#4 女剣士現る
それからどれぐらい走っただろうか。
少なくとも数時間は走ったような気がする。
きっと以前の俺だったら一〇分も走れば肺がパンクしていたのだろうが、どうやらこの身体は以前のものとは色々と事情が違うのだろう。
が、さすがにオークと言えど、いつまでも走り続けられるほどの体力は持ち合わせていないようで、村を離れしばらく森を走ったところで体力の限界がやって来た。
「はぁ……はぁ……もう無理……」
俺はリーファを抱き抱えたまま近くの木にもたれかかる。
いったいここはどこなんだ……。
そのまま座り込むと呼吸を整えながらあたりを見渡す。
が、あたりに生い茂る木々以外の物は見えない。
真夜中で街灯もないのに一〇メートル以上先が見渡せるのはきっと空に月によく似た大きな星が三つも浮かんでいるおかげだろう。
そんな空を見上げて俺は改めて地球とは違う世界にやって来たのだと実感する。
俺は抱きかかえたリーファに目をやる。
リーファは瞳を閉じたまま小さく寝息を立てていた。
「さて、どうしたものかなあ……」
なんとかリーファの両親から逃げ切ったのはいいものの、俺には行く当てなんてあるはずもなかった。
そもそも俺はここが何という名前の世界で、なんという国なのかも知らない。
リーファは旅に出かけるなんて言っていたが、俺にはその旅が具体的にどういうものなのか想像もできなかった。
いったい、俺はどこに行くんだろう……。
漠然とした不安が俺の胸を満たしていく。
「ピギュッ!!」
そんな不安に押しつぶされそうになっていると突然、背後からそんな声が聞こえた。
「うわっ!!」
突然の声に俺は心臓が止まりそうになって、慌てて立ち上がる。
そして、目の前に現れた物体に言葉を失う。
俺の足元、から二メートルほどのところに何やら青くて半透明の直径五〇センチほどの物体が鎮座していた。
物体は何やらその場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
すげえ、スライムじゃんっ!!。
この世界に来て間もない俺だったが、この物体がスライムだということはすぐにわかった。
と、ともに、ゲームの世界だけの生き物だと思っていたものが目の前に現れて興奮が止まらない。
自分の方がもっとゲームの世界だけの生き物だということをすっかり棚に上げたまま、俺はスライムを眺めていると、スライムぴょんぴょんと跳ねながらこちらに近寄ってくる。
そして、
「うぐはっ!!」
俺の目の前のスライムは突然、大きく跳ね上がり俺の顎の下にクリティカルヒットした。
突然の右アッパーに俺は避けることもできず、リーファを抱いたまま尻餅を付く。
その衝撃でリーファの瞼がピクリと動いた。
「んん……ルーちゃん、どうしたの?」
リーファは寝ぼけ眼を擦りながら俺を見つめていたが、痛がる俺の顔に驚いてあたりを見渡しスライムの存在に気がついた。
「ルーちゃん、スライムだよっ!!」
そう言うとリーファは興奮したようにスライムを指さすと、ぴょんと俺の腕から飛び降りて抱えていた杖をスライムに向けた。
そして、昨夜のように瞳を閉じて小さく口を動かして瞳を開く。
すると、杖の上部から小さな稲妻が飛び出してスライムに直撃した。
「ピギュッ!!」
稲妻の直撃したスライムはそんな断末魔とともにパンと風船が弾けるように破裂して消えた。
それを見たリーファはさっきまでスライムのいた場所に歩み寄りそこに落ちていた何かを拾い上げて俺のもとに戻ってくる。
「なんだよそれ……」
俺はリーファの握ったカラフルな石に目を落とす。
「魔法石だよ」
「魔法石?」
「うん、これをお店の人に渡したらお金が貰えるんだよっ!!」
そう言うとリーファは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
魔法石。
なるほど、どうやらこれはゲームでいうところのドロップアイテムのような物らしい。
※※ ※
朝がやって来た。
あの後、俺は目を覚ましたリーファの手を引きながら二人で森の中を彷徨い続けた。そうこうしているうちにあたりはすっかり明るくなってきた。
そして、ついに……。
「わぁ~っ!! 見て見てルーちゃん!! 街が見えるよ!!」
そう言って前方を指さすリーファ。
目を凝らすと木々の間から確かに建物のようなものがいくつか見えた。
街を見つけて嬉しくなったのだろうかリーファは俺の手を引いて街の方へと駆けていく。
「お、おい、待てってばっ!!」
手を引かれながら俺も駆けるとやがて木々を抜けて眼前に街の風景が広がる。
「すげえ……」
目の前の光景に思わずそんな声が漏れる。
なんというかそこに広がっていたのはゲームの世界だった。
石畳の路面に、石造りの建物。
どうやらここがメイン通りのようで、通りの入り口には『ようこそリアマスティアへ』と書かれている。
まだ早朝のせいか通りに人通りはほとんどない。
が、当てもなく森を彷徨った俺としてはこの人の匂いが涙が出そうなほどに嬉しかった。
ぐぅ~。
と、そんな安心感のせいか突然、俺の腹が鳴った。
「ルーちゃん、お腹空いたの?」
「ああ、ちょっとな」
「でも、まだ朝早くでどのお店も開いてないよ……」
「心配するな。我慢できないほどじゃないさ」
そう言って気丈に振舞うとリーファの手を引いて歩き始める。
が、
「そこのオークっ!!」
そんな声が早朝の街に響き渡って俺とリーファはふと足を止めて振り返る。
すると、そこには何やら西洋風の甲冑を身に纏った女が立っていた。
誰だこいつ。
しばらく黙って見つめていると、女は再び「ちょっと、そこのオーク聞いてんのっ!?」と
口を開く。
どうやら俺を呼んでいるらしい。
俺は自分の顔を指さすと女はうんうんと頷いた。
客観的に見れば俺はオークなのだが、今一つ自分がオークだという実感がまだないため、そう呼ばれてもピンとこないのだ。
「俺に何か用か?」
俺がそう尋ねると、女は腰からぶら下げていた剣を抜く。
「あんたダンジョンからはぐれたオークね。そんな幼い女の子を捕まえて何をするつもりなの?」
そう言うと女は剣を構える。
どうやら勘違いをされているようだ。
「いや、俺はただの――」
「言い訳をしても無駄よ。観念しなさい」
「はあ?」
俺は釈明をしようとするが女はあくまで俺を悪いモンスターだと思い込んでいるようで、鋭い目で俺を睨んでいる。
「違うの。剣士さん。このオークは私の召喚獣でお友達のルーちゃんなのっ!!」
リーファがそう言って剣士の女に説明をする。
が、
「可哀そうに。オークに脅されているのね」
と、あくまで俺を悪者扱いしてくる。
だから、俺は右肩の紋章を剣士に見せる。
「これが見えるか。こいつは俺がこの子の召喚獣である証拠だ。わかったらとっととどっかに行けよ」
そう言って俺はしっしっと女を追い払う仕草をする。
これには女も「なっ……」と少し動揺した表情を浮かべていた。が、すぐにブルブルと首を横に振ると再び俺を睨む。
「そ、それはあんたが描いたものでしょ。騙そうとしても無駄よっ!!」
が、どこまでも俺を悪者と信じて疑わない剣士。
なんだこの女。なんか面倒くさいぞ……。
そして、挙句の果てには。
「そ、それにあんたが悪者だとか良い者だとかそんなことは関係ないの。私はあんたを切って魔法石が欲しいのっ!!」
と、訳の分からないことを言い出す。
「お前、自分で何を言っているかわかっているのか?」
「私、もう三日ぐらい何も食べてないのっ!! だから、死んで」
「いや、理由が理不尽すぎるだろ」
「うるさいっ!! 死ねっ!! 極悪オークっ!!」
そう言うと女は俺を目がけて突っ走ってくる。
これには俺とリーファに緊張が走る。
リーファは慌てて、
「ルーちゃん、下がっててっ!!」
と、素早く俺の前に立つとロッドを女へと向ける。
が、リーファを危険な目に合わせるわけにはいけないと、俺はそんなリーファを強引に跳ね除けて前に出た。
「ルーちゃんっ!!」
飛ばされたリーファは尻餅をついたまま俺の名を叫んだ。
が、その頃には女は目の前に迫っており、剣を目いっぱい振り上げていた。
まずいっ!!
そう感じた俺は後退りしようとするが、その直後、小石に踵が引っかかりバランスを崩してしまう。
激しく尻餅を付いて、お尻に鈍痛が走る。
が、そんなことを気にしている場合ではない。
俺は慌てて顔を上げて剣士を見やった。
が、
「うわっとっとっ!!」
今度は剣士が小石に足を躓かせた。
「お、おいっ!!」
剣士はバランスを崩して俺の方へと倒れ掛かってくる。が、なんとか俺の脳天をぶった切ろうと剣を振り下ろす。
その結果。
ゴーンっ!!
と、早朝の街に鐘の音が響き渡る。
「うぎゃあああああああああああああっ!!」
その直後、俺の前頭部に鈍痛が走った。
剣士の手元の狂い、剣の側面が俺の頭にクリティカルヒットしたのだ。
あまりの痛みに俺はその場でのたうち回る。
が、痛みがすぐに怒りに変わり、俺は自分の上に被さるように倒れる剣士の両肩を掴んで強引に身体を持ち上げる。
「おい、てめえっ!!」
怒りをぶちまけてやろうと俺は剣士の顔を睨みつけた。
が、
「はわわ……」
剣士は目を回して気を失っていた。
それを見たリーファが慌てて俺のもとへと駆け寄ってくる。
「ルーちゃん、大変っ!! この人をどこかに運ばなきゃっ!!」