霧が晴れた先に続く光景
「美味かった……」
「僕、もうここに住みたい……」
ガツガツと和食を食べ終わったあと、涙を流して真っ白に燃え尽きたアレックスとエドウィンの元日本人二人を無視して、現地組4人はワショクについて議論していた。
「美味しかったわね……アレックスがソウルフードと言うのも頷けるわ」
「でもアレックスも私達も今までこんな料理食った事ないよな……なんでソウルフードと言い切れたんだろ」
パーティ『ワンパンチャー』の女性陣二人は疑問を口にした。さすが幼馴染だ。アレックスが自分達の知らない物を食べた事がある訳がないと断定出来ている。
「王城で食べたどんな料理よりも繊細な味付けだった……」
「こんな物を、エドウィンの野郎、一体どこで食べたんだ……」
パーティ『グラビティゼロ』の男連中は文句を言いつつも、満足そうであった。
「どう、和食。気に入ってもらえた?」
現地組4人が満ち足りた表情をしているので、ユーリカも嬉しそうである。
「ああ、ユーリカさん。これを食べれただけでも、今回の任務の手土産話が出来たってもんだぜ」とカスパル。
「でも、和食は序の口。驚く事はまだまだ沢山あるよ……ああ、その前にデザートも食べようね。イリーナちゃんとウルファちゃんは特に喜ぶと思うな」
出された甘味は蒸しプリンだった。生クリームがタップリとのっている。
「んんん~~! 美味いっ!」
「ああっ、私もここに来てよかったかも!」
案の定、女性陣には好評のようだ。
「このプリンってデザートは、その内グランツ王国でも食べられるようになるはずだよ。セーヴェル公国が正式にレシピを販売開始したからね」
「それは嬉しいな!」
イリーナは最後の一口の生クリームを名残惜しげに食べながら、嬉しがるという器用な真似をした。
「さ、そろそろ外に出ようか。仮登録が済んだ事で、さっきまで隠れていたこの町の真の姿を見る事が出来るようになる」
バルタザールが外へ出るよう皆を促した。
街の外は……風景が一変していた。
街の入り口周辺から北側へはさっきまでモヤがかかって全貌を見渡せず、小さな寂れた田舎街、という認識を6人に与えていたが……。今はどうだろうか!街は北側へ向けて大きく広がりを見せていた。
緑豊かな公園があり、 噴水を囲って食堂やカフェが並んでいる。 オシャレな洋服屋を目ざとく見つけた女性陣が行きたそうにしている。まるで王都の貴族エリアではないか。これがただの入り口の街でしかないとは!
その更に奥には城と見紛うような巨大な建物が立っている。そこから多くの人々や荷物が出たり入ったりしているのが遠目からでも分かる。
「あれは……教会か?」
建築物のデザインも相まって、出入りする人々が巡礼者に見えたのだろうか。芸術品に目がないというカスパルの質問に、ユーリカが答える。
「あれはね、魔導列車の駅だよ」
「「「魔導列車?」」」 と、訝しむ現地組4人と、「「魔導列車!!」」 と、興奮する元地球人2人。
「……エドウィンは、あれも知っているのか?」
なぜ知っているのか? とはもはや聞くまいと思っていたオットマーですら、思わずエドウィンに聞いてしまった。エドウィンにしろ、アレックスにしろ、トンチンカンで妙ちくりんな事を突然言い出す奴らだとは思っていたが、ここまで来て、その異常性が分かってきた。
彼らも驚いている事に違いはないのだが、なにも分からずに驚いているというよりは、それがなんなのかを知った上で、眼の前にあるという事実に驚いているだけだという事を理解しだしたのだ。一体コイツらは何なのだろうか……そんな不信感がオットマーの心をジワリと侵食しつつあった。
そんな剣呑な雰囲気を察したのか否か。 ユーリカは構わずに歩き出す。
「おいでよ。どんな物かは見た方が早いって」
巨大な鉄の固まりが、そこにあった。ところどころから魔素を含んだ蒸気を噴出させながら胎動するそれを、「これが魔導列車だよ」と気軽に紹介されても理解が追いつかない。鉄塊のあちこちから人が降りたり入ったりしている所や、後部の貨車に詰め込まれた大量の荷物の存在から、なんとなく用途を察しつつあったが。
「これは……なんだ……乗り物……なのか……?」
戸惑いを隠せない現地4人組を代表するかのように、オットマーが唸る。
「あとでこれに乗って、セーヴェル公国の首都、マールスまで行くんだよ。さぁさぁ、馬車や荷物を先に貨車に乗せちゃおう。その後で色々と説明して上げるから」
さぁさぁと、6人の背中を馬小屋まで馬車を引き取りに向かわせるべく、曲がれ右させようとするユーリカに、誰も抗おうとはしなかった。
列車の切符を買い、馬と馬車を丸ごと貨車に預けたあとは、出発時間までカフェで時間を潰す事となった。このカフェも、仮登録が終わるまでは認識出来なかったエリアに存在している。
美味いカフェラテに、程よい甘さのケーキ。どれもが他国では絶対に味わえない贅沢品ばかりだった。しかし価格はリーズナブル。現地4人組はもう苦笑いしか出来ない。
異常なのは、ここに初めて来たはずなのにさほど驚いていないアレックスとエドウィンだ。
「……説明は、してもらえるのかな? ユーリカさんに、バルタザールさん?」
不安を押し殺したような声で尋ねるオットマー。どうやら彼が一番現実主義なようだ。良くも悪くもだが。
女性陣2人はすでにカフェラテのケーキが美味しければそれで良いやという体だし、カスパルは店内の装飾や、町並みのデザインに夢中になっている。
「うーん……どこから説明しようかな」
茶化している訳ではなく、真剣に悩んでいる様子のユーリカは、カフェラテを二口ほど飲んでから、口を開いた。
「最初に断っておくね。 これから話す事は、仮登録書が失効してしまうと全て忘れてしまう、という事を念頭に聞いて欲しい」
そんな事が出来るのかどうか……そんな疑問が脳裏を横切ったが、話の腰は折りたくない。とりあえず、分かった、と頷くオットマー。
「まずだ。 さっきから発狂しっぱなしのあの2人、アレックス君とエドウィン君の事だけれどね……彼らには前世の記憶がある」
「前世の記憶……」
そんな事を言われたら、気が触れたのかとまずは思う。しかし、実際彼らが持つ知識は、前世の記憶があるとでも仮定しなければ説明が付かない。
「この街……いや、この国……セーヴェル公国は、彼らみたいな前世の記憶を持っている人々が中心となって作り上げた街なんだ」
普段はふにゃっとしたユーリカが、真剣な表情で語るそれは、反論を許さない圧力を持っていた。
「彼らの前世は、大層発達した文明を持っていてね。 人々は空を飛べるし、馬の要らない鉄の馬車が、馬よりも3倍は速い速度で移動する……そんな世界なんだ」
とてつもない技術力を持っている……それは先程の認識阻害魔法とナノマシンとやらと、魔導列車とやらで思い知らされた。それでもまだ全部は見せてはいないはずだ。確認できた技術の片鱗だけでも、大陸全土の武力を持ってしてでも抗えるかどうか。
「……侵略は、しないのか? 他国に……例えどんなに高度な文明を持っていたとしても、こんな不毛な土地で長時間生存出来る訳がない」
オットマーは、元とはいえ貴族の出だ。こんな大国がすぐ側にあるなんて、恐怖でしか無い。
「侵略するならとっくにしてたよ。でもしていない。その訳は……まぁ首都についてから、自分の目で見て回ってよ考えてみてよ。そしたら私達が侵略なんて考えてないって理由が分かるからさ。さ、そろそろ列車の時間だよ。早く乗りに行こう。 5時間ほどで首都に付くよ」