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#3 かくして俺は少女と旅に出る

 結局、その日の深夜になっても俺の両手両足に巻かれたロープが解かれることはなかった。

 リーファの両親は寝室らしき部屋に引き上げてからもあれやこれやと俺の処遇について語り合っていたが、それも一時間ほどで落ち着き寝室は静まり返った。


 っと、思ったが、しばらくすると今度は部屋から何やら卑猥な声が漏れてきた。

 おいおい、人の、いやオークの生死が懸かってるってときに何暢気なことやってくれてるんだよ……。

 どうやら人間にとってオークなどというものは気遣いの対象ではないようだ。

 だが、そんな声も三〇分ほどで落ち着き、いよいよ家の中は静まり返る。


 さて、我が愛しのリーファはというと……。


 俺の足元ですやすやと寝息を立てていた。

 俺はそんな彼女に毛布の一枚でもかけてやりたい気持ちになったが、それは今の俺には叶わぬ願いだ。


 人間、いやオークってのは恐ろしいもので、生死がかかっているような状況でも疲れが溜まると眠気がやってくる。

 どうやら前の世界から疲れも一緒に持ってきてしまったようだ。


 気がつくと俺は眠りに落ちていた。


 のだが……。


「ルーちゃん……ルーちゃんってばぁ……」


 誰かに体を揺さぶられて俺は目を覚ました。

 すると暗闇の中、俺の顔を覗き込むつぶらな瞳が見えた。


 そうだ。俺はこの世界で捕らわれていたんだと嫌なことを思い出す。


「リーファ……」

「初めて名前で呼んでくれたね」


 そう言うとリーファな嬉しそうに笑みを浮かべた。

 が、すぐに真面目な顔に戻ると「でもね、今は喜んでいる場合じゃないんだ」と、俺の背後に回った。

 そして、


「おい、リーファ、何をするつもりなんだ?」


 リーファはしゃがみ込むと縄を解こうと小さな腕を伸ばす。


「ルーちゃん、私たち旅に出るんだよ」

「旅って……でも、お父さんとお母さんは反対していただろ?」

「私はルーちゃんを召喚したの。だから、冒険に出かけなきゃいけないの」

「でもリーファはまだ八歳だ。旅に出れば危険なこともいっぱいあるかもしれないし」


 と、俺は気がついたら自分の身の危険のことも忘れて少女を説得しようとしていた。

 が、


「ルーちゃんは強いオークなんだよ。危険なことがあってもきっとルーちゃんが私のことを守ってくれるよね?」

「…………」


 そう言って俺に微笑みかけるとリーファは再び縄を解こうとする。

 だが、


「ルーちゃん、固くてなかなか解けないよ……」


 どうやら八歳児の小さな手で強く縛られたロープを解くのは困難なようだ。

 だが、そんな彼女を恨んでも仕方がない。彼女は俺を助けるために精いっぱい頑張ったのだ。

 出会ってまだ数時間しかたっていないのに俺は目の前の少女のことがどうしようもなく愛しく感じられた。


「もういいよリーファ……」


 もう十分だ。


「お父さんとお母さんも言っていただろ。オークってのは醜い生き物なんだ。心優しいリーファにはもっと相応しい召喚獣がいるはずだ」


 俺はどのみち一度死んだんだ。

 何故かこんなところにいるけれど、本来、俺は死人なんだ。死人ならば死人らしく冥土なり地獄なりに送られるべきで、嫌われてまでこんなところで生きている理由はない。

 だから、俺は彼女に諭す。

 が、


「そんなの駄目だよっ!!」


 リーファは真剣な目で俺を見つめた。


「ルーちゃんは醜くなんかない。私はルーちゃんは私の大切なお友達だよ。だから、そんな酷いこと言わないで」


 彼女は真剣だった。

 彼女は真剣に俺と一緒に旅に出ようと、魔術師になろうとしているんだ。

 そんな彼女を見ていると自分の生半可な気持ちが急に恥ずかしくなってきた。


「ルーちゃん、ちょっと待っててね」


 リーファそう言い残すと寝室の方へと駆けて行く。そして、必死に背伸びをして何とか寝室の扉へと入っていく。そして、しばらくののちリーファは何かを持ってリビングに戻って来た。


「リーファ、それは……」


 彼女が手に持っていたのは大きな杖だった。

 俺の記憶が正しければそれは昨日、リーファの母親が俺を威嚇するために持っていたものだ。

 多分だが、それはこの世界に存在する魔術を使用するための物に違いない。

 長さにして一メートル五〇センチほどの杖の上部にはエメラルドのように緑に光る宝石があしらわれていた。

 リーファは俺のもとに戻ってくると、彼女の身体には大きすぎるその杖を持った右手と左手のひらを俺に向ける。

 その姿は俺が昔から思い描いていた魔法使いそのものだった。


 そして、リーファはゆっくりと瞳を閉じると口を小刻みに動かす。


 詠唱?


 彼女は何かを唱えているようだった。現に、彼女の口からわずかに声が漏れている。

 が、その声はしっかりと聞き取るにはあまりにも小さく、そして早かった。


 が、数秒で彼女の口はぴたりと止まり、彼女は瞳を開いた。


 その直後、俺の目の前に閃光が走った。


「なっ!!」


 と、思うや否や、足元の床に一〇センチほどの穴が開いた。

 穴からは白い煙が上がっている。


「…………」


 リーファがやったのか?

 目の前の少女の華奢な体からは想像できないほどの激しい稲妻と、ぽっかりと空いた床の穴に俺は言葉を失う。

 が、目の前の少女はその驚くべき力にも関わらず「あれ、おかしいなあ……」と首を捻る。


「ごめんね、もう一回」


 そう言うとリーファは再び呪文を唱え始める。


 そんな彼女を眺ながら思い出す。


 俺はさっき、一度失った命がどうなろうとどうでもいいというようなニュアンスの言葉を言ったような気がする。

 が、俺はその恐ろしい能力に小便をちびりそうになった……。


 リーファが呪文を唱え終え再び目を開くと、今度は俺の背後が激しく光った。


 そして、


「おおっ!!」


 俺の両手が自由になった。


「やったっ!!」


 ロープを焼き切ることに成功したリーファは喜びのあまりその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「ママの真似をしたらできたよっ!!」

「もしかして初めてなのか?」

「うん……だってママに危ないから魔術を使っちゃダメって言われていたから。でもね、こっそり本を読んで勉強していたの」

「お、おう……」


 ことによると俺は彼女に脳天を雷に撃ち抜かれていたんじゃないか……。

 俺はそんな彼女の勇気のあり過ぎる行動に度肝を抜かれる。

 い、いや、そんなことを考えている場合ではない。

 今は、足元のロープを解いて逃げることが先だ。

 俺はロープに手を伸ばす。

 が、しかし。


「リーファっ!!」


 そんな声がリビングに響き、俺は慌てて顔を上げる。

 すると音に気がついて部屋を出てきたリーファの両親の姿が見えた。


「リーファ、馬鹿なことをしちゃだめ。早くそのロッドをママに渡しなさいっ!!」


 リーファの母親はそう言ってゆっくりとリーファのもとへと歩み寄ろうとする。

 が、


「駄目っ!!」


 そんな母親にリーファは杖を向けてそう叫ぶ。


「私はルーちゃんと一緒に旅に出るのっ!!」

「何を言っているの? こいつは醜いオーク。今は優しいふりをしていたとしも、二人っきりになったら何をされるかわからないわっ!!」


 そう言って、母親はリーファにこっちに来るように手を伸ばす。

 だが、リーファは動こうとしない。

 それどころか愛するはずの母親に軽蔑のような冷たい視線を送る。


「例えママでも、召喚獣への侮辱は許さないっ!!」


 本当に彼女は八歳なのか?

 いや、見た目はどう見ても八歳だ。

 にも拘らず彼女の佇まいは少なくとも俺の知っている八歳児とはあまりにも違っていた。

 彼女の表情からははっきりとした覚悟が感じ取れた。


 その覚悟は両親にも伝わっているのだろう。両親はそんな娘の表情に何も言えず硬直していた。

 俺も思わず見入ってしまった。

 が、すぐに自分の置かれた状態を思い出し、慌てて、自由になった両手でロープを解いた。


 そして、


「リーファっ!!」


 俺はそう叫ぶとリーファのもとに駆け寄ると太い右腕を彼女の腰に回して彼女を抱き上げた。

 そして、そのまま一目散に玄関へと駆けていく。


「お、おい、ちょっと待てっ!!」


 背後で父親の呼び止める声が聞こえたが当然だが俺は止まらない。


 左腕で木製のドアを叩き破ると俺は無我夢中で駆けた。

 ここの地理なんてわからない。

 だけど、少しでもこの家から遠いところを目指してかけ続けた。


 その途中、リーファの両親のことを少しだけ思い浮かべた。

 きっと彼らはリーファのことを心配しているに違いない。

 俺だって娘がいたとしたらそう思うに違いない。

 だけど、何の根拠もないけれど安心してくれ。

 そう願った。


 俺はこの子を命をかけて守る。


 そして、彼女がきっと立派な大人に、魔術師になるために全力で戦う。


 だから、それまでもう少しだけ待っていて欲しい。


「ルーちゃん、これから冒険が始まるんだね」


 右腕に抱えられたリーファはそう言うとにっこりと笑みを浮かべた。

 俺はそんな彼女の瞳を見て思わず立ち止まりそうになる。

 何故か。

 それは彼女の澄んだ瞳には俺が大人になるうちに失ってしまった、恐れを知らない無限に広がる夢で満ちていたからだ。


 こうして俺は少女と旅に出た。


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