひげものび放題で口からはだらしなくよだれをたらしている。室は四方の壁が円石でふさがれていて、巨体の男が一人いるだけできゅうくつに感じられる。


 今通ってきた孔の円石がふさがれると、むせかえるような臭いがこもった。

 巨体の男の獣のような独特の体臭にユピは顔をしかめた。

 

 その室は「石扉(せきひ)()」と呼ばれている。

 巨体の男と盲の小男は石扉番(せきひばん)と呼ばれ、その(へや)を通る人間を選別し、円石を動かして孔の先へ通すのが仕事だ。


 小男はヤモリがはりつくような格好で円石に片耳をあて、外の音を探っている。

 そして順番に円石の向こうを確認した後、小男は巨体の男に耳打ちした。

 巨体の男は億劫そうに立ち上がると、左側の壁の円石を動かして、向こうの通路とつながる孔に隙間を作った。


「よし、行くか」


 テラリオはユピを連れて(あな)をくぐり石扉の間を出た。

 ユピが後に続いて通路に出ると、円石は元に戻されて、背後で孔がふさがれた。

 テラリオの顔に緊張が走る。


 通路を進むと右側の岩壁に裂け目があり、その隙間に入り込むと、地下へと下りる細い階段があった。

 灯りはなく、闇の淵に呑まれて行くような感覚で、ユピの足元がぐらつく。

 何度も階段を踏み外すユピの体をテラリオが支えた。


 やがて行く手にうっすらと灯りが見えた。

 灯りはつきあたりの(へや)(あな)から漏れてきたものだ。


 室に入る前に、テラリオは息を大きく吸い込むと、重々しい口調で言った。


「我、狼神(ろうしん)に忠誠を誓う者なり」


 やがて、その声に応える声がした。


「よく来た。同胞(どうほう)よ」


 テラリオは、ごくりとつばを飲むと、顔をこわばらせながら、ユピを連れて中に入った。


 孔の向こうは円形の室だった。

 中は熱気がこもったように暑く、火がはぜる音がした。

 室の中心でかがり火がたかれている。

 ランプを一つずつ目の前に置いて円座した九人の男たちの影が放射状に広がり岩壁まで伸びている。

 男たちは血のように赤い布で体を(おお)い、頭にまで巻きつけて、隙間から目だけをのぞかせている。男たちが囲むかがり火の前には大きな丸い土器が置かれていた。


 半球形の高い天井には鋭い爪と牙をむき出しにした一匹の狼が描かれている。目と牙と爪だけが、象眼(ぞうがん)されたもののようにくっきりと浮び、獰猛(どうもう)な目で男たちをにらみつけている。


 テラリオは男たちに近づくと、ユピの手首の縄をひき、その場に突き出した。


 男たちは頭に巻きつけた赤い布の隙間から、いぶかしげにユピを見る。

 ユピの格好は男たちが見たこともないものだった。丈夫そうな織りの上着は、すねの辺りまでくる長さで、紺地に赤や白の幾何学模様が入っている。模様の入った脚絆(きゃはん)には(つる)のようなひもを巻きつけて、履物(はきもの)を足にあてている。それはアノイの衣服であり、神帝国の人間のものとはまるでちがう。


「その者か」


 テラリオの正面に座る男が口を開いた。


 その男の両側に四人ずつぐるりと座る男たちがいっせいにテラリオを見た。


「はい、ミカイロ様。この者こそ我らに与えられた神帝国の者。今こそ計画を実行に移す時です」


 テラリオの言葉に男たちが反発した。


「出すぎたことを言うな、若造」


「おまえが決めることじゃない」


異流(いりゅう)信徒(しんと)が!」


「まあいい、黙れ」


 ミカイロと呼ばれた男がその場を静めた。


「テラリオ、おまえの望みは我らの望み、狼神(ろうしん)の意志に他ならない」


 ミカイロは眼光鋭くテラリオを見た。

 赤い布に隠れた顔は影となり、ほとんど見えないが、背筋に冷たいものが走り、テラリオの声が震える。


「はい、ミカイロ様」


「では誓え、大地の神に。狼神に与えられた血肉を再びその地に帰すと」


 その言葉で、ミカイロの両隣にいた男たちが立ち上がり、テラリオの腕をひいて、土器の前にひざまずかせた。


 テラリオは震える右手を器の上にかざした。


 両隣の男の一人がテラリオの手のひらを上に向けさせると、もう一人がそこにナイフの先を沈め、傷をつけた。テラリオの手のひらに赤い鮮血がにじみ出る。


 ミカイロはゆっくりと立ち上がると、テラリオの前に来て、(ふところ)から取り出したものを赤い布の下から見せた。それは大人の小指の長さほどの狼の牙だった。

 ミカイロは、その牙をテラリオの手のひらにつきたて、文字を刻み込むように肉をえぐり傷を広げた。テラリオは苦痛に顔を歪める。

 ミカイロは赤い布で牙に付着した血を拭った。よく見れば、身にまとうその布にはところどころ黒い汚れがしみついている。

 ミカイロは牙を懐にしまうと、両手を布の下から出し、テラリオの手を包み込むようにしてこぶしを握らせた。そしてそのままテラリオの手の甲を横に傾けた。

 テラリオのこぶしから滴り落ちる血が器の中に吸い込まれていく。

 テラリオは、どくどくと血をあふれさせる脈打つ鼓動を掌中に感じていた。


「我は狼神の信徒、狼神に忠誠を誓う者なり。願いはただ一つ。悪しきプレーナを滅し、狼神の大地を取り戻す……それこそ狼神の意志、我が望み! 時は来た。狼神の目覚めの時だ!」


 テラリオは、自らの爪で肉をえぐるようにしてこぶしに力を込めると、痛みに耐えながら悲痛な声で叫んだ。


 ユピはその光景を見ながら気が遠くなっていくのを感じていた。

 異様な熱気と息苦しさで、呼吸が荒くなっていく。


 悪夢に呑まれていくようにユピの意識が薄れていく。

 気を失う直前にユピが聞いたのは誰の声だったのか。


―時は来た……目覚めの時だ……。偽神(ぎしん)を払い、真の神となれ!



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