魔導列車にて
魔導列車に乗車した一行。 発車を待たずにバルタザールは即座に夢の世界へと旅立ってしまった。
列車には慣れっこの元地球人2人は、発車後暫くは流れる風景に興奮していたが、荒涼な大地が延々と続くだけなので、すぐに寝入ってしまった。
おっかなびっくりしていた現地組の内、すでに感覚が麻痺しかけているイリーナ、ウルファとカスパルは、いびきをかいているアレックスとエドウィンを見て、安心して休憩している。
唯一、緊張感を保っているのは、先程から猜疑の眼差しを隠そうともしていないオットマーだけであった。そんな彼はずっと外を眺めていた。
「ほとんど揺れないな……こんな速い速度で走っているのに」
馬車であれば、どんなに舗装がされた道であっても、速度を出せば出すほど揺れる物なのだ。だというのに、馬車の数倍の速度で走っているこの魔導列車はほとんど揺れないし、静かである。いったいどのような魔導技術が使われているのか……検討もつかない状態だ。
「南口市から首都マールスまでは、ほとんどこんな風景だよ。飽きないの? ちょっとでも寝たら?」とユーリカは尋ねた。
「……南口市からマールスまで魔導列車で5時間か。 もし馬を使ったらどれくらいの距離なんだ?」
ユーリカには答えず、別の質問を投げかけるオットマー。
「そうだねぇ。距離だけで言えば、馬を全く休ませずに走れば20時間ってところかな……でも、国民証を持っていても持っていなくても、徒歩や馬だと南口市からは北へは行けないよ。どう足掻いても南口市に戻ってくるだけ。荒野は危ないからね。安全の為の保険ってわけ」
「それも認識阻害魔法と……ナノマシン? のせいなのか?」
「そういう事」
「はぁ……技術力が違いすぎて、憤るのにももう馬鹿らしくなってきたな」
ため息をついて、オットマーはようやく視線を車内に戻した。
「まぁ、多くの人は、オットマー君みたいに混乱するものだよ。それが普通だと思うし。 私もそうだったし」
なんて事もないようにユーリカが言う。
「……? ユーリカさんは前世持ちじゃないのか?」
驚くオットマー。
「いや、私は正真正銘、この世界の生まれだよ。 訳あって幼少の頃からマールスに住んでいるんで、今じゃ慣れっこだけれど。はじめは色々とびっくりしたよー」
えへへっと、当時の自分の混乱を思いだしたかのように、照れるユーリカ。
「だから、オットマー君もすぐに慣れるって」
「……そうか……」
そう言って、オットマーは目を閉じ……すぐにこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。だいぶ緊張していたのだろう。ユーリカの出自を知って、少し安心はしてくれたようだ。その様子にユーリカは微笑んだ。
「さて、私もちょっと寝よっかね」
発車してから約2時間半後、駅弁が配られるとのアナウンスが流れた。
「「駅弁!?」」
ぐっすり寝込んでいたはずの元地球人2人が飛び起きた。
「駅弁付きの切符を買ったからね。懐かしいでしょ?」
少し前に起きて、メガネをかけて膝の上の機械をいじっていたユーリカがニヤリとする。 さっきまでメガネのガラスの精巧さに関心していたカスパルにメガネを奪われていたので、仕事にならなかったのだ。
「……それって、ノートパソコン? そんなものまであるの?」
駅弁と、それを配り歩く制服を着用した添乗員さんに興奮しつつも、ユーリカの膝上にあるそれを見て、更に驚くアレックス。
「ふふん、ハイテクでしょ」
かけていたメガネをくいっと挙げて、出来るオンナのポーズをするユーリカ。しかし見た目的には可愛らしいだけである。
「ちなみにゲームも遊べるので暇つぶしにはもってこいなのです」
「ここって、剣と魔法のファンタジー世界……だったはずだよねぇ……僕、もうここから先は日本に戻ってきたつもりでいる事にするわ……」と、エドウィンがぼやいた。
駅弁は肉か魚が選べた。 各人おのおの好きな物を選ぶ。
「「うめぇ!」」
駅弁になんの疑問を持たずにがっつくアレックスとエドウィンを無視して、現地組は駅弁の見た目の良さや、美味しさを次々に口にする。
「美しい並びだ……昼の交友会に出しても恥ずかしくないぜ」と、美術品や芸術品に目がないカスパルが駅弁の見た目を褒める。
「冷めているのに美味しい……保存食ではないんですよね?」と、パーティの主な食事担当であるイリーナが尋ねた。
「日持ちはしないけれどね。朝に作って、昼に美味しく食べられるような工夫がしてあるんだよ」とユーリカは食べながら答えた。
「さぁ、みんな食べながら聞いてくれ」と、まだ駅弁に手を付けていないバルタザールが口を開く。
「あと2時間ほどで、セーヴェル公国の首都、マールスに到着する。到着したらまず宿に泊って休憩してもらう。 明日は君たちを入国管理局まで案内するので、そこでセーヴェル公国に関する説明を受けてもらう。そのあとは、君たちの自由だ。 正式に国民証を得てマールスに残るのもよし。 仮国民証のまま、他の国へ向かうのもよし。 ただ……仮にこの国の在り方に賛同出来ない場合は、仮登録した国民証を抹消した上で、南口市まで強制送還になるがね」
「強制送還された場合は……セーヴェル公国に関する記憶を全部消される……のだったな……?」と、オットマーが確認するかのように聞く。
「そうだ。 これまで見てもらった通り、セーヴェル公国と周辺国家とでは、技術力に違いがありすぎる。無闇な紛争を控える意味でも、無関係を決め込んだ人間には、何もかも忘れてもらう必要があるのさ」
南口市では食って掛かっていたオットマーも、ようやく冷静になり、その危険性を飲み込めたようだ。このような技術力を、他の国々が独占を許すわけが無い。セーヴェル公国から攻めるつもりが例え一切なくても、周辺国家からの火の粉を払うだけで紛争が絶えなくなる。
「分かった……あとの事は入国管理局とやらまで行ってから決めるとするさ……」
完全に納得は行っていないが、理解はしたという体で、ようやく駅弁を口にするオットマー。
「……美味い……」
ほどなくして、ユーリカ達一行はセーヴェル公国の首都マールスへと到着した。すでに日が暮れつつあるが、鉄やガラス、そして石のような素材--セメントだ--などで構成されたその街並みが、残りの日差しを反射させながら一行を迎え入れた。
そんな光景に驚く来訪者達6人。もちろん、元地球人2人組と、現地4人組の驚き方は違っていたが。
「おい……完全に地球の街並みじゃないかこれ……」
もう日本に戻ってきたつもりでいるエドウィンとは違い、まだまだ驚き足りないアレックス。
「すごく北に位置しているはずなのに、全然寒くないな」
ウルファは時間と太陽の角度から、ここが高緯度にある事を理解したようだ。
「ああっ!見てあの服! 可愛い!! あとで買いに行こ、ウルファ!」とイリーナがはしゃいでいる。
それぞれの方法で驚いたり、関心したりしている一行を、ユーリカは宿の方向へと向かわせる。
「街の中心部にモヤがかかっているように見えるけれど、それも認識阻害魔法とナノマシンのせい?」とエドウィンが聞いてきた。
「うん。 入国管理局で説明を受けるまでは、中心部には入れないようになってるから」
とことこと歩きながら、一行を駅周辺の宿に案内するユーリカとバルタザール。
「ここだよ。 大きなお風呂場が付属しているから、ゆっくり休んでね」
「「銭湯!?」」
さすが元日本人二人組。大きなお風呂場といえば銭湯か温泉だと分かる。
「じゃあ私達も自分たちの家に一度帰るから。明日の朝11時くらいに、宿のロビーまで迎えに来るね」
買い物に行きたそううずうずにしている女性陣と、街並み自体に興味がありそうなカスパルをみて、ユーリカが付け加える。
「街の案内は、まぁアレックス君とエドウィン君で対処出来ると思うから任せるね。お店も閉店までまだ時間もあるし、あとで少し散歩に出かけるといいんじゃない」
ここで一旦別れ、明日また宿で合流する事となった。何度も転生者や転移者をここまで案内してきて、仕事自体にはすっかり慣れているユーリカやバルタザールも、今夜は久しぶりの我が家でお湯に浸かって休みたい気分であった。