今日も我が家が誰かの愛の巣
えーと、確か、ことの発端はこうだったと思う。
僕には妙な友人がいて、そいつの名前は賢道って言うんだが、月、火、水、木、金、土、日、毎日違う彼女をつれているのだ。
その賢道がこう言った。
「いい子紹介しようか?」
あぁ、これだから野蛮な猿は困る。
「お前は本当になんも分かってない!」
「なにが?」
「いいか?仮に、女の子を紹介してもらっても、それを手にいれるのは三蔵法師が天竺に行くよりむずかしいんだよ!」
「お前みたいな草食系?好きだってやつもいるし」
「口ではそう言うけど本音のところはお前みたいなやつが好きなんだよみんな。もういいんだ、もう諦めさせてくれ。僕はもう……疲れたよ。」
「大丈夫か?何か困ったことがあるなら俺に相談しなよ」
「確かに困ってることがある」
「なになに?」
「お前がァ!毎日僕の家に違う彼女を連れてきて毎晩毎晩△△△△してることだよォォ!!」
僕は高校生にして一人暮らしを強いられているのであった。だがその説明は省く。
「この薄い壁アパートで△△△△なんて大声で叫んだらヤバイやつだと勘違いされちゃうよ?」
「我が物顔でアパート侮辱すんじゃねぇ!!あとお前がヤバイのは紛れもない事実なんだよォォォ!!」
「落ち着いて落ち着いて別に俺の家とは思ってないから。いつも大変お世話になってます。ハハー安藤様ー」
とかなんとかギャグっぽくなだめられた。この、女々しくも人の機嫌をとれるところがモテる男の理由なのかね。
「それで?もうそろそろ木曜日の子がくるの?」
「あ、うん。10時に現地集合にした」
人ん家を現地とか言うなよ。
「あと5分しかないじゃん。もう出るわ」
「いつも悪いね。別にここに居たっていいんだよ?」
そう聞くと、僕と賢道と木曜の子の3人で……と一瞬想像してしまったが、想像してしまったけれども。
「僕が嫌なんだよ」
と言って僕は自分のアパートを出ていく。
この時間はいつもいつもなんだか物悲しい気持ちにさせる。
このときはたしかコンビニで立読みしてたはずだ。なんの雑誌か忘れたけど地下アイドルの特集記事を読んで、その後でそこに載ってた「アンチウイルス」というアイドルグループをスマホで調べたのをおぼえいる。
でも僕の人生に関係あったのは雑誌の隅っこで小さく載っていた「人参戦隊ハタケンジャー」という絶望的にセンスのない名前の地下アイドルの方だったのだが、このときの僕は知るよしもなかった。
家に帰ったのは朝の1時くらいだった。机の上に「いつもありがとう」と書かれた紙がおいてある。
何気無しにテレビをつけて録画してる番組を見ようとしたが、これは賢道と一緒に見ようかなとか思ってる自分がいる。
実際のところ僕も一人が寂しいのかも知れないな。賢道と一緒に家に帰って、彼女が来るまでだけどゲームしたり、テレビ見ながら飯食ったりするのを楽しみにしてないわけではない。
なんて考えるとホモホモしい感じがして吐き気を催した。
と、ここまでがプロローグ。
そして、今、昼休みの1時。
目の前に黒髪ロングの天使、いや女神が僕に話しかけている。
「安藤……先輩ですよね?」
「そそそ、そうですけどあmくtrh」
「賢道先輩のご友人の安藤先輩ですよね?」
「はい、はいそうです」
なんだ、賢道の彼女の一人か。そう思うと冷静になってきた。
「一人暮らしの安藤先輩ですよね?」
「そうです。一人暮らしの安藤です」
「では、一人先輩とお呼びした方がよろしいでしょうか?それとも暮らし先輩……?」
「僕には安藤 昇という名前があるからその一人先輩という悲しい呼び名はやめてくれ!」
「初めまして安藤先輩。私は長坂 める(ながさか める)と申します」
「はぁ……」
「賢道先輩に呼ばれて来ました」
「はい」
「紹介したい男の子がいると、この教室まで来ました」
「賢道に僕のことを紹介されたということ?」
「そうです」
センテンスプリングが来たのか?ついに僕にも春がやって来たのか!?
「一人寂しく自作のお弁当を食べてる人が安藤先輩だと……」
「分かりにくい!僕の他にも一人で食べてるやついるじゃん!」
なんか突っ込むところが違う気もするが。
「はい、でも私わかるんですよね」
こ、これは!運命を感じちゃう的な何かなのか!
「私、童貞が分かるんですよね……」
「oh...no way」
「別に童貞が悪いとかではなくて、賢道先輩が私なら一目で分かると仰ってたので」
「……。」
「すいません。気分を害してしまって……」
もういいんだ、許してくれ。これ以上の屈辱は……。
「……賢道がお節介なことをしたな。別にわざわざ僕に会いに来なくとも、会ったことにして適当にはぐらかせば良かったのに」
天使のような子に何させてるんだあいつは。
「賢道先輩の話もあるんですけど私個人的にも……」
え?やっぱり来る感じ?ずっと前から好きでした的な何かなのか!
「うちのLIVEに来てください」
と言って500円引きとか書かれた何かの紙を差し出す。
帰りてぇー。
「私アイドルやってるんです」
つまりは、素人童貞のいいカモを賢道に紹介してもらったということか。分かる。分かるよ。別にこの子にはなんの悪意もないんだ。僕の思い上がりが自分を傷つけただけなんだ。
「機会があったらお邪魔させてもらうよ」
と言って割引券を受けとる。
「はい!よろしくお願いします!」
いい笑顔だ。アイドルとはいつでも120%の笑顔を出せるものだ。世の中の男はこれに引っ掛かる。
「じゃあ僕はトイレに行ってから次の教室に行くからここで」
「はい、お邪魔しました。安藤先輩。」
さりげなく僕の名前を呼ぶあたり計算高い子だな。いくつものこういう場面を経験したのだろう。
実際のところトイレにも用はないし次の授業もこの教室だし、手持ちぶさたになった僕は割引券を眺める。
「人参戦隊ハタケンジャー……って絶望的なセンスだな」
続く