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まほろば  作者: 一歳真誉
外の世界
13/15

おとなのサイン

 ガタガタと揺れる車の中で、私は真歩まほおねえさんに質問をした。

「おねえさん。これからどこに行くの?」

「とりあえず、京都方面に向かおうかな」

「きょうと? なに、それ」

「街全体が巨大なマグメルの、変わったとこ」

 えっ。

 街が“マグメル”?

「街のぜんぶが、マグメルなの?」

「そう。半開放型のマグメルだから、大体の人間は入れるようになってるの。道路の状態もそこらより全然いいから、道に使うにはもってこい」

 私はとたんに不安になった。

 だって、ケーサツさんがその、街全体がマグメルの“きょうと方面”にいないとは限らない。

 私ことしーいーあーるまるまるごーざんろくぜろには、決して忘れちゃいけないことが一つある。ケーサツさんに追われているということ。

 あの日見た、おばあちゃんの分厚いテレビ。あそこに、私の顔は映し出されていた。映して、この子を探しているって言ってた。それは、私以外のヒトたち全員に「しーいーあーるまるまるごーさんろくぜろは脱走中」ということを伝えるためのものだ。

 おねえさんもきっと、例外じゃない。

 おねえさんだって、映像の内容を向けられた一人のにんげんのはず。

 だから、私の映っているテレビを見たら、「おまえがCER00536.0なの?」ってなる。

 さらに、おねえさんは昨日、「自分はマグメルに住んでた」って言ってた。あの中へ住んでいたのだとしたら、おねえさんもマグメルの人たちと同じ、住人だ。ひょっとしたら、あの人たちと同じようなことをおねえさんは考えるかも知れない。つまりは、私をあの中に連れ戻す協力をするかも知れない。

 私がしーいーあーるまるまるごーさんろくぜろだと分かったその時、おねえさんはどうするのか全然予測がつかなくて怖い。これから向かうところにテレビがいっぱいあるのか、私を探しているところなのか、ケーサツさんがたくさん待ち構えているところなのか、おねえさんが私を渡すのかどうか、その全部が気になって仕方がなくて怖かった。

 私がおかしな態度でいるから、おねえさんは車を操作しながらこっちをチラと見て、静かな声でつぶやいた。

「トイレ?」

「え? あ、うん……」

 とっさに嘘をついた。

 ううん、嘘じゃないけど、でもとりあえずおトイレに行きたい。

 実は最近、おまたの調子が悪くて、変なものが出てくるようになってる。

 おしっことは違う、何かおかしなものが出るから、私はずっとおねえさんの陰で気にしていた。

 今もちょっと気になり始めたから、おねえさんの言葉に反応しちゃった。

 おねえさんは車を小さい川の方へ走らせると、たくさん生い茂ってる草むらの横にたたずむ、真っ黒い石で出来た不気味な橋のそばに停めた。

 どこからかトイレットペーパーを取り出して、私に投げたおねえさんは言う。

「川があって良かったね」

「ここでするの?」

 私は窓の外を眺めた。

 ここは朝に出発した“てんりゅう区”よりも、更に深くお山の中に入って行ったところだ。周りには両脇を挟んでいるお山しかなくて、そんなところをずーっと道と川が続いてる。道は細くてぐねぐねで、たまにボロボロの建物が植物に覆われた姿でぽつんと建ってて、海はもう、ずっとずっと後ろになった。

 私はおねえさんの方を振り返ると訴えた。

「恥ずかしいよ。だってあそこにおうちが建ってるもん。見られちゃう」

「こういう場所は、もうずっと人なんて居ないから平気だよ。あれは廃屋で、中にはだれも住んでない」

「ほんと?」

「ほんと」

「おねえさんも一緒に来てよ」

「私に見られるよ」

「う……」

 私はしぶしぶ車から降りた。

 周りは曇り空で、お山から流れるお水が、石ころだらけの川の上でしゃあしゃあと音を立てて流れてる。

 ふわりと、冷たい空気がほっぺたを撫でた。

 川の冷たい風が、こっちまで吹いてくるみたい。

 橋の付け根のところから川の方に降りて、周りをきょろきょろとしながら、私は橋の下でスカートを下ろす。

 はままつ市のてんりゅう区を出るときに“かって”もらった新しいおようふくが、薄暗い橋の下でぐるぐる巻いているおかしな風に揺れる。

 おねえさんは「わたしの服をいつまでも着てるの窮屈だろうから」って言って、錆びだらけの建物の一つに入って、私に服をくれた。「好きなの選んでいい」って言われて困ってたら、おねえさんが全部選んでくれた。おねえさんたら目つきも性格も厳しめなのに、選ぶふくはみんなかわいいのがいっぱいで、貰ったとき、すごい嬉しかった。おねえさんがくれた服を触るのが嬉しくて、ずっとぺたぺたしてた。

 でも今は嬉しくない。

 おぱんつを下ろしたら、大変なことになってた。

 せっかくかってもらった下着が、私から出たもので汚れちゃってる。

 びっくりして固まってると、橋の上からおねえさんが下りてきた。

 私があんまりにももたもたしているから気になって来たみたい。

 私を見つけたおねえさんは「どうしたの」って声を掛けて来たから、私は慌ててスカートをたくし上げて、上ずった声をあげた。

「す、すんだよ」

「……なに」

「なんにも」

「ちょっと見せて」

 私はかんねんして、おねえさんに下着を見せた。

 汚くなっちゃったおねえさんの贈りものを見られるのが、どうしても嫌で、泣きそうになった。

 せっかくもらったのに。

 おねえさんは少しだけ驚いた目を向けてる。

 たまらずに目をそらす私。

 だってこんな姿、おねえさんに見られたくない。

 じっと黙っている私に、おねえさんは「はぁ」と小さくため息を吐くと、目の前にしゃがみ込んで言った。

「別に隠さなくてもいいの、こういうのは」

「だって、これはおねえさんからの……」

「気にしない。こんなことでいちいち怒ったりしないよ」

「どうして……?」

「おめでたいことだから」

「おもらしが……?」

「おもらしじゃなくて、これは――」

 私はおねえさんに色々なことを説明してもらいながら、おまたを綺麗に拭いてもらった。

 おねえさんは私に「雪保が大人になった証拠」って言った。

「おとなになる? こんな変なのが出てくることが、おとなにつながるの?」

「そう。もう一人前ってことなんだよ」

「でもわたし、まだ知らないことがいっぱい」

「おまえの頭と心はともかく身体は大人なの」

「よく、分かんないよ」

「大抵そんな感じだから、大丈夫。そのうち分かるよ」

 車に戻ると、おねえさんは私に小さなおむつを渡した。

「これ着けてれば、さっきみたいなことにはならないから、あとでやっときな」

「どうやって使うの?」

「裏面に書いてあるから。よく読んで」

 おねえさんが窓べりで頬杖をついて外を眺めている間、私は自分の席で渡されたものを頑張って着けた。

 何だかごわごわとしてて、むずがゆくて変な感じ。

 着けたあともその“フリー素肌”って書かれた袋をいっぱいにひっくり返して読んでみる。

 書かれている文字に、私はピンときた。

 これって、さがみはら市でおねえさんが言ってたモノかな?

 車がぐいんと走り出して、私はバランスを崩す。

 取り落したそれを拾っていると、おねえさんは言った。

「そういうのは今後、言いなよ。じゃないと困るから」

「……でも、恥ずかしくて」

「恥ずかしがるようなことじゃない。わたしだってああいう風になる」

「おねえさんも?」

「そう」

「おねえさんも、いっしょ?」

「一緒。だからちゃんと教えなさい。分かった?」

「うん」

 私はちょっとだけ嬉しくなった。

 私とおねえさんは全然違うけど、でも、同じところだってある。

 自分とはまるで違う形で、性格で、年齢だけど、同じところだってある。

 そう思ったら、なんだか温かい気持ちになった。

 隣に座っている感覚。

 同じって、嬉しい。

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