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神ひらく物語―プレーナ編―  作者: 銀波蒼
アノイ編
13/65

イルシカの決意

(前回までのあらすじ)

ペケルの家に来たヒラクは、ルイカから川の妖艶な女神や沼の夫婦神についての話を聞く。そこにイルシカがヒラクを迎えにやってきた。ユピも一緒だった。ルイカはユピを見て不吉な予感を抱く。さらにイメルはユピとヒラクを見て、あることを確信していた。

 ヒラクがなぜ夜中に家を抜け出したのか、イルシカは問いただそうとはしなかった。

 そのかわり、一人で何かを考え込むことが多くなった。

 ヒラクはそんな父の様子が気になった。


 季節は春を迎えていた。


 ヒラクは、シカを獲るための罠を仕掛けに山の奥へ入ろうとするイルシカについていった。

 狩りが始まれば、以前のように生き生きとした父の姿が見られると思った。


「父さん、今年もいっぱい獲物がかかればいいね」


 帰り道、川筋に沿って歩きながら、ヒラクはイルシカに言った。


「今年、か……」


 イルシカはヒラクをじっと見た。


「おまえ、今年でいくつになる?」


「十三だよ」


「……そうか」


 それきり、イルシカはまた黙ってしまった。


「父さん、あのさ、おれ、最近つまんないんだ。アスルもイメルもペケルおじさんの猟団で狩りに(はげ)むっていうしさ、『子どもの遊びはもう卒業だ』なんてえらそうに言っちゃってさ」


 黙りこむ父の様子が不安で、ヒラクは早口にしゃべりだした。


「イメルなんて最近ひげなんて生やしてさ、前よりもっと年上ぶるし、アスルもおれよりでかくなったからえらそうなんだ」


 そう言って怒ってみせたが、イルシカは何も言わない。


 ヒラクは足を止めてつぶやいた。


「……なんでおれはあいつらとはちがうんだろう」


 それを聞いたイルシカもまた足を止めた。


「おれが異民族の子だから? おれはみんなとはちがうの?」


「そうじゃない!」


 イルシカは声を荒げ、ヒラクの言葉を否定した。


 ヒラクは驚いてイルシカを見た。


「父さん?」


「……帰るぞ」


 イルシカは背を向けて再び歩きだした。ヒラクには見えないその表情には苦渋の色があった。



 イルシカと家に戻ったヒラクはしょんぼりとして元気がない。

 心配したユピが声をかけた。


「何かあったの?」


「……なんでもない」


 ヒラクは小部屋の隅でひざを抱えて座りこんでいた。

 ユピは何も聞かず、ヒラクの隣に腰を下ろした。


「……おれ、父さんに嫌われているのかもしれない」


 そう口に出して言ってみると、涙がこらえきれなくなり、ヒラクは抱え込むひざの間に顔をうずめた。


「ヒラク……」


 ユピは、なぐさめるようにヒラクの肩に手を置いた。


「そんなことあるわけないよ」


「だって、父さんはおれを無視するんだ。おれが、こんなだから! イメルみたいにひげもはえない。アスルみたいに大きくもならない。おれだけが変わらない。そんなおれに父さんはきっとがっかりしてるんだ」


 ヒラクはユピの胸に飛び込み、声をあげて泣きじゃくる。


 ユピもまた成長していた。

 華奢ではあるが、骨格がしっかりしてきた。ほっそりとした手の指も、節はしっかりとしている。

 その指先がヒラクの両肩に食い込んだ。


「痛いよ、ユピ」


「ヒラク、君は、君はね……」


「ヒラク! いるか?」


 ユピが真剣な表情で何か言いかけたとき、外から誰かが呼ぶ声がした。


 涙をふいてヒラクが外に出ると、そこにはイメルがいた。


「ちょっと、いいか」


 イメルはヒラクをどこかに誘い出そうとする。

 ヒラクはふり返り、炉の前に座るイルシカを見たが、声を掛けてくる様子もない。


「ちょっと行ってくる」


 ヒラクは独り言のようにそう言って外に出た。


 イメルはヒラクが出てくると、川筋に沿って歩きだした。


「何だよ、イメル」


 ヒラクは怪訝な顔をする。イメルが一人でやってくることなどほとんどない。ましてや最近は共に行動することもなくなってきていた。


「ピリカのことなんだけど」


 イメルは木立の中に入ると足を止めた。


「ピリカがどうかしたの?」


「ああ」


「何?」


「ピリカは今、おまえのために刀掛けの帯を作っている。一生懸命、心をこめてな。それが何を意味するかわかるか?」


「……全然」


 ヒラクはきょとんとしている。

 イメルは唇を引き結ぶようにして少し黙ると、息を大きく吸ってから、吐き出すようにして言った。


「ピリカを傷つけるのはやめてくれ」


「……何のこと言ってるのかさっぱりわかんないよ」


 ヒラクはぽかんとした顔で言った。

 イメルは真剣な目でヒラクをじっと見た。ヒラクの中の何かを見抜こうとするかのように。


「ヒラク……」


 イメルはじりじりとヒラクにつめ寄った。

 いつもとはちがう様子にヒラクは恐怖を覚え、思わず後ずさりした。


「あっ……」


 隆起した木の根にかかとをひっかけて、ヒラクはその場にしりもちをついた。

 イメルはそのままヒラクの上に馬乗りになった。


「何するんだ、はなせ!」


 ヒラクはもがくが、イメルの力は強く、その手を振りほどくことができない。


「ヒラク、おれは、本当のことが知りたいんだ。確かめたいんだ」


 イメルは両手でヒラクの胸ぐらをひきつかんだ。


「何するんだよ!」


「うっ……」


 ヒラクがもがくと、突然、イメルはうめき声をあげ、ヒラクにおおいかぶさるように前のめりに倒れこんだ。


「ユピ!」


 体を起こしたヒラクは驚いて叫んだ。

 ユピが青ざめた顔でその場に立っている。

 足元には大きな石が転がっていた。


 イメルは後頭部をおさえ、何が起こったのか確かめるようにふり返った。

 ユピは起き上がろうとするイメルを押し倒し、両手でイメルの首をしめた。

 イメルは苦しそうに顔を歪める。


「ユピ、やめて! イメルが死んじゃうよ!」

 ヒラクは叫ぶが、ユピはその手をゆるめようとはしない。

 表情一つ変えず、苦しむイメルを見下ろしている。

 そのぞっとするような冷酷さは、ヒラクの知るユピの姿ではなかった。


「ユピ、やめろ!」


 ヒラクは体当たりしてユピを突き飛ばした。

 ユピは地面にすべり込むように倒れた。

 イメルは激しく咳き込むと、後頭部を押さえ、傷口の痛みにうめいた。


「イメル、だいじょうぶ?」


 ヒラクは駆け寄ってイメルを助け起こそうとしたが、イメルはヒラクの手を振り払って自分で立ち上がった。


「……狂ってる」


 イメルは肩で息をしながら、倒れたままのユピを見下ろした。


「このままではすまさないからな」


 吐き捨てるように言うと、イメルはよろめきながらその場を後にした。


 ユピは倒れたまま、ぴくりとも動かない。


「ユピ! ユピ! しっかりして!」


 ヒラクは激しく動揺し、ユピの体をゆさぶった。


「ヒラク!」


 声がして、ヒラクは涙で濡れた顔で振り返った。


「父さん……」


 そこには今まさに駆けつけたイルシカの姿があった。


「どうした? 何があった?」


「ユピが……」


 イルシカは、倒れているユピに気がつくと、駆け寄り、上体を抱き起こした。

 ユピはまぶたをぴくりと動かした。


「だいじょうぶだ。帰るぞ」


 イルシカはユピを肩にかついで歩きだした。

 ヒラクは心配そうにユピを見上げる。


「イメルはどうした?」


 イルシカは聞くが、ヒラクは答えず、顔を伏せた。

 イメルともみあったことでヒラクの衣服が乱れていた。

 その様子を痛々しく思ったイルシカは、それ以上は何も聞かなかった。


          

 家に戻り、床に下ろされると、すぐにユピは気を取り戻した。

 自分がどこにいるのかよくわからないまま、ユピはぼんやりと家の中を眺めていた。


「ユピ、だいじょうぶ?」


 心配そうに顔をのぞきこむヒラクを見て、ユピはほっとした表情を見せた。


「もうだいじょうだよ。父さんがおれたちを迎えにきてくれたんだ」


「父さんが?」


 ユピはイルシカを見て、やっと状況を把握した。

 それと同時に急に気を失う前のことが思い出された。


「僕は何てことを……」


 ユピは自分の両手をみつめながら、がたがたと震えだした。


「気がついたらこの手で石をもちあげていた。彼が君にひどいことを……」


「だいじょうぶだよ。イメルなら自分の足で帰ったし、おれもこのとおり何ともないよ」


 ヒラクはユピを安心させるように明るく笑った。


「飯にするぞ」


 先ほどから、炉の上から吊り下げた鍋で山菜汁を作っていたイルシカが二人に声を掛けた。

 ヒラクはユピの手をひいて、()(へり)に腰を下ろした。

 ヒラクは父をじっと見た。

 湯気の向こうのイルシカが温かくやさしげに感じられた。

 ヒラクは、イルシカが自分を心配して探しにきてくれたことがうれしかった。いつでも父は、自分に何かあれば一番に飛んで来てくれる。嫌われてなどいない。何も心配することはないと思った。


 ヒラクは、ずっとこうして大好きな父とユピと三人で暮らしていくのだと思った。

 この時すでにイルシカがあることを決意していたことなど、ヒラクは知る由もなかった。


            

 翌日、ルイカが血相を変えてイルシカのもとを訪れた。


「どういうことなの!」


「何だよ、いきなり」


 炉のそばで横になっていたイルシカが、めんどくさそうに体を起こした。


「イメルが……」


「イメルに何かあったの?」


 ヒラクはイメルのケガのことだと思って言った。


「おばさん、イメルはだいじょうぶなの?」


「ヒラク……」


 ルイカは、すがるようにヒラクの両腕をつかんだ。


「教えてちょうだい。一体何があったというの? ユピがなぜイメルを? あの子を殺そうとしたって本当なの? 一体どういうことなの?」


 言っているうちに興奮してきたルイカは、両手でヒラクの体を揺さぶった。


「姉さん、落ち着けよ」


 イルシカはルイカの手をつかみ、ヒラクから引き離した。


「ユピはただ、おれを助けようとしただけだ」


 ヒラクはルイカをまっすぐ見て言った。


「どういうことなの?」


「イメルが、なんだか様子が変で、いきなりおれに襲いかかってきて……」


「イメルが?」


 ルイカはさっと表情を変えると困惑気味にイルシカを見た。

 イルシカは厳しい顔つきで唇を引き結んだ。


「あいつがユピのことをどう言ったかは知らないけど、おかしいのはイメルの方だ。あのときのあいつは普通じゃなかった」


 ヒラクは戸惑いと怒りをにじませた表情で言った。

 ルイカは言葉を失い、横にいるイルシカの顔を不安そうに見た。


「それで? イメルは何て言ってるんだ?」


 イルシカはルイカに尋ねた。


「……ユピに正式に打ち合いを申し込むと言っているわ」


「何だって?」


 イルシカとヒラクの声は同時だった。


 「打ち合い」とは、アノイ族が紛争解決の手段のために行うもので、第三者の立会いの下、古くから定められた方式で、互いにこん棒で打ち合うことを言う。

 打ち方の方式は、まず打たれる者が背を向けて立ち、打つ者が(おど)り上がって近づき肩を打つ。次に打たれた者が同様のやり方で打った者を打つ。これを交互に繰り返すのだ。

 これは、罪人を裁くときにも行われ、罪を犯させた()き神を追い払うという意味もある。


「ユピには悪い憑き神がついているってイメルが言うのよ。ヒラクはたぶらかされているって。目を覚まさせてやるんだって」


 ルイカは小部屋にいるユピを気にして、声を落として言った。


「そんなことあるわけないよ!」


 ヒラクは声を荒げた。


「大体、そんなことしたらユピが死んじゃうよ。あいつ、ユピを殺す気なんだ」


 ヒラクは怒りで声を震わせた。


 「打ち合い」は、相手を殺すことが目的ではないが、こん棒を素肌で受けるため、時には大怪我をしたり、昏倒(こんとう)することもあった。

 ましてやユピはイメルとはちがう。幼い頃からこん棒を軽く受けるために立ち木で体を支えたり、シカ皮を肩にあてて、大人たちに打たれながら耐性をつける訓練をしてきたわけではない。風にも耐えないようなユピが、こん棒で打たれて無事でいられるはずなどなかった。

 

 ヒラクは初めてイメルのことを卑劣な人間だと思った。


「ヒラク、イメルにはイメルの考えがあるのよ。あの子はあんたのことを思って……」


「おばさんも、ユピには悪い憑き神がついていて、おれがたぶらかされているとでも言うの?」


「やめろ、ヒラク」


 怒りを抑えきれないヒラクを制するようにイルシカが言った。


「とにかく、大体の事情はわかった。今日はもう帰ってくれ」


「……わかったわ。イルシカ、ちょっといい?」


 ルイカはイルシカを外に連れ出した。

           

 

 木立の中、川音で声がかき消されるところまで歩くと、ルイカはイルシカに言った。


「あなたはどう思っているの?」


「どうって?」


「イメルがヒラクを襲ったっていう話よ」


「……」


 新緑の薫りを運ぶさわやかな五月の風が二人の間を吹き抜ける。

 午後の日差しに輝く木々の葉は、イルシカの顔に暗い影を落とした。


 ルイカは言うか言うまいか躊躇(ちゅうちょ)したが、やがて心を決めたように言った。


「イメルは感づいているわ」


「……」


「だからこそユピをヒラクから引き離そうとしているんじゃないかしら」


 イルシカは、怖れていたことが来たというように、固く目を閉じ、下唇をかんだ。


「もうこれ以上は無理よ。隠し通せないわ」


 ルイカはきっぱりとそう言って、以前から考えていたことを口にした。


「ヒラクは、うちで暮らした方がいいと思うの」


 イルシカは衝撃を受けたようにカッと目を見開いた。


「このことはいいきっかけになるわ。イメルが打ち合いでユピを負かしたことでヒラクがうちに来るのなら、誰もが納得する形になるわ」


「ユピに何かあればヒラクが傷つく」


「イメルがいるわ。イメルだけじゃない。私も、うちの家族もいる。ヒラクは一人じゃない。このままあなたたちと暮らして、あの子に何の未来があるというの? 村から孤立した父親と異民族の人間が、あの子に何をしてやれるというの?」


 イルシカは、ルイカの言葉を聞きながら、じっと川面をにらみつけていた。


「アノイの人間として生きていくためにはそうするしかない。今こそ真実を告げるときよ。とにかく、私は帰って家族にすべてを話すわ」


「待ってくれ」


 帰りを急ごうとするルイカをイルシカはあわてて引き止めた。


「頼む。時間をくれ。ヒラクが混乱する」


 イルシカの言葉に、ルイカはあきれたようにため息をついた。


「時間ってどれぐらい? そうやって先延ばしにしても何にもならないのよ」


「……三日だ。三日だけ待ってくれ」


「……わかったわ。三日経ったらすべてをうちの家族に話して、イメルに迎えに行かせるわ。それまでにヒラクに本当のことを言っておくようにね」


「ああ」


「ユピも納得させるのよ。打ち合いをさせたくないのは私だって同じよ」


「ああ」


「つらいでしょうけど、これが自然なことなのよ」


 打ちひしがれた表情のイルシカを見て、ルイカはいたわるように言った。


「あなたがヒラクを手放したくない気持ちはよくわかるわ。だからこそ今まで真実を(いつわ)ってきた。でもね、よく考えて。あの子にとって何が一番いいことなのかを」


 そう言って、ルイカはその場に立ち尽くしたままのイルシカを残して帰っていった。


 イルシカは天を(あお)いだ。

 強い風が吹き、木漏れ日がチカチカと明滅(めいめつ)した。


「あいつにとって、何が一番いいことなのか……」


 イルシカはルイカの言葉を繰り返した。


 心はすでに決まっていた。



(登場人物)


ヒラク・・・アノイ族の父と山の向こうの「神の国」から来た異民族の女との間に生まれた緑の髪のこども。誰の目にも見えない川の神の姿を見ることができる。


ユピ・・・山の向こうに広がる砂漠にいた異民族の少年。ヒラクとイルシカとアノイの地で暮らしている。


イルシカ・・・ヒラクの父。アノイ族の長の息子。アノイでは禁忌の地とされる山の向こうの神の国に足を踏み入れ、異民族の女を妻としたため、村から追放された。


ルイカ・・・イルシカの姉。イルシカとヒラクをいつも案じている。


ペケル・・・ルイカの夫。昔からイルシカを尊敬し慕っている。


イメル・・・ルイカとペケルの息子。長男。まじめで常識的。


アスル・・・ルイカとペケルの息子。次男。おしゃべりでうわさ好き。


ピリカ・・・ルイカとペケルの娘。末っ子。ヒラクに想いを寄せる。

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