#6 世知辛い現実
何はともあれ俺たちは冒険者としての第一歩を踏み出すことに成功した。
が、それと同時に俺たちの前には乗り越えなければならない問題がいくつもあることを理解していた。
まずは食い扶持を探すことだ。
そのためにはパーティに参加していくつものクエストをこなさなければならない。
というわけで俺たちはみたびギルドの事務局を訪れ事務のおねえさんからその辺の事情を享受してもらうことにした。
のだが……。
「現在、メンバーの募集をしているパーティの中であなたが条件をみたしているものはありません」
無情にも俺は現実を突きつけられていた。
どうやら俺は相当な雑魚のようだ。
おねえさんの話によると、そもそもステータス以前にオークのような野蛮だと一般的に思われている種族は募集の対象外にされていることが多いのだという。
日本で生まれ育ってここまで露骨な差別を受けたことのなかった俺にとってこれはかなりショックな出来事だった。
だから、俺はリーファと二人でのパーティ参加を諦めリーファ単独で検索をかけてもらうようおねえさんに頼んだ。
その結果。
「参加条件を満たしているパーティが複数見つかりました」
どうやら俺とリーファでは出来が違うらしい。
リーファ単独であれば参加できそうなパーティが複数見つかり俺はさっそくリーファに一人でパーティに参加するよう促した。
リーファがパーティでクエストをこなしている間に俺は日雇いの土木作業員の仕事でもこなせばいい。現に、さっき事務局の廊下にいくつもの求人のチラシが貼られているのを俺は見た。
が、俺のそんな提案にリーファは首を縦に振らない。
「ええ? ルーちゃんは一緒にパーティに参加しないの?」
「俺がいても邪魔になるだけだ。リーファが一人で参加したほうが見つかりやすいんだ」
「私、ルーちゃんと一緒じゃなきゃやだよ……」
そう言ってリーファは駄々をこねるように俺の腕にしがみついて離れようとしない。
どうやら彼女は俺と離れたくないようだ。
そう思ってくれるのは嬉しいのだが、同時に困ったものでもある。
現に。
ぐぅ~。
駄々をこねるリーファの腹が鳴り、彼女は自分の腹をさすった。
「ルーちゃん、お腹空いたね……」
俺たちの空腹は限界に近付いていた。
持ってきていたお金は例の飢え死に寸前の剣士に奢った分で全てなくなってしまった。
ちなみ昨晩倒したスライムの魔法石は既に事務局で買い取ってもらった。
が、スライム討伐程度で貰えるお金など微々たるものでたった五〇リオンにしかならなかった。
ちなみにこの世界の一リオンは日本円でほぼ一円と同じぐらいの価値のようだ。
俺はそのわずかなお金を持って街を歩き回りなんとか量り売りのココナツミルクのような飲み物をコップ半分ほど買って飲んだ。
初めはリーファに全て飲ませるつもりだったのだが、リーファが「残りはルーちゃんの分」と半分俺にくれたのでわずかにお腹を満たしたのだが、それももう数時間前の話だ。
すでに昼下がりを過ぎていた。
このままで本格的にまずい。
日が傾くにつれて俺の焦りが募っていく。
さすがにリーファに何も食べさずに野宿をさせるようなことがあってはいけない。
そんなことをしたらリーファの両親に見せる顔がない。
俺はどうしたものかと近くのベンチに腰を下ろしてうな垂れていた。
すると、
「ちょっと、そこのおにいさんっ」
と、誰に声を掛けられて顔を上げる。
すると、小学生ほどの身長の奇妙な生き物がそこには立っていた。
その生き物は俺と同様に薄い緑色のような体をしており、これまた俺と同じように醜い顔をしている。
こいつは確か……。
そいつは俺の知っている架空の生き物、ゴブリンとよく似ていた。
ゴブリンは風俗のボーイのように奇妙な笑みを浮かべると低姿勢で俺に近づいてくる。
しかし醜い顔をしている。
とかいう俺もオークなのだけど、頻繁に鏡を見るわけでもないので自分の顔にまだ見慣れていないのである。
現にさっきトイレで手を洗おうと鏡を覗いて思わず「うわっ!!」と声を上げてしまった。
ゴブリンの顔を見ていると自分もこんな風に醜い顔をしているのかと思い少し暗い気持ちになる。
が、そんな俺の気持ちなどつゆ知らずゴブリンは俺にぐいぐい話しかけてくる。
「もしかしてお兄さん、お仕事をお探しですか?」
「そうだけど……それがどうかしたのか?」
「そうですかっ!! いや~それはいいタイミングで話しかけました」
と、怪しげな笑みで俺に近寄ってくる。
どうでも良いが鼻息が荒いな、こいつ……。
「実はあなたにぴったりの仕事があるんです」
「俺にぴったりの仕事? 力仕事か何かか?」
「いえいえ、力は必要ありません。ただ突っ立っているだけで大丈夫ですから」
「なんじゃそりゃ……」
ますます怪しい……。
「報酬だって日当で五〇〇〇リオンは用意できますよ。見たところお金にお困りのようですし、あなたにピッタリかと……」
五〇〇〇リオン。
その言葉に俺は思わず息を飲む。
五〇〇〇リオンあればとりあえず、二人分の夕食と安い宿屋のお金にはなりそうだ。
「もちろん仕事が終わり次第、即金でお支払いしますよ。どうですか? 悪くないお話かと思いますが?」
見るからに怪しそうだが、悪くない条件だ。
俺はリーファを見やる。
リーファは相変わらず俺の腕にしがみついて離れ離れはやだという視線を送ってくる。
「うちはシングルのお父さんやお母さんが多いので、託児施設も完備しています。お嬢さんのすぐ近くで働くことも可能ですよっ!?」
と、リーファの仕草を見て事情を察したゴブリンがチャンスとばかりにぐいぐい俺に詰め寄ってくる。
俺はもう一度リーファを見やった。
どうやら今の俺に選択肢はないようだ。
※ ※ ※
「ルーちゃん、頑張れ〜」
一時間後、俺は見知らぬ洞窟の中にいた。
一〇〇人近くのオークに囲まれて……。
俺が請け負ったバイトとはこの巨大ダンジョンの数合わせだった。スタッフから支給されたトゲの付いた棍棒を握りしめながらもう三時間はここで何もせずに突っ立っている。
確かにゴブリンが言っていたことに間違いはない。
背後のゴツゴツとした岩肌には小さな丸窓がついており、窓の中からリーファが手を振っている。
しかし、でかい洞窟だ。
この辺りでも最大級のダンジョンらしく、なんでもリタイアした魔王が趣味の延長で経営しているのだという話をゴブリンから聞いて幼い頃からダンジョンに夢と希望を俺はかなり興ざめした。
ってか、定年したサラリーマンのそば打ち感覚でダンジョン経営してんじゃねえよ……。
なんでも魔王は道楽好きで定期的にモンスターたちを引き連れて呑みに出かけてしまうらしく、そのときはこうやって道端のモンスターを捕まえて数合わせをするのだという……。
集団の最後部に立っていた俺はぼーっと先頭を眺める。
さっきから時々冒険ギルドのパーティらしき集団がやってきてはオークと戦闘しているようだったが、勝つにしても負けるにしてもパーティは一部の連中と戦ってどっかに行ってしまうので、俺が実際に戦闘に参加することはなさそうだ。
「お前、見かけない顔だなあ。初めてか?」
と、そこでオークの一人が俺の肩を棍棒の先でツンツンと突いてくる。
顔を向けるとオークがなにやらニヤニヤしながら立っていた。
「初めてだけど……」
これが俺がオークと初めて会話を交わした瞬間である。
よくわかんないけど、オークの会話ってこんな派遣のバイトの集合場所みたいなノリなのか……。
「お前は初めてじゃないのか?」
「ああ、だいたい週一だな。後ろにいる奴らはだいたいそうだ」
「そんなに参加して怖くないのか?」
至極真っ当な質問をした……つもりだったが、俺の言葉にオークは思わずニヤける。
「そんなこと万に一つくらいしかないから、心配ねえってばっ!! 俺らがエキストラで戦うつもりもないってことは向こうもわかってるんだ。それに俺らみたいな雑魚オークを倒したところで経験値もほとんど増えないし」
そう言うと、頭に手を乗せて暢気に口笛を吹くオーク。
そんなオークを眺めながら俺はふと不安になる。
なんかコイツフラグ立ててねえか?
そして、恐るべきことにそのフラグ僅か数秒後に回収されることになった。
突然、口笛が途切れたのだ。
俺は奇妙に思いさっきのオークを見やった。そして、絶句した。
オークの眉間に矢が突き刺さっていた。
オークは目を見開いたまましばらく突っ立っていたが、すぐに霧散して、代わりに地面に小さな魔法石が転がった。
その瞬間、さっきまでの腑抜けた空気は一変する。周りのオークたちに一気に緊張感が走った。
直後、洞窟に「お前たち皆殺しだぁっ‼」という叫び声が響き渡った。