#8 これが俺のスキルです
いったいあの巾着袋にどれ程価値のある物が入っていたのかは今となってはわからない。
けど、中身を食べたときの魔術師の動揺を見る限りそこそこ価値のあるものだったのだろうとは思う。
まあ、何はともあれ俺はお金や宝石を食べることによって大幅に経験値を増加させて格上の魔術師を撃退することに成功した。
のだが……。
「元の雑魚に戻ってるわね」
「雑魚のルーちゃん可愛そう……」
ルルナ今朝言っていたように経験値が上がるのはあくまで一時的な効果のようだ。
例の六角形の石(インジケータという名前らしい)に表示されたステータスを眺めながらリーファとルルナが話し合っていた。
あの後、俺たちは説明不足のゴブリンを小突いて、少し多めに報酬をぶんどって(と言っても六〇〇〇リオンだが)ダンジョンを抜け出した。
ちなみにルルナのいたパーティはルルナとリーダーだったらしい魔術師が抜けて、急激に纏まりを失いオークたちの返り討ちにあってどこかに逃げて言った。
ってなわけでまとまったお金を手に入れた俺はまずは腹を膨らませて、それからリーファの寝間着と下着を買って一番安い宿に入ったのだが……。
「どうしてお前は当たり前のように俺に夕飯を奢られて、さらには宿にまでついて来てるんだよ」
何故か、ルルナはそれからずっと俺たちと行動をともにしている。というか、勝手についてきている。
「だ、だって私お金持ってないんだもん……」
「なんでお金を持っていないからって俺達についてくるんだよ」
「それは……」
寝間着姿のルルナはそう言うとバツが悪そうに俺から目を逸らした。
「ルーちゃん、ルルナちゃんをイジメちゃだめだよ。ルルナちゃんは私達の大切なお友達なんだよ」
と、そこで、リーファはルルナをハグする。ルルナもリーファの言葉に便乗して「リーファちゃん〜」とリーファの頭を撫でる。
「だいたい、ルルナちゃんがあのときダンジョンに来てなかったらルーちゃんは殺されてたかもしれないんだよ」
まあ、確かにそれはそうだ。
確かにルルナがいなければ俺は自分のスキルのことも知らなかったし、あの魔術師に殺されていたかもしれない。
「ルルナ、お前のおかげで助かったよ。ありがとうな」
だから、そう素直にお礼を言うとルルナは照れたように顔を真っ赤にする。
「べ、別にお礼なんていらないわ……私だってあんたたちのおかげで飢え死にしなくて済んだわけだし……私のほうこそ……」
ルルナはそこまで言って俯くと小さく「あ、ありがとう……」と呟いた。
まあこれで貸し借りはチャラってことで。
と、そこでルルナは目だけ俺に向けて口を開く。
「あんたたち、これからどうするつもりなの?」
「どうするって言われてもなあ……」
正直なところ、これからのことは何も決まっていない。
「最悪、リーファをどこかに預けて土方でもしようかなとは思っているけど」
それが一番現実的で確実な方法だ。
が、
「それは駄目っ‼」
リーファは俺の言葉を聞くやいなや俺に飛びついてきて俺の腕にしがみつく。
「私、ルーちゃんと一緒じゃなきゃやだ……」
と、聞き分けのないことを言う。
両親と離れ離れになったばかりで寂しいのだろうと思うと、リーファの気持ちは分からないでもないが……。
でも、そうなると俺の選択肢は限られてくる。
今日みたいに託児を同時にしてくれる仕事などそうそうあるものでもないし……。
「どうしたものかなあ……」
離れようとしないリーファの頭を撫でながら何かいい方法はないかと考えてみる。
「あんたの特殊スキルはどのぐらい使えそうなの?」
そんな俺を見てルルナが唐突にそう尋ねる。特殊スキルというのは当然俺の【金喰い】のことだろう。
「ねえ、あんた今いくら持ってるの?」
「はあ? 何だよ藪から棒に……」
「いいから出して」
と、ルルナがせがむので俺はポケットから巾着袋を取り出した。ちなみにこの巾着袋は魔術師から奪い取った物だ。
巾着袋を逆さまにすると、中に入っていたコインがじゃらじゃらと音を立てて床に落ちる。
「え〜と、ひーふーみーよー……」
と小銭を数える。
「一二〇〇円、いや、一二〇〇リオンだな」
これだけあれば明日の昼飯ぐらいまでは賄えそうだ。
が、
「試しに食べてみて」
と、そんなことを言うルルナ。
「いや、食ったら明日の飯が食えねだろ」
「これはあんたのスキルを活かすための先行投資なの。じゃあリーファの朝ご飯用に二〇〇リオンは置いておいて、私とあんたの分の残りの一〇〇〇リオンを使いましょう」
「お前の分ってなんだよ」
「そんなことは大した問題じゃないわ。ほら、早く食べて」
と、何かを煙に巻いて話を進めるルルナ。
俺は渋々一〇〇〇リオン分のコインを分けてそれを口に放り込んだ。
うん、不味い。
口の中に広がる金属の味に顔を歪めるが、その不快感もすぐに無くなる。
いつの間にか口の中からコインは消えていた。
俺はすぐにインジケータを取り出してステータスを見やる。
【登録名】
ルドルフ
【種族】
オーク
【装備】
ありふれた棍棒
【基本スキル】
レベル1+1
HP 50/50+5/5
MP 50/50+5/5
攻撃 20+5
防御 20+5
命中 30+5
回避 20+5
【特殊スキル】
金喰い
5000
「しょぼいわね……」
「ルーちゃん、しょぼい……」
ステータスを眺めながらルルナとリーファが正直な感想を述べる。
どうやら一〇〇〇リオン程度で得られる経験値はたかが知れているらしい。
ちなみに一番下の数字はステータス上でカウントダウンのように減っているので経験値を上乗せできる残り時間のようだ。
これで一〇〇〇リオンでどのぐらい経験値が得られるのか分かった。
俺はインジケータを置くとルルナを見やる。
「ルルナ、お前のステータスを見せてくれ」
そう頼むとルルナは動揺した顔で首を横に振る。
「わ、私のは関係ないでしょっ⁉」
「お前のを見なきゃ比較ができないだろ。お前みたいに普通にパーティに参加できるレベルのステータスが知りたいんだ」
そう言うとルルナは少し悩むように黙り込んでいたが、渋々インジケータを手に乗せた。
【登録名】
ルルナ
【種族】
人
【装備】
カルプヒナ
【基本スキル】
レベル5
HP 500/500
MP 500/500
攻撃 150+150
防御 100
命中 250
回避 1000
【特殊スキル】
恥ずかしき陽動
「もういいでしょ?」
そう言って、すぐに手を引っ込めようとするルルナ。だが、そうはさせじとその手を掴む。
「なっ⁉」
腕を掴まれたルルナは顔を赤くして「あんまりじろじろ見ないで……」と小さく呟く。
が、そんなルルナの言葉をガン無視してステータスをじっくり観察した。
なるほど、俺を雑魚呼ばわりするだけあってどのステータスも俺よりもいい。
次に特殊スキルを見やる。
「恥ずかしき陽動? なんだよこの変な名前のスキルは」
「それはその……」
口ごもるルルナ。
どうやら彼女が俺にステータスを見せたがらないのはこのスキルのせいらしい。
「これはなんというかその……ある条件を満たせば、私の回避力をパーティメンバーに分けることができるの……」
「なんだよ。ある条件って」
俺とリーファは同時に首を傾げる。
そんな俺を見てルルナは更に顔を赤くする。
そして、
「……くなること……」
何かボソボソと呟くルルナ。
「はあ?」
「恥ずかしくなることっ‼ 私が恥ずかしい気持ちになるとパーティメンバーに私の回避力が振り分けられるの‼ これでいいでしょ‼」
そう言うとルルナは俺の掴んだ手を振りほどいてインジケータをカバンに戻すとズボンの裾を掴んで俯いてしまう。
なるほど……。
俺はルルナが頑なに自分のスキルを隠したがる理由を理解する。
「わ、私のことはどうでもいいのよ。それよりもあんたのこと……」
そう言って話を戻すルルナ。
そう言われて俺は自分のスキルのことを思い出す。
だが、ルルナのステータスを見て条件を理解した。ルルナレベルのステータスを手に入れるためにはそれなりにまとまった金が必要だということだ。
俺とリーファの生活費のことを考えるとそれだけのお金を確保するのは至難の技だ。
協力者の力が必要だ。
「なあルルナ」
「何よ……」
「俺たちと組もう」
俺たちにはルルナの力が必要だ。
そんな俺の言葉にルルナは驚いたように目を見開く。
「そんなこと、いきなり言われても困るわよ……」
「どうせ金も行くあてもないんだろ」
「悪かったわねっ‼ 金も行くあてもなくて」
そう言ってルルナはしばらく考えるように黙っていたがしばらくして口を開くと「いいよ。組んでも……」と呟いた。