束の間の逃走
「いやはやまったく、理解しがたい状況だよ...」
俺と辻宮さんは、休息と話し合いを兼ねて牛丼屋で昼食をとっていた。
先日起きた、無残な学校爆破事件。
その起爆剤となってしまった俺と彼女の目の前に、
事件の犯人の2人が座っているのだ。
「...どうしよう、辻宮さん」
「馬鹿、私に言わないで」
「そ、そうだね、無視するのがよさそうだ...ひとまずここを出よう」
「...そうね」
俺たちは食べかけの牛丼を後に、会計を済ませた。
あとはドアを出るだけ。そこから全力で逃げればいい。
その時だった。
「おい、ありゃあ俺たちが昨日殺したはずの男の子じゃあないか?弟よ。」
「...ッッ!!!!」
「......(あ、ほんとだ、それに横の美人さんも一緒だよ、兄さん)」
「......」
「あいつらは昨日確かに爆散させたはずなんだけどなぁ...何で生きているんだろうな?弟よ。」
「......(答えは簡単さ、あれはそっくりさんなんだよ、兄さん)」
「おぉ、そうかそうか、世界には似た顔の奴が3人はいるっていうもんな!弟よ!」
「......(そういうことだよ兄さん)」
「「.....」」
俺たちは牛丼屋から脱出することに成功し、急ぎ足で店から離れるのであった。
「......ふぅ、ここまでくれば安心かな...」
俺たちは駅前のビル群の間を走り、
人気のない路地裏へと逃げ込んだ。
ここなら人も通りにくいだろうし、とにかくあの場所から離れて状況を整理させる時間が必要だった。
しかしあの事件からまだちょっとしか経ってないというのに、まさか再び出会う羽目になるなんて。
まったく厄日続きだ。
「どういうことよ、あいつら...あんなに人を殺しておきながら、堂々と牛丼なんて食ってられるのかしら。」
俺が言えた口じゃないんだけどね、と思ったが言葉を飲み込んだ。
事実俺は何人も殺したことになる。
あいつの即死攻撃を狙って挑発し、俺の能力を誘発させるまではよかったが、場所が場所だったんだ。
何人もの無関係な人を巻き込んでしまった。
...はぁ、またあの事件の事を思い出してしまった。
いかんいかん、今は忘れ...れるわけないか。
その爆発を起こした張本人から逃げているのだから。
「とにかく、いったんここまで離れたんだ。今日はもう帰って家で休もう...」
「だめよ、あいつらは私たちが生き残ったと少しでも疑えば、違う人でも容赦なく殺すかもしれないもの。」
辻宮さんは路地裏の外の様子をうかがいながら話を続ける。
折角辻宮さんとの食事を楽しもうと思ったのに。
...乗り気じゃなかったはずなんだがな。
「...つまり俺たちを追ってくる可能性が大きいってこと?」
「そうよ。ひとまずここから離れないといけないでしょうね。行きましょう」
「あ、あぁ。」
『それは聞けない相談だぜ、お嬢ちゃん方』
突然、路地裏の奥から声が聞こえた。
更に足音が聞こえる。
まさか、さっきのフレデリカ兄弟がもう追いついたのか...!?
いや...待て。
俺は耳を澄ませた。
駅前のビル群らしく、車の音が響く。
そのなかでこちらへ向かってくる足音に神経を研ぎ澄ます。
この足音の数...多いぞ。
恐らく10人以上はいるな...
あの兄弟じゃないとしたら...何者だ...?
『へへへ、ここは俺らの縄張りでな、よくおめぇらみたいなカップルが人目を避けてここでイチャついてんだよ』
奥から現れたのは金髪...
や黒髪の知らない男達。いわばヤンキーの集団だった。
「...なんだ、あいつらじゃなくてただのヤンキーだったのね...」
『なんだぁてめぇ!?』
『舐めてんのかゴルァ!!!』
「まぁ落ち着けよお前ら」
集団の中からボス的な男が現れる。
奥にいたのか暗くてよく見えなかったが、2m近い大男だ。
ノソノソとガニ股でこちらへ歩いてくる。
俺たちの目の前で立ち止まった。
「悪ィな。俺らここら辺シメてるモンでよ。ここの入り口に立ち入り禁止って書いてなかったか?」
「...知らないわね、そんなの」
辻宮さんが返す。
このような男には慣れてるのか。
まぁ学校トップクラスの美人だし、言い寄られることもあるんだろうか。
そりゃこんな綺麗なんだもんな。そんなことあるよな。
知ってた。知ってたもん。
「へっ、嘘だよボケェ!!」
ボスらしき男が突然殴りかかってくる。
「へぼっ!?」
俺が殴られた。
俺は殴られた勢いで後ろに尻もちをついてしまった。
はぁ...なんでよりによって辻宮さんの前でこんな醜態を...
「俺は女は殴らねぇ。だがよ、うちの連中みんな女の躰に飢えててな。そこのお嬢さんはウチが預かっとくぜ、お兄さん」
男がしゃがみこんで話しかけてくる。
「...なんだと...」
男の言葉に動揺した。
つまりそれはその...辻宮さんを姦すとでも言いたいのか...
俺は体の奥から湧き上がる怒りを覚えた。
この男に辻宮さんを渡してはならない。
そしてこの男を許してはならない。
そう決心した。
「はぁ?わたしがあんたたちにノコノコついていくと思う?」
辻宮さんが軽くあしらう。
彼女は少し気の強い性格なのかもしれない。
...今考えることではないか。
「そりゃそうだろう。お嬢さんが賢いお方なら...」
その言葉を皮切りに俺達2人をヤンキー集団が囲む。
「この人数に抵抗するなんてことは考えられねぇよな?」
「......」
辻宮さんが黙り込む。
この状況はまずい。俺は能力を手に入れたとはいっても、発動条件が”死の間際になる事”という絶望的な条件なので今使えそうにはない。
それに加え、辻宮さんは何の能力も持たない。
魔術の研究をしている、と言っていた事から、なにかしらの魔術は使えるのかもしれないが。
...いや、彼女の表情から察するに、そんな都合のいい魔術は持ってないのだろう。
「最近ツイてなくてな、俺達。親分には怒られるわ、兄貴はいなくなるわで色々溜まってンだわ。大人しく八つ当たりされてくれや。」
「...ざけんなよ...」
「...あぁ?」
「ふざけんなよって言ってんだこのド腐れ野郎!!!てめぇらなんかに辻宮さんは渡さねぇよ!!!!」
俺は本能のまま声を荒げた。
このままこいつらの好きなようにさせたくはなかった。
辻宮さんがこいつらの手に渡る前に、少しでも反抗してやりたかった。
その時点で俺は敗北を認めていたのかもしれない。
こいつらの威圧感に負けて。呆気なく。
「......」
辺りに一瞬の沈黙が走る。
さっきまでの空気を裏返したような戦慄。
そこにいる物は皆、驚愕の2文字が顔に浮かんでいた。
俺と目の前の男を除いては。
「...いい度胸してんじゃねぇか、てめぇ」
そう一言言って、男は俺の胸倉を掴んでそのまま持ち上げた。
「うぅっ...」
さっきまでの威勢は何だったのか、俺は体中が震えていた。
とっさに我に返ってしまったのだ。
この状況を吞み込んでしまった。
勝てないという恐怖心に全身を襲われ、それに体中が震えていた。
「よくいったぞ少年!!!」
この場の空気を再び一変させる風がよく通る声を乗せて吹き込んだ。
「!!貴方達は...!!」
「...うっそだろ...」
その声は聞き覚えのある声だった。
さっきまでは聞きたくなかった声だった。
聞かないままでいたい、と願ったばかりだった。
だが今。その声は地獄に垂れた蜘蛛の糸のように輝いた声だった。
「いやはや、殺したことのある顔だと思って追いかけてみれば...この状況どう見る?弟よ。」
「......(そうだね、ひとまずあの2人を助けない事には話が聞けないと思うよ兄さん)」
「そうだなぁ...ま、俺は失敗しない殺し屋だ。よく考えればあいつらは偽物だな?弟よ。」
今の状況、俺はこの2人に助けを求めるしかなかったのかもしれない。
運よくこの男たちが俺を即死させる様なものを持っていて、俺を殺すのならば話は別だが、
その可能性よりも、あの2人が俺たちを助けることに賭けたかったのだ。
「だがまぁあんなかっちょいい事言ってる少年がピンチと来た。その少年が標的でもないなら、どうするべきだ?弟よ。」
「......(助ければ話も聞けるし一石二鳥だね。さっき言ったんだけどね。兄さん。)」
「細けぇことはいいんだよ!!やるぞ弟よ。」
「......(はいはい、兄さん。)」
さきほどまでの敵だったはずの金髪と黒髪の男2人組が、今では正義の英雄に見えた。
「その汚ぇ手どけろ、ウスノロ」