フレデリカ兄弟と俺たちの”俺の命”争奪戦
目の前で炸裂した小瓶の中身はどうやら爆薬のようだ。
勿論能力は発動した。
だが違和感を感じる展開となった。
先程の事件では俺と辻宮さんがミサイルを避けられる時間が長めにあった。
だが今回は違った。
俺はまた辻宮さんを爆発から守ろうと彼女を庇った。
しかし、ゆっくりな時間は思ったよりも早く終わりを告げた。
「うぉぅっ!?!?」
爆風にいとも容易く巻き込まれた俺と辻宮さんは後ろに吹っ飛ばされた。
「くっ...なんだ今の...」
「...どうやら、まだ覚えたてみたいねそれ...」
「そうなんだ、今朝から出来るみたいで...え?」
彼女、今俺の能力が発動したことを認知した...?
「とにかく、あの二人組が貴方を殺そうとしていることはわかったわ。ここはひとまず逃げましょう。」
「えっ、いやちょっと待って」
辻宮さんが俺の手を引いて正門とは逆方向に走り出す。
「正門からじゃなくても、東門、北門、最悪手ごろな柵を乗り越えて学校から出るわよ」
「いや、でも辻宮さんには関係...」
「関係ある!大アリよ!!!」
「ひぃっ!?!?」
辻宮さんが声を荒げた。
毎朝顔を合わせるだけの俺に、どうしてそこまで...
厨二病をこじらせただけじゃあこんなこと出来やしない。
「あの二人組、爆薬や火薬といったものを使った殺し方を得意としてるのかしら。出会って最初に爆弾投げつけるだなんて悪趣味な奴らね。」
「...なんだか随分と冷静だね!?辻宮さん!」
「...こんな時こそ、冷静になるものじゃない?」
流石図書委員長だ。落ち着き度ならいつでも半端じゃない。
...いや、感心している場合じゃない。あいつらの狙いは僕だ。何故かは知らない。
誰かに殺される覚えなんてないが、今はこの能力があるお陰でなんとか殺されるのは回避できそうだ。
「まぁまぁそう急ぐなよお二人さん。」
「ッッ!?!?」
正門から一番近い門、東門には既に奴らが先回りしていた。
「全く、礼儀のない人達。殺すならまず名乗ったらどう?」
「おぉ、美人なお姉さん。これが所謂”ヤマトナデシコ”という奴か?弟よ。」
「......(多分そうだよ。でもターゲットをこんな美人さんが守ってると殺しにくくないかい?兄さん)」
「おいおい、俺を舐めるんじゃあないよ。美人さんは依頼がない限り殺さないし傷つけない。それが紳士ってもんだろう?弟よ。」
「......(ごもっともだよ兄さん)」
「...ちょっと。」
「おぉっと!これは失礼しましたねお嬢さん。俺はカルロス・フレデリカ。そしてこいつが相棒のアルフレッド・フレデリカだ。ほら、お前も挨拶しとけ、弟よ。」
「......(アルフレッドです。よろしくね。)」
「よろしくねって...それ今から殺す相手にする挨拶かよ...」
「そりゃそうさ!なんてったって地獄でまた会うんだからな!将来再び会うことがわかってる相手に「よろしく」と伝えない理由がないだろう?」
「......(流石だよ兄さん)」
弟分であるだろうアルフレッドが小さく拍手する。
「...相当自信家なのかしら?まるで貴方達が確実に彼を殺せるみたいな口ぶり...」
「...は?」
「本当に彼を殺せるのかしら?さっきのような爆弾じゃ彼は殺せないわよ。」
「俺はそいつを確実に殺せる。俺の腕を信じてないのかい、お嬢さん?」
「...大層なこった、逃げよう辻宮さん」
「......そうね、次は北門かしら。」
この兄弟と話をしていたら頭がおかしくなりそうだ。
相当イカレてやがる。
...さて、北門までの距離だが...
ここから北門はここと正門の距離から更に距離がある。
生憎体力には自信がないが、俺と辻宮さんの命がかかってる。
...辻宮さんはなぜかついてきているせいで一緒に命の危機にさらされているんだが。
「...さて、あの子たちは行ってしまった。悲しい事だなあ弟よ。」
「......(そうだね。でもここからどうするんだい兄さん。)」
「そうだなぁ...ここで突然だがクイズだ弟よ!!」
「......(いいね、何でも来いだよ兄さん)」
「殺人魔2人組から逃げ惑う君!狙われているのは君だが、女の子も君を守ろうと一緒に逃げている!出口は3つだ、君ならどうする?弟よ」
「......」
「お、珍しく考えるな弟よ。」
「......(そうだね...こういうのはどうだろう兄さん。)」
「お?なんだ聞かせてみろ弟よ。」
「辻宮さん!提案があるんだけど!」
「...何?」
北門に向かう途中、俺は辻宮さんを呼び止めた。
「ハァ...ハァ...」
「...で?提案って何かしら」
さっきから走り詰めの俺はとてつもない息切れに襲われている。
日ごろの運動不足が祟って、体力の少なさを思い知らされる。
「...えっと...ここから北門はまだまだあるでしょ?」
「そうね。」
「そこでなんだが、二手に分かれない?」
「...はぁ?」
「いや、足手まといとかじゃないんだけどさ、奴らの狙いが”俺だけ”なら、二手に分かれたほうが確実だと思うんだ」
「...北門と正門に別々に向かうわけ?」
「そう。もし奴らが俺が向かった先に行ったなら、俺は能力を使って切り抜ける。辻宮さんの方へ来たなら、標的とは違うわけだから奴らは襲ってこない。ターゲットじゃない女の子は傷つけないって言ってたでしょ?」
「...いい考えだとは思うけど...」
彼女は自分の顎を掴み、考える素振りを見せた。
やはりひとつひとつの仕草でさえお淑やかで美しいと思える。
流石図書委員長だ。
「...いえ、却下するわ。」
「えぇ!?いい考えだと思ったんだが...」
「まず、奴らの言ってた「ターゲットじゃない女の子は傷つけない」っていうの、あれ嘘よ」
「えぇ!?ホントに!?」
「貴方...騙されやすいタイプとかなの?普通考えれば傷つけないなんてこと無理よ、私がついてる限りはね」
「た、頼もしい限りだね...」
辻宮さん...なんというか男の俺の数倍は頼もしいぞ。
俺の面目丸つぶれだよ。全く。
「最初の爆弾、あれは私たち二人ともを吹き飛ばす勢いだった。それにあの一発で追撃してこなかった。私たち走らせる前提であの爆弾を投げたのよ。...どうやって先回りしたのかはわからないけど、おそらくこの学校の地図は頭に入ってるみたいね。」
「地図?...あぁ!避難所の案内板か!あれならこの学校の見取り図が書いてある!」
「...感心してる場合じゃないわよ。それに、私たちが分断されるのはあいつらの思うつぼよ。仮に貴方が言うように私の方に来たとして、奴らは容赦なく私を捕まえて人質にするでしょうね。」
「そんな...、どうしてそこまで言えるんだよ...!」
「あいつらの目を見なかったの?彼ら、これから人を殺すっていうのに負の感情を一切背負ってなかった。」
「...二手に分かれたとしたら、辻宮さんを狙った方が好都合になるのか...なんか癪だな...」
「そして。貴方の方へ行ったとしましょう。貴方はまだその能力を使いこなせないというのに、どうやって発動して切り抜けるというの?」
「いや、発動条件は至って簡単なんだ。”死に直面する”と勝手に発動するんだ。発動時間はまだ制御しきれてないけど...辻宮さん、俺の能力が発動したってわかるんでしょ?」
「え...まぁ、そうね」
「なんでかは知らないし、深くは聞かないけど、辻宮さんに話してもちゃんと理解してくれると思ってる。だから、俺は死にに行けば逆に助かるんだ。」
「...ますますダメね、その能力...」
「えぇっ!?!?どうして急に...」
「貴方ねぇ、能力の発動条件は恐ろしく優秀だわ。でも、あいつらが本当に君を瞬殺すると確信できるの?」
「...いや...さっきはそんなに爆発の威力がなかったから制御できる時間も短くなったんだろうけど......ん?」
「ん?どうかしたの?」
「待てよ...やばい、俺天才かも」
「...???」
「おぉーーーーっっっと。やっぱり北門だ。今回のクイズの勝者は俺だな、弟よ。」
「......(二手に分かれると思ったんだけどなぁ。兄さん。)」
「ほぉ、お前もやるじゃねぇか。俺たちはさっき二手に分かれようかと相談してたんだぜ。」
「......(惜しかったみたいだね、兄さん。)」
「なぁーーーーーに言ってるんだ。それでも今回は俺の勝ちだ。後で飯奢れよ弟よ。」
「...貴方、一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかしら。」
「ほぅ、綺麗な女の子の質問には答えなきゃならない。何でも言ってごらん、まどもあぜる。」
「......(慣れてない事言うからカタコトだよ兄さん)」
「うるさいぞ弟よ。」
「...はぁ...貴方、ほんとに彼を殺せるの?」
「...何度言わせるんだいヤマトナデシコの姉ちゃん。俺の腕をそんなに信じてないのかい?」
「さっきからの言動、おそらくだけど貴方相当頭の切れる人なんでしょう?」
「おぉ、おぉ!ターゲットのボディーガードから褒められたぞ!やはり嬉しいもんだなぁ弟よ!」
「......(そうだね、褒められてるのは兄さんだけどね。兄さん。)」
「...そんな貴方が、さっきのような稚拙な爆弾もどきで彼を殺せるとは思えないの。」
「...は?」
「貴方の装備。どうやら小さいものをたくさん身に着けてるみたいだけど、そんな小さなもので彼を殺すとでもいうのかしら。」
「...それは、俺の腕を疑ってると取っていいのかい?」
「...そうだとしたら?」
「そりゃあとんだ勘違いだぜお姉さん!!!俺はこれまでどんな人間だろうと殺してきたんだ!!依頼通りにな!!!俺達は基本爆弾や銃を使って殺すんだが、俺の武器はなんといってもその圧倒的な命中率だ!どんな爆弾でも、どんな銃でも百発百中!!そこの彼の脳天だって一発でシェイクに出来るぜ!!!」
「...全く、とんだ口先だけの男ね、貴方」
辻宮さんがため息をつきながら言い放つ。
「...俺の武器がそんなに見たいわけ?」
「いつまでそんな減らず口を叩けるのかしら。全く意外だわ。それに...
銃や爆弾が幼稚すぎるのよ。」
「......なんだと?」
カルロスの目が変わった。
「あら、もう一度言って欲しいの?武器が幼稚だと言ったの。」
「......おいおいお姉さん、冗談なら今のうちに訂正しておいた方がいいぜ...?」
カルロスが俯きながらこちらにゆっくりを歩み始めた。
その足取りは明らかによろめいていた。
「......俺はなぁ、俺の事は幾ら馬鹿にされてもいいんだよ、すぐにでも見返すことはできるからな。でもな...俺の武器達を馬鹿にするのは許さない。絶対に。」
カルロスの足取りはとてもゆっくりで歪だ。
まるで周りをまがまがしい空気が質量を持って流れているかのような。
「俺の持ってる銃やらなんやらはな、アルフレッドが改造して作り直した物なんだ。全部。そう、全部だ。火薬もお手製、爆弾も俺の弟の特別配合だ。それを馬鹿にできるのはその威力を身をもって体験しなかった奴らだ。悲しいよなぁ、体感してくれないとわからないが、体感すれば死んでしまう。」
じりじりと距離を詰めるカルロス。
その威圧感に俺はもとより、辻宮さんまでもが後ずさっている。
俺たちは軽はずみだったのだ。
彼が駆け抜けた沢山の人の死。
彼はあまりにも人の死を背負いすぎているのだ。
それさえも乗り越えた彼の怒りの具現。
俺達にはわかるはずのないものだった。
「まったく...これだから人間はよぉ。自分が体験しなかったものは全て過小評価する。ナメ腐った態度で馬鹿にする。そりゃそうだもんな。体感するはずがないもんなぁ。」
彼は人の死以外にも背負っているものがあった。
弟だ。
弟は兄に比べて非力で、頭も切れない。運動ができるわけでもなく、人と接することも苦手だった。
弟は劣等感を抱いていた。兄はそれに気付いていた。
だが、弟には類稀なる記憶力と器用さがあった。
弟はそれを使って兄を支えようと思った。
身の回りの物から、兄の使う道具全て。
全て自分の手で作り、完璧な環境で兄を輝かせた。
いつしか弟は劣等感を抱かなくなり、兄のステージを演出することに喜びを感じていた。
だが兄は。違った。
弟が感じる劣等感をいつまでも背負い続けていた。
兄は弟が作るものしか使わないことで、弟への感謝の気持ちを表し続けた。
それ故に。
それ故に彼は人一倍自分の道具に対する感情が深いのだ。
「俺の武器はなぁ...俺が持つ銃でも、爆弾でも、何でもない。
俺の誇る武器はただ一つ!!!!アルフレッドだ!!!!!!」
カルロスは低姿勢になり、猛スピードでこちらへと向かってきた。
弟を無下にされた怒りは、人一倍だった。
「許さねぇ!!てめぇらはターゲット云々じゃねぇ!!!!俺が満足するまで爆ぜ続けやがれクソ野郎!!!!!!」
彼は怒りのままに爆弾を投げた。怒りによって彼の戦闘技術は恐るべきものになった。
瞬時に爆薬入りの小瓶4つ。ちいさな手榴弾5つ。それから少し大きめのダイナマイトを投げつけた。
それが相手の目の前に放たれた直後。カルロスは散弾銃を構えていた。
「EXPLOSIÓN(爆発)!!!!!!!!」
彼は銃を放った。
銃口から放たれた弾丸は大きく散って、
カルロスが投げた爆弾全てにぶつかった。
そして。
爆風は北門を全て吹き飛ばし、
校舎の一部までもを破壊した。
丁度授業をしていた教室も複数その中に含まれており、
死亡者42名、意識不明者12名。後遺症が残ると思われる重傷者6名。軽傷で済んだものは50名以上までにのぼる。
その場にいた兄弟の行方は不明。
千鳥ヶ崎麻人、辻宮乃蒼の両生徒は前者の能力発動により無傷。
互いに各自宅に戻り待機中。
自らの死を切り抜けた麻人は自宅で得も言われぬ感情に押しつぶされそうになっていた。
能力を発動する直前に彼が最後に見たのは、
爆弾の向こうで涙を流しながら銃撃を放つ金髪の男の姿。
その後ろでただ見つめる黒髪の小柄な男の姿。
麻人たちの作戦はこうだった。
思い切って挑発し、確実に死に至る一撃を放たせる。
それを利用し、麻人が能力を発動する。
その隙に辻宮乃蒼を抱え、殺人鬼二人組の横を通り抜け、
校外の安全な位置まで逃げる。
...それだけなのに。
自らの命と、彼女の命。
それを守るためだけの行動だったというのに。
何故こうも心が痛むのか。
麻人はまた一つ、成長したような気がした。