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雨 - gravity - ①

とある金曜日の午後6時。

大学でのセミナーを終えた帰り道、急に降り始めた雨は、いつしか豪雨に取って代わり、今もばちばちとアスファルトにたたきつけている。一向に弱まる気配のないそれに、高遠たかとお香奈かなは商店の軒先に避難をしつつ深いため息をついた。

今日はバイトも休みだし、せっかくだから以前雑誌で見たカフェに寄ってみよう。

ふと思い至って、途中で列車を降りたのが運の尽き。初めての街、携帯を片手に商店街を歩いて店を探しながら、どうせ弱い雨だからと高をくくっていたのも仇となった。

「どうしよう」

今や全身ずぶ濡れ。こんな格好では、カフェはもとより、二駅先の自宅までなどどう考えても無理だ。ほんの十数分前のお気楽だった自分を恨みつつ、ほとほと困り果てて呟くと、ふとこの街に住んでいると言っていたとある人物の面影が浮かんだ。啓示のようなそれに促され、急いで携帯を手に取る。

「確か」

登録していたはずだ。

「あった」

目的のそれを見つけ、そのままの勢いで電話をかける。

一回、二回。

『Bitte?』

三回目のコール音が終わらぬうちに聞こえてきた声。いかにもな異国の言葉に一瞬戸惑う。

「あ、あの」

『すまない。カナちゃん……だよね?』

そうして向こうから自分の名が呼ばれ、認識されたことに心底ほっとした。

「せんぱい」

安堵と共に声が濡れる。それに気づいた様子もなく、電話向こうの彼――国枝くにえだ浩隆ひろたかは、少し驚いたように継いだ。

『初めてだね。カナちゃんから電話をもらうの』

「あ。そう、ですね」

『それで、何か用事?』

「ちょっと相談が……すみません先輩、今ご自宅ですか」

『ん? ああ、家にいるよ。外はひどい雨だしね』

「よかった。あの、今からちょっとだけ、そちらにお邪魔してもいいですか」

『えっ?』

明らかに戸惑う声。少し上ずったそれに、はっと我に返って青ざめる。

「やだ、あたし何言ってるんだろ。すみません先輩、変なこと言って。今のは忘れてくだ……」

『構わないよ』

返しの途中で存外きっぱりと言い切られ、逆にこちらが面食らう。

「あの、でも」

『何があったのかは知らないけど、とにかく迎えに出るから。今どこにいるの?』

「えっと……実は、先輩のご自宅近くの駅前通りで」

『近くに何か目印はある?』

「今は、カステラを持った蛙のマスコットが置いてある薬屋さんの前にいます。それから、道路向かいに、丸顔細目母神の小さいお社が」

『そうか、わかった。すぐに行くから少し待ってて』

言うなりぷつりと通話が切れる。状況に圧倒されつつ、香奈は半ば呆けたまま、携帯をぎゅっと胸に抱きこんだ。

「どうしよう」

先程までの不安に由来するそれとは違う、にわかに高鳴り始めた鼓動。

そうして雨に打たれて冷えたはずの身体が、取って代わった高揚感に一気に熱を帯びたような気がした。



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