第二王女クリスティアーネ
王女一行……否、『商人一行』は準備を整え、さっそく再出発するする事となった。
かなりの時間をここで使ってしまった事、そして縛り上げた盗賊21人もいる。少し急がなければ日が暮れるまでに次の街に到着出来なくなってしまう。
臨時の護衛役として招かれたユーリカは、徒歩でここまでやってきた事になっている為、荷台に座るようにと案内される。荷台に上がろうとしたところ、アーネがユーリカに声をかけた。
「……あの、ユーリカ様? よろしければ私の馬車に乗りませんか?ぜひともユーリカ様のお話を聞きたいのです」
さすが王女という事だろうか。現在の状況を利用して積極的に情報を集めようとしているようだ。王女からすれば、今のユーリカは謎の存在でしかないはずなのに。その勇気は讃えられるべきである。
「私はかまいませんが……キールさん、よろしいでしょうか?」
護衛任務の責任者は近衛騎士団副団長のキールだ。一応彼の許可を貰う事にする。
「ええ、ぜひアーネ様にユーリカ様の冒険譚を聞かせてあげてください」
にこやかに答えるキール。彼はA級冒険者であるユーリカを完全に信用仕切っているようだ。
ユーリカが馬車に入る代わりに、3人いたメイドの一人が荷台の方へ移動する事になった。なんとも申し訳ない。
馬車の中に入り、出発する一行。
ユーリカは、そわそわとするアーネへと地球各国の言語が書かれた紙をさっそく見せた。それを見て、案の定、驚くアーネ。
「アーネさんは、この中の何語なら理解出来ますか?」と、なんでもないかのようにアーネに尋ねるユーリカ。
「……こちらです」
アーネが指さしたのは、日本語と英語で書かれた文字列だ。観念したかのようなアーネの表情に、怪訝な顔をするメイド達。
「ひめ……アーネ様、どうかなされましたか?」
「いえ、この古代文字の事ですよ。 昔少しだけ研究した事があるの」
はぐらかすようにアーネが答える。
「まぁ……古代文字を? さすがひ……アーネ様ですわ」とメイドの一人が称えた。
この世界には実際に古代文字が幾つか存在している。魔導の研究には、古代文字の解読は欠かせないのだ。大多数の転生者は、生まれつき翻訳スキルを持っている為、彼らにより古の魔導技術が多く解明され、現在のセーヴェル公国の発展に大いに役に立っている。
メイドに頷き返しながら、アーネは再度、ユーリカに向き合った。
「……ねぇ、ユーリカ様? 精霊魔法には音声遮断をするような魔法はありますか?」
要は二人っきりで話がしたいという表明なのだが、それを聞いたメイド2人からは特に反応はない。アーネのような立場だと、音声を遮断してでの内緒話はよくある事なのだろう。
「ありますよ。 では……」
指をぱっちんさせるユーリカ。 ユーリカとアーネの2人の周辺空気の振動を遮断させた。これで2人の会話はメイドには当然の事、馬車の外にも届かなくなる。
「改めまして。アーネ様……いいえ、クリスティアーネ王女……ああ、読唇術で会話が読まれる可能性があるので、日本語をお使いください」
自分の身分がとっくにバレている事には驚かない王女。ユーリカが『転生者炙り出しの詩』を詠唱した時点で、すでに覚悟は出来ていたと見える。
「……まさか、ユーリカ様も、日本からの転生者なの?」
久しぶりに同郷の者に出会った人が浮かべるような、嬉しそうな表情をする王女。
「いえ。私は現地育ちです。しかし日本語だけじゃなくて、英語や中国語、それからスペイン語なども喋れますよ」
やや落胆しつつも、それで他にも転生者がいる事が分かったのだろう。でなければ、現地育ちのエルフの少女が地球各国の主な言語を喋れる訳がないのだから。
「私以外にも転生者は多いのかしら」
「はい。 この世界は地球からの転生者や転移者が多くやってきます。……グランツ王国の北に位置するセーヴェル公国はご存知ですよね?」
「ええ、北の過酷な大地でひっそりと営んでいると聞いていますが……もしかして?」
さすが王女。理解が早くて助かる。
「その通りです。ご察しの通り、セーヴェル公国は転生者達によって作られた国なんですよ」
「そう……だったのですか……公国に関する情報がやけに少ないのは、やはり何らかの方法で情報を遮断しているからなのですね?」
自国のすぐ北に位置する国の事を、調べない訳がない。しかしどんなにスパイを送り込んでも、まず首都マールスにまでたどり着けないのだから、情報なんて何も集められないに等しい。南口市のような、一見寂れた田舎町がぽつぽつと国境沿いに点在しているだけの、ひっそりとした国。それが他国における、セーヴェル公国唯一のイメージだ。
「はい。 そして私の仕事は、転生者や転移者を見つけ出し、セーヴェル公国へ案内する事なのです。ですが……私がみたところ、王女様は責任感がお強い方です。たぶん一緒には行けないと言うのでしょうね」
「そこまで読まれていたのですね……お気遣い、ありがとうございます」
「私のもう一つの仕事は、転生者のこの世界での生活をサポートする事なのです……差し支え無ければ、現在王女様が置かれている状況をお手伝いさせて頂けますか?」
しばし沈黙が訪れた。
「ねぇ、ユーリカ様。私に接触したのは、偶然? それとも?」
「こんな状況ですから信じられないかもしれませんが、本当に偶然だったんですよ。 まさかこんな場所で王女様が襲われているなんて夢にも想いませんでしたから」
こんな状況。
つまり一国の王女が少人数の護衛のみで、まるで身を隠すかのように移動しているこの事態。あの盗賊団も、もしかしたら偶然では無いかもしれないし、ましてや有名なA級冒険者が偶然現れるとは。怪しまれてもおかしくない。
そういう意味では、キール副団長がユーリカを馬車に招き入れたのは、よほどA級冒険者ユーリカの事を信用しているのか。あるいは、なにかあっても王女は絶対に守れるという自信の現れなのだろうか。おそらく両者なのだろうとユーリカは推測する。
しかし王女は、そんなユーリカを信用する事にしたらしい。
「……あなた『達』に隠し事は無理みたいですね……分かりました。お手をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん!」
そんな王女を安心させるかのように、にっこりと笑うユーリカ。重責を背負った王女の負担を、少しでも減らせられれば嬉しいなと、彼女は考えた。
「現在私は……暗殺されそうになっています」
馬車に乗ってから、現在に至るまで、王女と会話をしつつ、ユーリカは機関からドローンのマーシュ経由で送られてきたグランツ王国の政局調査報告書を網膜に投射させて読んでいた。現時点で王女を暗殺しようなどと思うのは一人しかいない。
「……やはり第一王妃ですか?」
「はい……証拠は揃っていませんが……」
クリスティアーネ王女は国王と第二王妃の間に生まれた第二王女だ。上には第一王妃が生んだ第一王子と第一王女がいるのみである。彼らは別段凡庸という訳ではないが、第二王女のように突出して優秀という訳でもない。国民的にも、そして貴族の大多数的にも、クリスティアーネ王女の人気は高い。
そしてグランツ王国は女王による摂政を過去の歴史の中で何度も行ってきた。普通に考えれば第一王子が王太子となり、次期国王となるはずだが。いかんせん、クリスティアーネ王女が優秀すぎた。第一王子を含む、第一王妃一派が焦るのも当然と言えよう。
事故に見せかけた暗殺という、一番わかり易い手段を取ってくるのは目に見えている。しかし現在証拠となるような物は無いに等しい。自らを囮とした今回の旅で、なんらかの進捗が見えればいいのだが……。
「分かりました……王女様、首都に到着したあとも、私を引き続き護衛として雇いませんか?」
「え?」
その提案を期待していたが、まさかユーリカから出されるとは思っていなかった王女は一瞬、きょとんとしてしまった。
王女にとっては非常に魅力的な提案である。なにせ、A級冒険者で『魔法使い』のユーリカだ。しかもどうやら彼女の背後には、強大な科学技術を持つ組織がついている様子。ならば彼女達の力を借りるべきであろう……例えどんな見返りを要求されようとも、ここで死ぬわけにはいかないのだから。
そんな王女の壮絶な覚悟を知ってか知らずか、安心させるように微笑むユーリカ。
「もちろん、善意だけでの申し出ではないのです。 王女様にはセーヴェル公国との架け橋に、将来なって頂きたいという打算もありますから」
お互いに利益がある取引の方が、逆に信用が出来るという物である。
「分かったわ……よろしくお願いします、ユーリカ様」