作戦会議 in 露天風呂
急いだ甲斐があり、一行は日が暮れる前に次の街へと到着した。
生け捕りにした盗賊達を街の警備兵に引き渡した後、一行は豪商や貴族が泊まるような高級な宿へと向かった。
結局、盗賊たちからは第一王妃に関する情報は一切手に入る事は無かった。尋問中にユーリカも心拍数や脳派などのバイタルサインをモニタリングしていたが、王女暗殺という件に関しては、完全にシロである事が確定している。
盗賊による襲撃は偶然という訳だったのである。であればこそ、首都までの道中は更に気を引き締める必要が出てきた。
「ユーリカ様、晩餐前に、一緒にお風呂に入りませんか? ここの宿の露天風呂は有名だそうですよ」
そう言って、ユーリカをお風呂に誘おうとする王女。久しぶりに一緒に露天風呂を楽しめる相手が出来て嬉しい様子。普段は泊まらないような高級な宿のお風呂!しかも美少女と一緒!当然応じる百合エルフであった。
貸し切りにして貰った露天風呂に浸かり、ふぃーと一息付くユーリカと王女。お付きのメイド三人は浸からずに横で待機している。
アーネはさすが王女という事もあり、きめ細やかな肌を晒していた。茶髪のウィッグは取外されており、結い上げた銀髪がお湯の光を反射させてキラキラ輝いている。お湯で温まった白い肌は仄かに赤らみを帯び、それがまた美人である王女を一段を色気付けさせた。
そしてそのたわわなお胸!! 種族的にはユーリカはどうしても小ぶり。自分が持たない物を欲しがってしまうのはいけない事だろうか。 否!! いつかはあの胸にダイブしたい……と、不埒な事を考えるユーリカである。
しかしここでは真面目なフリをせねばなるまい。
「王女様、これからの護衛作戦を提案したいのですが、よろしいでしょうか?」
一息ついたところで、ユーリカは王女に提案をする。
「分かりました。音声遮断をしてもらえますか?」
ここは露天風呂だ。どこに会話が漏れるかわからない。念の為馬車の中で行ったように、空気振動遮断の魔法に加えて、光学迷彩魔法も起動させ、ユーリカは王女に話しかけた。
「王女様、護衛に関するご提案なのですが……」
「あの……その前にね、ユーリカ様。 私には敬語を使わなくてもいいのよ? せっかく地球の事を知っている仲間なんですもの。私の事も、アーネって呼んでくれるかしら。親しい人からはアーネって呼ばれているの。ユーリカ様も、そう呼んでくれると嬉しいわ」
「で、では……アーネ……私の事もユーリカって呼んでね」
常に自信に満ちたユーリカでも、美少女、しかも王女の名前を直接呼ぶ事に照れを隠せないようだ。えへへっと誤魔化すように赤面して笑うユーリカ。そんなユーリカとは今後も仲良く出来そうで、喜ばしく感じるアーネであった。
「うふふ、ユーリカ! あなたが私の護衛を引き受けてくれて、本当に嬉しいわ!!」
「それが私の任務だからってのもあるけれどね。でもアーネみたいな女の子を守れる任務ってのは、やっぱり嬉しいな」
テレテレになってしまっている自分の状態を振り払うように、コホンと空咳をするユーリカ。そんな姿も、微笑ましいと思うアーネである。
「話を戻そうか。ここから先、グランツ王国の首都に到着するまでに第一王妃一派からがある可能性がある。襲撃者を捕まえて吐かせられば楽なのだけれど……攻撃がないまま到着、あるいは襲撃者からなにも情報が得られなかった場合は……長期戦になりそうだよねぇ」
それに同意するアーネ。
ふーむと、しばし考えるように沈黙したあと、ふと、ユーリカはアーネに尋ねた。
「そうだ。今回アーネはどの町まで出かけていたの?」
「ノルト市周辺に生える薬草を買いに行く……というのが、表向きの理由ね」
ノルト市とは、グランツ王国の最北端に位置する街の一つだ。 グランツ王国とセーヴェル公国の国境に程近い。セーヴェル公国南口市からは馬車で大凡1日の距離というところか。
そしてノルト市周辺に生える薬草と言えば……ユーリカは馬車内で読んだグランツ王国政局調査報告書の内容を思い出した。
「そういえば、グランツ王国で薬草入り石鹸を一般市民に流行らせたのって、アーネだったよね」
「えへへっ、そうなの。 昔は衛生状況がとても悪くてね。 私、前世ではアロマオイルや石鹸作りが趣味だったから……それまでにグランツ王国で作られていた石鹸よりもはるかに安く大量に作れるレシピを作成したのよ」
一般市民の石鹸の利用を習慣づける事で、定期的に発生していた疫病の予防に成功したのである。それに加えて、クリスティアーネ王女が実行に移した数々の近代的な政策もあり、ここ10年、グランツ王国の一般市民の病気による死亡率が大幅に低下しているのだ。
チート内政力を持つ転生者。それがクリスティアーネ王女なのであった。
「……っていうか、そんなに元地球人がこの世界にいるなら、もっと早い段階で石鹸どころか、色々な科学技術を伝えられていたはずよね? なぜこの世界はこんなにもまだ中世レベルなの?」
そこまで話した上で、アーネは多くの元地球人達が当然のように抱いてきた疑問をユーリカに投げかけた。
「あー、それはねぇ、まず、アーネのように極端な権力を持った転生者はあまりいなかったって事が大きいかな。かと言って、セーヴェル公国主導で他国の科学レベルを上げるのは混乱の元になるのは目に見えているからね」
しばし思考した上で、同意するアーネ。
もし隣国に強大な科学力を持つ国があったと分かったら……戦争が避けられないという事は理解に難しくない。
「あとは、元地球人を探すきっかけにもなるからね……アーネが転生者だと推定されたのも、石鹸だけじゃなくて、アーネが打ち出した色々な政策があまりにも近代的すぎるって理由だし」
「他に転生者や転移者である事を判断する目安はあるの?」
「チートスキルを持った冒険者なんかがわかりやすいね。 短期間で一気に上位ランクに食い込むから、私達の警戒網に引っかかりやすいんだ。先週もグランツ王国で2人の日本からの転生者を見つけたばかりだよ」
「うわー、転生者そんなに多いんだ……いつかみんなにあってみたいなぁ……」
立場的に自由に動けない事は分かっているが、いつかはセーヴェル公国を訪問したいと考えるアーネであった。
「でね、ノルト市までアーネが向かったって事実を踏まえて、一つ護衛の為の提案を思いついたの」
えへん、と薄い胸を張るユーリカ。 褒めて褒めて! というかのようなその態度に、思わずユーリカの頭を撫でてしまうアーネ。
「凄いわ、ユーリカ。どんな作戦なの?」
撫でられて嬉しがりながらもドヤ顔をしつつ、ユーリカが答える。
「私がセーヴェル公国の貴族を装って、アーネ……じゃなくて、クリスティアーネ王女とお友達になる……ってのはどう?」
「……なるほど! そういう事ね!……というか、そんな事、できるの?」
さすがチート内政力持ちのアーネである。その一言だけで大凡の作戦を理解したようだ。
一介の冒険者では、旅の道中はともかく、王宮内までは護衛出来ない。その為、今回貴族身分を偽装する事を提案したのである。
同時に、アーネが疑問に思うのも当然だ。 貴族にはなろうとしてもポンポンなれるようなものではないのだから。
「そこは任せて欲しいな……ちょっとまっててね」
ユーリカは目をつむり、ドローンのマーシュを経由して、『機関』に現在までの状況報告と、今後の作戦を立案した。即座に応答が返ってくる。幾つかの修正を重ねた後、概ねユーリカが提案した原案に沿った形で作戦許可が降りた。
実際のところ、セーヴェル公国には貴族というものは存在していない。表向き、公国と名乗っていはいるが、内部はほぼ民主主義国家なのである。
今回の作戦の為、急遽『セーヴェル公国南口市一帯を領地とするガウス辺境伯』なる人物の存在が設定された。
ユーリカはアーネ達と共にグランツ王国首都へと戻った後、改めてセーヴェル公国に立ち寄り、『ガウス辺境伯の養子アネモネ・ガウス』に偽装する。
アネモネ嬢はノルト市で偶然クリスティアーネ王女を知り合い、意気投合したクリスティアーネ王女はアネモネ嬢をグランツ王国首都へと誘った……そんなストーリーだ。
セーヴェル公国は対外的に謎が多い国である。養子とは言え、そこの辺境伯の娘と知り合いともなれれば……これは政治的にもメリットになると王宮は考えるはずだ。そうする事で、ユーリカ……ではなく、アネモネ嬢をクリスティアーネ王女の身辺に置きやすくなり、アーネの護衛もしやすくなる、という訳である。
「素晴らしいわ! ユーリカ! 私、ずっと王宮内では心から語り合える友人がいなかったから……その提案は、本当に嬉しい!」
微笑むアーネに、じゃあそろそろお風呂から出ようか、と提案するユーリカは、温泉とアーネの笑顔にそろそろのぼせつつあるのだった。