1章「緑の案内人(プレゼンター)3/3」
今回は少しだけ長いです。
翌朝、ムムの先導による探索が始まった。
緑の国「ラクウタナン」は手付かずの自然が多く、踏破は大人であっても難しい。
よって、労働者の平均的な体力を鑑み、探索範囲を5キロに限定した。
これによってムムの案内できる遺跡の数は五つから二つに減少してしまったが、財宝は何度も往復して回収するのだ、艇長の判断は正しいと俺も思った。
渓流を越え、林を抜け、田畑を横目に進み、一つ目の遺跡はあっけなく見つかった。
というよりは、集落の直ぐ側にあったのだ。
「ラクウタナン」の民の視線は、怒りというよりも諦めと怯えが色濃く、ムムの言うとおり、反発の意思はなさそうだった。
一つ目の遺跡は、噂のタイルの代わりにダイヤモンドが敷き詰められている場所ではなく、ただひたすらに、霊験あらたかな神殿であった。
手頃な彫像や調度品を回収すると、艇長の指示で探索班を二つに分け、比較的体力のありそうな若い労働者と上級臣民で、この先にあるという古代の遺跡に向かう手はずとなった。
「緑の民は以前、青の民の異端審問に引っかかりましてね、そりゃあもう手酷い迫害を受けたんですよ。結局青の民の信奉する唯一神「サーマ」の教えに忠実な保守層が教皇に就任したんで、迫害は止みましたが。そうあれです「他の宗教に口出しすべきでない」みたいな」
急斜面と落差の激しい獣道をするするとこともなげに進んでいくムムに対して、「リッター・ヒッツ号」の面々は、正規の船員、上級臣民、労働者問わず、息も絶え絶えで、目的の遺跡に到達したころには、もう日が沈みかけていた。
結局俺たち調査団は、遺跡を目の前にして、安全性の確保という点から今日中の探索を諦め、遺跡手前の開けた場所にキャンプを設営することとなったのだった。
さしたる障害も妨害も、あの女、ムムのおかげか何も起こらず、自然だけが立ちはだかる形となったが、この手の仕事を請け負うことの多い労働者にとっては、むしろ今回が楽すぎるのだという。
彼ら曰く「ドンパチがないだけマシ」なのだそうで、この調査団の革をかぶった盗掘集団の異様なほどこなれた様子に、俺はため息を禁じ得なかった。
明くる朝、遺跡の調査を開始した面々は、その広大さにまず驚いた。
昨夜到着した時点ではすでに薄暗く、遺跡の全容はつかめなかったのだが、台形の石が階段状に積み上げられた様は、異質であり、あまりにも森のなかにあって浮いた存在だった。
北側が丸く、南側が四角い、スカートを履いた麗人のような形をした遺跡は、地下四層からなるらしく、ムムの丁寧なトラップ解除と注意喚起により、一人の犠牲者もなく、最深部に到達することができた。
はっきり言ってチョロすぎた。
しかし別の疑問が生まれる。
いくらガイドといえども、ムムは遺跡の内部に精通しすぎている。
胸に何か引っかかるものを感じていた俺は、いつのまにかムムを見つめていたようだ。
あの女はそれを目ざとく見つけ、片目をつぶってみせる。
なんだか無性に腹が立ち地面にいくつもある石ころをつまみ上げると、ムムに投げつけてやろうかと逡巡しながら隊列に続いた。
「おい」
そんな俺に艇長の声が突然かかり、石を取り落とすのも無視して、直立不動になる。その様子に艇長は肩をすくめた。
「お前、その石見せてみろ」
「あ、えっと。これですか?」
俺が拾い上げた石を受け取った艇長は、しげしげとそれを眺め、そして最後にこう言った。
「お前、外の連中と交代だ。呼んでこい」
「え……?」
言葉に詰まる俺に艇長が拳を振るう。
全く見えなかったその一撃を受け、俺は尻餅をついた。
「復唱」
冷徹な艇長の言葉に、俺は従う。
艇長の瞳には、ギラついた何かが宿っているようで、俺は怖くなった。
「はい、外の人員と交代してきます」
「よし、行け」
俺は口の中の鉄の味を感じながら、その場から駆け出した。
◇
「……これは、ふむ」
ムムは少年が大男のこぶしを受けるその様子を、ただじっと見ていた。
ただ、見ていただけのはずだか、少しだけその口元は笑んでいる。
だが薄暗い遺跡の中で、それに気づくものは居なかった。
◇
「これはダイヤモンドの原石だ。あんたの言うとおりだな。地面の石飾りの代わりがこれってのは」
「ええ、私は嘘は言いませんよ。この遺跡はとても価値があるので、破壊するのは困りますが、持って帰れるものであれば、どうぞ、――ご自由に」
ムムは静かにそう艇長のクローグに伝えると、ひとつお辞儀をしてみせた。
それは貴族のするそれのようであって、黄の浮界「モルモンテ国」のものとは違うようにクローグは感じたが、もうすでにどうでも良いことであった。
「そうさせてもらう。それと報酬だったな?」
懐から銃を取り出し、間髪入れずムムに打ち込む。
倒れたムムの急所をめがけ二発、三発。
打ち込まれるたびに跳ねる肢体を何も映らない瞳で見つめながら、艇長のクローグはムムの死を確認すると、勝鬨をあげた。
「野郎ども、持てるだけすべて持ち帰れ! 俺達は明日から貴族だ!」
鬨の声と硝煙の匂い、そして血が流れ広がる様が盗掘者達をより興奮させ、醜い動物たちがカンテラを手に石を漁りだすまで、そう時間はかからなかった。
◇
「結局、こうなるんだよな」
遺跡の外まで頬を晴らしてたどり着いた俺は、残りの隊員と、「モルモンテ」の上級臣民に事情を説明し、荷物番という任務をしずしずと遂行していた。
遺跡の暗がりの奥の方から銃声が何度か鳴り響き、労働者達の雄叫びが響く。
――俺は除け者にされたのだ。
そう、わかっていた、いつもと何も変わらない。
力あるものが力なきものを出し抜き、虐げる、貧乏くじを引いたものが悪であり、富を得たものが正義。それが「モルモンテ」の常識だ。
あの女もただではすまないだろう。もう死んだかも。どうでもいいか。
穏やかな風が吹き、鳥たちがさえずり、俺が腰掛ける石の上を、見たこともない色のトカゲが這っていく。
ある意味では異常かもしれない、でも平和のカタチは人それぞれ。
俺は、俺と爺さんが生きていければそれでいいのだ。
◇
タイルのように敷き詰められたダイヤモンドの原石は、光のイタズラか青い燐光を帯びており、盗掘者達を歓喜させた。ブルーダイヤモンドと呼ばれるそれかもしれない。そう口走った上級臣民の言に、労働者たちは目の色を変えて、より輝くものを我先にと争った。
その間もムムの冷え切ったからだから流れ出る血の池は広がり、燐光を帯びるも地面にへばりついて剥がれなかったために無視された、透明な石の隙間を流れていく。
歪な模様を描き出すそれは、徐々に輝きを増しているようにさえ感じるほどに、周囲を明るく照らし出していた。
否、そこに魔術師が居るならば。
否、祈祷師が居るならば。
もとい、星見のものでも居るならば――、
その吉凶の変遷にきづくことすらあれど、そは目のくらんだ狂乱のるつぼにして、ポケットやズボンを石でふくらませる無様な亡者しか居ない。
なればそれは当然の帰結。
石はすでに、その者たちの命を吸い上げて、輝いていたのだから。
◇
ジャラジャラという音がする。
石と石が擦れ合う音だ。
ガシャガシャという音がする。
石と金具が擦れ合う音だ。
艇長たちが戻ってきたのだ。そう気づき、俺は濡れた目元を拭って、直立不動で迎えでた。
「―――、」
ぞろぞろと、よたよたと歩き出てきた艇長たちは何も口にすることはない。
俺はただおぞましいものを見ていた。
口から、目から、透明な青淡く輝く石が、遺跡から溢れ出る面々から、ボロボロと溢れ出ていたからだ。
艇長たちはもう何も話さない、ただ恍惚の笑みを浮かべ、口の中の宝石をガラガラと鳴らし、こぼしながら、彷徨うように俺の横を通り過ぎていく。
「やはりこうなったか」
その声に振り向く。
木々の影から、一人の日に焼けた老人と、引き締まった体躯の男たちが現れる。男たちは手に槍をもち、老人はやたらと節くれだった杖をついていた。
「これでどうかしら、エルダー」
いつ遺跡の奥から出てきたのか、老人の横に。
帽子を目深に被った女がすっと立っていた。
「――旅人よ、人は醜いか?」
「保留かな」
「……左様か」
ムムとよばれた女はすこしだけ疲れたような顔をしていたが、特に外傷はないようだった。
俺を無視してムムと老人が言葉をかわし、終わったのか、老人は槍を持つ兵士たちに、あの宝石量産機とかした艇長たちを始末するよう、命じていた。
「そうだ、骨すら残すな。でなければ、魔瘴石の影響下じゃ、ただのアンデットですみはせんぞ。確実に処理するのじゃ」
「エルダーのご命令とあらば、皆の者、油を持て! 森を焼くぞ!」
「意外と数が多いな」
「まさか霊廟で血を流すとは、愚かな者たちよ……」
呆然とする俺を置き去りに、話がどんどんと展開していくようだった。
だが俺には今はどうでもいい、がらんどうのさながらの真っ暗な瞳と口の奥から、輝石が溢れ出る様が目に焼き付いて離れない。
俺は、その場に腰を下ろした。
ガシャガシャもガチャガチャも聞こえない。
ただ、燃え盛る炎と、肉の焼ける匂い、煤けて乾いた空気だけが、その場を支配していた。
「……大丈夫。君はああならない」
「そうだろうか?」
「君はただただ、ツイてる。運がいい。運がいいというのは、ときに実力や経験すらも凌駕する。そして、教訓は人を強くする。君は死なないよ。少なくとも今は、ね」
「……」
背中から抱きとめられているというのに、何も感じない。
汗の匂いもあるはずなのに、何もわからない。
耳元に囁く呼気も、抱きしめられた腕の暖かさも、今は遠く。
俺はただ、泣いていたと思う。
◇
それから俺は一晩集落で過ごし、念入りに魔瘴石とかいうダイヤモンドのまがい物の影響を調べられた。
いや、まがい物というのは語弊がある。ダイヤモンドではあるのだが、宝石のそれとはやや変質した存在であり、神代の時代の名残であると、エルダーと呼ばれる老人から聞かされた。
兵士たちに護衛されながら、翌日係留されている「リッツ=ヒッター号」の元に送り届けられた俺は、公用語の通じる緑の民から事情を聞かされたらしい、マドックに汗臭い腕で抱きしめられた。
飛空艇の管理を任されたマドック以外の人間は、一つ目の遺跡から調度品などを運ぶ際、緑の民の戦士団「ラクタヴィア」の民の襲撃を受け、全滅したのだという。
一人もたどり着かない上に、無線も通じない。
マドックの生死を分けたのは、飛空艇を守るという責任感と、危機的状況こそ動くべきではないという、長年の勘以外に何もなかった。
「ボウズ! ボウズ! 俺はぁ……俺はぁ! お前まで死んだんじゃあ、ないかとっ!」
そう俺を掻き抱く空の男の腕のなかは蒸し暑く息が詰まる。だけど不思議と嫌ではない。
「大丈夫です、マドックさん」
俺はマドックの隆々とした背中に手を回し、感極まる空の男をなだめながら、つとめて明るく言った。
「今夜はカレーの日のはずですから、また、お願いします」
「おう……おう……、まかせとけ!」
俺を抱きしめていた手を離し、頭をぐしゃぐしゃと撫でるマドック。
心なしか、今までで一番嬉しそうな顔をしているように、俺には思えた。
「ところで……なんだが、」
マドックが俺の背後を指差して言う。
「あの女、どうするんだ?」
「私はその少年についていくだけです」
男二人の熱い抱擁をニヤニヤ顔で見つめるムムがそこに居た。
その声に驚き、俺は振り向く。
今は目深にかぶっていた帽子を外し、メガネのブリッジをくいっと上げてみせるムムは、いやらしい笑みでその顔を歪めつつ、両手を広げ、胸を張る。
「勝利、友情、そして愛ッ!!」
「愛」の発音にやたらと気合を入れ、自らを抱きしめるよう腰を不気味にくねらせるムムに対し、俺とマドックは慌てて距離を取る。
「素晴らしい、愛は偉大っ! ですっ!」
「「これは断じて愛じゃない!」」
俺とマドックの声が唱和する。
「このねーちゃんもしかしてあれか? 脳みそのネジ、一度全部吹っ飛んでるとか……」
「俺に言われても困りますよ……なんか、昨日からずっと俺に付きまとうんです」
俺の言葉を聞いて、ほーう、と笑うマドック。何を心得たのか、うんうんとしきりに頷いている。
「……そうかそうか、お前も苦労するなぁ。これも女を惚れさせてしまうオトコのサガよ。年の差なんてかんけぇねえ、大切にするんだぞ、グスッ」
そう俺の肩を優しくポンポンと叩く給仕長。
今の親密度なら殴っても問題ないような気がする。というか今なら殴っていい気がする。
と言うか殴りたい。
俺と給仕長の問答を尻目に、ムムは「やれやれ」と、肩をすくめるような仕草をして、俺とマドックに近づいてきた。
「私はショタコンじゃありませんから、分別はあるつもりです」
ムムはクイッとブリッジを持ち上げて続ける。
「ただ、その少年の運命には興味があります。なんだか波乱の予感がしますし」
と、細い腰に両腕を当てて、俺を見つめると、続いて前かがみになってさらに顔を近づけてくる。
甘い汗の香りすら感じる程の距離で、ムムは俺の瞳を覗き込む。
「運命流転はいくつも見てきたけれど、君のそれは特別だ。実に興味深い」
まじまじと見ると意外と整ったきれいな顔をしているムムの下で、小さな布が申し訳程度についただけの大きな胸が、ばるんばるんと大きく揺れる。
その姿に俺はドギマギする。なんだか異常に胸が高鳴る。
ムムは長身で、俺よりも頭一つ分は高く、マドックよりは低いくらいで。
スラリとしていながら肉付きのよい身体は色香があり、美人と言って差し支えない。
ふと給仕長のマドックを見ると、だらしなくたわわに実ったムムの胸に視線を固定させ、鼻の下を伸ばしている。
黄の国でも見ない露出の高い服を着ていることから、ムムはもっと別の浮界から来たのだろう。緑の国の装束のそれとも全く異なる服装は、少し扇情的すぎるように思えた。
そのムムがいい加減焦れたような顔で「ところで、君」と切り出す。
「君の名前は、まだ教えていただけていませんね?」
不便なので教えてください、と付け足すムムは、いたって真面目な顔だ。
なんだそんなこと、と思うと同時に、まだそんな間柄だったのかと少し驚く。
「ああ……俺の名前は、」
と口を開きかけて、ムムの顎を伝う汗が胸に吸い込まれていく様に目を奪われ、無駄に胸が高鳴った。
「マセガキ」
ニヤつくムムをとっさに睨みつけ、名前を告げる。
奇妙な自己紹介であったけど、俺たちはようやっと旅の仲間の流儀を終えた。
――これは旅人と、とある少年の物語。どう転ぶかは、神のみぞ知る。
次回は少し期間があくかもしれません。
ムムと少年の旅は、始まったばかりです。
※誤字修正しました。(船の名前ミス)
※後半部分を修正しました。