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まほろば  作者: 一歳真誉
外の世界
2/15

空や海って?

 姓はふゆみね

 名は雪保ゆきほ

 人っぽい名前を与えられていても、私は人じゃないみたい。

 どっちかっていうと物っぽくて。

 いつも会う研究の人も、たまに来る偉い人も、みんな私を番号で呼んで、身体を見て、品定めして、テストや運動をさせては、それを記録し、吟味する。

 白衣を着た痩せ型の人と、背広を着た太ったおじさん。

 ガラスの向こうで、或る時は遠くで、或る時は私が勉強する机のすぐ傍で、難しい話をしてる。

 白衣の人はタブレットをいじりながらよく分かんないことを説明してる。

 太ってる人は、何だかうんうん頷いて、偉そうに聞いてる。

 こういう時、私は物みたいって思う。

 この人たちみたいに人っぽい名前は与えられていても、誰もその名で呼んでくれない。

 いつも、しーいーあーるまるまるごーさんろくぜろ、とか呼ぶ。

 与えられる勉強や運動をどんなに頑張っても、誰も何も言わない。

 食い入るように見てる割には、終わったのを見せると、すぐ反対側へ向いちゃって、タブレットとか変な機械とか弄ってる。

 何してるんですか、って訊いたことがあるのだけれど、その時私を担当していた眼鏡の太った人は、「君の成績を記録してるんだよ」っていうだけで、あとはずっと、機械を弄ってた。

 それも終わると、黙ってすっと部屋を出て行っちゃった。

 あれだけこれしろ、あれしろって、さっきまでは言ってたのに、やったらあとはさよなら、って、さよならすら言わないでどっかに行ってしまう。

 遠くで、 しーいーあーるまるまるごーさんろくぜろは――とか喋ってるのを聞いて、私は思った。

 私は雪保だよ、って。

 でも誰もそうやって呼んでくれる人は居ない。

 居るのはしーいーあーるまるまるごーさんろくぜろ。それも、物か何かみたいに、そっと置かれているだけ。

 付けられた名前も、人道の観点から、とかいうので何となくくっつけただけの、モノ。

 私って何なんだろう。

 しーいーあーるまるまるごーさんろくぜろとは一体、何なのだろう。

 どこから生まれて、誰から名前を付けられて、どこの誰が私を作って、そうして生かしているんだろう。

 良く分からないから、逃げ出そうと思った。

 ここから抜け出て、答えを探そうって思った。

 でも、外に出たらたちまち、色んな人から捕まってしまった。

 私はきちょーな個体で、人類の最先端を担っている大事な存在だから、逃げられちゃ困るのだと言う。

 でも、その割にはなにも無い真っ白なお部屋に寝かせたり、毎日きちっとしたスケジュールで組まれた生活の中で、遊んでくれもしないで、名前も呼ばないでさよならとかしてるよね。

 良く分かんない雪保だけど、怒る、ってことくらいなら分かるよ。

 怒るっていうのは、こう、むかむかすることでしょ。

 こう、おでこと眉の辺りの筋肉が、グッ、って緊張することでしょ。

 でも、そんな後には必ず、雪保はしょぼんてなる。

 おめめがしゅんて垂れさがって、前を見ているようで見てなくて、背中が丸まって、力が抜けてしまう。

 それが悲しいだって、雪保は思ってる。

 何で悲しいのかは分からない。

 名前を呼ばれない時。

 さよならって言われずにさよならされてしまう時。

 しーいーあーるまるまるごーさんろくぜろて呼ばれる時。

 私はいつも、そうなる。

 しょぼんとして、何かが抜け落ちていくみたいになってしまう。


 しーいーあーるまるまるごーさんろくぜろは外の世界を知らない。

 知っているのは真っ白い建物の中と、文字と、数式だけ。

 前にだっそうした時は、建物の中に建物があった。

 モールと呼ばれる、光り輝くでっかい廊下がずーっと続いていて、そこに人が楽しそうにいっぱい歩いてた。

 色々な物が並んでて、好きに運動で遊べる施設とかがあって、ゲームとかいうものも楽しめたりするんだって。

 たまにすれ違う掃除の人とか研究員の人とかが、週末はモールで、とか話してるのをよく聞いてた。みんなあそこで遊んでいたのだと、後から知った。

 モールよりも、テストの文章問題や、本に出てきた土とか木とか、雨とかが私は見たい。

 そこに出てくる世界には、もっとこう、土とか、草とか、木とかいうものがあって、天井はなくて、底抜けに明るい空というものもあった。

 でも、私の周りにそういったものは存在しない。

 あるのは、なんだか嘘っぽい植木と、砂場みたいに作られた土のゾーン。そして高い天井だけ。

 見れなくても、お話だけでも、って思うのだけど、耳をそばだてても、テストや本に出てきたものたちは全然誰かの話題に出てこなかった。

 私は首を捻る。

 みんな、ここに書かれているものたちで遊んだりはしないの?

 おはなしの中では、海とかいう所で遊んだり、山とかいうところを登ったり、土手とかいうところで寝っ転がったりするみたいだよ?

 でも、そういう事をしようっていう人は、一人もいなかった。

 みんな、モールとか、プールとか、サウナとかいうばかりで、問題に出てくるような場所に行こうとする人は一人として居ない。

 私って、おかしいのかな。

 海とか山とか空とか、誰も言わないことを言ってて、おかしいのかな。

 良く分かんなくて、理解できなくて、だから、もう一度だけ抜け出すことを考えた。

 海とかいう場所に行くんだ。

 それで、山とか空とか、石とか貝とかを探して、触るんだ。

 それを見つけたらきっと、感動する。

 だってテストや本にはそういうのを見て触って感動したって、書いてあるのだもの。

 だったらきっと、私も感動する。

 見るだけで、触るだけで感動できるだなんて、なんてすごいものなんだろう。海とか空とか、石とか貝とかいうのは。

 私は絶対に見つける。

 絶対に見つけて、それで嬉しくなりたい。

 嬉しくなって、幸せになりたい。

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